第3話 さよなら大学生活
気が付くと俺はベッドの上、ではなく硬いコンクリートの地面に仰向けになっていた。薄暗がりの部屋に無数のコンピューターのブルーライトだけがせわしなく光っている研究所のような場所だった。研究室の割には結構広いと思う。スマホを見て時間を確認すると俺が意識を失った2限の開始時間から、数分しか経っていなかった。
自分の通っている文系キャンパスにこのような研究室があるとは思えない。あるとしたらここから20キロ先の理系キャンパスだが、こんな短時間で移動できるわけない
ここがどういう施設なのか調べるために散策しているが、辺り一帯を埋め尽くす無数のコンピューターの画面にプログラミング言語のようなものが永遠に流れているだけで何も分からなかった。去年の暇すぎた1年間にプログラミング言語を1つでも取得していれば良かったと少し後悔する
そのまま辺りをぐるぐるしていると突然、プシューという白い煙と共に後ろのドアが開いた。早くも今回の黒幕のお出ましのようだ
徐々に煙が消えて黒いスーツに身を包んだ若い男性が現れた
「やあ紫陽君、この度は強引な手を使ってここに連れてきてしまい申し訳なかった。自己紹介をしよう。私は
「あ、あなたは…」
自分の属する学部の教授の名前を覚えてない俺でも理工学部のこの教授の名前だけは鮮明に覚えていた。青凪俊。27歳にして大学で教授を務めている超優秀な教授であり、時空超越論という論文で学会で賞を取り、世界で1番早くタイムリープの真相に近づくことが出来る人物なのではないかと言われている。
「いやあの情報量が多すぎて困るんですが、どうしてあなたのような人がここにいるんですか?というかここはどこですか?あとなぜ僕が連れてこられたのですか?」
「まあまあ落ち着いて、混乱するのも無理ない。順を追って説明しよう」
「はあ…」
「まず分かっているとは思うが、今日の朝、君の時間割に青春という科目を追加し、ここに連れてきたのは私だ。手荒な真似をしたのは申し訳ない。ここは関係者以外には誰にも知られていない文系キャンパス地下3階にある私の研究室だ」
「いや、理工学部の教授の研究室がなんで文系キャンパスにあるんですかね」
「それは僕が秘密裏に研究を進めているためさ」
「そんなヤバい研究してるんですか」
「まあ待て。続きを聞いてほしい」
「はあ…」
「僕はこう見えて灰色の青春生活を送ってきたんだ…」
どんな研究をしているのか期待に胸を膨らませていたが、始まったのは教授の唐突な自分語りだった。いや学会で賞を取って周りからチヤホヤされている人が青春していないわけないじゃん
「僕は小学校のころから何かを研究することが大好きで、好きなものにのめりこんでいると周りが見えなくなってしまうタイプなんだ。おかげで数々の金賞、コンテストでの優勝を果たしたが、気が付くと僕の周りには人がいなかった。いや誰も僕に付いてこれなかったんだ」
あーギフテッドゆえの悩みとかいうやつか。凡人の俺にとっては耳をふさぎたくなるような話だった
「いじめられることはなかったが、誰も僕のことを友達のように接してくれなかった。みんな僕を一歩引いたような目で見てくるのだが、ぼくの探求心が消えることはなく、むしろ増してばかりだった。そこで僕はとある日、タイムマシンを作って青春をやり直せばいいのではないかと考えた」
「っww」
「おい、笑うな。当時の僕は本気で悩んでたんだぞ」
「すいませんw こんなに頭のいい教授でも陰キャみたいなこと考えるんだなって思うと、おかしくて」
「…続けるぞ」
その後、学生時代にめちゃくちゃ勉強したこと、とにかくタイムマシンを作るために勉強し続けたことを力説されたが、聞き疲れて途中から何も聞いていなかった
「あのー教授、あなたがめちゃくちゃ勉強を頑張っていたことはよーくわかったので何で僕をここに連れてきたのか、ここはどこなのか、何が目的なのか教えてください」
「すまない、長く喋りすぎた。本題に入ろう」
「最初からそうしてください」
「まず驚かないで聞いてほしいんだが、僕は既にタイムマシンを制作した」
「…」
「…おい、何か言えよ。驚かないのか」
驚きすぎて開いた口が塞がらなかった。こんな研究室に連れてかれた時点で何かあるのではないかと期待していたが、まさかここに俺の通っているキャンパスの真下に漫画やアニメの世界でしか聞かないような、世紀の大発明であるタイムマシンが置かれているとは思わなかった
「え…いや…あの…」
「めちゃくちゃ驚いてるじゃないか。焦らしたかいがあったよ」
「あの時間は何だったんですか」
「まあ僕について知ってもらいたかっただけさ。僕はね、僕みたいに青春を全うできない学生を救うためにずーっと一人で青春計画の実現のために動いていたんだ。しかし、青春経験の乏しい僕が学生にしてあげられることなんて思いつかなくてね」
「そんなこと考えてる教授多分あなただけですよ。でも優しいんですね」
