第2話 どうして?

 この幼馴染からは逃げられない。そう悟ったのはいつだっただろう。

 灰色の長い髪、灰色の瞳、暗い印象とは裏腹に綺麗な顔立ちと、楽器のような綺麗な音色の声。

 剣術を使っているところはみたことがないが、魔術を使っているところはよく見たことがある。


「見て、レイ!」

「それ、どうなってんだ!?」


 指先に灯りをともし、線を描くアッシュ。子供の頃、それをみて大はしゃぎしていた。

 夜遅く、寝床を抜け出してその灯りを頼りに散歩をしたりもした。

 途中で魔物に出会したのを今でも覚えている。腰を抜かしたアッシュを庇うようにして、俺は持っていた鍛錬用の木刀で立ち向かっていた。


「アッシュ、逃げろ!」

「でも、レイ……!」

「おりゃあああ!」


 掛け声と共に飛び出して、犬のような魔物に木刀を振り下ろす。たいした技術も経験も持っていないが、当たりどころが良かったのか、魔物は一撃でギャンギャン鳴きながら逃げていった。


「アッシュ! 大丈夫か!?」

「うん、うん……! レイ、ありがとう!」

「アッシュのこと、俺が守るからな!」


 英雄気取りの大口を叩いて、アッシュは素直に受け止めてしまった。それも嬉しそうに、光を見つめるように、涙を流しながら。

 手を繋ぎながら、大人たちにバレないように帰っていった。アッシュを守れた誇りと、魔物と対峙した興奮を抱えながら。




 それが理由とは言い切れない。それだけの理由でアッシュが俺に惚れ込んでいるとも思えない。

 しかし、現に彼女は俺の元に来た。何もかもを忘れかけていた俺の元に、また現れた。


「レイ。私ね、国の誘いを受けたの」

「ほ、本当か!? あんなに渋っていたのに……」

「うん、ちょっと欲しいものがあったから」


 その欲しいものとやらは分からないが、アッシュはニコニコと笑顔を浮かべていた。欲しいものは手に入ったのだろうか。

 国からの誘いを受けた場合、国のために戦い、国の発展のために生きることになる。その代わりに、名誉や力を国に認められ、財を貰える。

 財というのは、人それぞれ好きなものがもらえる。本を好むなら大量の本、食事が好きなら量も質も問わず。情報が欲しいなら、古くから新しいものまで様々な情報を。


 そんなわけで、国の誘いを断る人間なんていない。なのでアッシュはかなり変わった人扱いだった。実際、俺もアッシュが断ったと言った時は耳を疑った。


「それはどうでもいいの。なんで私を置いていったの?」

「だから、国からの誘いを断ってたからだろ」

「国の誘いは受けたからいいでしょ? レイと二人にでいるために受けたんだから」

「……そこまでして、俺の隣を選ぶ理由が分からない」


 そういうと、アッシュはキョトンとしながら首を傾げた。変なことを言うやつを見る時の目だった。


「簡単よ? 私はレイのことを愛しているもの」

「……その理由は?」

「私を守ってくれるって言ってくれて、私の手を引いてくれたわ。私のことを可愛いと言ってくれて、私の魔術を褒めてくれた。まだまだあるけれど……」

「もういいよ……」


 どれか一つじゃない、色んな理由でアッシュは俺を選んだ。嬉しいけれど、かなり荷が重いものだ。

 素直に喜べないのは、圧倒的な才能を持つ幼馴染への気後れか、はたまた嫉妬か。


「ねぇ、今日から遺跡ダンジョンに行かなくていいわ。私、国からいっぱいお金を貰えたの」

「自分のために使えよ」

「使い道もないし、レイのために貯めたのよ?」

「勘弁してくれよ……」


 家まで押しかけてきて、挙句に養うとまで言ってきた。好きだの愛してるだの宣い、その理由もべらべらと喋る。

 頭がどうにかなりそうだった。一人になりたかった。


「ど、どこに行くの?」

遺跡ダンジョンだ……一人になりたいんだ」

「だ、ダメよ! 私も一緒に……」

「一人になりたいんだよ!」


 大声を出しながら、乱暴に剣を手に取って腰に巻き付ける。カバンの中には適当にポーションを数本放り込んだ。


「しばらくしたら帰る……それまでに帰っておけよ」

「そんな、だって、私は……」



 狼狽えるアッシュを尻目に、俺はさっさと扉を閉めた。

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