第二十七話 魔術オタクは相手との距離を測りかねる
タルムーグ魔法学院での最初の授業が終わった休憩時間、俺達の席は異常な空気感に満たされていた。その原因となっているのは誰あろう、俺の隣でルリアを膝に抱きかかえているエリシェ・アドニ・シャミール嬢である。
教室中が彼女に注目していた。さもありなん、エリシェ嬢はハノーク王国で最高位の貴族であるシャミール侯爵家の令嬢である。その彼女がはしたなくも大声を上げた後、かなり年下とは言え級友であるルリアを膝に抱えて可愛がるという暴挙に及んでいるのだ。
さっきまであの馬鹿侯子が騒いでいたこともあって、俺達は既に教室中の耳目を集めていた。そこで更にこの追い討ちである。もはや誰もが、あそこでは一体何が起きているのだと注目して当然の事態だった。
「ああん、ルリアちゃん本当に可愛ぃい~。髪もつやつやで、真っ黒に燦めいていて。濡羽色っていうんですの?
そう言って、ぐりぐりと自らの頬をルリアの頬に押し付けるエリシェ嬢。その圧に
「んもう、ほっぺたもぷにぷにで、私どうにかなりそうですの。はっ!いいことを思い付きましたわ!ルリアちゃん、私の妹になりませんこと?」
「絶対に嫌」
「あらあら。そんな風にツンツンしていらしては、可愛いお顔が台無しですのよ。いいえ、不機嫌なルリアちゃんもとっても可愛いのですけど」
「サキ、コイツ頭おかしい」
「駄目ですわリリアちゃん、『コイツ』だなんて。立派な淑女は、そんな乱暴な言葉を使ってはいけませんのよ。そうですわね、私のことは『お姉ちゃん』とお呼びになって?」
「サキ、魔法使っていい?」
「オイ待て、やめろ」
先程から犯罪者スレスレ、いや犯罪者そのものの言動を繰り返しているエリシェ嬢に、とうとうルリアが我慢できなくなったようだ。その震える指先が
「あ」
慌て過ぎたのだろうか、俺はバランスを崩してエリシェ嬢に寄りかかってしまった。自分の体の側面で感じる柔らかな感触に、一瞬思考が停止してしまう。次の瞬間、俺は自分がとんでもない非礼をしていることを自覚した。「し、失礼しました!」と早口でまくし立て、俺は急いで彼女から身を離そうとする。その時、頭上から「あらあら、うふふ」というやけにねっとりとした囁きが聞こえ、次いでたおやかな手が俺の腰に回された。
「こんな場所で暴れられては危ないですわ、サキさん。さ、私にしっかりお掴まりになって?」
そう言って俺に微笑むエリシェ嬢の瞳に、ルリアに向けていたのと同じ妖しい光を見て取った俺は、脳内で絶叫を上げた。
うわああああ!いや、これは駄目、駄目だろ!百歩譲って、同性のルリアを膝に抱くのはセーフよりのアウトでも、公共の場で俺を捕まえようとするのは、絶対に駄目!これ以上ないアウト!
