1.ルームメイト(中)

「皆のもの! このエルィーートたるこのオレが、今日のゲストを連れてきたぞおおおおぉぉぉ!!!」

「「「オオオオォォォォォ! エリートオオォォォ!!」」」


 学徒寮のエントランスにある一室、談話室と呼ばれているそこは魔法決闘の為の舞台も併設されている。思った以上に大きいな。そして、クレインが声を上げた瞬間に室内の空気が爆発したかのように熱くなる。

 何だこれ。いや、マジで何だこれ。クレインって、今日試験で合格したんだよな?

 明らかに何年もオルフィズに所属してそうな人もエリートコールしてるし。確かに先輩たちとも話したとは聞いていたが、想像以上に馴染んでいるようだ。


「随分と賑やかねぇ」


 談話室のテンションが上がりに上がっている状況で、セレーネが顔を覗かせる。そして部屋の中の見渡した途端、正確にはルカの顔を見た瞬間に何とも言えない表情になる。

 近い感情で言うならば、何やってんだコイツ……みたいな。ルカは自分で古参だと言っていたし、敬語とか使った方が良かったタイプだったかな?

 クレインが割とフランクに接していたし、同じようにしていたが対応をミスったかな?


「あぁ、ボクの事は気にしないで」


 ルカがセレーネに話しかけた。かなり複雑な表情を浮かべながらも、何かを飲み下すかのように頷くセレーネ。

 知り合い、なんだよな? 多分だけど。かなり複雑な事情を抱えてたりするのだろうか。


「……はぁ。まぁいいわ。ルカ、随分と気に入ったのね」

「本気で魔法決闘を挑んできたからね。君以来じゃないかな?」

「ふーん。……クレインくん、だっけ? よくコイツに挑もうと思ったわね」


 ホビットはその幼い外見から侮られる場合が多い。だが、どうもクレインはルカが実力者だと理解した上で決闘を挑んだようだ。


「オレからしたら、どうして実力者に挑んでいかないのか理解が出来ない。死ぬ事がほぼない環境で決闘出来る機会に恵まれているというのに」

「負けるとランキングが下がるだけなんだけどね。それでも嫌な人はいるものよ」


 へぇ、ランク戦もあるのか。聞く限りでは、現代でのオンライン対戦ゲームのレート戦に近いシステムが採用されているようだ。

 わざわざレートを下げてまで格上に喧嘩を売れるかと言うと……現代の感覚ではあまりやりたくはないよなぁ。


「まぁいいさ。今は、レン! 君と戦う事が目的だからね」

「あぁ。当然だが負けるつもりはないぞ」

「もちろん! そうでなくては困る」


 そしてクレインは僕を指差し、宣言する。


「さぁ、魔道書を掲げろ! 魔法カードを抜け! 華々しい魔法決闘を始めよう!!」


 本日2回目の魔法決闘。魔道書を開き、カードが供給される。手札にきたカードを見て、僕は首を傾げた。


「……? おかしいな、さっきデッキ登録をした筈だけど」

「もしかして、もう新しいカードを手に入れたのかい? 記念品の魔道書はカードの読み込みが遅くてね。2時間くらいしないと正常に魔法として使えないよ」


 魔道書とにらめっこをしていると、クレインから指摘が入った。嘘だろ。カードの読み込みとかいう概念あるの?


「記念品は性能が低いからね。普通の市販品なら登録した直後から使えるわよ」

「ごめんね。魔道師の普及の為のものだから決闘以外の機能は低めなんだ」

「今日のところはトライアルデッキでの実力を堪能させて貰おうかな! 何せ、本命のカードを使うようになるともう本気のトライアルデッキとは決闘出来ないだろうしね」


 更なる補足がセレーネとルカからとんでくる。クレインは寧ろこの状況はレアものだよと笑っている。

 トライアルデッキはデッキパワーが低い。というかどうしてフラバー先生に勝てたのか分からないくらいだ。負けるつもりは無いとクレインに言ったのは本心だが、それは自分のデッキが使えるからと思った……。

