第十六話 魔術オタクは大発見をする

王都とアルカライ村の間の街道で、ならず者どもが人知れず殲滅されてから二日が過ぎた。今は夜、サキ達一行が村に着いてから五日目の晩である。


エステル・アドニ・アルカライは彼女が自身の隠棲先として定めた屋敷の書斎で、巨大と言ってもいい机の上に何枚もの羊皮紙を広げて座っていた。片手には愛用の長煙管を持ち、もう片方の手には羊皮紙のうち一枚を持って、何やら難しい顔をしている。


その時、彼女の書斎の扉がごく控えめにノックされた。彼女は顔も上げずに「お入り」と短く告げる。一拍待ってから扉が開き、入室してきたのはナタン・グリオンである。彼はエステルの机の前まで来ると、低頭し語り出す。


「報告いたします。指定の場所で二十名の刺客を発見、直ちに攻撃を加えこれを撃滅しました。逃走者及び目撃者無し。なお留意事項であった一名については拘束し、既にアルカライ卿の元へと移動させております」


その言葉は軍人らしく、簡潔で感情を感じさせないものであった。それだけの人数を殺害したことに対して、悔やむ気持ちも誇る気持ちも無い、そんな態度だ。エステルはそれを聞いてようやく羊皮紙を眺めていた顔を上げ、ナタンに向かって声を掛ける。


「ご苦労さま。今回は嫌な役目を押し付けてしまって、済まなかったね」


「とんでもありません。今回の件は軍人としても、魔法使いとしても見逃すわけには行きませんでしたので」


そう答えるナタンに対し、見つめるエステルの瞳には微かな憂いの色がある。


「真っ当な軍の任務ならともかく、こんな暗闘にあんたを引っ張り出したのは悪いと思ってるよ。万一を考えると、腕が立つ者に越したことはなかったからね。他の弟子共は偉くなっちまって、気軽に頼み事も出来やしないし」


「お師匠様からの指示なら、兄弟子達も二つ返事で聞いて下さったのではないでしょうか。特にウチの団長など、喜んで駆けつけてくれたと思いますよ」


そう言うナタンの顔には、この書斎に入ってから初めて笑みらしきものが浮かんでいる。反対にエステルは眉根を寄せながら、長煙管を煙草盆に叩きつけた。灰を落とした煙管に煙草を詰め替えながら、不機嫌を隠さない口調で言う。


「師匠に言いつけられたからって、国の重鎮共が仕事に穴開けてどうするんだい。懐いた犬じゃないんだよ全く。いい年して師匠離れが出来ないとか、あの馬鹿弟子共は揃いも揃って……」


ぐちぐちと文句が止まらないエステルに、ナタンは内心やれやれと思う。世代が上の兄弟子達はエステルに対して大変な畏敬の念を抱いており、ほとんど崇拝していると言って良い。問題は当の彼女がそうして崇め奉られることを、全く喜んでいないということだ。


かくいうナタン自身はエステルの最後の世代の弟子であり、その息子であるレヴィとも年が近かったこともあって「息子の友人」の様な扱いを受けていた。ナタン本人としては、敬し過ぎず近過ぎずという程良い距離感を保っていると思っている。


「話が逸れたね。それでやっぱり、ウチの者だったのかい?」


ひとしきり文句を言い切って落ち着いたのか、エステルが真面目な表情に戻って尋ねた。ナタンも顔を引き締めて頷く。


「私より二年ほど先輩に当たる塾生でした。学院の卒業試験に落第した後消息を聞かず、親元にも戻っていない様子でしたが、残念ながら背信者アポステイトとなっていたようです。背後関係を洗ったとのことですが、やはり大本の依頼主には辿り着けなかったと」


「どうせ四侯爵家のいずれかだろうけど、使い捨てにしちゃ随分と奮発したみたいじゃないか。先方も余裕が無くなってきたと見えるが……残念だよ。あたしの教え子から、背信者が出ていたとはね」