俺は貴族の振る舞いなど全てかなぐり捨てて、回された腕を全力で解いて彼女から離れた。ベンチの一番端まで後ずさって、荒くなりかけた息を整える俺を、エリシェ嬢は残念そうな顔で見つめている。
ヤバ過ぎるだろ、この女。もしかして、幼ければ
どうしよう、どうしたらいい?マジでこの危険人物に、大人しく自席へ戻ってもらう手立てが思いつかん。そして俺が手をこまねいている間も、ルリアは一方的な「可愛がり」を受けて色々なものが削られてしまっているようだ。心做しか顔が青ざめているようにも見え、瞳から光が失われつつある。「ハイライトが消えた目」というものを、まさか本当に見ることになるとは。
このままではルリアが危ない。俺は意を決して、しかし近づきすぎないよう細心の注意を払い、彼女に問いかけた。
「あの、エリシェ嬢?皆の視線を集めてしまっていますので、もうそろそろ……」
「当然ですわ、サキさん。だって、ルリアちゃんはこんなにも可愛いのですもの。皆様の注目を集めてしまうのも
「……」
「しかしですね、先程からの貴女の振る舞いは、決して貴族の令嬢として相応しいものでは……」
「……そうですわね。でも、仕方がないのですわ。ルリアちゃんを目の前にすると、私自分が抑えられませんの。ああ、ルリアちゃんなんて可愛いのでしょう!」
「……」
ヤベえ、こいつループに入ったぞ。そして人の話を聞いちゃいねえ。一方のルリアはもう、何か言う気力すら残っていないようだ。自身の内面を凍りつかせ、ひたすら時が過ぎるのを耐えているように見える。
「ねえルリアちゃん、今度寮の私の部屋でお茶会をしませんこと?私の実家から、最高級の茶葉を持って来ておりますの。是非いらしてくださいな」
「行かない」
「お菓子もありますわよ?この学院都市でも有名なお店で買い求めた、お芋のパンケーキが絶品ですの」
「……行かない」
おいルリア。君、今少し悩んだだろう?これだけいろいろと削られていても、お菓子には心が動いてしまうのか。しかしどうする?ルリアは助けてやりたいが、エリシェ嬢が無敵すぎる。
俺が悩んでいたその時、次の授業開始を知らせる鐘が鳴り響いた。まさに闇追い払う時の鐘。俺は百万の援軍を得た心持ちで、隣に向かって話しかける。
「エリシェ嬢、次の授業が始まりますよ。早く席にお戻りにならないと」
「……残念ですわ。もっとルリアちゃんと一緒にいたかったですの。今度はサキさんたちともお話しましょうね。ではまた、次の休憩時間に」
意外にも、今度はエリシェ嬢も聞き分けよく俺の言葉を受け入れてくれた。どうやら彼女の脳内にも、学生の本分を守るべしという僅かな理性が残されていたらしい。エリシェ嬢は本当に残念そうにルリアを膝から下ろすと立ち上がり、ここだけは優雅な礼を決めてから自席に戻っていった。開放されたルリアは精も根も尽き果てたといった風情で、俺に縋り付いている。
ヤバい。俺の語彙が失われてしまうくらい、アレはヤバい。何がヤバいって、俺も捕食対象として見ている気がするのがヤバいのだ。正直に申し上げると、いくら級友でもお近づきになりたくないタイプのヤバさである。
しかも彼女は、去り際に何と言った?そう、「次の休憩時間」も、だ。つまりは今後、休憩時間の度にアレが繰り返されるかも知れないのだ。下手をしたら、今後三年の間、ずっと。
教室に教師が入って来て、俺は未だに力が入らない様子のルリアに手を貸して起立する。俺達は互いに支え合いながら、生まれたての子鹿のように震えるのだった。
恐れていた通り、エリシェ嬢は次の休憩時間にもやって来た。そして怯えるルリアを容赦なく抱え上げて膝に乗せると、俺の隣の席を占有してしまう。残念だが、俺にそれを阻止する
一方でエリシェ嬢もようやく「ルリアちゃん可愛い」botは脱却したようで、俺やロシェ、イサクにも普通に話を振って、会話を楽しもうという姿勢が伺えた。話してみると意外に(と言っては失礼だが)彼女は会話が巧みで、最初は身構えていた俺達も途中からやや気を許して、普通のクラスメートのように雑談に興じることとなった。勿論、エリシェ嬢は常にルリアを愛でながらではあるが。
