異世界将棋
土屋
第1話
「もうだめだ」
俺は今日、プロになるための試験で負けた。挑戦できる最後の年だった。こうして、鬼の棲家から俺は追放された。
目眩がした。俺は気絶した。
目を開けると、そこは異世界だった。
草原に寝そべっているようだ。立ち上がり、知らない場所に動揺する。夢か天国か、今の自分にはどちらでも良かった。寝そべったままでもよかったが、もし仮に胡蝶の夢だとして、こちらの世界で生きる方がかえって本物といえるだろう、俺から将棋をとったら何もないのだから、第二の生を束の間のあいだ楽しもうじゃあないか。束縛から解放されたように、俺は歩く。城壁のようなものがみえる。近くに街があるようだ。門番が立っている。
「通行証と身分証を提示し、名乗りたまえ」
ほう、言葉が通じる。目の色や髪、図体の大きさが異国の者と見受けられたが、流暢な言葉に聞こえる。しかし、困った。俺は何者でもないのだ。
「俺の名前は、シバザキ。何者でもないし、身分を証明するものもない」
「他にここに入るにはどうすればいい?」
門番は怪訝な顔をしながらも、答えた。
「ならば、追い返す。ただし、俺に決闘で勝てたら、戦士と認め、入国管理の所まで通してやろう」
決闘だと?将棋の駒より重いものを持ったことがないこの俺が殴る蹴るでこの見るからに筋骨隆々の身の丈が倍にも感じる男に適うはずあるまい。無理難題だ、楽しい夢を見せてくれよとぶつぶつ文句を言っている間に門番はおもむろに簡易的な椅子を2つ、テーブルを一つ、そして、、、、、
「しょうぎ、、?」
「おう、将棋だ。なんだ?その顔は。早く決闘するぞ」
「え?いやなんで将棋なんですか?」
「なんでって、、。将棋が強いーーこれこそがこの世の絶対的なルールだからだろ?お前こそ何を言っているんだ、ふざけてるのか?」
俺は戸惑った。悪夢だ。ふざけてるのはどっちだよ。束縛からは逃げられない、俺はいつだってそうだった。夢の中でなんどもなんどもなんどもなんども出てきたじゃないか、もう見ることはないと思ってたのに。込み上げてくる胃液を堪え、息を整えようと必死になる。
「おい、そろそろ交代の時間だぞー」
新しい門番が1人やってきた。
「おい早く交代だーー、っておい入国審査かよ。おいおい、やめとけやめとけ。にいちゃん、こいつはなかなかに強くてな、この国で最も将棋の囲いがかてぇんだ。誰もこじ開けられずに攻めがキレちまう。だれ1人の入城も今までゆるしたことはねぇ。門番として、こいつはまさにぴったりなんだ」
飄々とした調子でもう1人が俺に話しかける。
「もう交代の時間か。なら早く終わらせないとな。おい、挑戦料として、負けたら身ぐるみ置いていけ。それで勘弁してやる。決闘しないならさっさと消えろ」
「あ、え、そ、うだな。そうですね、そうします、お手数をお、かけしました、し、失礼しました」
俺は下を向き、ドスのきいた声に身を震わせきた道を戻る。戻る。戻る。うるさい、心臓の音がうるさい。
俺は、俺は、棋士だ。さっきのさっきまでは鬼の棲家にいた。そのプライドを捨てたつもりだったが、棋士ってのは投げ捨てたプライドをもう一度何度だって拾い続ける奴のことを言うんじゃあないのか?
師匠の言葉が門から遠ざかる俺の小さな背中に問いかける。
煩い。正論だ。強い人間の言葉だ。そうやって切り捨てたかった。切り捨ててきた。だが、師匠の言葉は無理だった。
ちくしょう、なんでこんな目に遭うんだよ、、
「おっ、またやってきたのか?ひでぇ顔色だなぁ?またさっきのやつに交代だ、せっかくだから俺は見物してやるよ」
門番2の野次馬をよそに、俺と門番1の決闘は始まった。そして、、
「おい、うそだろ、、、」
ルールは、10秒将棋。お互いに10秒以内に一手指す。越えるか、詰むか、詰まされるか。
10分にも満たず、門番の投了。
「おい、お前何をした!?」
「うそだろうそだろうそだろ!?おい!?!?」
「お前、まじでなにもんだよ、、」
単純なことだった。
奴は俺の予想を超える手は指してこなかった。
久しぶりのせいの実感。息をすることがこんなにも素晴らしいことだったなんて。
久しぶりに良い夢を見れそうな予感がする。胸の高鳴る音がする。唖然とする門番には感想戦の呼びかけも耳に入らないらしい。
少し曲がった背中を伸ばし、こうして俺は門をくぐり、新しい異世界生活をスタートさせた
異世界将棋 土屋 @2chiya
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