第4章 種を滅ぼすものたち 16

 金属書には俺や国王が最も危惧、あるいは渇望していた魔法を使えるようになる方法は書かれていなかった。

 一部の魔法を封じる方法についても魔道具が必要で、魔法使い以外が起動はできるものの、その作成は魔法使いがやらなければならない。

 とは言え後者については国王からその作成を命じられる可能性がある。フラウ王国に帰属し続けるのであれば拒否はできない。

 よってこの情報は外部に漏らすわけにはいかない。


 観測所には契約魔法で縛られた人々しかいなかったため、俺も自分の力を隠していなかった部分がある。検証派の検証には応じていたし、作成後破壊はしたが、魔法の一部を使用禁止にする魔道具の作成も実際に行った。

 なお作ってみて分かったが、魔法全体を使用できなくする魔道具は作成難度が高すぎて実用的ではない。


 それでも一部とは言え魔法を封じることができる手段があるのであれば、フラウ王国で権力のある者であれば、喉から手が出るほどに欲しいであろう。それを使えば、俺への抑止力になるからだ。


 というのが俺の事情。


 一方でフラウ王国という国家を見た時に金属書の内容が外部に、特に聖光教会に漏れるとどうなるか?

 魔法うんぬんはまあ、国王や貴族に知られた場合と似たような反応にはなるだろう。

 問題は現代を生きる人々が魔法使いによって作り出された魔法生物であるということだ。

 その影響は正直、分からない。聖光教会が一般の信者に対してその情報を開示することはないだろう。だから影響は軽微かもしれない。

 あるいは俺のことを神の子だと認定しているその裏付けが取れたと考えるだろうか? そんなに楽観的でいいのか? 手のひらを返して、俺を悪魔の使いだと指差す可能性は?


 そもそも金属書の内容が正しいとも限らないし、正しいとしても魔法使いの血も残っているはずで、一概にその存在全てが魔法によって作られたとも言い難い。天使さまに才能をもらったとは言え、俺が魔法を使えるのも魔法使いの血がわずかでも流れているからではないだろうか? 知らんけど。


 まあ、国王も問題ない範囲で内容を王家に公開しろって言ってくれてるわけで、これは裁量権をもらったってことでいいよな。不都合な内容は隠すに限る。




 観測所の住人全員への聞き取りは点呼を兼ねていたこともあって、手早く行われた。幸いにして脱走者はいない。一方で昨夜異変を感じた者もいなかった。犯人がいるとして、そいつは静かに事を為したことになる。

 従業員、使用人は皆4人部屋なので、自由に動けたのは学者たちだけということになる。しかし動けたところでベルナール・ルブランの部屋には鍵がかかっていた。


「自殺は難しく、他殺も難しい、という状況ですね」


 ジャン・レノアがそう言い、シルヴィがそれに応じた。


「視点を変えてみたらどう?」


「視点を変える、とは?」


 ミシェル・アラールが問うた。


「そうね。例えば凶器と言っていいのか分からないけれど、首を吊っていた縄はどこから? 調達の道筋から何か分かるかも」


 シルヴィが天井を指差す。擦れた梁を通って衣装箪笥に結ばれた縄の輪っかは今も中空に佇んでいる。


「洗濯紐だと思います。紛失したとは聞いてませんが、予備もありますので、在庫を調べるように致します」


「使用人が誰かに渡したのであれば、誰に渡したかを必ず確認してください」


「承知いたしました」


 ベルナさんが確認のために部屋を出て行く。

 この時間を使って俺はベルナール・ルブランの遺体をベッドの上に浮遊魔法で運び、防腐処理の魔法を施した。


「観測所の雰囲気があまり良くはありませんでしたね」


 と、ジャン・レノア。

 言いたいことは分かる。従業員用の部屋は派閥で分けてはいない。同じ部屋にいる相手が敵対勢力で、殺人を行った犯人の可能性があるのだ。


「怨恨の線はないわけ?」


 シルヴィが問うてくる。物証の検証の空き時間だから、動機について考えてみるのもいいだろう。


「怨恨での殺人ってめった刺しとかそういう印象があるけど、まあ、ルブラン先生に恨みを抱いていそうな人物と言えば……」


 みんなの目がひとりの方を向いた。


「まあ、俺ですよね」


 俺です。


「恨みというか、主張が面倒くさいというか。でも俺がルブラン先生をどうしても消したいってなったら、文字通り跡形も無くして証拠も残さないから、これは俺の仕業じゃないですよ」


「そう思わせるための偽装の可能性もある」


 とミシェル・アラール。


「いいえ、行方不明で処理した方が都合がいいのですから、アンリさんに遺体を残すメリットはありません。アンリさんが殺害犯の線は限りなく薄いと思います」


 ジャン・レノアのありがたい援護射撃だ。


「となると、状況と動機からだと私が一番の容疑者ということですね」


 他の検証派は全員お互いの目のある4人部屋で昨晩を過ごしているから、検証派が犯人だとすると、その中で唯一個室を与えられているジャン・レノアが一番怪しくなる。


「いや、単独犯とは限らないだろ。4人部屋全員が検証派の部屋もあったはずだ」


 従業員たちが信仰派、検証派、絶望派に分かれたのは部屋割りのずっと後のことなので、派閥ごとに部屋が分かれているわけではない。派閥ができてからも部屋割りを変更するようなことは許可しなかったので、部屋の全員が同じ派閥という割合は少ない。だが、ある。


