第3話 褒美と出発

儂はただの孤児であった。


親も知らず、自分の名前すら分からない。


そんな時、北の国境を守護していたシルフィード辺境伯家当主であるロイス様に拾われた。


そこで雑用として雇われ、歳を重ねて剣の稽古に混じり、いつしか一端の兵士に。


それからは戦場に立ち、徐々に功績を挙げていった。


気がつけば、辺境最強の騎士と呼ばれるほどに。


しかし、それも今は過去の話。


辺境伯領は、北の大地からきた魔王に襲われ滅ぼされた。


儂に出来たことは、まだ幼い辺境伯家御息女……ユリア様を救うことだけじゃった。


そのユリア様も、当時からシルフィード家に遊びにきていた第二王子クラウス殿下と恋仲になられた。


そのクラウス殿下が王位を継ぎ国王陛下に、今ではユリア様が国母となりお子もいらっしゃる。


魔王を倒した今、儂の役目は完全に終わったと言っていいだろう。


「というわけで、儂はこっそりと出て行きます」


「もう、貴方って人は相変わらずなのね。全部、一人で決めてしまって」


目の前でため息をつくのは、我が主君の御息女であるユリア様だ。

五十歳になり、綺麗で落ち着きのある女性になった。

もうとっくに、儂が守る必要などはない。


「申し訳ない。ですが、これで儂も心残りはないのです」


「シグルド……本当にありがとう。あの時私を救ってくれて、その上お父様の仇まで……」


「いいえ、儂は主君を守れなかった騎士失格の男です。ですが……これで、少しは恩返し出来たかと」


「十分だわ。亡きお父様に代わり、そしてこの国の王妃として礼を言わせてね」


そう言い、儂の胸を軽く叩く。

こういうところは、変わっていない。

昔から男勝りで、元気な方だった。

儂は良く、駆けっこや取っ組み合いをして遊んでた思い出がある。


「はっ、受け取りましょう。それでは、儂はこれにて」


「お待ちなさい。シグルドは、これからどうするの?」


「とりあえず、適当に旅でもしようかと思います。正直を言って、何をして良いのかわからないので」


「ふふ、そうね。貴方はずっと我が家が縛り付けてしまったわ。これからは、自由に過ごす権利があるものね。しかし旅となると、剣が必要になるわね。魔王が死んだとはいえ、まだ妖魔はいるもの」


