第4章 種を滅ぼすものたち 10
観測所の内装工事が始まった。
いや、ガワだけ残してほぼ中身は総取っ替えな感じではあるけど。
現行で設置されている家具類については、運び出したり、保管する場所に困るので収納魔法に入れておいた。前国王の使用済みベッドとかいらねぇなあ。忠臣なら欲しがったりするんだろうか。
このベットで現国王が仕込まれました、とかなら買う貴族がいそうな気がして怖い。まあ、ここは愛人を囲ってたところなんですけど。
新しい家具の発注もすでに終わっていて、製作が進んでいる。
内装工事が終わり次第、運び入れてもらう予定だが、収納魔法で運んだ方が早くない?
「便利だからってなんでもかんでも自分で動くものじゃないわよ。そうしてると便利に使っていいんだって他人から思われ始めるから。アンタはアンタにしかできなことに注力しなさい。普通の人間の手で済むことは、そっちに任せるべき」
「はい。手紙の返事を書きます」
現実逃避していたのは認めなくてはならない。
箱いっぱいの手紙を選り分けてくれたのはシルヴィだが、採用するかどうかを決めるのと、返事を書くのは俺の仕事だ。
だけど求人に対してお断りの返事ってどう書けばいいの? お祈りしますってやつ?
「なにそれ? 今回で必要人数が埋まるんなら、定員に達したため、って書いておけばいいわよ」
「申し訳ありませんが、定員に達したため、今回の採用は見送らせていただきますって感じ?」
「ちょっと直接的すぎるわね。例えば、えーっと、志高きご意志を承りながらも、既に定数に至り、この度は貴殿とのご縁をお結びすること叶わず、何卒ご理解賜りたく存じ上げます。みたいな。アンタは一応まだ平民の身分だから、ある程度丁寧に断わる必要があるわよ。あと、どれも同じ文面じゃダメよ。相手の身分に合わせて言葉遣いを変えなきゃいけないわ。貴族たちってこういう情報を共有することもあるから、同じ文面だと手抜きしてるなって思われるの」
「面倒臭い!」
「はいはい。文面は考えてあげるからまずは誰を採用するのかよ」
「うーん、絶対に足りないと思ってたから元貴族夫人にも募集をかけたわけで、使用人を貸して貰えるならそのほうがいいかなあ」
「でもすでに採用を出している元貴族夫人の方もいるでしょ。天秤を釣り合わせる努力は必要よ」
「そうなんだよなあ」
最初に応募が来た人たちにはつい勢いで採用の連絡をしてしまった。
「籍を外れても、実家との繋がりが完全に断たれるわけではないし、あそこの娘は採用されて、どうして家は? ってのは避けられないけれど、せめて上位貴族から目は付けられたくないわね」
「それに加えて派閥の問題もあるんだよな」
「すでに採用したのは宮廷貴族の娘たちね。当然だけど」
王都にいてすぐに連絡が取れる貴族はどうしても宮廷貴族たちだから、どうしてもそうなる。
「子爵、男爵が2件、あとは騎士爵、まあ、偵察に本丸が出てきたりはしないわよね。伯爵家か、辺境伯家から娘を1人、あとそれ以下の家から3人は領主貴族の娘を取ってもらうわよ。それと家からも使用人を貸し出すから」
「コルネイユ家から?」
「当たり前でしょ。あれだけ貴族が集まってる場でお父様相手にああ言っちゃったんだから、もうコルネイユ家は身内だと思いなさい」
「ああああ、確かに」
あの時は謝罪することしか頭になかったけど、あの場には多くの貴族が集まっていたのだ。俺は公にシルヴィを娶るということを宣言したことになる。
「だからコルネイユ家からできるだけ後ろ盾のある使用人を送るわ。元貴族夫人の使用人が好き勝手できないようにね」
「ちなみにコルネイユ家の使用人というと……」
「伯爵令嬢くらいは普通にいるわよ」
「侯爵家ですもんね……」
なんかもう観測所の使用人たちの力関係が全然分からない。
使用人として全体をまとめ上げるのはベルナさんの仕事だろう。だがその実、コルネイユ家から派遣される伯爵令嬢(仮)が力を振うことになるんじゃないだろうか。
「そこら辺はアンタは気にしなくて良いわ。私が気を付けておく。本丸は書の翻訳でしょ」
そう、最優先は金属書の翻訳だ。
俺としては魔法を一部だけ封じた技術と、その対抗策について知りたい。黒マントの魔法無効を突破できるかもしれないし、俺自身が今後魔法を封じられた時の対処が分かるかもしれないからだ。
