第4章 種を滅ぼすものたち 13

 金属書の翻訳が進むにつれて分かったことは、魔法使いたちが作り出す人形の魔法生物は魔力を感知できず、少しずつその肉体に蓄積はしても、変換はできないということだ。

 そして魔法使いにとって魔法を使うということは、その手法を書き残すほどのことでもなく、手を使って何かを動かすように、自然と魔法を使えるようになるということだった。


 一方で魔道具については様々な理論が書き綴られていた。

 魔法使いにとって魔道具は価値のある物ではない。自分ができることを魔法生物に劣化、代用させるための道具だからだ。感覚的に使用できる魔法とは違い、魔道具の作成には一定の理論を必要とする。


 一般的な魔道具は、使用すると蓄えられた魔力が失われていき、その補充には魔法使いが不可欠だ。こういう物は比較的感覚的に作り出すことができる。

 俺もしているし、これは分かる。


 一方で魔力を自ら蒐集するタイプの魔道具は俺にとって未知の理論だった。感覚的にできるとは分かる。だが理解はまだできない。翻訳も正確とは言えない。俺自身がこの古代文字を理解して直接金属書を読む必要があるだろう。


 だが魔力を自ら蒐集する魔道具を作ることができるようだ。また空間に干渉し、用途を指定した魔法を使用禁止する魔道具の作り方も書いてあった。

 帰らずの迷宮自体がそういう性質を持った魔道具だったと言える。


 またそういう空間干渉を逆に撥ね除ける魔道具についても理論が書かれていた。


 これらの技術は筆者である魔法使いが親から受け継がれた技術であり、他の魔法使いは知らないはずだとも書かれており、一方で他の魔法使いはそれぞれの独自理論を継承している可能性についても書かれていた。


 俺や国王の欲しい情報はほぼ出そろったと言えるだろう。


 しかしここに至るまでに観測所の学者や翻訳者たちは、以前とは違う派閥が生まれ、その断絶は日々深まっている。


 ひとつはベルナール・ルブランの派閥。

 信仰派とでも言うべきか、聖光教会の信徒たちで構成されたグループだ。

 彼らは金属書より教会の聖典を信じており、それとは異なる見解を示している金属書を破棄するべきだと主張している。

 つまりいま世界に広がっているヒトとは、魔法使いの作り出した魔法生物であるという考えを真っ向から否定している派閥だ。


 ひとつはジャン・レノアの派閥。

 実践派と呼ぶべきだろうか。金属書の内容をひとつひとつ検証していこうというグループだ。

 彼らは自分たちが魔法生物であるという金属書の内容を肯定したわけではないが、それをも検証しようとしている。


 そしてクララ・フォンティーヌの派閥。

 絶望派としよう。

 金属書の内容をそのまま受け入れて、自分たちは魔法生物だと信じてしまったグループだ。この派閥の人々は気力を失っており、翻訳も検証もできなくなってしまっている。この状態で放逐もできないので、観測所で安静にしてもらっている。


 さらにそれぞれの派閥の中でも意見の分かれるのが、金属書の内容、特に魔法の使えないヒトが、魔法使いの生み出した魔法生物であると書かれた書について、国王あるいは教会に報告すべきかどうかだ。


 正直、国王に伝えるのは難しい。教会となると尚更だ。

 だがリディアーヌを娶った後に、この事実が明らかになれば、魔法使いの力が受け継がれないと分かっていたのに、という話になる。


 今のところはどうするかを保留することで、各派閥は比較的大人しくはしてくれているが、導火線に火が付いている状態だと考えて間違いないだろう。


「今のところ金属書の内容に不備は無いのよね?」


「そうだね。実践派と検証を進めているけれど、魔道具関係の理論に間違った部分は見当たらないな」


 観測所の屋根の上でネージュ、シルヴィと風に当たりながら話をする。

 日差しは熱く、風が心地良い。

 季節はもう夏が近い。なんだかんだで帰らずの迷宮を攻略してから1年近くが経ったことになる。


「黒マントについては?」


「魔法無効化は他の家系の魔法使いに伝わる魔法か魔道具ってところだろうな。姿形は、まあ、割と自由に設定できるから翼の付いた人も作れるよ。実際に飛んでいるのは魔道具によるものだろうけど。なんらかの魔法無効化機能のついた魔道具で、それらの能力を封じることはできるかもね」