 いや。戦う前から弱気になってどうする。今、僕は完全に舐められている。それはそうだろう。負ける気がしないだろう。僕はパワーの低いデッキで戦うしかない状況で、向こうはフルパワーで戦える。フラバー先生に勝ったという情報を差し引いても、その辺りの雑魚よりはマシ程度の認識だろう。

 ならその認識を――価値観をぶち壊す。あぁ、あぁ。それがいい。それが一番面白い。


【自分:手札5・デッキ55 - ●相手:手札5・デッキ55】


 セットアップフェイズが始まり、映し出される情報を確認すると見慣れない記号があった。何だこれ。


「ではオレのターンから始めさせてもらうよ」

「これ先攻のマークか」

「試験用の魔道書は先攻と後攻を自由に選べるから、マークは出してないんだよね」


 僕の呟きにルカが答える。こう聞くと色々なカスタムがあるんだな。見た目だけのサプライだと思ってた。


「では、オレは手札から"実験用の蠍"をキャスト」


 魔道書から実体化されたのは、巨大なカプセルに入った小さな蠍。実験用と言うだけあって、カプセルには識別番号が割り振られてある。


◎-------------------------------------------------------◎

Lv.0 実験用の蠍

ユニット -セントリオン・トキシックレイド・有毒生物

----------

①蟲毒(このユニットが場に登場した時、1点のダメージを負い0/0の[有毒生物]ユニットトークンを1体召喚しても良い)


②[効果]このユニット以外の蟲毒は追加でもう1回発動する。

----------

0/0

◎-------------------------------------------------------◎


「蠍の効果、蟲毒を発動! 1点のダメージを受けた後、有毒生物トークンを召喚する!」


【相手:デッキ55(-1)→54】


 蠍の隣に何だかよくわからない蟲が現れる。なるほど、蠍一匹を入れるにしては大きすぎるカプセルだと思ったが、あそこに全部ユニットが入っていくのか。


「トキシックレイド……セントリオンの機神マニュファの生物実験専門の組織だったな」

「妙に詳しいね。セントリオンの実情なんてほとんど外に漏れていない筈なのに」


 封神要塞セントリオン。そこは神が集う要塞。ロテッサの凶悪な魔法生物を封じ込める為に造られたものだったと記憶している。

 そしてマニュファのトキシックレイドは、機械技術テクノロジーで蟲毒を再現する事を目的としていた。背景世界の小説でも、結構な大事件を引き起こしてセントリオンの崩壊を招いている。


「オレはセントリオンのマニュファ様に仕える一族の出身なのさ」

「それでトキシックレイドのデッキを持っている、と」

「その通り! さぁ、続けてオレは"蟲体誘引物質 フェロモン・ベイト:リリーサー"をキャストする」


 クレインの使用するトキシックレイドは、場にユニットを並べ、それをリソースに大型ユニットファッティを呼び出す事に主軸を置いている。

 実験の果ての究極生物を生み出す事こそが、トキシックレイドの命題。


「フェロモン・ベイトの効果でデッキから"実験用のムカデ"、"実験用の毒蜘蛛"、"実験用の毒アリ"を場に出す!」

 

【相手:デッキ54(-3)→51】


 カプセルの中に有毒生物のユニットがどんどん投入されていく。だが、この程度ではまだ終わらない。


◎-------------------------------------------------------◎

蟲体誘引物質 フェロモン・ベイト:リリーサー

トリック -トキシックレイド

----------

①[効果]自分の手札・デッキ・破棄エリアから同名ではない蟲毒を持つユニットを最大3体まで場に出す。その後、このターン自分はアタック宣言が行えない。

◎-------------------------------------------------------◎



◎-------------------------------------------------------◎

Lv.0 実験用のムカデ

ユニット -セントリオン・トキシックレイド・有毒生物

----------

①蟲毒(このユニットが場に登場した時、1点のダメージを負い0/0の[有毒生物]ユニットトークンを1体召喚しても良い)