そう呟くエステルの声は力無く、普段の矍鑠かくしゃくとした雰囲気は失せて実際以上に老いて見えた。ナタンは何か言いかけたが、再び口を閉じると沈黙を守る。


魔法学校を卒業して初めて、その者は魔法使いとして認められる。卒業には厳格な基準があり、それを満たせなかった者は生涯呪文を使用しないという誓いを立てさせられた上で一般人に戻されるのだが、その誓いを破ったものは「背信者」として全ての魔法使いから唾棄すべき存在として扱われる。背信者である事が明るみに出た場合、その者に下される刑罰は死刑のみだ。


「何としても、魔法学校に進むのを諦めさせるべきだったかねえ。その馬鹿の親御さんにも、申し訳が立たないことになってしまった」


力無く吐き出されたエステルの言葉に、ナタンは思わず「それは違います!」と強く反駁する。


「誓いを守れなかったのは、ひとえに彼奴の意思が弱かったに過ぎません。お師匠様は常に仰っていたはずです。『魔法使いは己の意思を力の拠り所とする。故に、他者の意思もたっとばねばならない』と。魔法使いを目指したのは彼奴の意思であり、それを『無かったことにすれば良かった』というのは、背信者とそしるよりなお奴を軽んじる行為でしょう。我々がすべきことは、奴の意思のもと行われた行為に然るべき報いを与えるのみです」


長々と続いたナタンの独白に、エステルは無言で答えるのみだった。珍しく消沈した様子の師を目にして、ナタンは思う。気ままで自分勝手に振る舞っているように見えるエステルだが、実際は常に他人を気にかけているのだ。独り立ちした弟子達を遠ざけているのも、干渉し過ぎるのは良くないと自分を戒めている節がある。近くに居ると、なんだかんだと言って構ってしまうからだろう。


「仕方がないね。せめて苦しまないように送ってやっとくれ。公には出来ないから、方法は任せるよ」


「承知いたしました」


この様な任務はナタンにとっても気分の良いものではないが、敬愛する師匠に余人には任せられない仕事を与えられていることに誇りを感じる。何のことはない、ナタンも他の高弟達と大差ないエステルの信奉者だった。


「それでは私は、サキ様達の護衛に戻ります。私が不在の間、皆様にお変わりはありませんでしたか?」


少し暗くなってしまった雰囲気を変えようと、ナタンは努めて明るい声を出す。そのナタンの思惑に気づいてか、エステルも意図しておどけた風に返答した。


「マリアは相変わらず、ルースの家でぐうたらしているよ。屋敷から連れてきたハンナって娘が家のことを手伝ってくれているから、そりゃ堂々としたもんさ。本当に誰に似たんだかね」


貴方ですよ、という言葉をナタンはすんでのところで飲み込む。


「サキとルリアは……何と言ったらいいのかねえ」


エステルはそこで一度言葉を切り、しばらく瞑目して何かを考えているようだった。やがて再びナタンに視線を戻すと、重々しい口調で告げる。


「あの子達が当主の座を継ぐ頃には、これまでの魔法の常識は大きく変わってしまうだろうね。他ならぬ、あの子達自身の手によって。そしてその流れについていけない魔法使いは、古い時代の遺物に成り果てるだろうさ」


「……そこまでですか」


「そこまでだよ」


迷い無く言い切るエステルに、ナタンは内心で本当だろうかと訝しむ。確かにサキは利発という言葉では収まらないほど聡い子供であるようだし、村に着いた時の一幕を見ても、年齢に見合わぬような大人びた面を持っているようだ。ルリアに至っては、伝え聞く話が半分でも数十年に一人の天才だろう。それでも六歳かそこらの幼子に、まるで世界が変わるかのような期待をするのは大袈裟に過ぎないだろうか。


しかし余人ならいざ知らず、これまでの魔法の常識を覆してきた第一人者たる師匠がそう言うのだ。決して祖母の贔屓目などではなく、後生畏るべしと思わせる程の何かがあるに違いまい。


