第5章 黄泉返りの魔王 13
さて飾り布であるが、シクラメンでは敢えてか帝国風の織物が中心だった。
せっかくの伝統なのだから残そう、というよりは、飽和してる王国風の織物より、物珍しい帝国風のほうがよく売れるからだと思う。
問題は王国の使者として帝都に向かうのに、馬車を帝国風の布で飾ることはできないということだろうか。
要はそれだとこちらが帝国に恭順しているように見えるのが問題だ。
そこで質はいいが、図柄の付いていない布を購入しまくって、片っ端から魔法で染色することになりました。
ただ染めるのではなく、王国王家の紋章や意匠、色彩など細かい指定に応えていく。
ひええ、リディアーヌの人使いが荒いよう。
最終的に幌馬車は、幌自体も王国の国旗デザインや、王家の意匠が施され、豪華ではないものの、国威に満ちた一品に仕上がった。
イメージとしては軍事パレードに出てきて、士気高揚を目的とする車両みたいな感じだ。
「最低限、形にはなりましたわね」
理想が高すぎない?
でも現実にできる範囲で妥協できるのは素晴らしいと思うよ。
「大事に使ってくださいね。これはアンリ様が帝国で和平交渉を成功させたときの物として箔が付きますから」
ニコニコとアルカイックスマイルではない微笑みを俺に向けてくるリディアーヌ。
無邪気に見えるその笑みには、和平交渉で下手なこと口にするなよ、って圧が隠れている。いや、そう、絶対そう。
「そろそろ良い時間じゃないかな?」
お昼を回ったくらいだろうか。
王国人は昼食に時間を使うから、今からなら食事中にお邪魔できるはずだ。
俺たちが来てることで時間の指定などは無くともガラットーニ辺境伯は俺たちの分まで食事を用意しているはずだ。それを捨てさせるのはもったいない。
「ええ、ちょうど良いかと」
「じゃあせっかくだから、この完成した馬車で乗り付けるか」
「まあまあ」
手で口元を隠しながら、リディアーヌは笑う。
「いいんじゃない? 別に失礼ってわけではないでしょ」
シルヴィの公爵令嬢としての知見は信頼している。
というか、この子、魂蒐集の副作用として、知識の幅がくっそ広くなってんのよね。
ただ引き出すのが難しかったり、また間違った知識が入っていたりして使いどころが難しいそうだ。
リディアーヌの反応からは面白いことになりそうだという期待が透けて見えるが、シルヴィ的には問題は無いらしい。
「じゃあ馬を作りますかね」
変なことはしてはいけないから、普通の馬に見えるものを生み出すとしよう。
知能はあまり高くないほうがいいな。だけどこちらの命令や意図は理解して欲しい。
つまり馬のまんまでええやんけ。
いや、知能ちょっと落とす感じにはなるか。
馬は頭がいいからな。
人の乗った幌馬車を牽くため、馬力は高く、無限のスタミナ、風のような足の速さ、王女を運ぶのだから白馬がいいだろう。
願望詰め込みまくりだが、魔法生物だからできちゃうんだな、これが。
もちろん受肉はさせない。
魔力の補充をしなければ半日から1日で消滅するだろう。
生み出した白馬の背にも飾り布を被せ、出現させた馬車に繋いだ。
そして俺が御者台に、栄えある俺の隣にはピエールが座った。
そうだね。案内しなきゃだもんね。
女性陣は馬車の中だ。
この馬車がかなり揺れることは最初から分かっていたので、女性陣が飾り布を選んでいる間に、少しだけ改良を施してある。
本当はサスペンションのようなものを導入して揺れ自体をどうにかしたかったが、時間が無いので断念。
車内に魔物素材を使った低反発材を貼り付けたに止まった。
「なんですか、これは。体が吸い込まれていきます。危険ではないのですか?」
低反発ベッドの心地よさはリディアーヌさえも落としたらしい。
「旅の途中でもっと快適になっていくことをお約束しますよ」
サスペンションを入れるにしても、どういう仕組みのものにしようか。
やっぱり独立懸架方式かな。
というか、馬車の車輪が車軸で繋がっていないため、独立式にせざるを得ないところはある。
可能であればキャブサスペンションも導入して、客室部分の揺れをさらに軽減したい。
こういう加工も金属書による魔法の拡張で使えるようになったものだ。
幸い前世の実家にはコンピューター制御になる前の古い車があって、父親から車のことはある程度聞いていたから、サスペンションに関する知識はある。
バネによるサスペンションも一定の効果があるだろうが、ショックアブソーバーにも手を出そうと思っている。
まあ、実を言うと馬車自体を飛翔魔法でちょちょいとだけ浮かせば、万事解決なわけだが、そこはそれ、これはこれよ。
ピエールの案内に従って領主邸というよりは城の前に到着する。
防衛戦を意識した作りの本物の城塞だ。
本来は王国かあるいは大森林の魔物を警戒して建設されたのであろうそれが、今は帝国を警戒しているのだと思うと、建築って後先考えてやらないといけないんだなあと実感する。
「では私はここで失礼いたします」
ピエールの仕事は俺たちを領主のいるところへと案内することだったから、ここで元の職務に戻るのは正しい。だけどちょっと寂しさを感じるのはどうしてなのん?
わずかな間だったが、ちょっと部下に欲しいくらいに感じている。とは言え、本人の母親の事情があるから勧誘は難しいだろう。
「ピエール、王都に来ることがあれば訊ねてきてくれ。そのとき仕事を探しているのなら、私が雇いたい」
「お誘いありがとうございます。そのときは遠慮無く頼らせていただきます」
そう言ってピエールとは別れた。
彼との縁が今後また俺と繋がるかどうかは分からないが、そうなればいいと思える出会いだった。
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