第3話 円滑と円満
唐突に、被災地の話で申し訳無いのだが……。
13年前に起こった災禍の避難所にて──。
興味深いお話があった。
避難所では原則、飲酒は禁止。
まぁ、当然であろう。
そんなところで酒を飲むなど、常識から外れていると言われても仕方無いのかもしれない。
……その男性は、建物の外の敷地の片隅で……隠れるようにして、こっそりとお酒を飲んでいたそうだ。……あの惨状の中、どこかで手に入れたのか、あるいは逃げ出すときに持ち出せたものの中にそれが含まれていたのだろうか……定かではないが、隠し持っていた……と思われる小瓶で、ちびちび……と。
役所の人だったかに、それを見られて──話を察するに、見つけたのは役人ではなく市民団体のボランティアの男性のような気がする………飲んでいた男性は、見咎められたと思ったのだろう、酷く罪悪感を滲ませながら「すみません、すみません……」と、何度も頭を下げたという。
それを見た男性は、優しく微笑んで、
「良いんですよ、謝らなくて」
そう言って、咎めることも諭すこともしなかったそうだ。
傍に寄り添い、話を聞いてみると……飲んでいた男性は、奥さんを津波でさらわれたのだという。飲まなければ、自分を保てなかったのだろう。
ルールは守らなければいけない。
だが、それで杓子定規に縛ることは時に人を無意味に傷つけることもある。
男性の優しさと、その判断ができたということに、言い表せない人の心を感じた。
ついでに、もうひとつ。
避難所で難しいのは、発生する不満をどう解決していくかということ。
物資が届き始め、空腹をなんとか満たせるようになって来ると、なぜか不満が寄せられ始めるという。避難所の環境や、その他必要なものが足りない、就寝場所の改善など──。
お腹が満たされると、思考が生まれるというのは、その通りのようだ。
その際に重要なのは、不満への対応も然ることながら……。手空きの人を作らない、ということだという。
被災者だからといって、お世話をされるだけの立場に固定してしまうとたちまち不満が出てくると云う。
出てくる不満の根本は、環境への不満ではない。自分に役割が無いことに対する、根元的な渇望。
避難所に身を寄せる人が固定化し始めたら、なるべく早い段階で、一人一人に役割を担って貰うのが良いらしい。
内容は、ほんの些細なことで良いという。
毎日配る、食事の配布役。
避難所の清掃役、火起こし役、水汲み役、誘導役……。
町の巡回役、お年寄りや子供の御用聞き役でもいいだろう。
一人一人に、何かしらの役目を担ってもらうと、不満や要望が劇的に減るという。何もせずに、食べ物をもらって避難しているだけ、という状態は精神衛生上非常に良くないものなのだろう。
人は、仕事と役割を持つことで、不満の大部分が消化される。これは、避難所で見えた、人間の本質かもしれない。
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