②[条件]自分の場に[有毒生物]ユニットが6体以上存在する時

 [効果]自分のデッキ・破棄エリアから[トキシックレイド]トリックカードを1枚選び、手札へ加えても良い。

----------

0/0

◎-------------------------------------------------------◎



◎-------------------------------------------------------◎

Lv.0 実験用の毒蜘蛛

ユニット -セントリオン・トキシックレイド・有毒生物

----------

①蟲毒(このユニットが場に登場した時、1点のダメージを負い0/0の[有毒生物]ユニットトークンを1体召喚しても良い)


②[条件]自分の場に[有毒生物]ユニットが6体以上存在する時

 [効果]自分のデッキ・破棄エリアから[トキシックレイド]ユニットカードを1枚選び、手札へ加えても良い。

----------

0/0

◎-------------------------------------------------------◎



◎-------------------------------------------------------◎

Lv.0 実験用の毒アリ

ユニット -セントリオン・トキシックレイド・有毒生物

----------

①蟲毒(このユニットが場に登場した時、1点のダメージを負い0/0の[有毒生物]ユニットトークンを1体召喚しても良い)


②[条件]自分の場に[有毒生物]ユニットが6体以上存在する時

 [効果]破棄エリアからLユニットカードを1枚選び、Lデッキへ戻しても良い。

----------

0/0

◎-------------------------------------------------------◎


 フェロモン・ベイトの効果で出てきたムカデ、蜘蛛、アリの3体も、蠍と同様の蟲毒を持っている。それに加えて、蠍の効果で蟲毒が2回解決される。


「さぁ、場に出たユニット全ての蟲毒を2回発動だ!」


【相手:デッキ51(-6)→45】


 クレインのデッキがどんどん削れていく。それと同時に、場のユニットの数が増えていく。ムカデも出てきたという事は、そろそろ仕上げに入るか?


「"実験用のムカデ"の効果! 場に[有毒生物]ユニットが6体以上存在する時、デッキか破棄エリアから[トキシックレイド]トリックカードを手札に加える。これにより、オレはデッキから"蟲戮魔道レーザー ピレスロイド・キャノン"を手札に加える」


【相手:デッキ45(-1)→44】


 有毒生物の数は、蠍、ムカデ、蜘蛛、アリの4体と蟲毒で生み出されたトークンが7体。ムカデの効果は発動され、デッキからトキシックレイドのキーカードをサーチされる。


◎-------------------------------------------------------◎

蟲戮魔道レーザー ピレスロイド・キャノン

トリック -トキシックレイド・グレートキャスト

----------

①[条件]自分の場に[有毒生物]ユニットが存在する時

 [効果][有毒生物]ユニットを全て破棄し、[機神計画「超克」]Lユニットを極唱する。


②[条件]破棄エリアにあるこのカードをダメージエリアに置く

 [効果]自分のデッキから[トキシックレイド]トリックカードを1枚選び、手札へ加える。

◎-------------------------------------------------------◎


 グレートキャストの特徴を持つトリックカード。Lレジェンダリーユニットを正規の方法で呼び出す唯一の手段。正規以外の手順でも結構場に出てくるけど。


「手札に加えた"蟲戮魔道レーザー ピレスロイド・キャノン"をキャスト!」

「それに対応し、"魔法石の発見"をキャストだ! 手札の"リックスドールの巨像"を破棄し、デッキから"リーベスの巨像"を場に出す!」


【自分:デッキ55(-1)→54】


 グレートキャストをされる前に、こちらも盤面を整え始める。ピレスロイド・キャノンから出てくるユニットなんて、1体しかいない!


