第5章 黄泉返りの魔王 7
リディアーヌの大荷物を収納魔法に収めて、俺はシルヴィに手を伸ばした。
「ほい」
そうするとシルヴィは途端に狼狽えだした。
俺の手を見て、顔を見て、周りを見て、自分の足下を見て、と忙しなく顔を動かしている。
そういやこの子、結構な恥ずかしがり屋さんだった。
「え、いや、待って、心の準備が。え、先に抱き上げるの?」
「自分の重みを確定させてから魔法を発動させたいんだ。バランスの問題で」
これは嘘ではない。
自分以外の重量を飛翔魔法で浮かせてから、自分の重みが変わると、他の飛翔物体にも影響が及ぶ、と思う。
「で、でも人目が」
シルヴィがメイドさんたちの方にチラチラと目線を向ける。
メイドのこと、ちゃんと人間として扱っているんだなあ。
高慢な貴族だと、貴族じゃなければ人に非ず、くらい思ってる節ある。
きょとんとしているリディアーヌも、どちらかというとそちら寄りだな。
シルヴィの良いところをまたひとつ知れた気分だが、残念ながら今は時間が無い。
北部にある帝国は王国より寒冷だ。
雪が降り始めると立ち往生する危険がある。
俺たちが、じゃなくて馬車が。
一日、一刻を争う状況かどうかは分からない。
天気予報は魔法より凄い。
魔法で未来を見通すのは物凄く魔力を食うからだ。
長期予報となると、俺の全力でも及ばない。
2カ月以上先のことなんて全然見通せない。
だけど俺は知っている。
1日先延ばしにすると、癖になる。
1回だけのつもりが2回になり、3回になり、常態化する。
やがてそれは無視できない遅れになるだろう。
間に合うときは間に合わせなければならない。
それでも遅れるのがスケジュールというものだからな。
まだあわあわしているシルヴィに俺はずいっと歩み寄った。
「ひょえ」
思わず仰け反ったシルヴィの腰に手を回して、抱き上げる。
軽っる!
この子、ちんまいからなあ。
「にゃああああ」
猫かな?
「ごめんな。想定より時間が押してるから、行くぞ」
「待って待って待って」
両手をバタバタとさせるシルヴィに俺は無慈悲に告げる。
「待たない」
俺は飛翔魔法を発動させる。
自分から、ネージュ、リディアーヌと魔法を接続していく。
2人だけなら掴む感覚でもいいんだろうけど、両手がシルヴィで塞がっているから紐で接続のほうがいいだろう。
「それじゃあ行ってきます。陛下によろしく」
メイドの中にガルデニアが混じっているので、国王にはすぐに伝わるだろう。
飛翔魔法が発動したのが分かったのか、シルヴィは大人しくなった。
危ないからね。流石シルヴィ、ちゃんとしてる。
ネージュは慣れたもので、リディアーヌは自分の置かれた状況を楽しんでいるようだ。初めて空を飛ぶのに落ち着いている。
高度300メートル辺りまで上昇した。
雲の下側だ。地面が見えてないと場所を見失うから、あまり高度は上げられない。
「ねぇ、重くない?」
安定飛行に入ったあたりでシルヴィがおずおずと聞いてきた。
「飛翔魔法は重さを極端に軽減するからなあ。いま重いと感じるとしたら相当だぞ」
「聞いてんの!」
「はいはい軽い軽い」
「言葉が軽い!」
照れ隠しだし、しゃーない。
シルヴィとこんなに密着するのってあの文化祭以来じゃない?
あの時のシルヴィは正気ではなかったし、正直、今の俺は心臓がバックバクだ。
落ち着け。平静さを取り戻せ。
そう言えば俺、この子とキスしたことがあるんだよな……。
シルヴィはリディアーヌと比べてしまうと絶世の美少女ではない。スタイルも良いとは言えない。
正直、ちんちくりんだ。
何かの間違いで学院に入ったあたりで成長が止まっちゃった感じ。
分類すると合法ロリだ。
いや、日本の法だとまだ違法だわ。
ん? 違法だっけ?
日本の法のことは分からんけど、王国の法だと合法だから、合法でいいか。
この小さな体躯から繰り出される、魔道具による身体強化の乗った攻撃は強烈だ。
しかも魂蒐集の後遺症で肉体に記憶された武芸者の技を、この幼く見える少女が使ってくるため、相手の不意を突ける。
学院では留年で他の生徒より年齢が高くなってしまったため、剣術の授業で生徒との手合わせが禁じられ、訓練のために出向いた騎士団で大暴れしたと風の噂で聞いた。
騎士団の方々ごめんなさい。たぶん、身体強化使ってたと思うんでノーカンです。
まさか小さな侯爵令嬢が身の丈ほどもある長剣を軽々とぶん回すどころか、大人吹っ飛ばす膂力と、洗練された技を使うとは思わないだろう。
帰らずの迷宮踏破者だと知っていたとしても、まさかメイン火力の1人だったとは思わない。
そう考えると俺が今抱いているのは小さな怪物。
ちょっと落ち着いてきたな。
まあ、俺がそれ以上の怪物なんだけど。
怪物。
怪物か。
本来は化け物のような人外異形を指す言葉だろうが、飛び抜けた能力を持った人に対して使われることも多い。
このニュアンスは偶然だろうが、日本語とこちらの言葉で同じだ。
まあ、英語のモンスターも同じようなニュアンスで使われる場合があるし、割と多くの言語で共通することなのかもしれない。
人ならざる物に見えるほどの人。
だけど俺たちは実際に人では無い。繁殖した魔法生物だ。
だけど俺たちに魂があることも事実だ。
そもそも地球人類だった俺の魂がこの体に転生したわけだから、天使さまのお墨付きである。
だから俺たちは胸を張って人だと言っていいはずだ。
俺たちと、連中の意見が相違しているだけだ。
「本当に重いとか無い?」
俺がいきなり考え込んだので不安になったのかシルヴィが聞いてくる。
「飛翔魔法を使う前から軽いと思ってたよ。もうちょっとご飯食べたほうがいいんじゃない?」
「食べてるんだけどなあ」
お口が小さいから、他の人と同じ時間をかけてても食べてる総量が少ないんじゃないかな?
あ、またシルヴィの唇に意識が向いてしまった。
さっきも言ったが、シルヴィは絶世の美少女ではない。
可愛くないというわけではないのだが、リディアーヌと比べられてしまうから、そこはもうしゃーない。
だけど感情がすぐに表情に表れて、ころころと変わるそれを見るのはとても楽しいから、つい軽口を叩いてしまう。
ほら、俺に対してムキーって怒ってるシルヴィが、俺にとってのシルヴィの源流だから、ついそういう顔をさせたくなっちゃうんだよ。
小学生男子か、とか言うな。
文化祭の時はまだ俺も幼かったから、キスもなんというか事故って感じで流せてたけど、今はもうヤバいよな。同い年なんだけどな。見た目がな。
え、俺、この子とも結婚するん?
ネージュとシルヴィの2人だけだったら間違いなくロリコンの烙印を押されるところだった。
リディアーヌも娶るから、ただの女好きだと思われますね。
良かった!
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