「黒い宝石のことは?」


「それも分からない。精神に干渉するなんらかの魔道具だと考えるべきだろうけど、金属書には該当するような内容は今のところ見つかってない」


「つまり問題が増えただけってことね」


「でも金属書の内容が正しいなら、アンリはどうして魔法使いなの?」


 それは俺が天使さまに魔法の才能をお願いしちゃったからなんだよなあ。なんで天使さまも行けますって言っちゃったんだ……。


「そうね。アンリが魔法を使えるのだから、魔法生物も魔法を使える場合もあるってことよね」


 いや、それは多分無い。少なくとも俺が作り出した魔法生物は魔法を扱うことはできないだろう。なんというか、魔法使いには手の加えられない領域があって、そこが魔法を使うために必要な部分なんだ。


 そして俺は恐ろしいことに気付く。


 俺は魔法を使える。前世の世界から魂を移動してきた俺は。

 一方で俺が作り出す魔法生物に魂はあるかと問われると、返事ができない。分からない。


 天使さまは魂は浄化されて輪廻するみたいなことを言っていた記憶があるが、その魂が輪廻する先は何処だ? 生殖し、繁栄する魔法生物たちか? 俺以外のこの世界の人々に魂はあるのか?


 絶望派の気持ちが少し理解できる。自分自身のことではないのに、これほどに恐ろしいのだ。自分自身のことだとしたらどうだろうか?


 いや、だが、しかし、魔法生物はロボットではない。その反応すべてを俺がプログラムしたわけではない。俺が最初に狼を呼び出したとき、それを召喚術だと表現した、ような気がする。

 それはこの世界や、別の世界から、それを呼んでくるということではなく、この世界そのものに刻まれた、なんと言えばいいのだろうか、記憶? 情報? 型のようなものを複製し、加工して引っ張り出してくるものだからだ。

 そこにはその形の性質も一緒にあって、召喚と同時に付与される。だから狼の形をした魔法生物は狼のように振る舞うし、もし人間のような魔法生物を召喚すれば、それは人間のように振る舞うだろう。


 ネージュやシルヴィも世界の記憶を根源に動いているだけなのだろうか?

 それとも彼女らにはちゃんと魂があるのだろうか?


 生まれ変わってから今ほど強く心の中で天使さまに呼びかけたことはない。

 教えて欲しい。


 俺は自らの経験によって魂というものが存在していることを知っている。


 だがそれについて深く考えたことはなかった。


 魂を持つのは人だけなのか?

 人とは魔法使いだけを指すのか、それともそれに似せられた魔法生物も含むのか。

 魂が輪廻するとして、例えば魔法使いだけだった時代には、人である魔法使いたちの数は、いま人である魔法生物たちよりずっと数が少なかったはずだ。足りない分はどうやって埋める? 常にこの世界の魂の総量は同じなのか? そんなことがあり得るのか?


 そもそも魂ってなんだ?


 記憶のことではないことは分かる。魂は天使さまたちによって浄化されて記憶を失うからだ。魂とはそうではない部分のことだ。実体を伴う物ではないことも分かる。地球では見つかっていなかったからだ。あるいは見つかっていないだけかもしれないが。


 そんな風に考えにふけっている俺の体が揺さぶられる。

 シルヴィだ。俺の顔を覗き込んでいる。


「そういうことなんだけど、聞いてた?」


「ごめん。考え事してて聞いてなかった」


「もう、国王陛下への報告は引き延ばせてあと1年もないなってこと」


「1年? なんで?」


「来年の春にリディアーヌ様が卒業するわ。婚約者の決定を引き延ばせてもそこら辺りが限界よ。その前に国王陛下には金属書の内容を、魔法の遺伝についてくらいは伝えておかなければならないでしょ」


「そうか。別に婚約者は取り消されてもいいけど、爵位貰えるかな……」


「それは大丈夫じゃない? レオン王子が継承順位は1位になったし、その功績の立役者であるアンリを厚遇しないなんてことはできないと思うけど。爵位くれないってなったらバルサン伯爵も圧力かけてくれるでしょ」


 まあ、今更わざわざ言うほどのことでもないので言わなかったが、俺たちと帰らずの迷宮を攻略したバルサン伯爵は、爵位を取り戻している。もちろんレオン王子を支持する派閥だ。


「それは心強いな」


「――アンリ、シルヴィ、下が騒がしい。何かあったみたい」


 ネージュに言われて観測所の庭を見下ろすと使用人が血相を変えてこちらに手を振っている。俺たちは飛翔魔法ですぐに屋根から降り立った。


「アンリ様、たたた、大変です!!」


 使用人は顔面蒼白で震えている。


「落ち着いて。どうしたの? なにがあった?」


「ルブラン先生が……、ルブラン先生が……、お部屋で、首を……」


 事態は想像もしなかった方向に転がっていく。

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