第4章 種を滅ぼすものたち 21

 問題は国王にどこまで話すべきか、だ。

 嘘は吐きたくないというか、多分ボロが出るので言う必要の無いことは言わないのが一番いいと思う。


 今回、最優先されるのは当然ながらベルナール・ルブランの自死を伝えることだ。

 ルブラン家に経緯を説明して、遺体を届けなければならない。幸いベルナール・ルブランはミシェル・アラールに渡した遺書に外に漏らしてはいけない内容を書き留めてはいなかった。意見は違ったが、惜しい人を亡くした。


 続いて、現行の人と魔法使いの間には、魔法使いは生まれないということ。

 これは国王と俺の計画が破綻することを意味する。王家の血筋に魔法使いを誕生させることはできない。手元にクララ・フォンティーヌから摘出した黒い宝石があるため、深く絶望した人が王家に居るのであればワンチャンあるが、少なくともリディアーヌはそういう性格ではない。

 これは絶対に伝えないといけないため、俺も黒マントの被害者であるかもしれないという話も合わせて伝えなければならない。黒い宝石を埋め込まれた者同士であれば、魔法使いの子どもが生まれる可能性があるということも。俺はおそらく胎児の段階で埋め込まれたのであろう。という風に話を持っていく。

 まあ、これは俺自身が実際にそう思っているので、ボロは出ない。


 黒マントの話をしなければならないので、黒マント、アルデの襲撃の話も避けられない。まあ、根本的に観測所が大きく破損しているので、なにか大きな事態があったということはもう知られていると思ったほうがいいだろう。それがあるからこうして報告を急いでいるということもある。

 観測所の修理にかかる費用はまあ俺が持つとして、契約を行っていい大工と人足がいるかどうかだなあ。


 人が魔法生物であることは伝える必要が無いと俺は思う。

 それで国王が乱心しても困るし、どんなに注意していても話は漏れるものだ。特にここ、国王の執務室なんかはガルデニアが常駐している。ここでの会話は絶対に外に漏れる類いのものである。ガルデニアは外には漏らさないかも知れないが、ガルデニアの中で情報共有は行われるだろう。そして1人でも絶望に染まれば、なにが起こるか分からない。


 魔法使いが野生の生き物だったことも伝えにくいな。どうしても嘘が混じる。

 現代人類に繋がる文化は、魔法使いが生み出した人形の魔法生物たちが生きるために必要としたために生まれたものだ。魔法使いは野生の環境下でも容易く生きられるため、文明の火は必要ない。だけどその歴史を説明するためには、魔法使いの血筋がなぜ魔法使いで無くなって行ったのかの説明が必要で、それは前記に触れる。


 もちろん魔法を制限する魔道具の作成が可能になったことは言わない。黒マントの魔法無効化への対処を研究中って話はしてもいいと思ってたけど、アルデから知らされた事の真相が事実であった場合、まったく意味が無くなるかも知れないので、ちょっとな。不確定要素が多すぎる。

 研究自体は続けるつもりだ。魔法無効化を制限する魔道具を使った上で、黒マントに対して魔法が無効化されるというのであれば、それはもう俺がそういう風に作られたということでしかない。


 そうなると、伝える項目はベルナール・ルブランの死。アルデの襲撃。魔法使いが誕生する条件についての可能性。の3つかな。


 そう思ってネージュを伴い急ぎ登城したが、タイミングが悪く、国王は謁見の間で陳情を聞いているところだそうだ。

 内容的に謁見の間では話しにくい。ネージュにガルデニアには分かる符丁を使ってもらって、ガルデニアの使用人を見つけ出し、自分が報告のために登城しているが、執務室で話がしたいと考えていると伝えてもらうことにした。

 ネージュに来てもらって正解だったな。


 用意ができたらガルデニアのほうから接触してくれるということなので、久々に王城をぶらぶらと観光混じりに見て回る。

 当然、王家専用の区画とかには入らないよ。


 意外なことに王城には貴族で無くとも入れる区画がある。

 というのも大商人や豪農と言った、国を支える平民の陳情を国王は無視できないためだ。中には地方貴族よりも発言力のある平民だって存在する。彼らが先触れも無しに登城することはあり得ないが、謁見の間で国王に陳情を行う機会はある。故に王城は貴族以外は入れないというような制限は設けられないという理屈だ。

 例え相手が平民であろうとも、いや、平民であるからこそ、王城はその威容を示さなければならない。

 そういうわけで王城のそういう区画の庭園も美しく整えられている。実際のところ陳情に来た者は待合室のような場所で順番が来るのを今か今かと待っているので、そこは需要と供給のバランスを間違えていると言えるだろう。

 前世の世界での病院の待合のように番号札で管理されるわけではないし、登城した順番通りに呼ばれるわけでもないので、待合室の空気はかなり重い。自分より後から現れた者が先に呼ばれるということは、自分の価値がその人物より下だということを示すのだから、皆、血眼で室内の様子を窺っている。


