第5章 黄泉返りの魔王 14

 ガラットーニ辺境伯は昼食に手を付けずに待っていた。


 予定を遅らせなくていいというようなことを言ったはずだが、王女を迎えるとなるとそうなってしまうのか。

 俺が王族に敬意を抱かなすぎ問題かもしれない。


 俺たちが案内されて食堂に入ると、ガラットーニ辺境伯は席から立ち上がり、俺たちにというよりはリディアーヌに歩み寄り、臣下の礼を取った。


「リディアーヌ王女殿下、遠路はるばるこのような辺境までようこそいらっしゃいました。勝手ながら食事を用意いたしましたので、よろしければご賞味ください」


「急な来訪にも関わらず、ご配慮をありがとうございます。王国の味はしばらく食べられそうにありませんから、とても嬉しく思います」


 リディアーヌがそう言ったのでテーブルの上を確認すると、確かに王国風の料理が並んでいる。

 まあ、料理人も本土から連れてきているだろうから、普段通りなのかも知れないが、リディアーヌはガラットーニ辺境伯に加点を与えたというところか。


 ガラットーニ辺境伯に勧められて俺たちは席に着いた。

 当然ながらガラットーニ辺境伯がホストの位置に、そこからの席次はリディアーヌが1番で、俺が2番、シルヴィ、ネージュと続く。

 ホスト側にはガラットーニ辺境伯の家族と思しき面々と、武官と文官っぽい人もいるから、ガラットーニ辺境伯としてもこれを単なる食事会とは思っていないということだろう。


 食事自体は王国の貴族流に粛々と進んだ。

 話題も最近の王国の動勢をホスト側が聞いてくる雑談……、じゃないか、とは言え本題からは離れている。


 一通りの料理が終わり、食後のお茶タイムになってようやくガラットーニ辺境伯が切り出した。


「殿下、兵はどれほど連れて行かれますか?」


「必要ありません」


「しかし、殿下!」


「必要ないと言いました」


 これ以上の問答は必要ないとリディアーヌは言う。


「承知いたしました。ですが、いつでも駆けつけられるよう準備はいたしますよ」


「民に負担がかからぬよう配慮を期待します。とは言いましたが、実のところ私たちの目的は不可侵条約の締結です。頭の足りていない火種が大きくなる前に消火するつもりですので」


「なるほど。そういうことですか」


 ガラットーニ辺境伯は肩を落とし、少し残念そうだ。

 それだけ帝国に対する憎しみが深いということなのだろう。


 ガラットーニ辺境伯はピサンリのストラーニ伯爵よりも一回りほど年上に見える。ストラーニ伯爵は帝国の侵攻時に活躍してピサンリを賜り、当時ピサンリを治めていたガラットーニ辺境伯がシクラメンに領地を移された。


 普通は領地貴族の所領を変更するようなことは起こらない。


 相当な不祥事を起こして国に領地を取り上げられるようなことはあるが、変更というのは本当に珍しいことだ。

 ガラットーニ辺境伯に求められているのは、領地を治めることよりも、帝国に対する盾としての活躍なのだろう。


 そして当人も帝国との戦いを望んでいる。

 だからこういう反応になるのだ。


「ですが、備えがあるというのは心強いものです。今回はシクラメンが背後にあることで安心して交渉に望めるというものです」


「そう言っていただけるのであれば、シクラメンは全力で支援させていただきます」


「そうでした。ひとつお願いしたいことが」


 リディアーヌがそう言うと、ガラットーニ辺境伯は身を乗り出さんばかりに食いついた。


「どのようなことでしょうか!?」


「帝国の使者が戻ってきた際に可能な範囲で足止めを。多少は心証を悪くしても構いません」


「首だけにして返すというのは?」


「使者を生きたまま帰すのが陛下の望みです」


「承知いたしました」


 ちょっと不満ありげやん。こわ。


「あの男は何か粗相をしでかしませんでしたか?」


「それはもう盛大に。だからこそ私が帝国に向かうのです」


「やはり首に……」


「必要はありません。それよりも帝国との不可侵条約を取り付けた後に、あれが小煩く鳴く様を思い浮かべるほうが愉快ではありませんか?」


「私には少々難しいようです」


 分かる。

 リディアーヌの楽しみ方って、なんていうか、こう高度なんだよな。

 面倒くさいというか、回りくどいというか。

 いや、政治的に正しい判断の内に自分の楽しみも見いだせるってすごい素質だと思うんだけど、それって本当に姫様としてのものなんよな。


「とりあえず本日はゆっくりとおやすみください。帝国に入ってからでは、心から休むのは難しいでしょうから」


「いえ、この後すぐに出立する予定です」


「ですが、今から馬車ですとオルムに到着するのは遅い時間になるかと思いますが」


「心配ありません。ですわよね? アンリ様」


「そうですね。私の魔法で作り出した馬は疲れを知らず、食事も要らず、休憩を取る必要がありません。速度も通常の馬よりも早く走れます。通常の馬車でそれくらいなのであれば、もっと早い到着となるでしょう」


「ふぅむ、信じがたいが、新年パーティで魔法を拝見させてもらったこともある。殿下が信じておられるのであれば、信じよう。ではこのような場はさっさと終わらせるべきでしょうな。何事も迅速に行うべきですから」


「金言ですわね」


 リディアーヌがそう言って、頷く。


「もてなしに感謝いたします。帰りにまた寄りますので、なにかご希望の品などございますか?」


 少し冗談めかしてリディアーヌが言う。


「私が言うと嘘くさくなりますが、平和を。一時の平和を願います」


「そのように務めるつもりですわ」


 そしてリディアーヌは優雅に席を立った。

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