「私はシャミール侯爵家の長女として生まれたのですけど、年の離れた妹がおりますの。丁度、サキさんやルリアちゃんと同じ年頃ですわ。妹は生まれた時からもう、本当に可愛くて可愛くて。何をするにも姉妹一緒でしたの。お父様の言いつけで今年学院を受験することが決まったのですけど、私本気で悩みましたわ。妹と離れるくらいなら、学院に進学するのを諦めようかと」
どこかで聞いたような話だが、とにかく内心酷く気落ちしながら学院を受験した際、ルリアが彼女の目に留まってしまう。「妹を可愛がれないなら、妹みたいな子を可愛がればいいじゃない」という天啓を授かったエリシェ嬢は、俺達とお近づきになる機会を虎視眈々と狙っていたのだとか。
「妹は私と同じ金髪に翠の眼ですけど、ルリアちゃんの黒髪に黒い瞳も神秘的でとっても素敵ですわ。見ていると吸い込まれていきそうですの。ところでルリアちゃん、今晩私のお部屋にお泊りにいらっしゃいません?」
「行かない」
うん、隙あらばルリアを誘おうとしてくるあたり、やっぱりアウトである。ともかく普通に話ができるなら、仲良くなるのも吝かでない。俺は距離感に気を付けつつ、当たり障りのない話題を探して問いかけた。
「ところでエリシェ嬢」
「エリシェで構いませんわ、サキさん」
「それでは、お言葉に甘えて。エリシェさんのお生まれになったシャミール領は、どういった土地柄なんですか?恥ずかしながら私は王都以外では、自領の村くらいにしか行ったことがないのですよ」
「自然が豊かな、素敵な場所ですわよ。王都のような華やかさには欠けますけど、農業と牧畜が盛んで民の気性も穏やかですの。食材に恵まれていますので、食事の美味しさでは王国でも一、二を争うと自負しておりますわ」
「確かにシャミール領は、穀類と食肉の一大産地ですね。王都の人口は周辺の荘園からの農作物だけでは養いきれないので、北街道を通ってシャミール領から運ばれてくる食料には随分助かっています」
「う、馬の放牧でも有名ですよ。シャミール産の軍馬は、どこの騎士団でも重宝されているそうです」
「二人とも詳しいな。でも、本当に良い所のようですね。是非一度……あ、いえ」
「そうですわ!長期休暇には皆さん一緒に私の家にいらっしゃらない?我が家の料理人が腕に縒りをかけた、最高の料理でおもてなしさせていただきますわよ?」
「行かない」
危なかった。当たり障りのない話を振ったつもりで、愚かにも自ら死地に足を踏み入れるところだった。こういうお誘いは社交辞令とは言え、その場では中々断りづらいものだ。普通は誘う方も誘われる方も本気ではないので、後から断っても大した問題にはならない。
しかしこの場合は「是非一度お邪魔したい」などと言おうものなら最後、エリシェ嬢は全力で俺達をシャミール領へ連れ去るだろう。話を振った俺が断るのは角が立つため、即座に突っぱねたルリアに感謝である。
こんな感じで多少の緊張感を孕みながらも、俺達は休憩時間いっぱいそれなりに楽しく話をした。その間ルリアはずっと抱えられたままだったのだが、エリシェ嬢の愛情表現にも少々慣れてきたように感じられる。ルリア本人は不本意だろうが。
そこでふと思ったんだが、人見知りのルリアが自分から他人と仲良くしようとする可能性は限りなく低いわけで、むしろこのエリシェ嬢のように向こうからグイグイ来るタイプの方が打ち解けやすいんじゃないだろうか。ルリアの交友関係を広げるためにも、この出会いにも意味はあったと言えなくはないか?
……せめて交友相手の中身は、もう少し選ばせて欲しかったなあ。
更に次の休憩時間。今回もエリシェ嬢がやって来てルリアを捕獲、膝の上で可愛がり始めたのだが、これまでとは違う事態が発生した。それは、
「ノアム・カラヴァンと申します。エステル様の弟子であるアドラー師の私塾で学びました。サキ様、よろしくお願いいたします」
「デヴォラ・ロートです。師がレヴィ様、サーラ様と親しくさせていただいております。サキ様、ルリア様、よろしくお願いいたしますわ」
こんな風に、クラスメート達が次々俺達の席にやって来ては挨拶していくのだ。最初は婆ちゃんの弟子筋や、両親の交友関係と思われる子がほとんどだったが、そのうち特に関係もないクラスメートも混じって来るようになった。一体どういう流れでこうなったのだろう?
