第二十四話 魔術オタクは試験で全力を出してしまう

試験会場となった学院の講堂は、二百人は収容できそうな大きなものだった。数人が掛けられるベンチと、それと同じだけの幅を持つ長机が縦横に何列も並んでいて、机と机の間は通り抜けられるように間隔が開いている。前世で通っていた大学の講堂というよりは、ミサが行われる教会の礼拝堂みたいな雰囲気だ。ベンチと机が床に固定されているのも、その印象を強くしている。


試験官らしき魔法使いに促されて席に座ると、机の上に大きな木の板が置いてあった。明るい色の木肌で表面は滑らか、右上には焼き印で数字が押してある。これは答案用紙代わりの板で、木簡同様にこれに直接答えを書き記すらしい。表面を薄く削れば再利用できるので、役人の採用試験なんかにも使われているそうだ。


この国ではまだ紙が実用化されていない。かと言って羊皮紙を使い捨てるのはあまりに勿体ない、ということでこの板が使用されている。ちなみに俺の板に押してある番号は十三番、なかなかいい数字だ。隣のルリアが十四番でちょっと不吉な数字だが、まあこの子の頭の良さからして「十四へ行け」などと言われる事はないだろう。気にしない事にする。


ロシェ君は十五番、イサク先輩は十六番で、俺達はひとかたまりに同じベンチに座っているのだが、二人の表情には少し硬さが見て取れた。ルリア越しに「力を抜いて。もっと気楽に行きましょう」と二人へ声を掛けると、少々ぎこちないながらも笑顔が返ってきた。まだ少し緊張しているようだが、ここまで来たら後は如何に普段通りの力が出せるかどうかだ。頑張れ。


そうやって講堂内を見渡したり答案用の板をチェックしたりしている間にも、次々受験生が入ってきて席が埋まってきた。今年の受験者はおよそ百人といったところか。俺達の様に十歳前後の子供もいれば、一人二人は二十歳に手が届いていそうな人もいる。あくまで見た目の判断だが、年齢の中央値は十二、三歳ぐらいか。三割ぐらいの受験生がローブを着ておらず普段着なので、私塾で魔法を習っていない人なのだろう。


そんな中、遅れて講堂に入ってきた三人組が目につく。全員ローブを着た少年で、年齢的には十を少し超えたくらい、イサク先輩と同い年くらいか。中でも目立つのが先頭に立つ少年で、金糸銀糸を贅沢にあしらった目の覚めるような鮮やかな青のローブを纏い、アッシュブロンドの髪をオールバック風に撫で付けている。鉄色というか、灰色がかった瞳には強い光が宿っており、周囲に目もくれず歩みを進める姿には傲岸不遜の雰囲気がある。ひと目見て、高位貴族の子弟なのだろうと分かる出で立ちだ。後ろの二人が追従するように後を追っているのも、その印象を強くしている。


彼らは俺の見ている前を横切ると、そのまま後ろの方の席へ向かって行ってしまった。間違いなく大貴族のお坊ちゃんとその取り巻きだと思うのだが、残念ながら彼らの出で立ちに出自が分かるような物は見つけられなかった。いやだって、ローブの装飾が多すぎて紋章が付いてても分かんねえよアレ。そう言えば、最近高位貴族と関わりのある事があったような気がするが、さて?


何かを忘れているような気がして俺が首を捻っていると、また一人目立つ人物がやって来た。今度は女の子だ。年の頃は先程の坊っちゃん達より少し上、ローティーンといったところか。身に纏うローブは赤を基調としたもので、派手さを押さえた配色と目立ちすぎないように施された刺繍が上品さを醸し出している。間違いなく高級品だ。


そして特筆すべきはその髪。ゴージャスとしか言い様がないボリュームの金髪が、縦に巻かれて胸元や背中にかかっている。オイオイ、縦ロールだぞ縦ロール!本当に実在したのか!そして長い睫毛にエメラルドの瞳が輝く、上品な顔立ち。どこから見ても完全無欠の、非の打ち所がないお嬢様だ。


呆気に取られて彼女に見惚れていると、俺達の前を通り過ぎるタイミングで俺の視線に気が付いたのか、こちらを見てクスリと笑ってみせた。こちらも笑顔で応えるべきかと考えたところで、右の耳たぶが凄い力で下に引っ張られる。突然の激痛に、涙目になりながらも必死で声を上げるのを我慢していると、俺の耳を掴んで半眼でめつけてくるルリアと目が合った。ぞくり、と背筋に悪寒が走る。