次点で魔法を誰もが使用できるようになる技術があるか否か。俺の魔道具は似たような機能があるが、製作は俺にしかできない。作成する際に魔法を使用しているからだ。単純に技術だけで同じ事ができるようになるかもしれないし、体系化された魔法会得手段が書かれているかも知れない。
それからこの世界から魔法使いがいなくなった理由も知りたい。
帰らずの迷宮を作ったのは魔法使いか、あるいは魔法を技術として利用できた人物、あるいは組織だ。それは間違いないと思う。少なくとも現在では失われた技術があることは間違いない。
古代文明の遺跡は所々に残っているが、魔法の痕跡らしきものは見当たらないと聞いている。
ただ今のこの世界とは違う技術体系の文明がかつて存在したことは間違いない。
「とは言え、学者や翻訳者の募集をかけるには、まだ観測所の準備が全然できてないんだよな」
ガワができても、使用人の教育が終わらなければ人は入れられない。
「目星をつけたりはしてないの?」
「考古学会の名簿は手に入れたよ。ここから2人か3人、あとは学会に所属してないような人に入ってもらえたらって思ってる。学会にも派閥があるみたいでさ。同じ派閥の人ばかりになると、考えが硬化しちゃうんじゃないかって不安なんだよな」
「あっちも派閥、こっちも派閥ね」
「人間が集まればそういうもんなんかな。まあ、別に仲良しこよしの研究会は必要ない。俺としては結果さえ出してくれればそれでいい」
「でもあの契約条件じゃ、なかなか厳しいわよね」
「そうなんだよなあ」
ミュゲ子爵と考えた契約内容では観測所で得た知見を外で利用することはできない。魔法に関する知見のみに絞ることも考えたが、王国の歴史や宗教を真っ向から否定するような内容が出てこないとも限らない。
根本的に書のような形で古代文明の文章が発見されたのが初めてなのだ。これまでに発見された古代文字は壁画とか、岩に掘られた文字などである。
遊牧民がこの地に根を下ろして王国を築き上げる以前に、この地に住んでいた民族が存在することは確かだが、それは現代よりずっと文明としては劣っていたというのが定説であった。というか、である。今のところは。
だが現実には魔法を使用する文明だったということは、金属書の文字と、壁画などから見つかる古代文字が同系統であることから明らかだ。
その割にはなんというか、こう、言っていいのか分からないけれど、現在残っている古代文明の遺跡や遺物はしょぼいんだよな。少なくとも前世の世界よりは遙かに劣っている。というか、魔法の存在以外はこの世界の現在より劣っている。
古代ローマみたいな感じだろうか。その時代としては物凄い超文明だったし、いま知っても凄いけど、現代の技術なら代替できるし、みたいな。いや、古代ローマがそうだったかどうかも俺には分からんけど。ちゃんと勉強してないし。
なんだかちぐはぐな感じだ。
魔法文明があったならもっと栄えていて、もっと現代に残るような遺跡が、それこそ世界中にあってもおかしくはないはずなのに。
「まあ、実際のところは応募があることを祈るだけだよ」
「使用人みたいなことにならなければいいけどね」
「その可能性もあるから怖いんだよなあ。いや、嬉しい悲鳴ではあるんだけど」
「翻訳魔法があれば楽だったのにね」
「うーん、いや、無理だな。言語体系の違う2人の意思疎通ができるようになる魔法なら、不完全だけど使えると思う。でも書、というか文字を相手には使えない」
「昔の人の……、今の無し。できるとしても言わないで」
「あー、無理だから安心して」
昔の人を、例えば記憶だけでも呼び出して、翻訳魔法で対話を試みれば、と言いたかったのだろうが、それって幽霊だと気が付いちゃったんだろう。シルヴィはお化けが怖い人だからね。
シルヴィにとっては幸いなことに、俺は人が死ぬと魂が召し上げられ、浄化されて輪廻することを知っている。
まあ、それを教えると、なんで知ってるの?って話になって、前世のことを伝えたら、俺自身が幽霊やんけ!ってオチになって怖がられそうではある。
シルヴィに全てを伝えるのは彼女が幽霊を克服してからですね。
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