第三十話 魔術オタクは八つ当たりをする
「サキさんも人の子だったんですのね。私、初めて知りましたわ」
「参考までにエリシェ嬢、貴女は僕を何だとお思いだったので?」
「……魔法の女神様の化身とか?でもそれだと、ルリアちゃんの事になってしまいますわね。それでは、隠者の神様の化身ということで」
「過分なご評価、身に余る光栄です。まあ正に今、それが否定されている訳ですが」
俺はそう言いながら、眼の前の宙に指で真円を描く。指の動きに合わせて青い線が生まれて円弧が閉じる様をイメージし、その手が電流を纏う様子を思い浮かべて唱えた。
「<
……何も起こらない。思わず顔を手で覆って天を仰ぐ俺の横で、囁くような声が先程の俺と同じ言葉を紡ぐ。
「<
宙に伸ばされたルリアの腕に、パチパチと音を立てて紫電が纏わりつく。電流が空気を
「ルリアはこれで十個目の呪文習得ですか。とうとう三年生で首位のラグ寮長に並んでしまいましたね」
「で、でもサキだって九個目までは初回で発動に成功したからね。やっぱり二人とも凄いよ」
「それはそうだけど……負けているのは事実だし、悔しいことに変わりは無いなあ」
ロシェとイサクの言葉に、俺は不機嫌な様子を露わにして答える。そう、俺は現在生まれて初めて、「習った呪文を発動できない」という事態に陥っているのだ。
俺とルリアが呪文動作省略を成功させてから、約一ヶ月が過ぎた。その間、俺達は普段通りに講義を受け、呪文の練習をしていたが、新しい呪文に手を出すことは無かった。
俺とルリアが八つ目の呪文を習得した時、教授会から「しばらく新しい呪文を習得するのを控えてほしい」という要望を伝えられたからだ。入学してひと月も経っていない七歳の子供二人が、学院の卒業資格を早々に満たしてしまった。そのためごぼう抜きにされた上級生達に、ショックを受けて打ちひしがれる者が続出したと聞いている。
「お前達に先へ進むなと言うのも変な話だが、学生はおろか教授にも動揺しておる者がおる始末でな。学内が落ち着くまで、今しばらくはこれまで習得した呪文の練習をしておいてくれんか」とはアザド教授の談。
なので俺とルリアはこの一ヶ月間、講義の傍ら大演習室で他の生徒の練習を眺めたり、呪文実験室で呪文動作省略の練習をしたりして過ごしていた。で、そろそろほとぼりも冷めただろうということで、今日九つ目と十個目の呪文の習得にチャレンジしたわけだが、ここで問題が発生。
九番目の<
しかし、ロシェ、イサク、エリシェ嬢の三人に言わせると、それが普通なのだそうだ。教わった通りにやってみても発動できず、そこから何度も練習を繰り返してやっと習得できるというのが、一般的な呪文習得の手順。だからこれまで全部初回で発動に成功していた俺達がおかしいのだと、口々に文句を言われた。
そんな事を言われても、今まで普通に出来ていた事が出来なくなって、俺もそれなりにショックを受けているんだが?それに<電撃の手>を失敗しているのは俺だけで、ルリアは問題なく初回で発動させている。畜生、これが才能の差という奴なのか?
その時、俺の視界の隅をエリシェ嬢がすすす、といった感じで滑るように横切るのが見えた。
「ああん、やっぱりルリアちゃんは無敵で素敵で可愛いですわ!こんなに小さいのに、学院全体でトップだなんて!」
「……」
「あ、こらルリア。<電撃の手>を解除せずに人に向けるな。危ないだろうが。エリシェ嬢も、いきなりルリアに抱きつこうとするのは止めてくださいね?」
「あら、サキさんだったらよろしいんですの?」
手をワキワキさせて俺を見るエリシェ嬢に、ルリアが本気の目つきで<電撃の手>を向ける。俺は慌てて二人の少女の間に割って入りながら、思わず「双方動くな!」と叫んでしまった。その様子を眺めるロシェとイサクの視線は、いつものことであるためか実に生暖かい。
五人だけで呪文研究室を利用するようになってから、人目が無くなったせいかエリシェ嬢が俺達に絡んでくる事が増えた。いや、既に人目を
それが、比較的狭い呪文実験室に俺達五人だけ。ハザ教授も忙しく毎回は立ち会えないという状況で、彼女のリミッターが吹き飛んでしまったらしい。気が付くと後ろに居て、覆い被さるように抱きついてくることが増えたのだ。何とかならんのか、この幼児趣味候女。
ちなみにロシェとイサクは自分達がターゲットでないという安心感ゆえか、もしくは相手が大貴族シャミール侯爵家の令嬢ということもあって気後れしているのか、特に何も言わず遠くから見守るだけである。チッ、役立たずどもめ。
だがなロシェ、俺は知っているぞ。エリシェ嬢が時々、お前のことも妖しい眼で見つめているのを。対岸の火事ではないと知った時、今同様に平静でいられるかな?
