第4話 命のノート

 映画にもなったので、ご存じの方もいるかと思う。


 ある寂れた集落にある、「小繋駅」。

 IGRいわて銀河鉄道の駅で、国道4号線沿いに位置している。

 田舎のローカル鉄道によくある、後払い式の無人駅だ。


 この駅の待合室には、命のノートと銘打たれた自由記載のノートが置いてある。

 旅の途中に訪れた人が、思い思いに気持ちを書き残す……観光地などによくあるノートだ。


 他と違うのは───

 このノートに記された言葉には、数日後……返事が添えられていることがあるのだ。


 この、返事を記す活動を続けているのは、駅の向かいにある商店に住む、一人の御婦人。………経緯などについては、本人の言葉により近いと思われる、映画の中から汲み取るのがいいだろう。


 顔も合わせず、言葉も交わさず……

 しかし、心は通い合う。


 即物的なやり取りではなく、ふと気づいた時に読み返してみると……いつの間にか返事が記されている。


 いつしか、それを楽しみに、心の頼りに……ここを訪れる人も増えているという。



 偶然、でも無いのだが……、私はよくこの駅の前を通る。

 仕事に行く途中でここを通過することは何度となくあったのだが、ついぞ一度もこの駅に立ち寄ったことは無く、ノートもお目にかかったことはない。


 一見さんお断り……そんな狭い了見ではないことはわかっているのだが、なんとなく私ごときがお目汚しな文面を残すことに躊躇もあり……また、今はまだその時ではない、一人でも充分処理できる程度のものしか抱えていない、という強がりもあった。


 いつでも立ち寄れる、そんな傲りにも似た余裕も手伝って、まだお世話になったことは無いのだった。


 なにより、そこはいつもやり取りをしている人たちの大切な空間という意味もあるだろう。稀にしか訪れない旅人ならともかく、いつも通っている身分の者が図々しく筆を弄することは、少々無粋でもあろう。


 こんなご時世に、一切の利器を介さずやり取りされる……心のキャッチボール。

 そこには、現代人が忘れてしまったなにかが、まだ息づいている気がする。


                   ──────映画名:「待合室」


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