第5章 黄泉返りの魔王 8
シクラメンまで三分割かあ。
どこで区切ればいいのか、正直分からん。
二分割ならピサンリで交代って感じなんだろうけど、これはこれでかなり後半の時間が短いな。
じゃあピサンリまでの航路を二分割するか。
まだ最後が短すぎるが、言い出しっぺだし、それくらいは許容してもらおう。
「そろそろネージュと交代しようか。念のため、地面に降りるよ」
見晴らしのいい丘を見かけたのでその上に着陸する。
なぜか地面に降りたシルヴィは足下がふらふらしていたが、ここからは飛翔魔法で飛んでもらうので問題ないな。
「じゃあ、はい、ネージュ」
俺が手を伸ばすと、一切の遠慮無しに抱かれにくるネージュさんよ。
俺とネージュの身長はとっくに逆転して、俺の方がかなり高くなったので、抱き上げるのに体格的な問題は無い。
筋力的なやつはちょっとあるな。
え、最後のひとり、胸の辺りにかなりの重量仕込んでるんですけど、大丈夫?
俺の腕で横抱きに抱えられたネージュは、俺の背中に手を回して抱きついてくる。
特に意味は無い、ただそうしたいからした、という行動のようだった。
ネージュは元々スキンシップが好きな上、常に俺と一緒に居たがる。
気配を出さずに後ろからそっと手を繋がれる怖さを誰か理解できますか?
最近はガルデニアのところに行っていることも多いが、その技術が俺にちょっかいをかけるのに便利だからなんだろうなあ。
ガルデニアのところから帰ってくると、一通り俺で技術を試してみようとしますもんね。
「それじゃ飛ぶぞ」
さっきと同じ手順で魔法を構成していく。
ネージュは俺の胸に顔をスリスリしていますね。仕事してると構いに来る猫かな。
実際には刷り込みを受けた小鳥のような状況が今も続いているのだろう。
「ネージュはなにをしてるの?」
「マーキングしてる」
猫じゃねーか。犬だったらおしっこされるところだったのか。猫で良かった。
「その割には婚約者が増えたこと、あんまり気にしていないみたいだけど」
「それはそう。アンリの隣には、本来ならアンリと同じ種族の
「するんだ」
普通、マーキングってこれは私のものだから、手を出すなよって意味合いだと思うんだけどな。
「先に言っておくと……」
ネージュはそこまで言って言葉を切った。
彼女が言葉を切るのは珍しい。
切るほど長文で喋らないとも言う。
「私は妊娠しにくいと思うので、将来そのことで変な引け目は感じなくていい」
飛翔魔法中は風を切る音が大きいので、こうやって抱き上げている人以外には聞こえていないだろう。
「それって引け目を感じてしまうのはネージュのほうなんじゃないか?」
「周りは色々言うだろうけど、エルフだから仕方がないで収まるはず。私自身は前から分かってた」
「前から? いや、そもそもエルフが妊娠しにくいなんて聞いたこと無いんだけど」
俺がそう言うと、ネージュはほんの少しだけ表情を変えた。
苦笑。ネージュらしくない表情だった。
「ガルデニアの資料にあった。かつて王国に流れ着いたエルフのその顛末について」
「聞かせてくれ」
「彼女は王子の愛妾になったけど、ついぞ子どもが生まれることはなかった。他の妃からエルフの元に通うのを止めるよう進言されるほどに通い詰めていたのにね。結局その王子には子が生まれなくて、玉座に座ることも無かったって」
「ネージュ……」
「分からないよ。アンリは特別でエルフの私とでも子を成せるかもしれないし、それともまったくの前例通りになるかもしれない。アンリはそれでも私を娶れる?」
「……前から気に食わないことがひとつあってさ。なんで結婚に当たって女性は子どもを成すことが義務みたいになってんだ」
これはシルヴィやリディアーヌには吐き出しにくい愚痴だ。
明らかに前世の価値観だしな。
「結婚ってそういうものでしょ? 子孫を成して、未来へと繋ぐための礎じゃないの?」
「違うね。俺はそうは思ってない。いいか、ネージュ、俺が君と結婚すると言っているのは、エルフとの子どもを残したいからじゃない。君との間に愛の結晶が生まれてくれたらいいなとは思っているけれど、それはあくまで支流だ。この結婚は君との契約だ。俺が君と生活を共にすることを願い、君も同じ願いを現実にするため、お互いに努力するという約束だ。君だ。君なんだよ。ネージュ」
「ありがとうアンリ。だけど周りはそうは思ってくれない」
「だろうね。だから俺は違う意見だってことを忘れないでいてくれたらいい。俺は何度でも言うよ。ネージュ、君を愛しているから傍に居て欲しいんだ」
「何度でもって言うけど、初めて言われた気がする」
俺も初めて言った気がするなあ。
だって照れくさいやん。
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