番外編 ルリア・シャロンの手記①

私の名はルリア・シャロン。マリアお母さんと、ダニお父さんの娘。


私は王都にある貴族のお屋敷で生まれた。屋敷の主はレヴィおじさんと、サーラおばさん。お父さんはこのお屋敷の庭師をしていて、お母さんはおじさんの従姉妹。丁度おじさんとおばさんの子供も私と同じ頃に生まれそうだったので、お母さんはその子の乳母になるのを頼まれたらしい。そして、その子こそがサキだった。


そう、サキ。サキ・アドニ・アルカライ。一緒にお母さんのお乳を吸って、一緒の寝台で仲良く寝て、一緒に育った私の幼馴染。私の兄弟。私の半身。柔らかい金髪も、澄んだ蒼碧の瞳も、私の手を握ってくれる指先も、全部が好き。彼の何もかもが好き。


私達は別々の親から生まれてきたけど、それは二人が結ばれて一つになるために必要なことだったのだと思う。大きくなって<運命>という言葉を知った時、私とサキは運命によって一緒に生まれ、運命によって一緒になるのだと思った。そしてそれは生まれた時から、いえ、生まれる前から決まっていたこと。間違いない。これは絶対。


幼い頃の私はサキが世界の全てだったし、サキさえ居れば他に何もいらなかった。そして、それは今でも変わらない。もちろん、お母さんとお父さんにはこの世に産んでもらったことを感謝しているし、おじさんとおばさんにもサキを産んでくれてありがとうと言いたい。でも私にはもうサキがいるのだから、私達に構わず二人きりにさせてほしいとも思う。


ハンナのことは好き。ずっと私達の世話をしてくれたから。お屋敷のみんなも好き。私とサキのことを応援してくれるから。でもそれだけ。あの人達は、私とサキの時間を奪ってしまう。私達が大きくなるにつれて、色んな人がサキと関わりを持ち、私達の大切な時間を盗んでいく。


どうして、この世界には私とサキ以外の人がいるのだろう。私とサキの二人だけの世界だったら良かったのに。




サキの両親と、私のお母さんは魔法使いと呼ばれる人達だった。普通より偉い人達らしいけど、正直よく分からない。だけどサキが魔法使いになるらしいので、私も魔法使いになることに決めた。私達は常に一緒なのだから、当然のことだ。


ある時、サキのお婆さんが屋敷にやって来ることになった。国で一番の魔法使いらしく、サキはお婆さんに会えることを喜んでいる。お婆さんは私にとっても大伯母さんになるらしいけど、私はうんざりしていた。また知らない大人がやって来て、私とサキの間を邪魔する。どうして皆、私達をそっとしておいてくれないのだろう?


実際にお婆さんに会ったら、とんでもない人だった。怖い。顔がまともに見れない。思わずサキの後ろに隠れてしまった。サキは嬉しそうにお婆さんと話しているけど、怖くないんだろうか?彼にはこういう物怖じしないというか、鈍感なところがある。空気を読まないと言ってもいい。ほら今だって、私が一番輝いてる、だって。家族の前で平然と惚気けるとか、二人の将来を宣言しているようなものじゃない?まあ、そういうところも可愛いのだけれど。




お婆さんが帰ってしまうと、サキは何だか変なことを始めた。何でも、魔法使いになるための修行らしい。すぐさま私は、それを教えてくれるようにサキに頼んだ。彼の知っていることは何だって知りたいし、サキと一緒に何かをすることは何だって楽しい。


彼がその修行方法をどうやって私に教えたかは、残念ながらここに書き残すことは出来ない。私の心に仕舞っておくべきものだ。ただ、とても素敵なことだったとだけ言っておこう。


サキはこの魔法の修行方法以外にも、色んなことを知っている。私はそれを教えて貰いながら、私もサキに何かを教えられるようになりたいと思った。それで本を読み始めたのだけど、これは思わぬ誤算だったと思う。本を読むのは、それだけで凄く楽しかったのだ。新しいことを知る喜び、物語に没頭する楽しみ、書かれている内容から空想を広げるときめき。読書は私にとってサキの次に大事なものになり、私の人生に欠かせないものとなる。


この頃が私達にとって、一番楽しかった頃だと思う。二人だけの部屋で一緒に訓練して、一緒に本を読んで、一緒に眠る。繰り返される毎日に、私達は満ち足りていた。




やがて至福の日々に終りが来る。六歳になった頃、おじさんがサキと私に塾に行けと言い出したのだ。魔法使いになるためには必要なことらしいけど、また私とサキの二人だけの時間が失われると知って憂鬱になった。そんなことだったら、魔法使いになんてなれなくてもいいとさえ思う。だけどサキが塾に行くのを楽しみにしているようなので、仕方がないと自分に言い聞かせる。塾でもずっとサキと一緒なので、それで我慢しよう。