結局、俺が何とかしてルリアに手を離してもらおうと悪戦苦闘している間に、お嬢様は遠くの場所に着席してしまったようだ。毎度反省が生かされていないような気もするが、致し方なし。だってさー、アレは見ちゃうだろ絶対。ですからルリアさん、もうすぐ試験が始まりそうなので離して下さいお願いします。




そうして受験生が全員席について講堂が落ち着いた頃、ローブ姿の少年少女たちが立て看板のようなものを運んできた。受験生にしては場馴れした雰囲気から、彼らは学院の学生ではないかと当たりがつく。受験会場で雑用係としてアルバイトする在学生、前世の大学でも見た風景だ。彼らが運ぶ看板は二本の足と土台で自立しており、結構な大きさの看板部分には布が掛けられている。そんな物が最前列の机の前や、机と机の間の通路に何箇所も立てられていく。はて、コレは何だ?


「受験生諸君、準備はよろしいかな?よし、それでは始めなさい」


試験官の言葉とともに、学生たちが看板の布をめくる。するとそこには試験問題が。成る程、一人ひとりに問題を配るのは大変だから、こうやって解かせる訳か。試験の開始を告げた試験官は演壇に立つと、壇上にある短い蝋燭に火を灯した。おそらくは、あの蝋燭の火が消えるまでが試験時間ということだろう。


魔法学校の入学試験にしては、木の板の答案用紙に看板の試験問題、時計代わりの蝋燭と色々残念だが仕方ない。この世界の魔法は戦闘特化、生活を便利にしたり日常の手間を省いたりする呪文は(俺の知る限りでは)無いのだ。それはともかく、試験はもう始まっている。俺は早速持参した羽ペンを手に取ると、掲示されている問題に取り組み始めた。




「それまで!ペンを置いて、解答が回収されるまで席を立たずに待ちなさい」


試験終了までの時間は、体感一時間と少しだったろうか。蝋燭が燃え尽きて試験官から終了が告げられると同時に、講堂には声のない溜息が一斉に満ちた。学生達が解答の書かれた板を回収して回る中、俺は羽ペンを仕舞いながら「楽勝」と心の中で呟く。


出された問題は王国の歴史、王国の地理、計算問題などだが、どれも取るに足りない内容だった。何せ最初の問題が「今年は王国暦何年?」で次が「現国王の名前は?」である。幼稚園のお受験でも、こんなレベルの問題は出されまい。ちなみに現在は王国暦三十四年、我らが国王陛下の名は「ヤミン・ベンハイム・エレ・ハノークⅣ世」だ。


しかし後半の方には結構な難問も出ていた。最後の問題は「三本の支柱の内一本に、それぞれ大きさの違う十六枚の穴の空いた円盤が、下から大きい順に重ねて置いてある。この円盤を別の支柱にそっくり移し替えたい。一度に一枚だけ別の支柱に円盤を動かすことができるが、小さい円盤の上に大きい円盤を置くことは出来ない。十六枚全部を移し替えるには、円盤を何回動かす必要があるか?」というもの。答えは二の十六乗マイナス一で、六万五千五百三十五回である。これを頭の中で動かして解こうとしたヤツは、時間が足りなくなったに違いない。


やがて試験官達が引き上げると、講堂はざわざわとした空気に包まれる。そこかしこであの問題の答えはなんだの、何問目が難しかった等と、前世のテストが終わった時と変わらない会話が交わされる中、俺達四人組も集まって試験の感想を口にしていた。


「サキ達はどんな手応えでした?僕は何問か、自信がないものがありましたが……」


「全部解けましたよ。ルリアはどうだった?……完璧?まあそうだよね」


「ふ、二人共流石です。僕は、その、最後の問題が」


あちゃー。イサク先輩、あれを数えながら解いたんかい。


「まあ筆記は大した差もつかないでしょうから、やはり次の実技が大事ですね。先輩達はどんな試験かご存知ですか?」


「この後講堂から移動して別室で一人ずつ、試験官の前で呪文を詠唱させられるそうですよ」


「し、失敗してもやり直しとかできるのかな?緊張するなあ……」


男の子組がこの後の試験について色々と喋っている一方で、ルリアは机に突っ伏して目を閉じている。うむ、見事な大物ムーヴよ。伝え聞く話が本当なら、俺やルリアぐらい入学前に呪文を覚えている受験生は皆無だそうなので、この余裕も当然ではあるんだが。