「まさにアルカライ家の『宝』というわけですね。これまで以上に、それこそ毛ほどの危険も近づかせぬようお守りいたします」


「そうしてくれると助かるよ。だが今日のところは、気にせずゆっくり休んでおくれ。あんた達が外している間は、これでもかってくらい厚い守りをあの子達に付けていたからね。また明日から、よろしく頼むよ」


「お任せください」


ナタンはそう答えると深々と頭を下げ、静かにドアを閉めてエステルの書斎を出ていった。彼が去った室内で、エステルは<絶えざる明かりパーペチュアル・ライト>の光のもと、再び手元の羊皮紙に視線を移す。そこには拙いながらも、はっきりして読みやすい文字が綴られている。それを眺めながら、エステルはサキがこの羊皮紙をしたためた四日前の出来事を思い返していた。




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アルカライ村に着いて最初の夜が明けた。今、俺とルリアは婆ちゃんの案内で村の中を歩いている。


見せて貰えるという約束の、我が家に古くから伝わる巻物。それは村長さんの家ではなく、婆ちゃんの屋敷にあるのだそうだ。俺とルリア以外には見せられないとのことなので、朝食を済ませたら早速移動することにする。


移動中、結構な数の村の人とすれ違い、丁寧な挨拶を受ける。皆さんも朝食を終えて、これから畑に行ったり森に入ったりするのだろう。こういう時はお辞儀もしてはいけないらしいので、軽く手を上げて微笑みかけるに留める。これは前世の映像で見た、やんごとなき方々の所作を真似してみた次第だ。ルリアは俺の手にしがみついて、村人からの視線を避けようとしている。婆ちゃんは村の人に挨拶されても、懐手で頷くのみだった。


ふと、前世の日本の大名行列を思い出す。行列に行き合った農民は、皆その場で通り過ぎるまで平伏していたはずだ。婆ちゃんに聞いてみると、貴族によっては自分の領民にそういった応対をさせている者もいるらしい。我が家は領民との距離が近いので、そこまで畏まった振る舞いは求めてないとのことだ。「同じ村に住んでるのにいちいち跪いていたりしたら、面倒だろう?」とは婆ちゃんの言。


そうやって村の中を歩いていると気付かされるのだが、このアルカライ村は魔力が濃い。空中に漂う魔力の粒の密度は、これまで目にしてきた中でも一番だ。ここだったら、周囲から魔力を取り込む俺の特技も最大限の効果を発揮するんじゃないだろうか。


「それでお祖母様、さっきから後ろに居るのは何なのでしょうか?」


「ああ。護衛の若い衆を借りちまったからね、その代わりだよ。あんた達を守っているだけだから、安心おし」


実は村長の家を出てからずっと、俺とルリアの後ろを大きな魔力の塊が付いてきていたのだ。周囲に漂う魔力とは明らかに違っていて、人間の大人よりも大きいキラキラとした魔力がゆっくりと渦を巻くように回転している。魔法で生み出したモノだろうか?実体が無いようで、ただの空気の塊みたいにも見える。


俺達の会話を聞いていたルリアが振り返り、背後をじっと見つめる素振りをする。彼女は俺や婆ちゃんと違って、魔力を直接見ることが出来ない。それでもその「俺達を守っているモノ」がいる場所を睨んでいるようにみえるのは、見えないなりに何かを感じ取っているからだろうか。いや、単にルリアの勘がやたらに鋭いだけという線もあるか。


「さて、着いたよ」


そうこうしている間に、婆ちゃんの屋敷に着いたようだ。村長さんの家、つまり旧アルカライ本家と同じくらい大きな家だ。この屋敷に婆ちゃんは一人で住んでいるわけで、正直維持とか大変じゃないかと思ったりする。昨日のやり取りからしても、お嬢様から貴族にジョブチェンジした婆ちゃんに家事能力があるとは思えないし。


とか思っていたら、玄関でメイドさんに迎え入れられた。そりゃあそうか。あくまで一緒に住む家族は居ないというだけで、使用人は別だよな。ちなみにこのメイドさんは背が高く、ハンナと違って何か隙のない立ち居振る舞いが「出来る女性」の雰囲気を感じさせてくれる。長い金髪を高く結い上げた髪型も高ポイントだ。