「つまらそうな大学生を見てると過去の自分と重なってどうしても助けたい気持ちになってね。でも全員助けるのは無理だった。そこで俺は、この大学で最もつまらない学生生活を送っている学生を救うことを考え、学内全てのカメラを常にAIにチェックさせ、そこに自分の作った幸福度判定アプリという全学生の表情、仕草、服装、話した言葉、その他諸々を逐一AIがチェックして1秒1コンマの幸福度を判定してくれるアプリを同時に起動させることで、誰がこの大学で1番つまらない大学生活を送っているのか調べたのだが、それが君だった。しかも下位2位に圧倒的な差をつけていた」
「あーそうですか…はい」
「これは驚かないんだな」
「タイムマシンを作ったあなたが他にどんなものを発明してようともう何も驚きませんし、僕より充実してない学生なんていませんから。一つ驚いたことといえば、最後の言葉を聞いて、同じくTwitterで鍵垢を作り、大学の愚痴を呟き合って勝手に仲間だと思っていた連中が実はフェイカーだったって分かったことぐらいですかね」
「ごめん、何も言えないよ…」
「励ましの言葉なら大丈夫です。それより今までの話をまとめると教授は、監視カメラとなんか幸福度判定アプリっていうのを使って僕がこの大学で1番つまらない学生生活を送っていることを知り、それを見かねて僕の時間割に勝手に青春という科目を追加し、ここに強制的に呼び出してきたというわけですね」
「その通りだ。よしじゃあタイムマシンに乗ろうか」
「え、本当に僕が乗って良いんですか?せっかく念願の夢が叶ったというのに」
「俺はもう良いんだ。何度タイムリープしたところで結局、研究の道に進んでしまうことは分かっている」
「まあそれは容易に想像できますね…」
「…移動しよう」
教授が何やら暗号を入力した途端、地下から階段が出てきて俺と教授はその奥へと進んでいった。それから30分後、絶対にバレてはいけないからと何重にも施錠された鉄格子のドアを次々と開けていき、ようやく最後の扉へとたどり着いた。正直まだ半信半疑だが、この先にタイムマシンがあると思うとワクワクが止まらなかった。
だってもう1度高校時代のアイツらに会えるんだから
でもやけに話がうますぎると同時に思っていた
「035780っと… やっと最後の扉が開いたぜ」
扉が開くとそこには確かにそこには沢山のコードで繋がれた黒い酸素カプセルのような形をした物体が直立しており、見るからにそれはタイムマシンだった
「何で最後のパスワードが今の俺のスマホのパスコードと一緒なんですか」
「さあな、たまたまだ。でもお前にとっては相当思い出深い数字何だろう?」
「…いや、テキトーに決めただけですよ」
「そうか」
急すぎる事態だったため過去に戻ってから何をしようかなど一切考えていなかったが、ここに辿り着くまでに感じた疑問点を最後に教授に投げかけることにした
「最後に質問をして良いですか教授?」
「構わないぞ」
「ただ怠惰に1年間大学生活を続けてきた俺にまた1から高校生活をやり直す権利をくれるなんてそんなにうまい話があると思いますかね?っていうかこれ授業の一環なんですよね?」
「フフッ 君は意外に鋭いんだね。その通り条件付きのタイムリープだ」
どおりで何かあるわけだった。こんな怠惰で何もせず、願望だけを口にしている大学生にこんなビッグチャンスが巡ってきていいわけない
「今から君は自分の望む過去に今の記憶を引き継いだままタイムリープすることが出来る。ただし、これは青春という授業の一環だ。君にはタイムリープした過去で様々なミッションに取り組んでもらう。ミッションの内容はタイムリープしてからのお楽しみだ。ミッション達成の報酬などはないが、全てが君のレベルアップに繋がっている。そしてさらに重要なのが3回連続でミッションに失敗すると強制的に現代へ送還されてしまうということだ。一見、怖いペナルティだが、1.2回失敗しても次に1回成功すればまた失敗カウントは0になるからそんなに焦らなくても大丈夫だ。ミッションの内容はちゃんと君のレベルに合わせてある。さて、まだまだ疑問点は多いと思うが、伝えられることは伝えたつもりだ。とりあえず過去に行ってこい」
「了解しました」
そうして俺はその黒いカプセルの中に入り、教授はパソコンをカタカタいじって準備を始めた
深呼吸して精神状態を整えた。俺の目的はたった1つ、1度目の高校生活よりもっともっと楽しい日々を過ごし、大人になってもずっと仲良しでいられる関係性に再構築することだ。ミッションのことは着いてから考えればいい
「準備完了。ただいまより紫陽正明を2020年の4月8日へと転送する。カウント10秒前」
どうやらこのあと10秒後に自分の意識は約4年前へと転送されるらしい。今更考えることは何もなかった
「3」
「2」
「1」
「それでは2度目の高校生活に幸あれ…」
現代にさよならを告げる前に俺の意識は遠いどこかへ飛んで行った
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