なお、エリシェ嬢にとってイサクは完全にアウトオブ眼中な模様。まあね、イサクは彼女より年上にすら見える時があるからね。実際は、エリシェ嬢より彼の方が二つ年下のはずなんだが。
そういった諸々のことは置いておくとして、何にせよ今のやり取りはいただけない。俺はエリシェ嬢を牽制しながら、ルリアに<電撃の手>を解除させ、二人並んで俺の前に立たせた。
「言ったでしょう?僕達だけで練習する時は、
形だけはしおらしい様子を見せている二人に向かって、くどくどと説教を行う。本当なら、正座させて上から物申したいくらいだよ。まあ、この国には正座なんていう習慣はないんだが。
俺に叱られているルリアは、無表情の中に僅かな不機嫌さをにじませている。納得がいっていないのだろう。確かに<
そして一見神妙そうにしているエリシェ嬢だが、口元が少し
そもそもこの五人の中で、最年長かつ親の身分が一番高いのはエリシェ嬢なのだから、彼女がまとめ役をやってもいいはずだ。しかし何故か皆に指示を出したり、こういう時に注意したりする役目は俺がするようになってしまった。教授達も他の生徒も、俺が五人の代表みたいに話しかけてくるし。解せぬ。
まあエリシェ嬢は一緒に居て分かるようにかなり緩い性格をしていて、リーダーに向いているとは言い難い。ルリアにはそもそも、他人と関わろうという意識が無い。ロシェやイサクは最初から一歩引いているし、俺がやるしかないというのが正直なところだ。
さて、説教が効いている手応えがないんだが、いつまでもこの二人にかかずらってはいられない。彼女達にはひとまず厳重注意を言い渡して、俺は残りの二人に注意を向けた。ロシェとイサクは現在自主的に呪文の練習をしているんだが、先程から両手を胸の前で組んだまま詠唱を行っている。そう、彼らは呪文動作省略に取り組んでいるのだ。
呪文動作の省略に関しては、控えめに言っても大問題となってしまった。早速学院長と婆ちゃん、アザド主任教授との間でこの新技術をどう扱うか話し合いが持たれ、結果当分の間は学院では教えないことに決まったらしい。そもそも、現時点で教える資格がある者がいないのでそうする他ない、というのが実情のようだ。
あれから一ヶ月が経過したが、動作省略が出来るのは未だに俺とルリアだけ。婆ちゃんや俺の両親もまだ動作の省略に成功していないあたり、従来のやり方で魔法を学んできた人間には相当ハードルが高い事が伺える。こういった情報は、<
父さんが言うには、やはり指でなぞらずに<
そうやって周囲から聞いた話を総合してみると、どうやら呪文動作省略は魔法の根底を覆すような大発見らしい。呪文の発動の速さは魔法使いの技量が最も問われる部分で、それは特に魔法使い同士が対決する際に際立って重要になるという。相手より一瞬でも早く呪文が唱えられれば、それだけで勝負が決まってしまうことも珍しくないのだとか。
そんな訳で手付きも素早く詠唱は滅茶苦茶早口、これ以上削ぎ落とせるところがないというぐらいに、一流の魔法使い達は素早い発動を研鑽しているのだ。動作省略はそこから更に、発動までの時間を短縮できる手法ということになる。そりゃ、皆目の色を変えて取り組むわな。
これはあれだ、格闘技や武術で言うところの、「秘伝」とか「奥義」に該当するヤツだな。後継者や限られた高弟しか、知ること見ることを許されない技術。知られていないことが最大の強みなので、徹底的に隠すことが肝要になる。
以上のような経緯があって、俺達が呪文を練習する際は大演習室を使わず、必ず呪文実験室を借りるようになった。学年の他の生徒達からは、俺とルリアの呪文習得速度が違いすぎるので仕方が無いと思われているらしい。本当は、動作省略を見られないためなんだが。
「<
ロシェが呪文名を唱えるが、光球は現れなかった。隣では同様にイサクが「<明かり>」と呟いていたが、こちらも失敗のようだ。