惜しむらくは、この世界に眼鏡が無い(少なくとも、俺は見たことがない)ことだな。もしあったら、目の前のこの女性は「メイドでありながら秘書」という、さらなる高次の存在へと昇華することになっていたであろう。


「い゛っ!!」


そんな益体もないことを考えていたら、俺の肩に痛みが走った。見ると俺の手にしがみついたまま、その肩口に歯を立てているルリアと目が合ってしまった。いやいや、別に見惚れていたわけではないですよ!?だからルリアさん、そろそろ口を離してくれませんかね?あと婆ちゃんにメイドのお姉さん、「仕方ない子ね」といった感じの生暖かい視線はやめて下さい。お願いします。



多少トラブルもあったが、俺達は屋敷の奥にある婆ちゃんの書斎に通された。広い室内には立派な絨毯が敷き詰められていたが、巨大な机と書架しかない、割りと殺風景な部屋だ。机は父さんの書斎にもあったような、黒檀を思わせる木材で出来た重厚なものだが、俺とルリアが二人で寝転がってもなお余裕があるくらいに大きい。


婆ちゃんが机の椅子を引いて腰掛けると、メイドさんが書斎の外から椅子を二脚運んできてくれた。六歳児にはちょっと高いその椅子にルリアが座るのを手伝うと、俺は頑張って一人でよじ登る。俺達が椅子と格闘している間に、メイドさんがお茶を淹れてくれたようだ。音一つ立てずに俺達の前にティーカップを置くメイドさんに、婆ちゃんが告げる。


「ご苦労さま。後は構う必要はないから、呼ばれるまでは書斎に入ってくるんじゃないよ」


メイドさんは黙って一礼すると、優雅と言ってもいい所作で書斎から退出していった。思わずその様を目で追いそうになったが、自重する。俺は学習能力のない鈍感系主人公ではないからな。


人払いをした婆ちゃんはお茶を一口啜ると、椅子から立って書架の方に歩いていった。そしてそこから木箱のようなものを持ってきて、机の上、俺達の目の前に置く。木箱は前世で言うA4サイズくらいの大きさ。白木を組み合わせて角を金属の留め金で覆った、至ってシンプルなものだ。錠前は付いていないが、箱全体を薄い魔力が覆っているのが分かる。呪文が掛かっているのか?


「<解錠アンロック>」


婆ちゃんが素早く指で二回、宙にシジルを描いて唱える。すると木箱を覆っていた魔力の膜のようなものが、弾けて消え去った。婆ちゃんが木箱の蓋を開けると、中に年代物の羊皮紙が丸めて紐で結わえてあるのが見える。婆ちゃんは慎重な手付きで紐を解くと、羊皮紙を机の上にそっと広げながら言った。


「これは代々アルカライ家の当主に受け継がれてきたけど、その誰もが内容を理解できなかったんだよ。当主と、次期当主しか見てはいけないと言い伝えられてきたから、学者に相談することも出来なかったしね。正直、捨てられるんなら捨てたいぐらいの代物さ」


巻き戻らないように上下に文鎮のような重しが置かれ、机に広げられた羊皮紙。俺はそれを見ながら、心の底から叫びたかった。「それを すてるなんて とんでもない!」と。


羊皮紙にはかなりの分量の文字の羅列が記され、その下には図形が描かれていた。円の内側に接するように星型が描かれ、線と線の間に細かな文字や印が書き込まれているそれは、所謂魔法陣――魔術用語で言うところの<魔法円マジック・サークル>だったのだ。




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広げた羊皮紙を食い入る様に見つめるサキを眺めながら、エステルは自分が最初にこの巻物を見た時のことを思い出していた。父親から引き継いだ、門外不出の秘伝の巻物。そこに記されていた、謎めいた文字の羅列。猛然と興味をそそられ、寝食を忘れて解読しようと躍起になったものだ。


