第4章 種を滅ぼすものたち 11

 考古学は金にならない。

 過去の文明の遺産を集める好事家もいるが、かなりの変わり者だと評されるのが一般的だ。もちろん遺跡や遺物の保存保管保全と言った概念がほとんど無い。遺跡に住み着く野盗たち、というのも珍しくはなく、彼らは遺跡と迷宮の区別も付いていない可能性がある。


 考古学は国からの支援も無い。

 フラウ王国は先の戦争から経済を立て直している最中で、考古学のような道楽に支援をする余裕はないということになっている。よって考古学に取り組む学者というのは実家から支援を受けているか、自ら別の道で稼いでいる。


 そもそも考古学に価値が無い。

 というのもフラウ王国は比較的近年、遊牧民が農耕を始めてこの土地に居座るようになっただけで、農耕以降のフラウ王国の主要な民族の歴史はすでに編纂済みであるからだ。これは歴史学者の範疇で、考古学はそれより古い遺跡や遺物を研究する学問であるから、フラウ王国にしてみれば当事者の話ではない。

 まだ中世っぽいこの世界において、先住民の歴史を調べて残そうというのはかなりの異端者なのだ。


 なので金をちらつかせれば、考古学者たちとの面談の約束は簡単に取り付けることができた。とは言え、相手は大体が貴族の家系の者で、俺は一応平民である。金を出すのは俺だが、学者というのは先生と周りから敬われる存在だ。どっちのほうが立場が上ということにもしたくなかったので、面談は紹介がてら改装中の観測所で行うことにした。


「レノア先生、ようこそいらっしゃいました」


 残念ながら応接室は取り壊し済みなので、面談には彼らの作業場所になるであろう研究室を使うことにした。


「先生だなんておもはゆい。気楽にジャンと読んでください。ジャド先生の代理で来ました」


 いま使用人に案内されて研究室に入ってきたのは、ジャド研究室の研究員であるジャン・レノアだ。俺が手紙を書いたのはセドリック・ジャドに対してだったが、代わりの者を寄越すから要件を伝えて欲しいということで、了承した結果、やってきたのがこのひ弱そうな男性というわけだ。

 まあ、ひ弱さなら誰にも負けない自信があるけどね。


「先生はやはりお忙しいのですか?」


「ええ、まあ、はい」


 歯切れの悪い返事に、忙しいわけではないのだなと思った。観測所に来るには王宮の敷地を通らなければならず、身分証明の提示を求められたり、手荷物を検められたりする。おそらくはそれが億劫だったのだろう。似たような対応をされるのはこれが初めてでは無い。


「ではジャド先生の参加はやはり難しいのですね?」


「そう窺っています」


 それなら手紙で断わればいいものを、代理を立ててまで面談を受けたのは、俺が面談時に返事の是非を問わず金を払うと手紙に書いたからだろう。ジャン・レノアは俺の勧誘を断わって、金だけ受け取ってこいと命令されているわけだ。


 まあ、そういうこともあるだろう。


 しかしながらセドリック・ジャドは考古学の第一人者でありながら、宮廷貴族の当主その人でもある。そう考えるとちょっとせこくない?

 貴族家の当主が考古学をやるようなことは本当に珍しいのだが、どうやら3男だった彼は親の金で考古学をやっていたところ、父と兄2人が先の戦争で戦死し、いきなり当主になってしまったということのようだった。

 政務の類いは人に任せて、当人は考古学ばっかりやっているみたいだ。政治には興味が無いんだろう。政治的に将来を見て取り入ってくる相手よりは好ましいが、根本的に出てきてくれないのであれば話にならない。


「ではジャンさんは如何ですか? 翻訳者の枠でもいいですが、学者の席もまだ空いてますよ。このままでは埋まりそうにないですし」


「いやいや、そんなまさか」


 ジャン・レノアはジャド研究室では新参の若者だ。だからこそこういう使いっ走りにされているわけだが、ガルデニアの調査によれば、近年のジャド名義での発表の過半はジャンの成果であるという。