ロシェ、イサク、エリシェ嬢の三人は俺とルリアが最初に呪文動作省略を使用するのを見ていたため、秘密にせずに教えていいことになった。勿論、練達の魔法使いと駆け出しにも満たない学生とで、習熟の速度にどの様な違いが生まれるか検証するためだ。
そして俺が見るところ、動作の省略に魔法使いとしての力量は影響せず、必要なのはイメージ力だけという線が濃厚。なので、俺とルリア以外で最も早く三重円法に取り組み始めたロシェが、現在三人目の動作省略使いに一番近いところにいたりする訳だ。実際、発動の際にロシェがイメージで描く
「ロシェはかなりいいところまで来ているよ。もうしばらく練習を続ければ、きっとモノに出来ると思う。イサクもちゃんと上達しているから、諦めずに練習を続けよう。大丈夫、努力は絶対自分を裏切らないから」
そう言って、俺は動作省略での発動に失敗した二人を励ます。しかし当のロシェからは、じっとりとした恨みがましい視線が返ってきた。
「いい言葉だと思うんですけど、努力とは一番縁遠そうな人に言われても納得し難いですね」
その言葉を聞いた途端、すう、と頭の天辺から冷たい空気が降りてきて、俺の気持ちも視線も冷めたものに変えていったのが自分で分かった。目つきが据わり、普段より一段低い声が腹の底から出てくる。
「僕が努力をしているように見えないと、ロシェはそう言うんだ?」
俺に見据えられながら問われたロシェは、一瞬で顔面を蒼白にして固まった。そのまましばらく口をパクパクさせてから、慌てて頭を下げて叫ぶ。
「過ぎた口を利いてしまいました!申し訳ございません!!」
「イサク」
俺は低頭したままのロシェに視線を固定したまま、隣に立つイサクに声をかける。
「イサクもロシェと、同じようなことを思っているのかな?」
そう言ってイサクを見やると、彼は可哀想なくらい狼狽して「あ」だの「う」だの、言葉にならない声を上げていた。彼はずいぶん長いことそうしていたが、俺が黙ってずっと返事を待っていると、やがて思い切ったように口を開く。
「サ、サキ様は才能に恵まれていらっしゃいますから、そ、その、何事も容易にこ、こなしてしまわれますので、ロシェにはそう見えたのかと」
普段より長いセリフを普段より多くつっかえながら、イサクはその大きな体を縮こまらせて
「二人に教えた三重円法やサイコロ法を、僕とルリアが始めたのは三歳の頃だ。それから僕達は三年以上、ほぼ毎日訓練を欠かしていない。僕達と二人の差は、才能云々より何よりも、積み上げてきたことの差なんだよ」
俺は二人の目を交互に見つめながら、ゆっくりと言い聞かせる。
「確かに、才能の差というものは存在するのかもしれない。でもそれを前に僻んだり、萎縮したりしていても、差は縮まらないよ。そして気持ちで負けていたら、努力を継続することさえ難しくなってしまう。それじゃ勝負にならないよ。空元気でもいい、内心では『サキもルリアも何するものぞ』と思って、努力を続けるんだ。そうすれば、きっと結果は付いてくるよ」
俺の言葉に、二人はただ黙って頷くだけだった。意気消沈する二人に俺は休憩を言い渡すと、壁際に座って休ませる。何だか実に、俺らしくない物言いをしてしまったような気がしないでもない。イサクなんかとばっちりを受けただけのような気さえするが、まあ後で何かフォローするとしよう。
「サキさんも厳しいことを仰ることがありますのね。少々意外でしたわ」
ふと気づくと、ルリアとエリシェ嬢の二人が俺の傍まで寄ってきていた。エリシェ嬢がいつもの悪戯っぽい微笑を浮かべながら、俺に声を掛けてくる。身長差があるので少しかがみ込むようにして俺の顔を覗き込んでくるのだが、不思議とその声にも眼差しにも、上から目線は感じなかった。
そしてその視線を遮るように、ルリアが俺達二人の間に割って入り、俺に抱きついてくる。ここまでは通常運行。普段ならエリシェ嬢はこのまま俺達二人ごと抱きかかえようとし、ルリアが離せと暴れ出すんだが、今日の彼女は微笑んだまま黙って俺を見つめていた。俺は溜息にならないように静かに息を吐きだすと、エリシェ嬢に応える。
