Ep.1 魔道師養成機関オルフィズ
0.プロローグ -最初の一歩(上)-
確か、僕はショップ大会に出るために家を出たと思ってたんだけどなぁ。
目を開けると木造の天井が目に映る。どうやら気を失っていたようだが、理由は思い当たらない。
デッキ調整で睡眠時間を削り過ぎただろうか。昨日の新弾で出たカードを
無駄な考えで混乱する頭を無理矢理沈めていると、ふと人の気配を感じた。どうやら寝かされている足の方向に部屋の扉があるようだ。
「あら、どうやら目が覚めたようね」
聞こえてきたのは女性の声だ。視線を動かすと見覚えのある本が目に飛び込んできた。
それは高級感のあるレザーと、いくつかの宝石で装飾されている。その本を、僕は知っていた。
「ここは、どこですか?」
動揺を飲み込んで、上半身を起こしながら僕は女性に尋ねる。心臓が早鐘のように鳴り続ける。本だけではなく、女性の顔にも見覚えがあった。紅玉のような長髪と、特徴的な長い耳。僕がはまっているTCG、『Caster's SpellBook』の背景世界において、最悪の反逆者とまで称された
女性――セレーネ・ハーディーは僕の問いに答えた。
「オルフィズの魔法石研究棟、その一室よ。中庭に倒れていて驚いたんだから!」
嫌な予感が的中したことに、思わず頭を抱えたくなった。
オルフィズ、オルフィズときたか。この名前も背景世界に存在している。正式名称は魔道師養成機関オルフィズ。
そして最初に見た本。あれは公式サイトにも描かれていた、詠唱者の魔道書と呼ばれる道具だった。オルフィズの筆頭魔道師ウィルカインストが発明した代物で、カードと発動の宣言だけで簡単に魔法を行使出来る。
『Caster's SpellBook』は、その魔道書を使用して行われる決闘を模したカードゲーム。詠唱者の魔道書とはこの世界におけるデッキそのものだ。
更に言えば、魔法石研究棟はオルフィズ内の勢力の一つであるテレスライト教室の管轄だった。
だが、セレーネはテレスライト教室ではなくウィルカインスト派の学徒だ。疑問に思ったので、素直に聞いてみる事にした。
「魔法石研究棟、ですか? あなたは見たところテレスライト教室の一員では無いようですが」
「えぇ。私はウィルカインスト派の魔道師、セレーネよ。テレスライト教室のフラバー先生が担当する入学試験の手伝いをしていたの」
成程、と相槌を打ちながら急いで状況を整理する。視線を自分の身体へ落とすと、気を失う前に着ていた服装ではなくなっている事に気付く。
何故、オルフィズの学徒へ配られる制服を着ているのか。身分は学徒という事か。 だが、その考えは胸に付けられた水晶の原石を使ったブローチに否定される。
磨かれず濁り、歪な形のブローチは受験者の身分としてオルフィズへ入る事を一時的に認めてもらうための証明手形だったと記憶している。つまり今の自分の身分は、オルフィズの入学試験者という事。
幸いなのは、僕がカードのフレーバーテキストと背景世界を舞台とした公式連載小説を読み込んでいたので何とか話を合わせられている事だ。だが、このままではいつボロが出るか分からない。
……うん? 入学試験者……。
「さて、目が覚めたようだし試験会場に行きましょうか。残っているのはもうあなただけよ。受験番号67番、レン・アラミヤくん」
「あ~……、はい。お手数をおかけしたみたいですみません」
「別に問題ないわ。何せ、何度も入学試験を手伝っていると似たような事は結構あるから」
周りを見て手荷物がないか確認するが、特に見当たらない。
詠唱者の魔道書も無いという事は、僕が組んでいたデッキも当然無い。というかこのままではこの世界における最も重要な魔法決闘が行えない。
「魔道書については心配ないわ。受験者に無償で渡されるトライアルがあるから」
セレーネの言葉に、一先ず安堵の息を吐く。どうやら何も出来ずに不合格という事にはならずに済んだようだ。
◆
「おや、もう大丈夫なのですか?」
試験会場であるオルフィズの大講堂には白衣を着た壮年の男が待っていた。この人がテレスライト教室のフラバー先生か。
確かフレーバーテキストに名前だけ出てきた人物だったかな。
「今回、レンさんの試験を担当するフラバーです。まずはこちらをどうぞ」
そう言って渡されたのは一冊の本。これが僕の詠唱者の魔道書、という事なのだろう。セレーネ曰く、トライアルとの事だったが。
「こちらは記念品として受験生全員に渡していましてね。良ければ持って帰ってください。それはもう、あなたの物ですよ」
「ありがとうございます」
実際に手に取ってみると意外と軽い。そして、瞬時に魔道書の使い方が頭に入り込んできた。便利だな、この機能。
中を開き、デッキリストを確認する。メインギミックとしてテレスライト教室のカードが使われており、後は汎用カードが何枚か入れられている。ごく普通の初心者用デッキだな。
気になるところがあるとすれば、40~60枚のメインデッキとは別に構成される、0~15枚のレジェンダリーデッキがない事だろうか
特殊な条件を満たせば
盤面の再現性もそうだが、デッキパワーに直接関わる重要な要素であり、これが無いというのは少し厳しいかも知れない。
「気になることがあれば、質問を受け付けますよ」
「
とりあえず聞いてはみたが、多分認められないだろう。
この世界では魔道書から唱えられた魔法が具現化する。それはデッキパワーと武力がイコールで結ばれている事を意味する。
そう考えていると、フラバー先生から同じような理由を説明され、
「流石に
魔道書に登録されたデッキ外のカードを確認する。これなら一方的にやられる事は無くなる、か?
魔道書の機能を使い、急いでデッキを組み直す。その最中にフラバー先生から試験用のデッキで相手をするという話を聞く。基本的に受験者は自分のデッキを組んで持ってくるものだという事も。言外に、トライアルデッキに合わせた強さではないと言われたようなものだった。
だからこそフラバー先生はデッキを組み直すことを認めてくれたのかも知れない。そうでもしなければ、試験以前に勝負にすらならないから。
ハードルが高いが、このまま放り出されても野垂れ死ぬだけだ。だったらまぁ、やるしかないよな。
「デッキが組めました。対戦をお願いします」
「分かりました。それでは、実技試験を始めましょう」
フラバー先生の宣言と共に、詠唱者の魔道書を起動させる。この世界における、僕の最初の魔法決闘。
いいねぇ、楽しくなってきた。現代で培ってきた『Caster's SpellBook』での経験がどこまで通じるのか。
さぁ! 勝負といこうか!
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