ともかく、挨拶を受けて黙っているわけには行かない。あの馬鹿侯子とその取り巻きはともかく、クラスの皆と仲良くするのは俺的に諸手を挙げて歓迎すべきことなので、やって来た全員に笑顔で応対して自分を売り込んでいく。だが、級友達が皆俺に対してへりくだっているのはどうしたものか。
「こちらこそよろしくお願いします。それと様は止めて下さい。私達のことはサキ、ルリアと」
「そ、そういう訳には」
「この教室の皆は全員、魔法を学ぶ兄弟姉妹です。対等な立場なのですから、もっと砕けて話していただいていいんですよ?」
「はい……」
「サキさんは随分と人望がお有りですのね。流石はアルカライ家の跡取りですわ。勿論、ルリアちゃんが可愛いのも理由の一つでしょうけど」
「……」
そう言うエリシェ嬢も、俺とルリアに挨拶した流れでクラスメート達に挨拶されているので、何だかとても忙しない。それでも流石は侯爵家令嬢、上品さを失わずに次々と相手を捌いていくその姿には、年季の入った社交の腕前が感じられた。これで、膝にルリアを乗せたままでなければ完璧だったのだが。
一部のクラスメートは俺やルリア、エリシェ嬢に挨拶した後教室の後方で、ロシェやイサクと話している。ちらと見た限りでは、最初に挨拶しに来た俺の実家関係の子が多いようだ。これはあれだろうな、所謂「アルカライ派閥」の学生同士、親交を深めておこうということだろう。俺とは本当に挨拶だけで、ろくに話も出来なかったからな。何せ、挨拶の順番待ちの列が出来ていたくらいだし。
そうして残りのすべての休憩時間も、俺の席を訪れるクラスメートへの応対に費やされたのだった。結局今日一日、全部の休憩時間で心が休まらなかったぞ、畜生。
もし、この教室を俯瞰して眺め続けている存在がいたとしたら、その者はあることに気が付いたろう。対立・好奇・友好・その他など動機はそれぞれ違えども、全てのクラスメートが自席を立ってサキの元へ訪れ、彼と言葉を交わそうとしたことに。
すなわち、サキ・アドニ・アルカライは授業初日でこの学年の中心人物となってしまったのである。自身も気が付かない内に。
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その日、ハノーク王国全土に激震が走った。
その理由は、ハノーク王宮から王国中に向けて発信された重大発表にあった。その内容は以下の通りである。
「大魔法使いエステル・アドニ・アルカライ、第七階梯に到達」
その報せは<
報せに歓喜する者、頭を抱える者、切歯扼腕して身を
一個人、しかも当主の座を退いて隠居している者が魔法の階梯を一段上げただけでそんな大騒ぎになるのか、と
そもそも魔法使いの脅威度は、階梯が一つ上がる毎に十倍になると言われている。駆け出しの第一階梯でも<
第三階梯ともなれば<
エステルが”
そして魔法使いにとって、「知らない」ということが如何に恐怖を呼び起こすことか、余人には想像もつくまい。<魔法の矢>に<
それ程畏れられているエステルが、更に階梯を一段上げてしまった。先程の脅威度十倍理論に従えば、エステルは王国中に十人といないとされている第四階梯魔法使い、その千人分の力を持っているということになる。比較するのも馬鹿らしい話だ。
斯様な巨人が盟主として率いるアルカライ派に、対抗しようとする魔法使いはもはや皆無だろう。そしてその影響は魔法の世界に留まらず、政治にも波及する。アルカライ家が王家とともに歩んでいる限り、門閥派の貴族たちはこれまで以上に国王派に強く出ることが出来なくなってしまった。ある日突然彼等の城館と領地が、一瞬で炎の海に沈まないとは限らないのだ。そんな事はないと頭で理解していても、それが容易く行えるであろう人物が存在していることに、彼等の心が耐えられない。
エステル・アドニ・アルカライがこの世に存命している限り、門閥派の貴族たちに安眠が訪れることは無いだろう。そしてそれは不幸にも、彼等を大人しくさせる理由にはなり得ないのである。
「それにしても、大変な騒ぎになりましたな母上」
王都の貴族街、その一角。夜も更けたアルカライ邸の書斎には、いつものようにアルカライ家の魔法使いの面々が揃っていた。そして開口一番、屋敷の主であるレヴィが実に楽しげな様子でエステルに語りかける。