 まあ、正直ジャンさんのほうが欲しいよね。

 だけど観測所での翻訳作業は彼にとってのキャリアにはならない。なのでジャドがジャンさんを連れてきてくれるのが一番だったのだが、さてどうしたものか。


「うーん、ルブラン先生が来てくれるので、それで我慢するしかないかな」


「ちょっと待ってください。ベルナール・ルブラン先生ですか?」


「ええ、はい」


「ジャド先生にそれを伝えてもよろしいですか?」


「構わないですよ」


 ベルナール・ルブランは考古学会の重鎮の一人であり、セドリック・ジャドからするとライバルのような関係だ。というよりジャドが一方的にライバル視しているというべきか。

 ライバルが世に出せない研究に数年はかかりきりになるかもしれない、という情報をセドリック・ジャドはどう扱うだろうか? ベルナール・ルブランのいない間に考古学会での立場を上げようとするか、それとも自身が乗り込んでくるか。

 どちらにせよ、放置はしないだろう。

 少なくともルブランの研究がどうなっているかは気になって仕方ないはずだ。

 どちらになるにせよ、ジャンは観測所にやってくることになるだろう。


 ジャンを見送ってから、名簿を確認する。

 ジャド研究室が動けば、ひとまず学者5人は確保したことになる。まあ、ジャドが動かなければ、考古学会以外から人を引っ張ってこよう。学者を名乗ってはいないが、同じくらいの成果を出している人間というものは案外いるものだ。


 そもそも考古学会は女性が排除されている。

 考古学会に限った話ではない。フラウ王国に女性の学者はいない、というよりは、女性が学者になることはできない。もちろん研究することは自由だ。資金と周囲の理解があれば、学者以上に成果を上げている女性はいる。だがそれでも学者を名乗ることはできないし、大抵の場合、研究室に出入りすることすらできない。


 まあ、女性がいると男性の集中力が乱されるというのは分からないでもない。特に研究バカで真面目な研究者であればあるほど、女性に免疫がないであろうから、女性が研究室に出入りしていると気が逸れるというのはあるかもしれない。


 女性を巡って変な対立が発生するということもあるだろう。


 でもそれって結局、男の問題だよな。

 女性が過度に露出の高い格好をしていたり、男性に思わせぶりな態度を取っているのでなければ、能力の高い女性を排除するというのは非効率でしかない。


 まあ、ガルデニアを見てると、むしろ女性つよい。ってなるが。

 ガルデニアって女性だけなのかな? いや、そんなことはないだろう。男性で無ければ出入りできない場所も、まさしくいま考えているような場面では多々あるはずだからだ。


 でもまあ、分かるよ。男性だけの時と、女性が混じっている時では、なんかノリが違うよな。男だけの時はぎゃあぎゃあ下ネタとか言ってるのに、女が1人でも混じると、急に紳士になっちゃうようなことってあるもん。


 例えば、本当に例えばだが、金属書の中に、どう考えても『うんこ』って言葉が出てきたとして、男だけなら大はしゃぎするけど、女性がその場に混じってたらシンとして誰も言い出せないみたいなことになる可能性はある。


