アンドローム ストーリーズ(聖大陸興亡志)第一巻 運命の婚礼

泗水 眞刀

序章①

 城が燃えている。



 紅蓮の焔を噴き上げながら、城が燃えている。


 整然とした佇まいを誇った、公都トールンの街の大半が炎の海に沈んでいる。

 眼下に見下ろすサイレン公国を象徴する星光宮が、まるで玩具の積み木のように小さく見える。


 赫々あかあかとした炎の照り返しと黒煙に捲き上げられたその美しい建物は、火炎に包まれているというのに、どこかしら幽玄的な美を放っているように見えた。



 或る歴史家はかつてこう言った。


〝完全なるものが滅び去る瞬間が、この世で一番美しい〟



 見下ろすトールンの町並みは、まさにその言葉を具現化していた。


 夢の中の情景のようであった。

 美しいとさえ思える光景であった。

 俯瞰して見ている故に、なおさら際立ってよくわかる。


 少年にはそれが現実のこととは思えなかった。


 先程まで自分が眠っていた、この世で一番安心できると思っていた城が、真っ赫に染まりいまにも崩れ落ちる寸前となっている。




 少年が守り役のダリウスから起こされた時には、すでに城内には火の手が回っていた。

 少年が眠る公子宮の寝室内にも、扉の隙間から白煙が床を這うように侵入している。


「若さまお起きくださいませ。ほれ、しっかりと目をお開けくだされ」

 見慣れたしわ顔が緊張した面持ちで、あどけないふっくらとした少年の頬を軽く叩いた。


 ゆっくりと目蓋が開き、氷蒼色アイスブルーのきれいな瞳がクリクリと光った。



「どうしたのダリウス、もう朝なの」


 いくぶん気だるげで不満そうな澄んだ声で、少年は老人に訊いた。

 老人は問いには答えず、そそくさと用意していた服を着せ始める。

 眠たげに目をこすりながらも、少年はダリウスに急かされて身支度を済ませた。


 寝室から連れ出された少年は頭からすっぽりとマントを被せられ、数人の兵に守られながら騒がしく物々しい雰囲気の城内をなるべく目立たぬように歩いてゆく。

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