 あそこで順番は待ちたくねぇなあ。


 ネージュと花を愛でながら、庭園を散歩する。植物の名前はネージュに聞けば大体分かる。彼女がエルフだからではなく、勤勉だからだ。まあ、覚えていることもあるので、そういう知識かも知れないけど。


「これはアドニス」


 不意に故郷の名前が出てくる。

 フラウ王国では慣習的に村以上の集落には花の名前が付けられる。都市で被ることはないが、村くらいだと被ることもよくあるようだ。


「食べると死ぬこともある」


「毒があんの!?」


「花が咲く前の葉っぱをアルモワーズヨモギと間違えて食べることがある、と聞いた」


「あー、確かに似てるかも」


 俺の故郷であるアドニス村は、ピサンリで帝国からの侵攻を跳ね除けた際、大森林とその向こう側にある都市シクラメンまでを王国が逆侵攻によって手に入れたため、大森林を縦断する街路を整備する際に宿場町として作られた村だ。

 街路の整備は帝国がシクラメンを攻め落とした場合にピサンリまでの侵攻速度を早める恐れもあった。そんな街路の中に作られた村に毒のある植物の名前を付ける。あの村には何かがあったのかもしれない。いや、今となっては分からんけど。

 再建されたアドニス村にもその仕掛けは生きているのだろうか。

 仕掛けがあるというのが、俺の想像に過ぎないけどね。


 そういやネージュが料理をすると死ぬほど不味くはなるけど、毒物が混入したことは無い。自然界は割と毒物だらけなので、偶然、偶々ということはないのだろう。ネージュなりに食べられるものと、食べられないものの区別は付いていた、ということだ。

 よくあれを完食してたな。俺。本当に命がけだったぞ。


「しかし王宮の敷地内に毒草なんて生えてるんだなあ。物騒じゃない?」


「医者が使えば薬にもなる」


「なるほどね」


 毒と薬は表裏一体だ。少量の毒は、あるいは大量の薬は、その役割を入れ替える。ということは庭園を兼ねた薬草畑ってことか。

 考えて見ればゲームでよくある食べただけで傷の回復する『やくそう』とか、どういう原理かは分からないが、連続大量服用はどう考えても死ぬ気しかしない。

 ちなみにこの世界にはそんな便利な『やくそう』は存在しないので、怪我をしたら真っ当に回復を待つしかない。


 冒険者なんぞをやっていると魔物に負わされた傷が化膿して、患部ごと切り落とすなんて日常茶飯事だ。

 その代わり、報酬がかなり高い。まさに命の値段って感じ。

 そんな高給取りだからこそ、奴隷を買って身代わりにとかできちゃうんだろうけどな。


 もちろん冒険者がみんなそういうヤツらってわけではない。

 俺を助けに儲け度外視で大森林を探索してくれた冒険者がいることも知っている。


 彼らが善で、ダフネの冒険者は悪、というわけではない。俺を助けた冒険者たちはダフネで奴隷を買っているかもしれない。善悪とは属性ではなく、行いであり、また立場のことでもある。何をしたか。どの視点から見るかでいくらでも変わる。


 例えばお金を持った年寄りを大がかりな詐欺で騙して貯め込んだお金を奪い取る。


 例えば悪徳商人に不法な取引を持ちかけて大損させ、得たお金を世間にばらまく。


 同じ事件でも、どういう意図で、どう切り取るかによって、目に入ってくる印象は変わる。人間は善悪を印象で決めるので、善人悪人にかかわらず、他人から見た印象を整えることはとても大事だ。


 その点ではほとんどの冒険者はあくどいとは言えない。あいつら基本的に見た目に気を遣わないしな。出会う場所次第で冒険者にも、盗賊にもなりそうだ。


 この原則は物事を他人に伝えるときにも使える。喋り方、伝え方ひとつで、良い印象を持たれたり、悪い印象を持たれたりする。まったく同じ事を伝えているのに、だ。極論、人は話の内容など聞いていないのだ。少なくとも内容を深く考えたりはしない。どんな人が、どんな口調で、耳障りのいいことを話したかどうかが全てである。

 流石に暴論か? まあ、これは言い過ぎだと否定してもらうくらいで丁度いいかも知れない。


 例えばだ、今から国王に報告するに当たって、『ベルナール・ルブラン氏が自殺しました』と言うか、『ベルナール・ルブラン氏が精神的重圧に耐えられず自殺を計り……』(首を横に振る)では、前者が事実をただ述べているのに対して、後者だとそれを防ぐために努力していたのですが、という雰囲気を醸し出せる。つまり言い方で印象は変えられる。


 言葉は武器で、防具だ。口から出す前に、それがどんな形の武器や防具で、どういう風に扱うべきかと考える必要がある。


 って自分でも思ってるんだけどなあ。中々思ったように口が動かないのが現実だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る