第5話 おくつろぎコーナー

 私の住んでいる地域は、控えめに言っても田舎だ。

 ピンポイントで、私の住まいを表すなら……もはや山の中と言っても差し支えないだろう。

 かつて人口6000人ほどで、平成の大合併の頃に隣の大きな自治体とくっついた経緯がある。


 まぁ、他所から見たら不便極まりない土地だろうが、住めば都とはよく言ったものだ。実際、何十年も住んでいるが……さほど不便を感じたことはない。

 唯一、病院が近くにないことが問題になることはあるが、それも車で30分ほど走れば近隣の町にいくらでも選択肢はある。買い物をする店も、また然りだ。


 地元の商店を蔑ろにしてはいけないとも思うが、実際……品揃えや価格、効率などを考えると週に一回となりの町に食料品の買い出しに行く、というのが定番の生活サイクルである。


 前述の通り、田舎住まいの田舎育ちなのもので、他所や都市部での事情とはだいぶ違うと思われる。その点は、ご容赦いただきたい───なんなら、そちらの事情なども聞かせてもらえると後学のためになるかも知れない。


 ……………………


 大抵のスーパーマーケットには、入り口付近に設けられているだろう「おくつろぎコーナー」。店舗によって、呼び名も様々だろうし、設備内容も千差万別だろう。

 店内で購入した物をその場で召し上がる、という便利な使い方もできるし……あるいは、買い物の合間の休憩などにも利用できるだろう。

 お客さんが、便利に利用できる開放エリアという解釈で間違いないだろう。飲み物の販売機……特にコーヒーなどが購入できる場合も多いため、重宝している向きもおありなのかもしれない。


 斯く云う私は、仕事柄お昼休憩や仕事終わりに、カップ麺などを購入してそこでお湯を頂いて車に戻る、という使い方がほとんどだ。

 ……まぁ、貧乏くさい使い方ではあろう。

 特に、お湯を入れたその場で食べずにわざわざ車に持ち帰って食べるというのが……見ようによっては……なんともさもしく、我慢ならない人には到底容認できない行為でもあるのかもしれない。


 実際、私はこのおくつろぎコーナーというものの席に着いて本来の使い方をしたことは一度も無いかもしれない。


 利用する時間帯の関係もあるのかもしれないが───

 思い起こすと、その「おくつろぎコーナー」で席についてくつろいでいるお客さんというものを、私は殆ど見かけたことがないのかもしれない。

 日中の買い物の際に、稀に見かけることはあるが……、その時見かける利用者はほぼ確実に高齢者だ。お仕事は、きっと引退されているであろう雰囲気、座っているテーブルには杖が立て掛けてあることも多い。


 利用者がいないなら、このコーナー要らないんじゃないかと思ったこともあるが、ご高齢の方が座ってのんびりしているところを見かけると、これはこれで意義のあることなのだと思い直す。

 実際、私の行く店舗では椅子は8脚ほど、テーブルは相席で4つだ。

 その席が、すべて埋まっているところなど想像もできない。盆正月のセールの日くらいが、せいぜいであろう。


 そこで……はた、と我が身を思い……そして、その空いているおくつろぎコーナーを、思う。


 そのコーナーで、お湯を注いだカップ麺を手に、車に戻って私の思う最初の思考は「やれやれ」である。もちろん呆れているのではない、「ほっとしている」のである。

 喧騒を離れ、外界から隔てられて一人になれた瞬間に感じる安堵。

 貧乏くさくて、さもしいなどと表現したが、自分自身にその気持ちを向けたことは殆ど無い。事実、その瞬間は安心しているのだから。


 ………あのコーナーを利用している御老体の皆さんは、もしかしたら喧騒と隔絶の絶妙な狭間を堪能しているのかもしれない、と。

 お茶を楽しむなら喫茶店でもよかろう。一人になりたいなら、別の場所があるはずだ。


 スーパーの駐車場……特に夏場は日陰になるポイントが、私のおくつろぎコーナーだ。


 私が、一人を好むように……、閉ざされていない、開かれた喧騒を感じながらもそこに無関係に佇むというのは、ある意味ではかなり贅沢な時間と成りうるのかもしれない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る