「ええ、それに傭兵崩れや山賊も活発になるでしょう……平和になったが故に」


「ええ、悲しいことに。とにかく、まずはこれを受け取ってちょうだい」


そう言い、壁に立てかけてあった鞘を渡してくる。

受け取り、鞘から引き抜くと……銀色に輝く剣があった。

素人目に見ても、相当の業物というのがわかる。


「こんなに良い剣を?」


「だって貴方はお金などは受け取らないでしょう? 褒美としての剣だったら、実用的だし受け取ってくれるかと思って」


「ははっ、これは参りましたな」


確かに金を渡されたら断るつもりだった。

平和になったとはいえ、数十年の戦いで国は荒れに荒れている。

それに他国との話し合いも、これから行われるだろう。

金はいくらあっても良いはずだ。


「ふふ、これでも付き合いが長いのよ? ついでに、これもあげるわ」


「むっ? この紋章は……」


ユリア様は、儂の手に何かを握らせる。

それを見ると、鷹の彫刻が彫ってあるペンダントだった。

それは、王家の紋章に間違いなかった。


「クラウスが、貴方に渡してって。これがあれば、身分は証明できるからと」


「しかし、貴重な物なのでは?」


「だからこそよ。貴方は英雄である前に私達の命の恩人……本当なら、こんな形で別れたくはなかったわ」


ユリア様はそう言い、両手の拳を握りしめて俯く。

きっと、儂を追い出すような形になってることを気にしておられるのじゃろう。

相変わらず、お優しい方だ。


「お気になさらずに。儂は、自ら望んで出て行くのですから。何より、こうして生きてお会い出来ました。そして、報告を出来たので悔いはありません」


「……そうよね、ここで生きて会えただけ良いわね。引き止めてごめんなさい……それじゃ、パレードが始まるから」


「ええ、それに乗じて消えようかと思います」


「また、何処かで会えるかしら?」


「……そうですな。では、落ち着いた頃に一度王都に戻って来ましょう」


今日は魔王を倒したお祝いを王都で挙げる。


皆の気も緩み、人の出入りも激しいので儂も動きやすい。


中には儂の昔の姿を知っている者もいるので、気をつけるに越したことはない。


ユリア様に挨拶をした儂は、ひっそりと屋敷を後にするのだった。




屋敷を出た儂が王都の門に向かうと……ユーリスが待っていた。


ユーリスは剣の腕もよく頭も良いので、狭き門である王宮騎士団に入ることが決まっている。


色々と覚えることも多く、こんなところで油を売ってる場合ではない。


「ユーリスか。見送りは良いと言ったじゃろう」


「そういうわけにも参りませんよ。貴方は、私の師にして父なのですから……本当なら、付いて行きたいくらいです」


そう言い、こちらも拳を握って俯いてしまう。

やれやれ……成長したと思ったら、まだまだ子供じゃったか。

だが、それが少し嬉しくもある。

戦争孤児だったユーリスを拾ってから約十五年、結婚もしていない儂にとっては息子同然じゃ。


「それはダメじゃと言ったろうに。お主は若く優秀で、これからの国に必要な人材じゃ。これ以上、老いぼれの為に人生を費やすことはない」


「し、しかし、私は貴方に何も返せておりません……!」


「息子に返されるものなどない。儂は、お主をそんなつもりで育てた覚えはない」


「……シグルド様……」


するとユーリスが顔を上げ、涙をこらえて顔を歪ませる。

儂はユーリスの肩に、そっと手を置く。

いつの間にか儂と目線が変わらない。

……そんな事にも気づかないくらい、儂に余裕がなかったということか。


「今まで、良く儂に付き合ってくれた。儂は親としては失格であったろうな。これからは、お主は自分の人生を歩んで行くがいい。儂はどこにいようと、お主のことを思っている」


「〜っ! あ、貴方は私の尊敬すべき父親です! 貴方の名に恥じない男になって、流石は英雄シグルドの息子だと言われてみせます!」


「そんなことは気にせんでいい。お主は今でも自慢の息子じゃ。じゃが……その気持ちは嬉しい」


すると、ユーリスの目から涙がこぼれた。


「す、すみません……」


「なに、気にするでない。ユーリス、達者でな」


「シグルド様も……あの、これを受け取ってください」


そう言い、ユーリスが儂に袋を差し出してくる。


「袋?」


「これは魔法袋です。この度の褒美として何が良いか聞かれ……こちらを要求させて頂きました。ランクは低いですが、百キロくらいは入るでしょう」


「魔法袋じゃと!?」


「はい、どうにか手に入れられました」


魔法袋、それはダンジョンのみで手に入る道具だ。

中は異空間になっており、見た目以上に物が入ったり、その中の時が止まってたりする。

とても貴重な物で、ランクが低くとも手に入れようとしたら貴族ですら難しい。


「そんな貴重なものを儂に……それに、これはお主の褒美ではないか」


「だからこそです。貴方は何も返さなくて良いと言いますが、それでは私の気がすまないので。旅ともなれば、これがあれば楽になるでしょう。オルトスも荷物を運ぶには適していないですし」


「……わかった、受け取ろう」


色々と言いたいことがあったが、儂はその全てを飲み込んだ。

これは此奴なりの、儂からの独り立ちの意味もあると思ったが故に。


「ほっ、良かったです」


「これで貸しはなしだ。無論、そんはものはないが」


「ええ、これは私なりのけじめなので……では、お気をつけて」


「うむ、お主も達者でな」


儂は最後にユーリスと握手を交わし、振り返らずに門の外へと向かう。


この目に流れる涙を息子に見せるのは、父として格好が悪いと思ったが故に。





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