この巻物の存在を教えた時、息子レヴィも一心不乱になって読み解こうと取り組んだ。彼は羊皮紙の下半分にある図形こそが文章を解読する手掛かりだと考え、必死に両方を見比べていたようだ。だが奮闘虚しく、結局自分も息子もこの巻物の文章を読み解くことは出来なかった訳だが。


それにしても、サキは随分と無言で巻物に見入っている。隣で一緒に見ているルリアは元より寡黙だが、口数の多いサキがこれだけの時間黙っているとは、普段一緒に過ごしていないエステルでも違和感を感じる程である。やがて不安に駆られ、エステルはサキに声を掛けた。


「……サキ、サキ。どうしたんだい?」


呼び掛けられたサキは一瞬きょとんとしていたが、慌てた素振りでエステルに向き直った。


「ああ、いえ、すいません。あまりに興味深い内容だったもので」


「……ふむ。それで、二人はこの文字が読めるかい?」


そう言いながら、エステルは内心無理だろうと思っていた。自分やレヴィ、それに歴代の当主だって、魔法使いという職種上知識の多さは結構なものだ。そんな大人たちが長い年月の間、手掛かりの欠片も見つけられなかったのだ。いかに賢かろうと、まだまだ子供である二人にこんなことを聞くのは酷だろう。


「子音字しかありませんね」


再び視線を巻物に落としたサキが、そう呟く。この国の文字には母音字と子音字があるが、この巻物に書いてある文字列は全て子音字で構成されているのだ。これでは読める道理がない。


「母音を補えばよいのでは?」


サキが想定通りの質問をしてくる。そう、そこまではエステルもレヴィも思いついた範囲だった。


「私もそう思ったよ。だがどんな組み合わせを試してみても、まともに読める文章にはならなかったのさ」


エステルの脳裏に、昔この巻物と取っ組み合いをした時の記憶が蘇る。総当たり的に母音字を挿入し、何とか読めるようにならないかと試みた。文字列の先頭だけでなく、読めそうに見えると思った中程の箇所や、最後の部分の方でも試してみた。そうやって何とか読めるような短い単語が出来た場合でも、その前後を繋げようとするとまるで出鱈目な綴りになるだけだったのだ。


しかしサキは少しの間巻物を眺めた後で、こんな事を言い出した。


「お祖母様、羊皮紙とペンを貸していただけますか?」


唐突な発言に、エステルは僅かの間逡巡する。


「いいけど、そのまま書き写すのは困るよ。一応秘伝ってことになっているから、書き写したものを失くされでもしたらいけないからね」


「いえ、ちょっと書き置きをしながら考えたいので。お願いします」


そう言われて、エステルは不審に感じながらも机から何枚かの羊皮紙を取り出しサキに与えた。サキは机の上にあったペン立てに手を伸ばすと、羽ペンと羊皮紙を手にじっと巻物を見つめる。そして、一気に何かを書き始めた。


エステルは瞠目し、思わず息を呑んだ。サキは巻物に書いてある文字とは異なる、しかし同様に子音字しかない文字列を手元の羊皮紙に書いていたのだ。それが書き進められていくうちに、もっと驚くべき事が起こる。


「永劫のうちに 燃え盛りし 全ての命の 根源たる 原初の炎よ……」


サキが文字を書き付けている様を見ていたルリアが、小さく歌い上げるような声で、何かをそらんじ始めたのだ。そう、それはどう考えても、サキが書く子音字のみの文字列に、素早く母音字を補ってその場で読み上げているとしか思えない姿だった。


やがてサキは一枚目の羊皮紙を書き終えると、二枚目を手に取る。新しい羊皮紙に、今度は子音と母音が混じった文章を書き始めた。おそらくそれは、今ルリアが声に出していた言葉をそのまま書き記したもの。


「出来ました」


そう言って、サキは二枚の羊皮紙を祖母に手渡す。エステルは言葉も忘れ、呆然とその羊皮紙を眺めるのだった。

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