結局ルリアはそのまま本当に眠り込んでしまい、試験官が移動を告げに来てもなかなか起きず、俺が負ぶって連れて行く羽目になった。試験官に遅いと怒られたよ、畜生。




実技の試験会場は学院の建物の端の方、廊下に幾つかの扉が並んでいる場所だった。受験生は試験官によって一列に並べられ、先頭から順に扉を開けて中に入っていく。しばらくすると扉が開いて入っていた受験生が出てくるので、そうしたら次の受験生が空いた扉に入るという要領で、試験は進んでいく。どうやら扉の向こうにそれぞれ試験官がいて、受験生の呪文詠唱を採点しているようだ。


大抵の受験生は部屋に入ったと思ったら大した時間もかけずに出てくるので、試験はサクサクと進んでいく。特にローブを着ていない受験生は、入室即退室ぐらいの勢いで試験が終わっている。多分私塾で魔法を習ったことがない受験生だろうから、やれることも無いので仕方ないのだろうが。


お、筆記試験が始まる前に見た、あの青ローブのお坊ちゃんが部屋の中に入るようだ。しかし彼も入室して程なく、部屋から出てきてしまう。三分も経っていないんじゃないか?扉から出てきた彼は自信有りげな表情をしていたが、最初に見かけたときも彼はあんな表情だったので、もしかすると素かも知れない。いや、分からんけどさ。


更にあの金髪縦ロールのお嬢様も、順番が来たようで試験部屋に入っていく。そしてお坊ちゃんや他の受験生同様、間を置かずに扉から出てきた。大丈夫、今回は俺もじっと見つめたりはしない。ルリアが俺の背中に負ぶさっているような状況では、特にだ。半分寝ているような状態だからといって、油断は禁物。彼女のフラグ遂行能力を侮ってはいけない。


そうこうしている内に、遂に俺の番が来た。まだ眠そうなルリアをしっかり立たせ、ロシェ君やイサク先輩に手を振ってから扉を開ける。中は大して広くはなく、剥き出しの床や壁を魔法の明かりが照らしている殺風景な部屋だ。奥には我が家の塾でも使われていた、魔法練習用の標的によく似た案山子の様なものが立っている。そして、ローブ姿で髭を生やした大柄な男性が一人。


「アザド団長じゃないですか。団長が試験官なんですか?」


「教授と呼ばんか。さっさと番号と氏名を名乗れい」


今朝学院の門の前で会ったばかりの団長が、髭面をニヤリと歪めて訂正を要求してくる。


「失礼しました、アハブ・アザド教授。十三番、サキ・アドニ・アルカライです。それで、どのようにすればいいのでしょう?」


「何でも良い、お主の覚えておる呪文を儂の前で詠唱して見せい。的が必要なら、あの奥の人形ひとがたに向かって唱えれば良い」


そう言って団長、じゃない教授は一歩引いて腕を組む。ふむ、何でもいいのなら一先ず<明かりライト>の呪文にしておこうか。俺は指で空中に正三角形のシジルを結ぶと、オレンジ色の光の線で出来た正三角形を<幻視>する。眼の前の空中に光球が生まれる様子をイメージして、「<明かり>」と唱えた。


ポンと(音はしないが)現れたオレンジ色の光球を見て、アザド教授が頷いて言う。


「良し。他には唱えることの出来る呪文はないか?」


「勿論、あります」


俺は今度は黄色い正四角形を描き出し、「<シールド>」と唱える。俺の眼の前に魔力の輝きを帯びた盾が出現し、アザド教授はそれを触って確かめてから言った。


「良し。他には?」


ちょ、ちょい待ち。俺は心の中で焦りながらも、表情は変えずに「あります」と答える。ちょっと魔力が厳しい気もするが、多分大丈夫だろう。俺は同じく黄色い四角の印を結んで、「<アーマー>」と唱えた。少し頭がクラっときたが、何とか不可視の障壁を纏うことに成功する。教授はそれも触って確かめると、やはり淡々とした口調で「良し。他には?」と繰り返す。


「……少々、お待ちいただけますか?」


俺は手の平を教授に向けて断りを入れると、一旦落ち着いて深呼吸をした。くそっ、やはり俺の魔力では呪文三つを立て続けに唱えるのは苦しい。まだ見せてない呪文はもう一つあるが、このままでは唱えた瞬間に気絶してしまうだろう。後は、アレを人前で見せるかどうかだが……ええい、やってやろうじゃねえか!