「大方、ルブラン先生を見張るのに疲れたとかそういう理由じゃ無いのか?」


 ベルナール・ルブランは金属書の破壊を試みたことがある。周りが止めてくれたおかげで事なきを得たが、それ以来ベルナール・ルブランが研究室にいる間、検証派が何人か監視していた。

 金属書は研究室からの持ち出しは禁じてあるし、大きさも重さもあるので、ベルナール・ルブランがこっそり持ち出して破壊する可能性はあまり考えて無くてよい。

 だがベルナール・ルブランが研究室にいる間、何人かの検証派が自分の仕事を止めて、監視業務に回っていたのは事実だ。


「普通に考えてそれくらいのことで殺しはしないでしょう?」


 俺もジャン・レノアの意見に賛成だが、普通というのは人によって大きく異なる。観測所の中に、監視のために検証の手が止まるくらいならいっそ、という常識を持っている小集団が存在する可能性は否定できない。


「そう、殺人だと考えても、動機が薄いんですよね。リスクとリターンが見合わなさすぎる」


「しかしルブラン先生が自殺する動機もまたない」


「それもそうなんですよねえ」


 ベルナール・ルブランには使命感があった。金属書を歴史の闇に葬ること。そのために聖光教会に金属書の悪魔的な内容を伝えることだ。むしろそのためにベルナール・ルブランが殺人を行う方がありえそうだった。


 俺はもう一度ベルナール・ルブランの私室をじっくりと見て回った。

 遺体が安置されたベッド。わざわざシルヴィとネージュがデザインを決めて選んだ家具が遺体置きになっているのは腹立たしい。

 物が整然と置かれたデスク。煙草葉の詰まったパイプ、蓋の開いたインク瓶、羽根ペン。俺は羽根ペンを手に取って、ペン先を指に当ててみた。インクが乾ききっていないのか、指に青いインクがついた。俺はそっとインク瓶に蓋をする。

 デスクの上が片付いていたのと対照的なのが床だ。衣類、書籍、紙切れ、日用品の類いまで、何もかもが散乱している。


「片付けるか……」


 現場保存はもう今更だ。散乱している物の中に何か重大なヒントが隠されているかも知れない。


「これらを足場にした可能性があるのでは?」


「可能性はありますけど、それなら椅子を使えばいいというアラールさんの意見は正しいんじゃないでしょうか」


「可能かどうかの検証をしてからにするべきです」


「じゃあ、まずそれからにしましょうか」


 散らばっていた書籍を重ね、その上に書類の束も乗せれば、ベルナール・ルブランの身長ならなんとか縄に首が届きそうだ。


「不可能ではないけれど、ってところですね」


「それが分かっただけでも検証の価値はありました。自殺の線もまだ残っていますね」


 その線は大事だ。できれば最終的には自殺で処理したいからな。

 だがベルナール・ルブランの死は自殺というには不可解な点が多すぎる。


 俺たちは片付けを始めた。本を本棚に、書類はまとめておく。重ねた書類は特にインクが裏に写ったりはしてないようだ。衣類は、まあ、衣装箱に突っ込んでおくか。


「すみません。遅くなりました」


 そこにベルナさんが戻ってくる。


「洗濯紐ですが、予備のものが一本無くなっていました。使用人は誰も持ち出していないですし、誰かに渡したということもないようです」


「ルブラン先生が倉庫で洗濯紐を探してる姿はちょっと想像できませんね」


「やっぱり誰かがルブラン先生を殺したに違いない。さっさと官憲を呼んで解決するべきだ」


「それはできません。ベルナさん、ここは王宮の敷地内という扱いですか?」


「はい。少なくとも先代の時はそういう扱いでした」


「王宮内で殺人の可能性がある事件が発生した場合、官憲による調査が行われますか?」


「行われる場合もあります。ありますが、陛下の許可無しに官憲が立ち入ることはできません」


「ということです。アラールさん」


「では陛下に取りなしを」


「おそらく陛下は首を縦には振らないですよ」


 なんてったって、ここの地下には王宮に繋がる秘密通路があるわけだしね。

 しかもその王宮側の出入り口は、恐らく国王にしか知らされてないのだ。


「まあ、でも陛下には報告に行きます。この後でね」


「この後、とは?」


「シルヴィ、扉を。ネージュ、窓を抑えて欲しい」


 2人がさっとこの部屋から出入りできる可能性のある場所を封じる。これで誰もこの部屋から出入りできない。


「急に何を?」


「つまりですね」


 俺は言葉を溜めて一同を見回した。


「犯人はこの中にいる」

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