「"リーベスの巨像"の効果! 場に登場した時、デッキから[テレスライト教室]カードを2枚選んで手札へ加える。僕が加えるのは、夢幻を持つ"霧鏡の大鴉"と"魔法オーロラの妖精"だ!」


【自分:デッキ54(-2)→52】


 カード名を宣言した瞬間、クレインの顔に一瞬苦々しい表情が浮かぶ。どうやら、これらのカードの効果はあらかじめ把握されているようだ。


「……ふむ、まぁいいさ! では、ピレスロイド・キャノンにより、場に存在する[有毒生物]ユニットを全て破棄し、極唱を行うよ!」


 カプセルに詰め込まれた11体の有毒生物がレーザーの照射によって全て燃え尽きる。カプセルも破壊され、残ったものは何もない――筈もない。


『これなるは我が執念、我が理想、我が終着点――神の御手により産まれたる、究極の個!』


 影が蠢く。燃え尽きたはずの実験体の数々の内、灼熱のレーザーに適応を果たした個体が姿を現す。


『数多の病を! 不善を! 厄災を! 全ての障害を超克せよ! 極唱グレートキャスト――"災いの超克蟲スーパーバグ、アマル・レスタ"ァ!!』


 それは蟲とは最早呼べぬものだ。金属質で鋭利な身体に、全てを切り裂く刃の節足。この世全てを超克すべく、機神がデザインを施した文字通りの神の造物。それがトキシックレイドの誇るLレジェンダリーユニット、アマル・レスタ。


「アマル・レスタの効果! このユニットのパワーとダメージ値は、ピレスロイド・キャノンによって場を離れたユニットの数によって決定する!」


◎-------------------------------------------------------◎

L 災いの超克蟲スーパーバグ、アマル・レスタ

ユニット -機神計画「超克」

----------

[キャスト条件][トキシックレイド・グレートキャスト]トリックにより唱えられる


①[条件][トキシックレイド・グレートキャスト]により場に出た時

 [効果][トキシックレイド・グレートキャスト]により[有毒生物]ユニットが場を離れている場合、以下の効果を適用させる。

●このユニットのパワーは場を離れた[有毒生物]ユニットの数×500として扱う

●このユニットの与ダメージは場を離れた[有毒生物]ユニットの数の倍として扱う


②[条件]このユニットが自分の場から破棄される時

 [効果][トキシックレイド・グレートキャスト]により唱えられた扱いで自分の場に出しても良い。その後、自分のダメージエリアにあるカードの枚数を[トキシックレイド・グレートキャスト]により場を離れた[有毒生物]ユニットの数として扱う。

----------

0/0

◎-------------------------------------------------------◎


 場を離れた有毒生物は合計11体。つまりパワー5500、与ダメージ22の超巨大ユニットとして場に君臨しているわけだ。

 現状のデッキだと5500ものパワーを踏み越えるのはほぼ無理だし、それとは別に破棄に対する耐性効果も存在している。不安定ではあるものの、出せればかなり場持ちの良いユニットだ。とは言え、強力なユニットを出したとしてもクレインの表情に油断は無い。"リーベスの巨像"で手札に入った2枚の対処をどうするか。選択を間違えれば即負けにつながる状況。……それは、こちらも同じだ。

"霧鏡の大鴉"の攻撃を如何にしてアマル・レスタへ叩き込めるか。このゲームでは良くある事だが、後攻1ターン目にしてもう魔法決闘は後半戦に突入したと言っていいだろう。


「ピレスロイド・キャノンの破棄エリアでの効果! 破棄エリアに存在するこのカードをダメージエリアに置き、デッキから[トキシックレイド]トリックカード、"蟲体誘引物質 フェロモン・ベイト:リリーサー"を手札へ加える」


【相手:デッキ44(-1)→43】


 リリーサーを手札、か。対抗手段は既に引けているのか?

 少なくとも、次の僕のターンで対応するためのカードではない気がするが……。


「オレのキャストフェイズは終了。セットアップフェイズといこうじゃないか」


 このまま無防備で殴らせてくれるわけはないだろう。さて、僕のターンではどう動くのがいいか。

 勝つための道筋を探すべく、頭へ情報を叩き込んでいく。この瞬間がすごく楽しいのだ。僕はこのゲームにどうしようもなく魅了されているのだな、とどこか他人事のように考えていた。

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