第5章 黄泉返りの魔王 6
さて実はシクラメンは大氾濫の時に行ったことがある。
最強種に襲われていたら危険だと思い、様子を見には行っていたのだ。
まあ、実際には大物までしかおらず、対処もできていたので手出しはしませんでしたけどね。
なので転移魔法で移動ができるのだが、リディアーヌがいるため実行はできない。
転移魔法はまだ秘密だからな。
いつかリディアーヌにも話せる日がくればいいのだけど、彼女が国よりも俺を選択するというのは中々に高そうなハードルだ。
王位継承権とはあまり関係が無いと思ってしまうリディアーヌだが、順位自体は持っていて、この国では女王という選択肢も存在する。
彼女の才覚と美しさを全面的に活用すれば、レオン王子くらいなら蹴散らせるだろう。
なのにそれをしないのは、彼女が継承権をもぎ取ろうとすると、必ず国が荒れるからだ。
まあ、本人がそう言っていたわけではなく、俺の推測だけどね。
3人を連れて飛翔魔法で飛べるのか、という点だが、まったく問題は無い。
以前は同行者を手で掴むようなイメージだったため、同時に2人までだったが、なんというか、紐で繋ぐような感覚に変えたら、一緒に飛べる人数が増えた。
それでも4人を超えると、ちょっと辛い。
飛翔魔法を使っている間、術者である俺は同行者たちが接触事故を起こさないように注意を払い続けなければならないからだ。
まあ、従者を連れて行けないと知ったリディアーヌは嬉しそうにしてたけど。
いや、本当にこの子の感性がよく分からない。
自分の面倒をちゃんと自分で見られる?
自分のことを自分でできるってことが嬉しいのだとすれば、王室の闇って感じではある。
まあ、多少のことはシルヴィやネージュが手伝うだろう。
俺はその長い髪を風呂上がりに乾かしてやるくらいはやってもいい。
いや、よく考えたらこのメンバー全員髪長いな。
毎回全員の髪を乾かさないといけないやつでは?
やるけどさあ、この世界って風呂っつーか、水浴びは朝するのよね。
そう朝のクソ……、とても忙しい時間に体を清潔にする。
朝の身だしなみのひとつとして、水浴びがあるのだ。
1日の疲れを落とすために夜に風呂に入る日本とは対照的だと言えよう。
風呂という存在の位置づけがまったく違うのだ。
自然と俺も水浴びは朝する習慣になって、こないな。寝る前に風呂入りてぇ。
観測所に居着いた最大の理由は浴槽のある風呂場があったことだもんな。
自分には関係ないと思っていたが、なにせ大所帯なのでまとめて大浴場に改築してある。
国民の習慣が朝風呂なため、俺のような夜風呂派はゆうゆうと好きな風呂にゆっくりと入ることができるのだ。
というわけで朝風呂もしっかり済ませてきたらしい女性陣3人と順番に合流する。
同じ観測所で寝泊まりしているネージュ、学院の女子寮前でシルヴィ、それから王宮の前でリディアーヌだ。
大量の荷物と何人かの使用人を従えて、空から降りてくる俺たち3人に手を振っている。
「リディアーヌ殿下、お伝えしていましたように魔法でシクラメンまで、そこからは馬車での移動になります。あまり荷物は……」
「あら、ネージュ様や、シルヴィは手ぶらではないですか。アンリ様が彼女たちの荷物を何らかの魔法で運んでいるのでしょう? そこにもう余力はありませんか?」
まあ、収納魔法は特に隠してませんでしたからね。知られていても当然か。
「分かりました。荷物についてはお引き受けしましょう。ですが使用人を連れて行く余裕はありませんよ」
「承知しています。こう見えて、身の回りのことは一通りできるよう教育を受けていますのよ」
たぶん、実践はまだしてないんだろうなあ。
でも「できない」と言われるよりはずっとマシだ。
「では問題ありませんね。まずはシクラメンに飛翔魔法で移動しガラットーニ辺境伯に話を通します。その後、馬車を調達。帝都を目指して陸路で移動します。帝国最初の町であるオルムまではそうたいした距離では無いですが、到着が遅くなりそうなら今日中のシクラメン出立を断念する可能性もあります」
シクラメンが王国領土となったことで帝国との距離は縮まった。
きな臭いが国交があり、商人たちは頻繁に行き来している。
言葉の壁がほとんどないのに、文化的、技術的な隔たりが大きく、利益を上げやすいからだ。
それでもオルムは王国からの客には厳しいらしい。
まあ、敵国だからね。
前回の戦争は経験したものにとってはまだ新しい。
偏見の目で見られることは覚悟しなければならない。
なので遅い時間に到着すると、入国審査はまた明日、ということになりかねないのだ。
だが国王からのオーダーは帝国領土は陸路で移動することだったから、こればっかりは仕方がない。
「というわけで急ぎます。リディアーヌ殿下は飛翔魔法は初めてでしたっけ? とにかく慌てず騒がずにお願いします。危険な目には絶対に合わせませんから」
「その……」
珍しいことに、非常に珍しいことにリディアーヌはちょっとだけ遠慮がちに声を出した。
「こう、抱き上げて飛んでもらうことってできますか?」
「えっ!」
「ええっ!」
驚愕の声を上げたのはネージュとシルヴィだった。
「その発想は無かった」
「考えたことはあるけど……」
「できるできないで言えば、できますけど、余計な軋轢が生まれますよ。というか、もう生まれてますよ」
「もちろん三等分です」
三等分の花婿かな。
「シクラメンまでの行程を三分割して順番に抱き上げられながら空の散歩と参りましょう」
こうなると俺が反論できる余地ってもう無いよね。決定事項だ。
「順番はどうなさるんですか? 王女殿下」
「私は譲っても、ええ、シクラメンに到着するときにしましょうか。だから最後です」
順番を捨て、実利を取る、か。
空から王女殿下が婚約者の腕に抱かれて降りてくる、という印象を残したいのだろう。
「じゃあ一番はネージュでいいんじゃない?」
「分かった」
という形で穏便に順番がまとまりそうになっていたが、俺はそこに待ったをかけた。
「シルヴィは本当にそれでいいのか?」
「本当にいいもなにも、適切な順番だと思うけれど」
「シルヴィって俺に対しては当たりが強いのに、王女殿下やネージュにはいつも一歩引いてるよな。今も本当は自分が一番がいいのに、ネージュに譲ろうとしてるんだろ?」
「う、まあ、それは……」
それを聞いたネージュは、いつもの無表情をわずかに緩めた。
「そういうことなら私は2番目でもいい。順番に拘りは無い」
「え? 本当に? そうなの?」
この辺、長命種との感覚の違いなのか、単にネージュが変わっているのかは判断の付かないところだ。
一番がいいシルヴィ、どこでもいいネージュ、最後がいいリディアーヌ、できればやりたくない俺で、話し合いさえすれば意見を衝突させることなく皆が望みを叶えることができるのだ。俺を除く。
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