序章③

 通路は人間二人が、どうにか並んで歩けるだけの広さがあった。

 進むにつれて分かったのはこの通路は幾本もの分かれ道や、無数の枝道で構成されていることだった。


 一度進む道を間違えてしまうと、永遠に闇の中を彷徨い続ける、迷路のように造られているらしい。



 真実この抜け道は星光宮の造営が始められるのと同時に、極秘裏のうちに掘り進められたものであった。

 城の完成後も延々と作業は続き、ここまでの形に完成するまでには百年近い歳月が費やされた。


 建設に携わった者たちは親、子、孫の何代にもわたり、誰にも話すわけにもいかない日の当たらない地下で、ただただ穴を掘ることだけに生涯を費やしたのだろう。

 まるでそんな人々の執念が凝り固まったような、地下迷宮と言っても過言ではないしろものであった。


 ダリウスは路が分かれている所へくると、壁をなぞってはなにごとかぶつぶつと小さく呟きながら、進むべき方角を探っている。

 知るべき者のみに分かる、なんらかの印が壁に彫られているのだろう。


「皆、はぐれるでないぞ。はぐれたら最後、この地下道の中を死ぬまで歩き続けることになる。運良くさっきの入口へ戻れたとしても、もうあの扉は内側からは開くことは出来ぬ」

 ダリウスが注意を促す。

 それを聞いた兵たちが無言で頷いた。


「ねぇ爺、爺はこの道の出口を知っているの」

 それまで黙って手を引かれるに任せていた少年が、守役の老人ダリウスに訊いた。


「大丈夫ですぞ若さま。この爺がついておれば無事に出口へ、城の外へ出られますとも」

 ダリウスは少年の手をしっかりと握り締めたまま、ゆっくりと優しい口調で応えた。


「僕ね、こんな秘密の道があるなんて全然知らなかったよ。あんな所が扉になっているのもね」

 少年は自分がどんな状況にあるのかも分からずに、無邪気にダリウスに話し掛けた。


 まるで小さな冒険にでも出掛けるかのように、瞳を輝かせている。



「爺、なぜお城が燃えていたの? 火事になっちゃったの?」

 少年は目覚めてこの方ずっと疑問に思っていたことを、やっと老人に問うた。


 少年の問いに対し、ダリウスは顔に深い苦悶の色を浮かべた。


「敵が攻めて来たのです。信じておった隣国の楼桑国ろうそうこくが、不意を衝き夜襲を掛けてきたのです」


「えっ、楼桑国はかあさまがお生まれになった国でしょ。シリウス伯父さまが治めている国じゃないか。それがどうして攻めてくるの。僕、去年シリウス伯父さまが王さまになるお祝いに行ってきたよ。優しそうな顔をした方だったよ。母さまのすぐ上のお兄さまなんだ、珍しいお菓子も沢山くれたよ」

 少年は驚いたように、ダリウスの手を強く握り締めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る