塾での勉強も、魔法の練習も全然大したことなかった。それより、塾に入った頃のサキの様子がおかしいことが心配だった。急に落ち込んだり、かと思えば空元気を出したり。そしてある日、サキは塾で気を失って倒れてしまった。なかなか目を覚まさないので泣きそうになった(実際泣いた)けど、それから一言も喋らないくらいサキが塞ぎ込んでしまったので、その日は一晩中サキを抱きしめて「大丈夫だよ」と心の中で言い続けた。翌朝、サキはすっかりいつものサキに戻っていて、それからは落ち込むことはなくなった。分かっていたことだけれど、やっぱり私とサキの間には強い繋がりがあるのだと思う。


塾ではなるべくサキにくっついて、他の塾生を関わらせないようにする。でも一人だけ、サキ並みに空気を読まないロシェとかいう塾生が話しかけてきて、そのままサキと仲良くなってしまった。不覚。どうやってこいつを排斥しようかと悩んだけど、ある日ロシェが「僕は二人の事を応援してます」と言ってきたので、不本意だけど見逃してやることにした。実際それからサキに絡むことを控えるようになったので、頭は悪くないのだろう。




ある日、サキが唐突に神殿に行くと言い出した。仕方がないのでついて行ったけど、見た目が綺麗なだけで退屈だった。面白かったのは神様の像くらい。女の人の像、おじさんの像、お爺さんの像。中でも女神様の像は、何だか初めて見る気がしなくてとても気になった。お母さんに似てるからだろうか?


司祭さんの話も大して興味が湧かなかったけど、サキが話をつけて神殿の図書室に入れるようになったのは最高だった。見たことがない本、読んだことのない話。言葉が難しいのが問題だったけど、司書の人に教わりながら読むのも楽しかった。けれども、この司書の人が問題だった。


司書は大人の女性で、やたら色気があってサキの視線を奪うのだ。それも、容赦なく。私ははらわたが煮えくり返りそうだったけど、この司書はサキ以上に鈍いらしく、いくら睨んでもびくともしない。不本意だけどサキが司書に教わってデレデレしないよう、私が質問攻めにしてやった。腹立たしいことに、司書の教え方は丁寧で分かりやすい。悔しいけれど何度も質問してしまう。おかげで古い本を随分読み解けるようになったのは、単純に良かったと今では思う。


サキはどうも、大人っぽくて色っぽい女性が好みみたい。この司書だけじゃなく、後で顔を合わせたエステルお婆さんのメイドにも見惚れていた。私はまだ小さいし、大人の女性になるには時間がかかる。いっそ、ちゃんと私だけを見るようにサキのことを躾けるべきだろうか?そう考えた時、私の胸が不意にドキドキしてきた。何だろう、すごく素敵なことの様に思える。


そうして実際に、メイドに我を忘れているサキに噛み付いてみた。その時の感触、そして痛みを堪えるサキの顔ときたら!胸の奥が締め付けられるような感覚に襲われて、私は思わず身震いしてしまった。それからサキが女性に目を奪われる度に、私はサキをつねったり彼に噛み付いたりしている。痛がるサキが可哀想だけど、彼のためだと自分に言い聞かせる。だって、これは躾だから。




サキは塾で教えないことも知っている。ハンナの父親がやっている店を訪ねた時、サキはそこで一本の短剣を買った。短剣以外にも色々なものを買い集めたサキは、それらを使って「魔法に役立つ道具」を作ると言った。たぶん、それは本当のことじゃない。サキが短剣に<儀式>を施した時、魔法とは全く違う大きな力が働いていたから。


私はサキと同じように、自分のためにも魔法の道具がほしいと彼にねだった。私とサキがお揃いのものを持つのは、当然だもの。サキは私に聖杯を選んでくれた。サキの指導のもとで聖杯に色を塗って、彼に教えられた通りに儀式を執行する。その時だった。全てが銀色に染まって、そして私は気を失ってしまった。


気が付いたら、いつもの寝台に横になっていた。体がだるくて、力が入らない。泣きそうな顔でサキを見ていたら、彼が甘えさせてくれた。嬉しくてサキの手に頬ずりしてたら眠ってしまったみたいで、起きたらサキはもういなかった。私が寝ている間に、お母さんがサキを塾へ送り出したとハンナから聞いた。許すまじ。


私が聖杯を<聖別>する儀式で何が起きたのか、結局サキから教えて貰っていないけど、どうでもいいかな。別に悪いことじゃない、そんな気がする。




またサキの思い付きで、お母さんの実家がある村へ行くことになった。私はあまりお出掛けするのは好きじゃない。どちらかと言うと、家で本を読んでいたい性質たちだ。それにあのお婆さんを訪ねて行くということで、あまり気が進まないのも事実。サキと一緒に馬車に乗るのは悪くないけど、取り敢えず何冊か本は持っていこう。


