第4話 4年前の世界

ピピピピ、ピピピピ、ピピピピ


何の変哲もないデフォルトのアラーム音で俺の意識は呼び起こされた。なんだかものすごい夢から覚めた気分だが、その記憶は夢のように儚いものではなく、やけに鮮明に脳裏に刻まれている。見えるのはいつもと変わらない白い天井。カーテンのかかってない窓辺から覗く明るい陽射し


だがそれだけでも俺は4年前に戻ってこれたのだと確信できた


それは‘‘大学時代‘‘の時と違ってとても目覚めが良いからだ!!


自分でも拍子抜けしてしまうような確認方法だが、こんなことは大学に入ってからは1度もなかった


「やっば!寝すぎた。今何時?」といつものように慌てて時計を確認することなく、優雅な仕草で枕横に置いてあったデジタル時計を確認すると時刻はまだ7時30だった。4年前にタイムリープした結果、自分の体内時計までもが4年前に戻ったらしい。


一切の遅刻も欠席もせずに、1限から5限までびっしり詰まった毎日に耐え抜いてきた過去の自分の凄さが今になってようやく理解できた。それはともかく、辺りを見回すと当然のようにすべてが4年前へと戻っていた


ちょうど4年前に第1期が放送された大ヒットアニメ、神楽坂で告られたいのメインヒロインが写ったスマホのロック画面、4月8日の朝7時35分であることを示すデジタル時計、ハンガーに掛けられた新品の黒いブレザー、現代文A 古典A 数Ⅰ 英語Ⅰ 化学基礎 日本史Aと綺麗に並べられた教科書の本棚。ノースフェイスの大きなリュック…そしてその他諸々


もはや頬をつねって痛覚を確認するまでもなく、ここは4年前の世界日常だった


なぜこんなビックチャンスが自分に巡ってきたのか分からないが、この一生願っても叶わない夢が現実になったならそれを全力で生かすしかない


そうして手始めに近くにあったノートに現在の状況、未来で自分が経験したことなどを鮮明に覚えているうちに記入し、頭の中を整理した。そうして大学1年間で一人も友達が出来なかったこと、1年ぶりに部活のメンバーで集まって飲み会をしたが、逃げ出してしまったこと、青春という謎の授業を受けようとしたら地下の研究室に連れてかれてタイムリープしたことなど役立つかどうかも分からないようなことをつらつらと書き、俺はそのノートをやり直し1号と名付けた。


「正明―朝ご飯よー」


こうやって階下から母の声が聞こえるのもいつぶりだろう。


「はーい。今行くよー」


久しぶりに大きな声で母の言葉に応え、階段を降りて行った




朝食を済ませて自室に戻り、早速2度目の高校生活をどう過ごしていくかについて考えることにした


充実しているように見えた1度目の高校生活にも実は穴があり、俺はそれだけが唯一の気がかりで、またこれから最も慎重に考えていかなければならないことだった


それは俺の幼馴染である柊あかねとの関係だ。今、思い返しても自分をぶん殴りたくなるほどに後悔していることだが、俺は1度目の高2の秋にあかねの告白を断り、色々あって大喧嘩を起こし、それから一言も話さなくなってしまった…


正直なんで自分のような人間に女性の告白を断る権利があると思ったのか、なんでもっと早く決断しなかったのか、なんで本当の気持ちをいうことが出来なかったのかなど、思い出せば後悔しかないようなことだが、これだけは逃げずに真剣に向き合わなければならないことだった


時間を確認すると10時だった。入学式は11時からの予定で家から高校までは徒歩15分なのでまだそんなに焦る必要はないが、はやる気持ちが抑えられなかった。


そうして10分程度で全ての準備をすませ、高鳴る鼓動に手を置いて深呼吸し、ゆっくりとドアを開けると…




「遅―い。5分遅れだよ」



「えっ?!」


その時、一陣の風が二人の間を駆け抜けた


オレンジ色のミディアムヘアを靡かせ、紺色のセーラ服に身を包んだ彼女は…高2の秋に大ゲンカをして以来、一言もしゃべらなくなった「あかね」でもなく、闇落ちした「あかね」でもなければ、未来で石ノ森と付き合った「あかね」でもない、俺が小学生のころからずっと仲良くしていた柊あかねだった


なぜ家の前にたってたのか分からないが、そんなのはどうでもよくてその未来とのギャップについ涙腺がゆるんでしまいそうになったが、すんでのところで思いとどめた


「アキ、目押さえてるけど、ゴミとか入っちゃった?大丈夫?」


(ああ、いつも通りのピュアで優しいあかねだ。)


「い、いや何でもない。大丈夫大丈夫」


「本当に大丈夫?まだ待ってるから洗面所で見てきなよ」


「あ、いや正直なことを言うと、これからの高校生活が楽しみすぎてどんな3年間にしようか想像を膨らませてたらなんか涙出ちゃってさ」


咄嗟に思いついた言い訳が苦しすぎる


「それは私も楽しみだけど、アキってそんなことで感動して涙を流すようなタイプじゃないよね?今日のアキなんか変だよ?今朝送ったラインも見てくれなかったし…」


「ごめん、ドタバタしててスマホ見てなかった。」


「もー準備は昨日のうちに済ませときなよ」


「ごめんて… それよりあかね…」


「ん?」


今更改まって言うことじゃないかもしれない。きっと目の前の彼女は困惑するだろう

それでもまた俺が小さいころからずっと仲良くしてきたあかねがそこにいるのが嬉しすぎて…



「今まで友達でいてくれてありがとう!高校でもよろしくね」



そう言って俺は右手を差し出した


「はっ?!!な、何よ急にそんな改まっちゃって!な、何言ってんの」


そう言って頬を赤らめながらも遠慮がちに手を握り返してくれるあかねが可愛すぎて


「…可愛い。あっ間違っ…いや何でも!?」


「もーーー!!今日のアキ本当に変だよー!!」


そう叫ぶ彼女の姿は満更でもなさそうだった。2度目の高校生活では彼女の隣に並べるような存在になるために。後悔しない選択をするために

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