第5章 黄泉返りの魔王 5

 旅行の準備をしなくては、とウキウキのリディアーヌを王城に残して、俺は観測所に戻ってきた。

 多分というか、間違いなく準備するのはメイドさんとかなんだけど、リディアーヌ分かってんのかな。

 飛翔魔法でシクラメンまで移動するなら、この旅行に従者は無しだ。

 いや、ひとりくらいならどうにかなるけど、最悪収納魔法に入れたら何人でもいけるけど。


 まあ、そんなことしたらシルヴィが危惧していた戦力の敵地展開ができることを敵にも味方にも教えてしまうのでやらないよ。


 便利すぎるよな。

 条件があるとは言え生き物を収納できるの。


「おかえり、アンリ」


 ネージュに出迎えられる。

 エプロン姿なのがとても、とてもすごく、めちゃくちゃ不安だが、努めてその事は考えないようにする。


 天使さま、今夜にも俺はそちらに行くかもしれません。


 俺がこちらに居着くとネージュも自然と観測所で生活するようになっていた。

 シルヴィは根が真面目だから、学院に戻っている。

 ちゃんと授業にも通っているようだ。


 まあ、ネージュが学院に通っていたこと自体が、何の意味があるのか謎ではある。ネージュがそうしたかったから、国が全力で乗っかっただけである。

 だからネージュが学院はもういいってなったら、どうぞどうぞ、って感じだし、多分急に戻るって言っても受け入れられてしまいそうだ。


 この国の人間、エルフ好き過ぎるだろ。

 神格化してるまである。

 あいつら蛮族やぞ。


「あー、えっと、ただいま。ネージュ。突然だけど、帝国にちょっと行ってくることになりました」


 記念日に急に出張が入った旦那みたいな後ろめたさがあって、つい敬語になってしまう。

 なんだ、この例え。


「……何日くらい?」


「2ヶ月以内には戻ってこられると思う」


「分かった。準備する」


「はい」


 知ってた。

 説得なんて無駄なことはしない。


 ネージュは簡素な喋り口調からは想像できないが、とても我が強いのだ。

 この口数が少ないタイプは会話から説得が成り立たないので、どうしようもない。


 パタパタと足音を立てながらネージュが観測所に入っていく。

 なお、この決断で俺は観測所メンバーたちの胃袋を救ったのだが、特に感謝はされなかった。そうだね。元凶が俺にくっ付いてきたネージュだもんね。


 さてネージュが付いてくるなら、もう1人にも連絡を取らないわけにはいかないだろう。


 俺は収納魔法から鈴を取り出した。

 ただの鈴ではない。魔道具で、その機能は酷く簡単だ。

 揺らすと連動した対の鈴が揺れる。


 音は鳴らんのかい! って思われたろうが、最初は鳴らしてたんだよ。

 ただ相手の状況が見えないわけで、音が鳴ると迷惑になる場合があったので振動のみを伝える形になった。

 鈴の形をしているのはその名残だ。


 要は用件の伝えられないポケベルだな。見たことはないけど。


 音や振動が伝えられるのなら、用件も伝えられるのではないかと思われたかも知れないが、そのためにはプロトコル、つまり通信規格を定めなければならない。

 こっちで「帝国に行くことになった」と入力できるようにしたとしても、それを文字として転送するための通信規格が必要なのだ。

 どの値が言語のどの文字に該当するのか、全て定めなければ通信は成立しない。またデータの開始位置や終点など決めることはあまりにも多い。


 結論、無理です。

 感覚的にできるかできないかで言えばできるのよ。規格があることが条件で。

 ただこの世界、まだ通信の概念が無いのよね。


 一応、短と長で信号規格を作り、光で情報をやりとりするというアイデア自体は観測所を通じて公表している。

 反射鏡や、信号灯を使うことを前提としたアイデアだ。


 公表してから国から待ったがかかったが、もう遅い。

 こういう軍事的利用価値のあるものは、公表する前に国に相談するよう怒られたZE!


 そういうわけで目下、王国は通信規格を策定中であり、日々頭のいい人たちが、重い頭を捻っている。

 それできたら教えてください。魔道具に組み込むんで。


 というわけで、この鈴ができるのは、こちらが揺らしていることを相手に報せる程度である。

 揺らし方でいくつかのパターンに分けられるが、今回はただ用事がある、ってくらいだ。火急の要があるときは激しく揺らすくらいの話である。


 俺の手の中で鈴が揺れる。

 ほどほどに揺れるということは、いいという意味だ。

 違ってたら泣きます。


 転移魔法、は、人に見られたらちょっとアレなので、例によって学院上空に転移してから、飛翔魔法で降りていった。


 久しぶりの学院である。


 一応、俺も在学生ではあるんだけど、場違い感がするのは何故だろうか。


 登校してないからですね。知ってました。


 シルヴィは俺がどうやって来るかお見通しだったのだろう。本校舎の屋上に立っているのが見えた。そこに向かって降りていく。


「どしたの、急に?」


 時間的に放課後であろうに本校舎にいたということは、補習かな?

 と、考えたら脇腹を抓られた。

 ネージュの行動パターンが移ってない?


「急な話なんだけど、帝国にちょっと行ってくることになった」


「期間は?」


「2ヶ月以内の予定」


「あー」


 シルヴィは間延びした声を出しながら、空を見上げる。


「3度目の留年かあ」


 もう俺みたいに諦めようぜ。どうせ君、俺と結婚するやん。


「アンタはいいわよね。叙爵されたわけだし。でもこちらはリディアーヌ殿下と比べられるわけ。分かる? 別に対抗しようってわけじゃないけど、口さがない人もいるでしょ」


 その辺ネージュはいいわよねーってシルヴィは苦笑する。

 この国の人、エルフってだけで全肯定だもんな。

 あいつら蛮族ですよ(2回目)


「ああ、でもアンタらだけ行かせるの怖いから私も行くわ」


「一応リディアーヌも来るんだけど……」


「行くわ」


「多分、分からないことはリディアーヌが」


「行くわ」


「はい」


 俺の立場なんてこんなもんである。


 まあ、この流れでシルヴィだけ来なかったら仲間はずれみたいになっちゃうし。

 シルヴィだけ転移魔法で送り迎えして、形だけ学院にいるってこともできないではないけど、リディアーヌに転移魔法のことバレちゃうから無理です。


 いずれは明かさなければならないだろうが、まだリディアーヌとそこまでの信頼関係を結べていない。

 今の彼女であれば国益を優先するだろう。

 リディアーヌは根っこから王女殿下だと俺は思っている。


「2カ月分の準備に、ええと、休学届を出すのに慣れちゃいそうだわ」


 まだ2回目なんだけどね。

 まあ、2回休学する人なんてほぼいないんだけど。


「じゃあ出発は明日なんで、そういうことでよろしく」


「ちょ、いくらなんでも」


 俺は誰も見ていないことを確認して転移魔法で逃げた。

 もちろん後でめちゃくちゃ怒られました。

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