村に着いた途端に、私達は大勢の村人に囲まれてしまった。しかもやたら煩い。面倒なので、サキの後ろに隠れてやり過ごす。ここは私のお気に入りの場所で、うざったい相手の対応はサキがしてくれるし、自然に彼とくっついていられるといういい事ずくめの位置。でもこの時はサキが村人を感激させてしまって、余計に煩くなってしまった。面倒くさいなあ。


翌朝、お婆さんが持っているという巻物を見に行く。よく分からない文字が並んでいたけど、サキが瞬時に並び替えて読めるようになった。凄い。巻物に書いてあったのは、私がサキに教えてもらった儀式で唱える文句に良く似た文章だった。間違いなく、これがサキの目的。多分、今までのものとはまた違った儀式のためのものなのだろう。


でも、お婆さんに凄まれた時は怖かった。サキが何でも知ってる事を訝しんでいたみたい。馬鹿ね、そんなのサキだからに決まってるじゃない。お婆さんを睨み返すのは胸がドキドキしたけど、私のサキを怖がらせるなら許しておけない。幸いお婆さんは本気じゃなかったみたいで、すぐに怖い顔を止めてくれたけど。


お婆さんより問題なのは、ここのメイドだ。お婆さんの屋敷に来てから何度もサキの視線を奪っている。これは、分からせないといけない。ということでサキの手を取ってかじってみた。凄くいい声で叫んでくれるので、そのまましばらくサキの手を堪能する。何だろう、サキに噛みつくのが癖になりそう。


それから村の村長さんの家で宴会があったのだけど、よく憶えていない。とにかく人が多くて騒がしくて、早々にサキの後ろに隠れさせて貰ったけれど、あまりの退屈さに彼の背中で寝てしまったから。その後私はお母さんに連れられて部屋で寝直したけれど、サキは夜中まで村人たちの相手をしていたみたい。とても真似できない、と素直に思う。




アルカライの村から王都に帰ってきたサキと私に、レヴィおじさんが<学院>に行けと言ってきた。ところがよくよく聞いてみると、学院に入学したら男女別々の寮に入らないといけないらしい。冗談じゃない。サキと一緒の寝台で眠るのは、誰にも邪魔されずに彼を独り占めできる大事な時間なのに。私は断固として、私とサキの学院行きを拒んだ。大丈夫、魔法なんか使えなくてもどうにかなる。私とサキの二人なら。


それからお母さんとおじさんおばさん、更にはサキ本人まで、私の決意を変えようとあの手この手で懐柔しにきた。勿論私も、最終的にはサキが自分一人でも学院に行こうとするのは分かっている。分かっているけど、認めたくない。


そのうちとうとうお母さんが、サキは将来色々な貴族の令嬢たちに狙われるから、今のうちにサキの側でこれは自分のものだと見せつけた方がいいと言い出した。それを補佐する要員として、ハンナも付けて送り出してやる、と。この辺が落としどころだろう。私は仕方なく、学院行きを了承した。当然ながら理屈では納得しても、心は納得していない。精々学院に着くまでは拗ねまくって、サキに甘えまくろう。




とうとう、学院の女子寮なるところに押し込められてしまった。これから何年もサキと離れ離れで暮らすことになるかと思うと、気が滅入って仕方がない。こんな理不尽は許されない、とも思う。


腹が立つので、授業の間はずっとサキにくっついていることに決めた。誰一人として、女子学生はサキの側に近づかせないと誓う。要注意なのは試験の時に見かけた金髪赤ローブ女だ。サキに笑顔で媚を売るなんて、絶対に許されない。ハンナにあの女の身辺を調べるように言わなくては……




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「あら、ルリア様。珍しいですね、書きものですか?」


寮の部屋に入ってきたハンナが、机に向かってペンを走らせる私に声を掛ける。私はペンを置くと羊皮紙を机に仕舞いながら、「何でも無い」とだけ答えた。この机は寮の備品なのだけど、七歳の私には少し大きい。椅子から飛び降りるようにして、これも備え付けのテーブルに向かって歩く。


学院の寮に入ってとうとうサキと引き離された私は、自分でも驚くほどに情緒不安定になった。そんな自分を落ち着かせるために、これまでのことを記録として書き綴ってみることを思いついたのだ。


書けば書くほど、今までの私の人生はサキとともにあったのだと今更ながらに痛感した。やはり私はサキ無しでは生きられない。サキも同じ気持ちだろうと思うと、切なくて仕方がなくなる。


ハンナが淹れてくれたお茶を飲みながら、なるべく早くこんな所から出て行ってやる、と何度目かの決意を新たにする。そうしてまた、二人一緒の生活を取り戻すのだ。そのためにも、今のうちから不安要素は取り除いておかねばならない。私はテーブルにカップを置くと、「頼みがある」とハンナにお願いをするのだった。

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