 一方で、女性に良いところを見せようと逆に能力が上がることも考えられる。ただそういう時って気持ちだけ逸ってて、大事なことを見落としたりする可能性も上がるんだよな。


「本当は学者の枠に女性が入っても良かったんだけどな」


「男女では性能の傾向に違いがありますから」


 傍に控えていたクレールさんが言う。いざという時にはガルデニアの知見を借りたかったからだ。


「女性でないと気付けないような要素があるかも知れないしなあ」


「翻訳担当には女性が入っていますから、それでいいと思いますが」


「頭の硬い学者先生が女性の意見を取り入れてくれるか正直分からんからね」


「アンリ様の女性評は少々変わっておられますね」


「まあ、平民だし、田舎出身だからね。小さな村だと男女うんぬん言ってらんないところあるから」


 できるやつがやる。それが人数の少ない村ではとても重要なことだ。

 言うて、俺の女性評には前世の人生観が大いに関係しているとは思う。


「女みたいな男もいるし、男みたいな女もいる。そもそも男らしい、女らしい、っての自体が役割の押しつけだしなあ」


「しかし男性には種を撒いて、女性にはそれを産むという明確な役割がありますし、一般的に暴力の分野では男性は女性より秀でています。あ、えっと、もちろん男性的でない男性もいらっしゃいますが、必ずしも女性が虐げられているわけではないと思いますよ。女性は徴兵されないわけですし」


「あんまりフォローになってないけど、ありがとうね。まあ、難しいんだよな。根本的に男女では体の造りが違うわけで、まったく同じように扱うのが果たして平等かってことになるし」


「多くの女性は月に何日かは苦しい期間がありますからね」


「そればっかりは男には実感として感じられない苦しみだから、考慮から抜けがちなんだよな。とは言え、俺は出資者として結果でしか見ないんだけど。まあ、そうなるとどうしても女性の採用数は減るよなって」


「女性には男性に養われるという道もありますから」


「それだって相手がいればって話になる。仕事の成果だけを見ていると女性は評価されにくいよな。いや、俺が考えるようなことじゃなけどさ」


「アンリ様は統治者の目線を持っていらっしゃるのですね」


「まあ学院生だからね」


 嘘だけど。学院では男女の性差別問題なんて扱わないしな。

 そもそも男女は違うものだから、別に扱いましょうって感じだ。


「まあ、性差もあれば生まれの違いもある。女性特有の苦しみもあれば、男性特有の苦しみもあるんでないかな。天秤に乗せたときに同じになるかというと、それは違うけど」


「女性が優位な国もあるとは聞いたことがありますね」


「貴族なんかはそれでいいと思うんだよ。男系男子とかアホらしい。女系女子で血統を繋いだほうが確実じゃないか? 配偶者が別の男の子どもを産んでも男には分からんし」


 この世界だとDNA検査も血液型も無いから、割と女性はやりたい放題なんじゃないかと思う。


「王国批判にも聞こえますが……」


「伝統は伝統で大事にするさ。だけど張りぼてかもしれんよって誰もが思ってるのに、指摘されないでふんぞり返っているのは滑稽だよなって。まあ伝えてもいいよ」


 まだ契約はしていないので、この会話は王家にダダ漏れである。


「なるほど、そういう意味ではこの屋敷などは効率的な場所だったのかもしれませんね。女性だけで出入りできる男性は時の国王陛下ただひとりですから」


「絶対に女性に自分の子を産ませるとなるとそうなるんだよなあ。っと、話が逸れたけど、観測所は学者の研究室じゃない。むしろ使用人の女性たちが手を尽くして快適な場所を提供しているのだから、翻訳者に女性が混じるくらいは受け入れさせるさ」


「しかしそうなると研究を発表できないのがもどかしいですね」


「当たり障りのない辺りは国王陛下と相談の上で公表してもいいかもしれない。かつてこの地にどんな文明があって、どんな民族が、どんな暮らしをしていたか。俺たちはこの地では新参者なのだから、魔法以外にもなにか良い発見があるかもしれない。使用人の教育はどう? 進んでる?」


「概ね予定通りには。予定と比べると3日程度の遅れですが、まあ、料理担当が多少礼儀ができていなくとも問題はないでしょう」


「じゃあ予定通りに来月から学者と翻訳者を入れて活動を開始で問題ないかな? もちろんあとでシルヴィにも確認はするけど」


「ジャド先生の返事は待たなくてよろしいのですか?」


「本人が来ると思うね。金貨を賭けてもいい」


 負けました。

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