序章②

 そこは宮廷の下働きをする下女たちの休憩所の、さらに奥にある物置部屋であった。


 ここまで来ると剣や槍を手にした兵どころか、阿鼻叫喚状態の女官や右往左往し逃げ惑う小間使いたちの姿もない。

 その物置部屋の隅には、下女のお仕着せが吊るされた造りつけの衣装棚が三つ並んでいた。


 老人は迷わず真ん中の棚に掛かっている衣類を掻き分け、折り目正しく畳んで積まれているシーツやタオルを取り除くと小柄こづかを使い器用に側面の羽目板を外す。


 そこには隠れるように、ひっそりと木の取っ手があった。

 普段この棚を使っている下女たちでさえ、気付かぬような絡繰りしかけである。


 ダリウスが懐から木製の鍵を取り出し、取っ手の下に穿たれた穴に差し込み右に三度回転させる。

 そうして取っ手を手前に引くと、衣装棚が重々しく回転し、人一人がやっと入れる隙間が空いた。


 外した板を慎重に元に戻し、掻き分けたシーツ類を被せる。

 隙間の先には、真っ暗な闇の中へと続く通路が口を開けていた。

 一定期間外界から隔てられていたのだろう、その通路からはカビとも埃ともつかないよどんだ臭いが漂ってくる。


 通路内の入口脇に一本のかなりな大きさの松明と、陶器製の油壺が置かれていた。

 ダリウスは兵の一人に懐中から火打ち石を取り出し手渡すと、松明に油をたっぷりと染み込ませ火をつけるように命じる。


〝カチカチ、カチカチ〟


 多少手間取りはしたが、なんとか炎が灯った。


 松明を手に持った兵と指揮官らしき簡単な飾りの付いた革冑の若者が先導となり、少年と守役のダリウスを間に挟み、その後ろに残る二名の兵が付き従い狭い通路へと侵入してゆく。



 ダリウスは扉を元のように回転させぴたりと閉じると、扉の内側にある鍵ででもあるのだろう金属片を器用に操作した。


〝ガチャリ〟


 錠の閉まる音が小さく響いた。


 施錠音を確認した彼は、手にしていた小柄を乱暴に金属に叩きつけた。


〝ガツンッ〟


 金属片が地に落ちた。


 もうそこには真の闇と、静寂とがあるだけだった。

 先導の兵が持っている松明の炎だけが、唯一の頼りである。


 

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