ネクロロマンス

黒崎

第1話 プロローグ

 死者蘇生。

 何かの呪文、おとぎ話、はたまた誰かの夢。

 あり得ないはずの、起こってはいけないはずのもの。倫理的にも、生物としても。

 それなのに。


 俺は、それになったらしい。


「レイ!? 大丈夫!?」

「……アッシュ?」


 幼馴染が目を涙に浮かべ、俺の名前を呼ぶ。灰色の長い髪、蒼の瞳。確かにそこにいるのは、アッシュだった。

 でも、俺たちは……もうお別れしたはずだ。


「なんで……」

「心配だったんだ……一人で遺跡ダンジョンに行くなんて言い出したから、ずっと後をつけていたの」

「そういうことか……」


 俺はまた、この幼馴染に助けられた。そうならないために、わざわざ一人で遺跡ダンジョンに入ったはずなのに。

 

「……でも俺、魔物に致命傷を受けたはずだ。後ろから来た魔物に反応しきれなくて……」

「……覚えてたんだ」

「あ、ああっ。ぶっ倒れるまでは意識があったから……」


 胸を貫かれた感触を今でも覚えている。俺の心臓が転がって、盛大に血を撒き散らしていたのを。

 痛みに意識が遠のいて、目の前がぼやけて、世界が暗くなっていくのを。


 ─────全部、覚えている。


「……うん、確かにレイは死んだよ。心臓を弾き出されて、息が止まった」

「じゃ、じゃあ! なんで俺は生きてるんだ!?」


 アッシュに触れられる感触もある、息もしている。心臓を弾き出されて生きているなんて、そんな勇者の伝説すら聞いたことはない。

 慌てる俺に、幼馴染は軽く謝るように、小首を傾げながら言ったんだ。


「ごめんね、生き返らせちゃった」

「…………は?」


 俺の第二の人生が、そこから始まった。




 俺自身は、平凡な村の出身だ。大したことができるわけでもないし、神様から特別な力を授かったわけでもない。

 ただ、幼馴染のアッシュは違った。

 頭が切れた、剣術も魔術も優秀だった。村の誇りとまで言われる天才児だった。その上、優しくて気立もいいときた。おまけに美人、いくらなんでも才を持ちすぎだ。


「レイ! 私ね、レイのこと大好きなの!」


 幼馴染だからか、アッシュは俺によくそんなことを言っていた。その時は子供だったから素直に受け入れて、喜んでいた。


「僕も! アッシュのこと大好き!」

「じゃあ! 大人になったら、ずっと一緒にいよ!?」

「うん! 約束!」


 そんな約束をしてしまったからか、それともアッシュは本当に俺のことが好きなのか。

 俺たち二人が成人したころに、アッシュは結婚の申し出をしてきた。


「約束、忘れてないよね?」

「……忘れたことなんかない。でも、守るとは言ってないよ」

「なんで……なんで!? 最近のレイ、変だよ! 私のことも避けるし、嫌われるようなことした!?」

「違うよ、俺じゃふさわしくない」


 アッシュは優秀だった、優秀すぎた。

 国からはずっと誘われていた。優秀で美人とあれば、国から誘われないわけがない。戦力としても国の一員……いずれは代表としても、相応しい人物だった。


「国から誘われていること? あれは全部断った……私はレイと一緒にいたいもの」

「……外を見たことがないから、そんなことが言えるんだ。村を出れば、考えも変わるさ」

「出たとしても変わらない! 私はレイのそばにいたい! それだけだもの!」

「……わかったよ、一日だけ考えさせてくれないか」


 俺たちが成人するまで、アッシュはずっと俺のそばにいた。そして国からの引き抜きもずっと断り続けていた。

 俺に対して、何をそんなに思うことがあるのかは知らない。しかし、俺ではアッシュに相応しくない。


 だから俺は、アッシュに内緒で村を出た。




 村の外から離れたところには、遺跡ダンジョンがある。魔物が棲みつき、金銀財宝が眠り、そしてどんなものでも受け入れると言われる遺跡ダンジョンが。


 俺は大したことはできない。ただ、親父の趣味が剣術だったもので、少しだけ腕が立つ。そういえば、昔はアッシュを魔物から守るなんて言っていたっけな……。


 昔を思えば、俺はアッシュとずっと一緒にいた。俺の夢物語を嬉しそうに聞き、手を引くと幸せそうな顔をして笑っていた。

 アッシュは今頃、俺が出て行ったことに気づくだろう。アッシュには申し訳ないけれど、こうするしかなかった。

 国の引き抜きを断り続けているアッシュに国も良い顔はしていない。それに、国の王子だかはアッシュのことを好いていた。

 そんな中で、俺とアッシュが結婚なんかすれば、俺もアッシュもどうなるかわかったことじゃない。




 遺跡ダンジョンに入りこんで、魔物を狩り、運が良ければ財宝を手に入れ、その日を暮らしていた。

 財宝を売れば良い飯を食って、良い宿に泊まったり、高価な装備品も買ってみたりした。良い友人にも出会えた、俺自身も成長していけた。そうして、日々は過ぎていった。

 全て順調に行くと思っていた、アッシュも今頃は俺のことなんか忘れている。現に俺も、アッシュのことは忘れかけていた。

 


 そう思っていた、なのに。



「……どうして黙って出て行ったの? レイ」




 アッシュは、どこまでも俺を忘れちゃいなかった。

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