第5章 黄泉返りの魔王 9

 ピサンリの付近に到着した。


 正直なところ家族に会いに寄っていきたいが、3人を急かした手前、そういうわけにも行かない。


 本当なら俺が賜った領地に家族を移動させるべきなんだろうけど、流石に田舎過ぎてね。

 いやアドニスも大概なんだけど、あそこは人の往来だけは多かったからな。

 活気が違うよ。活気が。


 ウイエを賜れたら、そこに家族を移すつもりではある。

 まだそうなるとは決まっていないんだけど、もしもこの仕事で帝国との間に期限付きの不可侵条約でも結べたら、陞爵とウイエが見えてくる。


 人間ってこうやって欲求を肥大化させていくんだなあ。


「じゃあ最後はリディアーヌ殿下」


 本来なら結婚前に触れることも憚られる相手ということになるんだろうが、まあ、今更か。


 旅装のリディアーヌはその美しさが損なわれていない。

 まあ、旅装と言っても王女として敵国への訪問ということもあって、その高貴さを隠すようなことはまったくしていない。

 今の彼女を見て平民が旅をしていると勘違いするなら、そいつの目は節穴だ。


 いつもと違う点は服がやや簡素で動きやすそうということと、宝飾品の類いを全然身に着けていないところだろうか。


 その弱体化ナーフがあってようやく直視できる美しさに落ち着いている。


 俺が手を伸ばすと、彼女は正面から俺に抱きつくように、俺の首に手を回した。

 ネージュやシルヴィと比べるとリディアーヌは身長が高いので、そうしてもらえると抱き上げやすい。

 でもまあ、当然ながらシルヴィやネージュと比べたら重いわな。

 成長がほぼ止まっている2人が軽過ぎなのである。


「……」


 よいしょ、と口に出そうになるのをなんとか飲み込む。

 ずしりと腕にかかる重みも、一部はおっぱいの重みだと思えば耐えられる。

 横に抱いたのに、当たってんだよなあ。柔らかい感触が。


「どうですか?」


 もうちょっと具体的に聞いてくんないかなあ。


 リディアーヌが自分が重いか?って聞いてくるとは思えないから、これは当たってるおっぱいの感想を聞いているのか?


 ふふふ、俺はもうそんなことでは取り乱さないのだよ。


「……やわら、かい、……ですね」


 思いっきりキョドってしまった。

 いや、相手に伝えるとなるとまた別の難易度がね、あるんだよね。分かるよね。


 リディアーヌはきょとんと首を傾げ、服の上から自分の二の腕をふにふにと摘まんだ。


「駄肉でしょうか」


 そういう感じの言い回しがあるんかい!

 違うけど、リディアーヌの抱き心地が他2人と比べて柔らかいのも事実だ。

 女性らしい肉の柔らかさがリディアーヌにはある。


「いえ、殿下はそのままでよろしいかと思います」


 ネージュとシルヴィがこっちを凄い目で見ている。

 なんというか覚悟の目だ。殺すと決めた覚悟の目だ。


「え、えっと、行きましょう」


 俺は慌てて飛翔魔法を発動させる。

 問答無用で2人を接続して、飛翔開始。空に舞い上がる。


 ピサンリから大森林はすぐそこだ。

 すぐに森の上になる。


「アンリ様はこの地でお生まれになったのですね」


「森ばかりで驚かれましたか?」


「ええ、王国は木材資源に乏しい国ですから」


 遊牧民が定住化したのが王国の始まりだ。

 遊牧民がいたということからも分かる通り、周辺は草原地帯である。

 森が無いわけではなかったのだが、資源保護の概念など無く王都周辺の森は伐採し尽くしてしまった。

 今ではそれこそ大森林などで伐採しては王都まで運んでいる。

 それらも薪として消費されるのが大半だ。


 森に囲まれて生まれ育った身としては、石造りの王都をすごく労力を使った豪勢な都市だと思ったが、その実態はこんなものである。


「私が生まれたアドニスという村の上空も通りますよ」


「大氾濫の後に再建されたと聞いています」


「そうですね。大森林を北へと抜けるのには何日もかかるので、どこか途中に拠点があると商人は助かるようです」


 大森林の向こう側にある王国の飛び地であるシクラメンとしては帝国と交易したほうが物資を調達しやすいのだが、敵国なので調達自体が難しいし、戦争となれば手に入らなくなる。

 なので王国としては大森林を縦断する街道と、そこを行き来する商人の維持は国防の要だ。

 アドニス村は国の事業として再建されたので、リディアーヌも知っているのだろう。


 実は再建後のアドニス村には一度も行ったことがない。

 転移魔法で簡単に行けるだろ、と思われるかも知れないが、転移魔法は何らかの目印を起点に行うため、大氾濫で破壊し尽くされ、ほぼ1から作り直されたアドニス村は記憶にない、つまり転移魔法の起点がない状態なのだ。

 一応、今回の上空通過で意識的に村を記憶すれば今度から転移が可能だろう。


 リュシーはどうしてるかな?

 再建されたアドニス村に居を移した、というか、親が戻ったので彼女も戻ったと聞いている。


 年齢的には結婚したかもしれない。

 一般的に15で成人とする王国の文化だが、結婚に年齢制限はないので、年齢一桁で結婚もありうる。


 まあ、流石にそういうのは家同士の関係性による貴族特有のもので、平民は男性は15から、女性は子どもが産めるようになってから、というのが一般的だ。


 また精霊信仰が盛んなアドニス村では早婚の傾向があって、男性は15からという風潮も無い。

 精通したらええやろ。というのがアドニス村の常識だ。

 王都と比べると少々性に奔放なんだよね。


 今度ちょっと時間あるときに行ってきてもいいですか?


「思い人でも残していらっしゃるのですか?」


 リディアーヌが言った。

 俺のよこしまな沈黙を違う意味に捉えたのだろう。


「はは、まさか。大氾濫は私が6歳の頃の話ですよ」


「初恋に遅いということはないでしょう」


 まあ、確かにリュシーは恋じゃないと言っていたような気もするが、彼女は俺に想いを寄せていたように思う。

 当時の俺は魔法に夢中で、そんなことまるで考えていなかった。


「そういうのは女性のほうが早熟ですよね」


「なるほど。アンリ様は昔から女泣かせだったのですね」


「泣かせては……」


 いや、別れの時リュシーは泣いてたな。

 俺って女泣かせだったのか。


 んん? そういうのってイケメンの称号じゃない?

 俺は顔立ちは整っているけど女っぽいし、性格もイケメンじゃないからなあ。

 イケメンって顔のことじゃない? とも思うが、語源はそうだとしても現在広義でのイケメンとは内面も含んでいると思う。


「構いませんよ。素敵な男性というものは多くの女性を陰で泣かせているものです」


 ますます俺は違う気がしてきた。

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