俺は深呼吸を繰り返しながら、手の平を胸の前で向かい合わせた。手と手の間に光の玉が生まれ、そこに周囲を漂う魔力の粒が吸い込まれていく様子をイメージする。そうやって魔力吸収に集中する俺を、アザド教授は黙って見詰めていた。


やがて部屋中の魔力が掻き集められ、膨れ上がった光球を取り込んで自分の魔力と混ぜ合わせる。善し!今までの経験上ちょいと危ない気もするが、多分そんなに酷いことにはならんだろう。これで打ち止め、最後の最後だ!


俺は意を決して空中に楕円を描くと、「<魔法の矢マジック・ミサイル>!」と半ば叫ぶように詠唱した。印から光弾が飛び出して、瞬時に部屋の奥にある標的へ着弾する。ズガン!という音と衝撃を感じながら、俺は酷い目眩に襲われてよろめいた。


「おう!大丈夫か、サキ!」


よろける俺を、駆け寄ってきたアザド教授が支えてくれる。その手に掴まりながら、俺はどうにか「大丈夫です」と口にした。実際、酷い吐き気がする上に視界がぐにゃぁあと回っているが、昔の様に一気に昏睡まで持っていかれるような気配はない。俺の体内の魔力もかなり小さく暗くなっているが、何とか底を突くまでには至らなかったようだ。


そのまましばらくじっとしていると吐き気と目眩が収まってきたので、足元が覚束ないながらもどうやら自分の足で立つことが出来た。掴んでいたアザド教授のローブから手を離し、非礼を詫びる。


「大変お見苦しいところをお見せしました。お許しください」


「いや、構わんぞ。それにしても、少々の無理はいいが無茶はいかん。己の魔力の管理は、魔法使いにとって大事なことだ。今後はこの様な事が無いよう、しっかり教えてやるから気をつけるんじゃぞ」


「……それって、遠回しに合格だって言ってます?」


「馬鹿もん。その年で四つも呪文を使いこなすような逸材を、放置しておく訳があるか。結果が出るのは明日だが、お前は逃さんからな?せいぜい首を洗って待っておれい」


そう言って豪快に笑うアザド教授。その姿を見ていると、俺も思わず笑いが込み上げてくる。二人でひとしきり笑い合ってから、俺は「では失礼します」と言って扉に手を掛けた。



部屋を出ると受験生がほとんど居なくなっていて、ルリアとロシェ君、イサク先輩が残っているだけだった。そしてロシェ君とイサク先輩は、ルリアに対して「大丈夫です」だの「す、すぐ終わります」などと声を掛けている。ルリアはそれが聞こえているのかいないのか、俯いて床に視線を落としたまま微動だにしない。


俺が近づいていくとロシェ君が気付いて、「あ、サキ」と声を上げた。その声にルリアも顔を上げるが、彼女の黒曜石のような瞳に不安の色が見て取れる。やっぱりか。知らない大人と部屋の中で二人きりになるような状況は、ルリアには耐え難いことだろう。俺はルリアに近づくと、彼女を抱き寄せて「大丈夫だよ、ルリア」と耳元で囁いた。


「僕が出てきた扉があるだろう?あの中にいるのは、今朝も会ったアザド団長さんだよ。ちょっと見た目が怖くて、声も大きいし言葉は乱暴だけど、悪い人じゃない。安心して試験を受けてきて大丈夫だよ。僕はここで待っているから」


そう言って、ルリアの目を見る。ルリアは俺の目をしばらく見つめ返していたが、やがてゆっくりと頷いた。俺達が見守る中、ルリアはこちらを何度か振り返りながら、先程俺が出てきた扉の中へ消えていく。俺達はそれを見届けてから、図ったように揃って溜息をついた。


「ルリアの人見知りもなかなか一筋縄ではいきませんね。これからの学院生活で多くの人と交流を持って、少しは平気になってくれるといいんですけど」


「ルリアさんの合格を微塵も疑ってませんね?まあ、僕もそこは間違いないと思いますけど」


「だ、大丈夫ですよ、きっと」


などと口々に勝手なことを言う男の子組。しかし俺達の気楽な予想と裏腹に、ルリアはなかなか試験の部屋から出て来なかった。そうして何かあったんじゃないかと俺が不安になるくらい、相当な時間が経過してからルリアが扉から顔を出す。思わず安堵の息を漏らした俺だったが、続いて出てきたアザド教授が手で顔を覆って天を仰いでいるのは何故なんだろう?


