第5章 黄泉返りの魔王 10
もちろんアドニス村に寄っている時間などなくて、上空を通過しただけだ。
意識して覚えたので次からは転移できる。
いや、用事はないんだけどね。一応ね。
そしてシクラメン上空に到達する。
かっ飛ばして来たので、まだお昼前である。
ここで馬車を調達して、帝国の国境の町、オルムへと向かう予定だ。
シクラメンを治めるガラットーニ辺境伯に先触れは送っていないので、というか、送りようが無いので、ひとまず城壁の外側に着地する。
リディアーヌは残念そうにしていたが、領主邸の中に着地とかしようとしたら弓矢を射かけられますよ。
なんせここは帝国との最前線なのだ。
休戦状態とは言え、帝国に突然侵攻された記憶が残っている人も多い。
特にシクラメンは王国による元帝国領土の占領地であるから、状況はかなり複雑だ。
民間人の多くは元帝国民であり、一方で駐留する兵士や支配階級は王国民だから、軋轢も多いと聞く。
軍人は皆ピリピリとしているはずだ。
大氾濫ではそれが功を奏して耐えきったのだとは思うが。
あれで軍と民の垣根が無くなるとは言わなくとも、下がっていればいいのだが、あんまり期待しないほうがいいだろう。
むしろ軍人は命をかけて民を守ったのに、感謝されないって空気になってそうな気がするし、民衆は民衆で物流が止まったことに文句言ってそうだしなあ。
どっちが悪いわけでもないのに、憎しみがぶつかり合うというのはよくあることだ。
そしてそれをなんとかするのが領主の役割なわけで。
あー、自分のことじゃないのに胃が痛い。
シクラメン南門の兵士たちは空から舞い降りてきた俺たちに対し、一瞬呆気にとられていたものの、すぐに敬礼してきた。
幸い、空飛ぶ魔法使いである俺のことはよく伝わっているらしい。
まあ、ピサンリが最寄りの王国の都市だからね。
シクラメンの兵士は現地徴用はほとんどされていないはずで、ここに送り込まれるのにピサンリを経由しているはずだから、俺の噂を知らない兵士はいないだろう。
なんならアドニス村も通るだろうしな。
「アンリ・ストラーニ男爵だ。ガラットーニ辺境伯へ取り次ぎしてもらえるだろうか。リディアーヌ王女殿下もいらしていると伝えてもらいたい」
「はっ! すぐに伝令を走らせます。失礼ですが、ストラーニ閣下、身分を証明できるものをお持ちでしょうか?」
「空から降りてきたのでは不十分かな?」
「軍規に基づきますと不十分です。閣下」
瞳に怯えを滲ませながらも、兵士は毅然とした態度で言った。
「大森林から訪れた者について入市に制限はありませんが、閣下は上空からいらっしゃいましたので」
「なるほど。君の上官と話がしたい。君の名前は?」
「ピエールです。すぐに小隊長を呼んで参ります」
「ああ、呼びに行くのは君以外の誰かで頼む。ピエール、君はここに残ってくれ」
「は、はい」
身震いしながらピエールは小隊長の到着を待っていた。
彼の背の高さは俺とさほど変わらないが、新人という感じでも無い。ベテランってほどでもないけど。中堅くらいだろうか?
20代の前半だろう。
志願兵でそろそろ退役後が気になる頃合いかもしれない。
王国は常備軍が少ないので、兵士のパイは少ないのだ。
待つ間リディアーヌはピエールにアルカイックスマイルを向けていたが、他の2人はジト目で俺のことを睨んでいます。
いや、別に遊んでるわけじゃないのよ。
数分後、息を切らせて
「リディアーヌ殿下、ストラーニ閣下、お話は伺いました。ピエールには何の非もありません。シクラメンの入市については私が命令を下したもので、ピエールは命令に忠実に従ったものです。何らかの処罰を下されるのであれば私にお願い致します」
「まずは貴殿の名前を聞いてもよろしいか?」
「失礼致しました。ギーと申します。シクラメン警務中隊第4小隊で小隊長を務めております」
「ギー小隊長、一応確認したいのだが、ピエールくんはもしかしてシクラメン出身の志願兵では?」
「ご推察の通りです。しかしピエールの忠誠心は疑いようが無く!」
「いや、いい。そういうことではないのだ」
俺は首を横に振りつつ、手のひらをギー小隊長に向けた。
「彼を借りたい。シクラメンでの案内人が欲しいと思っていたんだ」
俺がそう言うとギー小隊長もピエールくんもぽかんとした表情になる。
「あの、証明を求められてお怒りだったのでは?」
「とんでもない」
俺は収納魔法から王印の入った身分証明書面を取りだした。
帝国用に用意したものだが、予想より早く役に立つことになったな。
「彼のように職務に誠実で、シクラメンに詳しい者を探すつもりだったが、手間が省けた。ピエールくん、優秀な君が力を貸してくれたらありがたい」
証明書と俺たち一行を代わる代わる見ていたギー小隊長だが、すぐに事態を飲み込んだようだった。
「ピエール隊員。本日の職務を変更する。リディアーヌ殿下とストラーニ閣下、コルネイユ侯爵令嬢、ネージュ嬢の要望に従い、それを完遂すること。復唱!」
「リディアーヌ殿下とストラーニ閣下、コルネイユ侯爵令嬢、ネージュ嬢の要望に従い、それを完遂致します!」
本人の意思は? と思ったけど、軍隊ってそんなもんか。
というより、思ったより軍隊してる。
常備軍だからだろうか。
領地貴族が徴兵して連れてくるような兵士(実質農民)だと、こういう練度は期待できないからなあ。
さすが北方の最前線というわけだ。
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本作の2024年最後の投稿になります。
ドタバタしておりましたが、ありがとうございました。
来年もよろしくお願い致します。
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