「僕が一番年下なのに、あんな事を言ったのは良くなかったでしょうか?」
「そんな事ありませんわ」
エリシェ嬢の返答は、その視線と同じく柔らかい。
「上に立つ者は、時折耳に痛くとも敢えて厳しい物言いをせねばなりません。でもそれは相手の事を思いやっての言葉であり、同時に自らを律する為の言葉でなければなりませんの。少なくとも、私はそう教えられましたわ」
上に立つ者、ね。流石は(色んな意味で)腐っても大貴族のご令嬢。そのあたりの教育は、しっかり受けてらっしゃるようだ。
「……後で二人には謝っておきます。言い方が悪かったって」
「そうですわね。ロシェさんもイサクさんも、きっと分かってくれますわ。お友達なのでしょう?」
そう言ってエリシェ嬢は最後ににこりと笑いかけると、俺達から離れていった。どうやら自分の練習を再開するようだ。ルリアは俺に抱きついたままだったが、俺が黙ってその場に立ち尽くしていると、同じように離れて呪文の練習を始める。
俺は更に棒立ちのまま、先程の一幕について考えていた。ロシェの言葉の何が、あんなに俺を苛立たせたのか。そしてさっき聞いた、エリシェ嬢の言葉。ちらりと横目でルリアの方を見ると、彼女は動作を省略したまま次々と呪文を唱えては消している。まるで底を突くことが無いような、無尽蔵の魔力。
ブーメランなんだよな、思いっきり。俺は今度こそ重い溜息を吐き出すと、気持ちを入れ替えるために口に出して自分に気合を入れた。
「……練習、しますか」
呪文実験室での練習を終えて、俺達五人は揃って寮へ帰ることにした。早い方がいいと思ったので、実験室を出る前にロシェとイサクの二人には謝罪している。頭を下げる俺に、二人は慌てたように謝る必要なんかないと言ってくれた。
「僕もサキが許してくれるからといって、気が緩んでいたのです。失望されることのないよう、心を入れ替えて頑張ります」
ロシェなんかはキリッとした感じでそう言ったけど、アレは半分くらい八つ当たりだった面もあったりするからなあ。取り敢えず、俺ももっと謙虚になるからと言って、それでこの話はお終いということにした。
大演習室のザマ教授に呪文実験室の利用が終わったことを報告し、俺達は学院から出るためにエントランスのホールに入る。ここも寮の玄関ホールに倍する大きさで、王都で見た中央大神殿の聖堂にも引けを取らない豪華さだ。柱石が立ち並ぶ壁際には、学院の歴史の中で偉大な成果をなした魔法使いたちの肖像画が、その功績を称える言葉とともに飾られている。
ちなみにホールの最奥には魔術結社<聖魔術師団(ホーリー・オーダー・オブ・メイガス)>の第八位階<
聞くところによると、三十年も前にここに肖像画が飾られることが決定したのだが、婆ちゃんの猛烈な抵抗により実現には至ってないらしい。「あんなところに自分を描いた絵が据えられて大勢の人間に拝まれるとか、気色悪いったらありゃしないよ」とは、本人の弁。
そんなエピソードを思い出しながらホールの大扉に向かって歩いていると、向こうから扉が開かれて学院に入ってくる一団が目に入った。教授の一人に先導されながらこちらへ歩いてくる五、六人ほどの集団は、当然ながら全員が魔法使いだ。
先頭を歩くのは、灰色をベースにしたアカデミックガウンっぽい、豪奢なローブを身に纏ったご老人。ぽい、なのはガウンと違って足元までの丈があるから。細い体型をカバーするかのように大きく張り出したフードを肩に掛け、濃い群青のストールを首から下げている。学院長には及ばないものの立派な髭をたくわえており、なかなかの威厳だ。
老人に続く魔法使いたちも、それよりは劣るものの全員が気合を入れてめかし込んでいる様子が伺える。中年から青年まで、先頭の老人を含めて年代はバラバラだが全員が男性だ。見た覚えのある人は一人も居ないから、外部からの来訪者だろう。