後で聞いた話だが、ルリアは俺と同じ四種の呪文を詠唱して見せたのち、教授の「良し。他には?」の声にもう一度今まで唱えた呪文を最初から順に発動して見せたという。そうしてそれを繰り返すこと二回、三周目を終えてルリアが四周目に取り掛かろうとしたところ、教授が慌てて「もういい!もういいから!」と叫んで止めたのだとか。ルリアよ……。


まあちょっとしたトラブルのようなものもあったが、とりあえず入学試験は無事終了した。後は、明日の結果を待つだけである。




明けて次の日。俺達は女神の導き亭で、入学試験の合否の知らせを待っていた。試験の結果は学院の正門前に貼り出されるので、混雑を嫌った俺達はラズさんに見に行ってもらうことにしたのだ。そこには当然、警備上の問題もある。俺なんかはどちらかと言うと、合格者名簿に自分の名前が載っているのをこの目で見たいタイプなのだが、ナタンさんに止められたので諦めた。


そんな訳で子供四人組は揃って俺の部屋に集まり、ラズさんが帰ってくるのを待っている。ロシェ君やイサク先輩にどことなくソワソワした空気が感じられる一方、ルリアはいつもの通り寝台に寝転んで読書に没頭中だ。俺もまあ、別段不安は感じていない。昨日の試験で内定っぽいことを言われているということもある。


ハンナにお茶を淹れて貰ってまったり待つ中、昼近くになってラズさんが戻って来た。結果は、全員合格。成績順に貼り出してあったらしく、首席合格がルリア、次席が俺、ロシェ君は十七番目で、イサク先輩が九番目だった。これはあれだな、一位>>>>>>>>二位>>その他ってヤツだろう。全体で約三十人が合格だったらしく、競争率は三倍強。ま、それなりの難関だったんじゃないだろうか。


ともあれ全員合格とは目出度い。俺はロシェ君に手を上げさせ、無理矢理ハイタッチして喜びを分かち合う。イサク先輩も同様。ルリアは仕方ないといった風情で、目は本に落としたまま寝転んだ姿勢で片手だけ上げたので、タッチした後脇をくすぐってやった。珍しく、黄色い声を上げて笑い転げるルリア。その後顔を真っ赤にしてポカポカパンチで殴りかかってきたが、俺が笑うばかりで堪えていないのを見て「うーっ」と唸って寝台に顔を埋めてしまった。それを見るロシェ君もイサク先輩もニッコニコである。まあ子供なんだし、偶にはこんな風にはしゃぐのもいいよね?


その後は事前に宿に頼んで準備してあったご馳走を運び込み、皆でお祝いということになった。ナタンさんやラズさん達も俺の部屋に呼んだので、流石に広いスイートルームも相当窮屈になってしまった。俺は構わずに無礼講を宣言し、全員好き勝手に飲み食いしろと偉そうに言い渡す。


大人組には酒も出されていたのだが、ナタンさんだけは断っていた。今も料理の皿を手に、部屋の扉近くに立ったまま宴に参加している。本当に軍人らしく硬いというか、真面目な人だ。ただその顔からは笑みが溢れていたので、このパーティーを楽しんでいないわけではないようだ。


途中、くっついて座っているハンナとラズさんを皆で冷やかしたり、対抗してルリアが俺に抱きついたので冷やかされたりと色々あったが、十分に楽しんで宴は終了となった。明日はこの宿を引き払って学院の寮に移動せねばならないので、皆それぞれの部屋に戻って支度を進めていく。


明日からは、俺達も晴れてタルグーム魔法学院の生徒だ。これでようやく「魔法使い志望」から「魔法使い見習い」へランクアップである。どんな事を教えて貰えるのか楽しみな一方、受験のせいでしばらく手を付けていなかった魔術の研究も進めたいという気持ちもある。やることが沢山あるというのはいい事だ、それがやりたい事であるならば。俺は鼻歌でも歌いたい気分で、寮に持ち込む私物のチェックをするのだった。

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