第2話 老兵は去るのみ

 ……ん? ここは?


 儂は確か、魔王と戦っていて……そうじゃ、最後に何やら食らったのだ。


 と言うことは、ここは天国か?


 意識が覚醒してきた儂が、恐る恐る目を開けると……そこは小さな個室部屋だった。


 ベッドと机があり、脇には椅子がいくつか置いてある。


「なんじゃ? 天国にしては質素な部屋じゃのう。まあ、落ち着くからよしとしよう」


 その時、扉の向こうから声がする。


「おい、中で声がしなかったか?」


「や、やっぱりそうだよな? と、とにかく知らせに行け! 我々では中を見ることは許されてない!」


「わ、わかった! 勘違いだったら大変だ!」


 ……何やら様子がおかしい。

 ここが天国だったら、今のは門番か?

 いや、そもそも儂は死んだのか?


「いかん……まだ頭がはっきりせん」


 しかし、それとは裏腹に身体が軽い気がする。

 まるでふわふわと浮いているように。


「やはり、ここは天国なのか?」


 そんなことを考えていると、勢い良く扉が開く。

 その男を見た瞬間、これが天国ではないことを確信した。

 何故なら、そこにいたのは側近であるユーリスだったからだ。

 十五年ほど前に孤児でいるところを拾い、それから世話係として側に置いていた二十代後半の男だ。


「おお、ユーリスか」


「……シグルド様なのですね?」


 ユーリスは、まるで化かされたような表情を浮かべていた。


「う、うむ、シグルドで間違いない。ユーリスよ、一体何があった? 儂は死んだのではないのか?」


「……本当にシグルド様なのですね」


「ユーリスよ、話が見えんな。すまんが、まずは説明をしてくれるかのう?」


「申し訳ありません。私も動揺していたようです……こちらをご覧になった方が早いかと」


 そう言い、儂に手鏡を渡してくる。


「ユーリスよ、今更老いぼれの顔を見たところで……」


「とにかく、まずは見てください。むしろ、聞きたいのは私達の方なのですから。貴方は、十日ほど気を失っていたのですよ」


「十日? それはどういう……」


「良いから、まずは見てください」


 その有無も言わさぬ視線に押され、仕方ないので鏡を見てみる。

 そして、そこに写る自分の姿を見て……ようやく、ユーリスの言いたいことがわかった。


「……これが儂? まるで、二十代の小僧のようではないか」


 そこには若かりし頃の懐かしい顔があった。

 まだ老いもなく、ただひたすらに武を極めていた時だ。


「ええ、我々も驚きました。あの後、救援に駆けつけだ我々は、そこで見慣れない者が倒れているのを見つけたのです。他には生き残りがなく、事情を知るために王城に運んだところ……国王陛下が、若かりし頃のシグルド様に瓜二つだ仰られたのです。何より、道中オルトスが離れなかったので」


「なるほどのう。陛下は、儂の若い頃を知っておられるからな。オルトスも狼、匂いでわかったのじゃろう」


「それで、何があったのですか?」


「いや、儂にもわからん。とりあえず、魔王を倒したはず」


 儂がそう言うと、ユーリスの顔が歓喜に染まる。


「おおっ! やはりそうだったのですね! いえ、死体がないのでそうだとは思っていましたが……流石はシグルド様」


「よせ、儂だけの力ではない。お前を含む、皆のおかげじゃ。えっと……そうじゃ、魔王を倒した時に、最後に何やら食らったのじゃ」


「食らったのですか? その辺りのことを詳しく教えてください」


「うむ、儂よりお主の方が魔法には詳しかろう」


 そして、魔王との戦いのことを説明すると……ユーリスがしばらく考え込む。


「まさか魔王の仕組みがそのようになっていたとは……可能性としては、その転生の魔法を食らったのではないかと」


「ん? どういうことじゃ?」


「魔王は幼体に還るといった……つまり、若返って胎児に戻り、また転生するという意味かと。そうすれば人類の間に生まれるという魔王の伝承とも合うでしょう。シグルド様は、それを食らって若返ってしまったのではないかと思われます」


「ふむ……奴は儂を胎児に還して消滅させようとしたが、それが中途半端になったから二十代の姿になったと」


「はい、そうだと思います」


 確かに、そう考えると辻褄は合う。

 ただ……問題はここからじゃ。


「して、ユーリスよ……儂がこの状態なのは、誰が知ってる?」


「国王陛下と王妃様、近衛騎士団長と私、それと先程いた近衛二名です。憶測を避けるため、情報は漏らしておりません」


「それくらいならバレずに済むか」


「シグルド様?」


「ユーリスよ、儂を——死んだことにしてくれるか?」


 儂がそう言うと、ユーリスがため息をつく。

 どうやら、説明せずとも儂の意思が伝わったらしい。


「はぁ、そう言うと思いました。一応、理由を聞いても?」


「もちろんじゃ。英雄など、魔王がいなくなった今……邪魔者でしかない。おそらく、儂を起点にして新たな争いが生まれる。それでは、世界を救った意味がない」


「まあ、それもあるでしょう……して、本音は?」


 ……どうやら、誤魔化せないようだ。


「単純にめんどくさい」


「本音すぎますって!」


「考えてもみろ! 若返りなど、人類の夢ではないか! 儂がよく分からない組織や宗教に狙われたりしてもいいというのか!? 儂、世界を救ったのに!」


「……確かに可哀想ですね」


「じゃろ!? しかも、若返ったことをいいことに、貴族の令嬢なんかを紹介された日には……恐ろしや」


 儂は爵位を持つとはいえ、元は平民の男じゃ。

 戦いしか知らないし、貴族のドロドロしたものは勘弁願いたい。


「間違いなく起きるでしょうね。そして、それが更に争いを呼ぶかと。貴方を英雄として、新たな国を建てるとか。もしくは、王太子の後見人とするとか」


「うむ、その通りじゃ。何より、儂は金勘定と既得権益しか考えない大臣達に嫌われておる。儂を立てようとする者と、そうでない者とで争いが起きる」


 すると、再びユーリスがため息をつく。


「……せめて、若返っていなければ」


「そうじゃ、老いぼれであれば問題なかった。放っておいても、遅くとも五年か十年で死ぬ」


「そうすれば、そこまでうるさく言う連中もいなかったでしょう。貴方の功績は、確かなものですから」


「ふむ、そういうわけじゃ。そもそも、儂は生き残るつもりもなかった。役目を終えた老兵は去るのみよ」


「……わかりました。貴方の望み通りにいたしましょう」


「すまんな、ユーリス」


 儂は若い頃に主人であった方、そして騎士として守るべき領地を魔王に滅ぼされた。


 その復讐心から魔王を追い続け、数十年が過ぎて今に至る。


 そのような儂は英雄などと呼ばれる器ではないし、こうするのが一番良いじゃろう。



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