第4章 種を滅ぼすものたち 12

 新年を控えた冬の最中、特に合図も挨拶も無しに観測所は静かに活動を開始した。


 学者5名。従者2名。

 翻訳者40名。

 使用人30名。


 総勢77名の大所帯である。


 先に観測所で働き始めた使用人たちと契約魔法を使い、その後、観測所に入ってきた者から順に契約を済ませていった。

 いやあ、本当に面倒でしたね。


 部屋割りでも揉めたけれど、一々希望なんか聞いてられないので、先着順に優先権を与えた。

 結果として、むしろ時間には遅れてくるものだろうと言った思考を持つ貴族出身者が軒並み、残った部屋を与えられるということになったのはちょっと面白い。ここでは身分は一切関係ないと最初に伝えてあるので、遅れてきたほうが悪いのだ。


 最初の何日かは共同生活が上手く行くかを様子見していた。

 実際に人を入れてみないと分からないことってあるもんね。


 食堂に常に料理が用意されていて、好きなときに好きなだけ食べていいという仕組みは歓迎されたが、使用人も同様に食事をするということに拒絶反応を示した人は思っていたより多く、そういう人には食堂以外に持ち出して食べてもらうことにする。


 身分は関係ないって言っても使用人は別と考えちゃうんだろうか。その人たち雇ってるの俺だからね。


 あと常にとは言っても夜中は無いじゃないか、というクレームもいただいた。流石に使用人を夜中に働かせるわけにはいかないので、何か置いておけるような軽食を夕食時間後に作り置きしておくことになった。


 使用人に対して個人的な要望に基づいて命令をするような人も少なくない。これについては拒否するように教育してある。観測所において使用人の役割は調理、掃除、洗濯など、生活環境を整えることだけであって、貴族が好きに扱える人形ひとがたではないのだ。


 上記のように主に使用人の扱いについていくつか問題が発生したが、致命的というほどのことでもない。なんなら使用人たち自身はそんなもんだと思っていて、俺が問題視してるだけという雰囲気すらある。


 じゃあ、そろそろ始めちゃうか。


「各研究室には設置された本棚におよそ100冊ずつ金属書を出していく予定です。が、まずは辞書的な書があるかを探していただきます。とにかくこちらの本棚から書を取って中身を確認、辞書でなかったらこちらの翻訳済み用の本棚に置いていってください」


 そう言って俺は収納魔法から、適当に本棚フォルダを選んで、研究室の本棚に出現させる。元の本棚ごとにフォルダ分けはしてあるので、本の種別がまとめて納められていたのであれば、似たような本の内容に偏るはずだ。


 5部屋ある研究室の本棚を全部埋めると、各々は作業に入った。とは言っても初めて見る金属書に驚き、その素材などを確かめている者も少なくない。


「すみません。作成者が言語が異なる相手が読むことを想定しているというのなら、文字について書かれた書もあるのではないでしょうか? 辞書よりずっと簡易で平易な内容になっているはずです。おそらく見たらすぐに分かると思います。また同様に辞書はその近辺にあるはずではないでしょうか?」


「その発想はありませんでした。確かにその可能性はありますね。他の部屋にも伝えてきます」


 そうして作業を続けること二日目。全然辞書じゃない書にしがみついて離れない学者を引き離すということも何度かありつつ、辞書の本棚に辿り着いた。驚くことに辞書は本棚一面100冊の規模であった。