大変な騒ぎとは勿論、エステルの第七階梯昇格という報せを受けた者達の阿鼻叫喚だ。誰あろう、王室魔法顧問としてその発表を行ったのは他ならぬレヴィ自身なのだが、その時の玉座の間のどよめきは大したものだった。公式発表を前に事前報告に上がった際も、それを聞いた国王が絶句して、しばらく身動きできなかった程である。
「第五階梯に登った時に比べたら、多少マシだけどね。あの時はまだこの国も出来ていなかったし、どこの領地もひっくり返ったような有り様だったよ。信じない連中が大勢押しかけて来て『証拠を見せろ』って騒ぐし、もう大変だったさ。結局全部、『学院に確認しろ』って追い返したけどね」
「
「また貴方は、悪い顔してそんなこと言って。貴方のそういうところが、サキに遺伝したんですわ。きっと」
「髪も目も君譲りなんだ、私似のところが少しはあってもいいじゃないか。むしろ誇らしいくらいだよ」
「はいはいご馳走様ご馳走様。それで伯母様、第七に手が届いたのはやっぱり例の修練のせいですか?」
レヴィとサーラの夫婦漫才を一言で切って捨てたマリアが、エステルにそう尋ねる。エステルはそちらへ一つ頷くと、懐から愛用の煙管を取り出して火を付けた。
「第六に登って幾つかの呪文を修めて、それから二十年と少し、あたしの魔法に進展は無かった。それが六十の坂に差し掛かって、急に残りの呪文を習得できたんだ。間違いなく、サキの教えを受けたからとしか考えられないね。目で見て分かるくらい魔力が増えて、今までにない力が湧いてくるのを感じているよ。こりゃもう、隠居を撤回するしかないねえ」
そう言って煙を一つ吐き出したエステルが、呵呵と歯を見せて笑う。その様を見て、愛弟子三人は何とも言い難い表情を浮かべた。この人が元気なのは頼りになるけど、やり過ぎて大変なことになりかねないんだよなあ、という表情である。
「ところで、あんた達はどうなんだい?魔力鍛錬の成果が少しは出てきたんじゃないか?」
急にエステルから振られた質問に、三人は顔を見合わせた。ややあって、レヴィから順に返答する。
「魔力を回すという感覚が、やっと掴めてきたような気がしています。いずれ、何らかの成果をご報告できるかと」
「それに、この修行を始めてから疲れにくくなったような気がしています。相変わらず忙しいですけど、地道に取り組んでいきますわ」
「私はまだ全然手応えがないですね、でも、やってみせますよ。伯母様だって出来たんですから」
各々の返答に、エステルは懐かしいものを見たように目を細める。三人が自分の弟子として研鑽していた、あの頃の姿が重なって見えた。
魔法使いにとって己の階梯を上げることの重要性は、ここに語るまでもない。生涯を通して一つでも上の階梯に辿り着くことこそ、全ての魔法使いの宿願である。三人は既に伸び盛りの頃を過ぎ、おそらく現在の階梯が自分の到達できる上限だと感じていた。しかしこれ以上ない反証を、他ならぬ自分たちの師であるエステルが示してくれたのである。まだ行ける、まだ登れる、と。三人に十代の頃の熱情が戻ってきたのは、至極当然であった。
自分の教え子達の若々しい姿に、胸に迫る様な感慨に打たれたエステルだったが、やがて静かに
「あたしを含めて、魔力鍛錬をしている者達の進捗はサキに知らせておやり。この修行法をどう扱うかについては、やはりサキの意見を聞かないといけないからね」
エステルの言葉に、レヴィは無言で頷く。サキがこの魔力鍛錬以外にも、様々な知識を隠し持っている点については疑いの余地がない。それらは扱いを誤れば、恐ろしい事態を招きかねないものばかりだ。密に情報を遣り取りして、細心の注意を払うべきだろう。
「でもですよ」
ぽつりと、マリアが聞き取れるかどうかという小さな声を漏らす。
「こんな訓練を、物心つくかどうかという頃からほとんど毎日、休まずに続けているうちの娘は……」
途端に、その場に居た全員の背筋に寒気が忍び寄る。我が子、我が孫のことだというのに、あのエステルですら、その脳裏に浮かんだイメージを恐ろしいと感じてしまったのだ。
サキという謎に包まれた存在が、ルリアという凄まじい「怪物」を育てているという、そんなイメージを。
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