俺達五人と外部の魔法使いの集団はホール中央で交差し、俺達は立ち止まって頭を下げてすれ違う。しばらく低頭して頃合いを見て、俺達は再びホールの扉に向かって移動を再開した。先程の一団は奥へ消えていったようだが、こういう時は振り返って目で追ったりしないのがマナー。
学院の建物の外に出て、俺達は一斉に喋り始めた。寮へ帰る道すがら、先程見た魔法使いの集団について情報を交わし合う。
「先頭を歩いておられたのは、モルデカイ翁でしたね。他の方々は、お弟子さんでしょうか?」
早速ロシェが事情通なところを披露してくれる。それとやっぱりあのおじいちゃん、有名人なのね。しかしモルデカイとな?どこかで聞いた覚えが……
「ユ、ユリ侯子の師にあたられる方です」
「それだよイサク。思い出した、確か”雷光の魔法使い”とかいう二つ名で呼ばれてるんだっけ」
入学して最初の自己紹介の時、あのバカ侯子が自慢げに名前を出していたのを記憶の底から引っ張り出す。大層な二つ名だが、センスの良さではウチの婆ちゃんの”魔女(ザ・ウイッチ)”の方に軍配が上がるな。一部右手が疼いたり片眼に問題がある向きの人には、また違った評価がなされるかも知れないが。
「モルデカイ翁は西方でも屈指の魔法使いのお一人で、王国全体でも数少ない第四階梯の使い手ですわ。今は確か、カツィール家の顧問のような立場に収まっていらっしゃるとか」
詳しい情報サンクス、エリシェ嬢。しかし第四階梯ということは、俺の父さんやアザド教授と同格ということだな。学院に在学中でまだ階梯も手に入れていない俺達にとっては、雲の上の人ということになるだろう。婆ちゃん?雲の上どころか、突き抜けて宇宙に行っている人を引き合いに出してはいけない(戒め)
「そんな一流の魔法使いが、弟子を引き連れて学院に何用だろう?もしかして、弟子の一人であるユリ侯子の様子を見に来たのかな?」
俺のそんな問いかけに、三人はどうだろうという風に首を傾げる。勿論、いつものようにルリアは会話には加わらず、俺の手にしがみついて興味なさげに話を聞いているだけだ。
「無いとは言い切れませんが、あのように大勢で学院を訪れるというのは考えにくいですね。最近は国中の有力な魔法使いが相次いで学院に足を運んでいますので、モルデカイ翁も遅れじとやって来られたのではないでしょうか」
「さ、最近多いよね、来客。教授達がその、応対が大変だって言ってたよ」
「噂ですと、サキさんのお祖母様も秘密裏に学院にやって来られたとか。学院長とだけお会いになってお帰りになったそうですけど、私もお会いしたかったですわ~」
友人達の言葉に、俺は少なからずショックを受ける。マジか、全然知らなかったぞ。そういえばここ最近は、呪文動作省略の発見とその扱いを巡ってバタバタしてて、すっかりアンテナが低くなっていた気がする。反省だな。
「しかし、どうしてそんなに来客が増えたんだろう。学院で何か変わったことってあったっけ?」
俺がポツリと漏らした言葉に、三人が揃って冷たい目を向けてきた。それどころか、ルリアまで俺の胸元から極低温の眼差しで見上げてくる始末。え、俺?俺が悪いの?
「いい加減、自分の普通が他人にとっては普通でないことに慣れてください。サキとルリアに面会しようとする方たちを拒んでいる、教授達の苦労が報われません」
「ふ、二人のことは学院の外でも、噂になり始めているみたいだよ」
「サキさん、流石にそれは擁護しきれませんわ」
ロシェはため息交じりに、イサクはちょっと誇らしげに、エリシェ嬢は視線を逸らし目を伏せながら口々に言う。マジっすか……そんな事になっていたとは。スマン、今後は気をつけるわ。俺は皆に謝りつつ寮へ戻ると、寝る前に今日の出来事を父さんと婆ちゃんに<伝言>で報告した。
この日起きたことが、後に俺の生命を危険に晒す事態に繋がろうとは、想像すらしてなかった訳だが。
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