 その後は総出で辞書を翻訳し、それを各研究室で使えるように書写していく。

 俺は学院の授業もあるので、常に観測所にいたわけではないが、報告は毎日受けるようにしている。

 当初、翻訳した辞書は1セットが研究室ごとにあれば良いかと思われていたが、結局3セットずつ書写され、計15セットが用意されることになった。


 翻訳者たちが手分けして辞書を書写する一方で、学者たちは金属書のラベリングを始める。中身を簡単に確認し、何について書かれた書であるかを羊皮紙に書いて挟んでいった。


 最優先は魔法に関する内容だ。

 金属書はありがたいことに表に題名のようなものが書かれている。


 作業は並行的に行われ、辞書の書写が終わると、この作業は翻訳者たちに引き継がれ、学者たちは表題に魔法という文字の入ったものを翻訳する作業に入った。


 早速だが、ひとつの結論から言おう。


 あくまで金属書から得られた知見ではあるが、そこにはこう書かれていた。


『近い将来、これを読む者にとってはすでに過ぎたる事実として、魔法使いは絶滅する』


 その金属書は魔法使いという生き物の簡単な歴史から始まっていた。


 かつてあらゆる人は魔法使いであった。

 能力の大小こそはあったものの、誰もが魔力を認知し、変換し、魔法を扱うことができた。


 彼らは食べたい時に食べ、寝たいときに寝、それぞれが生きたいように自由に生きていた。


 国家どころか、集落のようなものすらなく、つがいを見つけ共同生活を送ることはあったが、子が育てば巣立ったし、そうなると別れるつがいも多かった。


 魔法使いとは野生の生き物であったのだ。


 それに変化が訪れたのは、誰かが人に似せた魔法生物を作り出してからだ。

 恐らく自分の代わりに狩りに行かせるのが目的だったのではないかと筆者は想像している。この手法はゆっくりとだったが、魔法使いたちに伝播していき、やがて誰もが魔法生物を侍らせるようになった。


 労働用、愛玩用、その他様々な用途のために魔法生物が作り出された。


 魔法生物は魔法が使えない。人たる魔法使いのように、なんでもできるわけではない。また一所に多くの魔法生物がいることになったために、魔法使いを長とする形で集落ができ、社会性が発展していった。


 そこまでなら問題は無かった。


 最大の間違いは、魔法生物を人に似せて作ったために、交配が可能だったことだ。魔法使いは魔法生物との間に子を成せた。


 そうなると魔法使い同士でつがいになるようなリスクを冒す人はほとんどいなくなった。魔法使い同士の共同生活は問題も起きやすく、問題が起きたときにその影響があまりにも大きいからだ。

 自分好みの異性を自ら作り上げて愛し、子どもも得られる。


 だがすぐに問題も分かった。

 魔法使いと魔法生物の間に生まれた子は、魔法が使えなかったのだ。


 だが多くの魔法使いは自分がそうしたところで大した変化はないだろうと、その生活を続けた。


 一方で魔法生物は急速に文明を発展させていった。

 魔法を持たない彼らはそうしなければ生存が難しかったからだ。


 文字を作り、道具を造り、家を建て、文化を創った。


 気が付けば魔法使いの似姿であるはずの魔法生物を中心とした文明が栄え、その長たる魔法使いはすでに死んでいなくなり、彼らは自由を手にした。集落は集まって国を作り、魔法生物を長として魔法生物が統治される世界が出来上がっていった。


 そうしてできた国は、それが気に入らない魔法使いによって滅ぼされることもままあったが、魔法使いが魔法生物を使う生活を止められない以上、その歴史は繰り返された。


 魔法使い同士の交配が減るに従って、魔法使いはその数を減らしていき、今ではもう数えるほどしかいない。


 これを書いている筆者自身も、魔法生物たちの蔓延る世界を見たくなくて人工迷宮の奥に居を移しつつも、そこで魔法生物に支えられて生きている。


 魔法使いの子を成すために他の魔法使いに接触するのはもう疲れた、という記述もあった。


 彼、あるいは彼女の結論としては近い将来、魔法使いは絶滅し、魔法生物の世が来るというものだ。


 要約文を読み終えた俺は、その場にいる学者、翻訳者が俺に注視していることに気が付いた。


「アンリくん、ひとつ聞きたい」


「はい」


「君は交配能力のある生き物を魔法で作り出すことは可能なのだろうか?」


「……可能です」


 かつて大森林で生み出した実体のある狼は生殖能力がある。いずれ増えるだろうということも予測していた。


 あちこちで悲痛な呻き声が聞こえた。


 人は神の子として作られた、という宗教観は王都では根深い。だがその神とは創造主であり、万能の存在だ。魔法使いという、獣のような生活をしていた生き物のことではない。


「ですが、これが真実であるという証拠もまたありません。小説のような娯楽作品かもしれませんし、あるいは迷宮の奥に住まう内に、筆者の中に生まれた妄想であるかもしれません」


「だが不可能ではない。そうだね」


「ええ、それは認めます。だからこそ他の金属書の翻訳も進めましょう。そうすればこれが妄言であると分かるかも知れませんから」


「……そうだな。そうするしかあるまい」


 彼らはすぐに作業を再開した。俺もあえて休みを挟むことを提案しない。

 今はこれが真実を記したものではないという証拠が欲しい。


 虚言、妄言、創作であって欲しい。


 だがその望みが叶えられることはなかった。

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