第4章 種を滅ぼすものたち 9

 その後、国王から全て好きにしていいという許可をもらったため、使用人の募集と、屋敷の改装に着手する。野花の花壇という呼称も、表現がアレすぎるので改めさせてもらった。

 観測所オブセヴェトアと名付けたが、不評だったら変更するかもしれない。金属書の翻訳をする場所だが、名前ではそうだと分からず、一方でなんらかの研究を行う場であることは示したい、という考えだ。


 その間にシルヴィがコルネイユ領から王都に戻ってきたので、内装についてはネージュと一緒に考えてもらっている。こちらとしては収容人数と作業に使う部屋さえちゃんと確保されていればそれでいい。

 俺が決めると簡素に過ぎる感じになりそうなんだよね。


 ベルナさんが言うように、最終的に国王がこの屋敷を俺にくれるとしても、もう一度内装は総取っ替えになるだろうから、一回2人の趣味がどんな感じか見ておくのも悪くない。

 ただ今回は自分たちが住むのではなくて、あくまで従業員に住み込みで翻訳してもらうための施設だということを念押しするのは忘れない。


「要は軟禁だけど、そういう印象を与えたくないってことよね」


「人聞きの悪い。休暇を取って帰宅するのは許可するし、なにか急用ができた場合にも外には出られるようにするつもりだよ。ただ外に出ようとすると王宮の敷地だから気軽に出て行けないだけ」


「つまり軟禁じゃないの」


「庭には出られるようにするし……」


 なお食料などは王宮の敷地と繋がる門扉の外側で御用商人からの受け取りを予定している。今は中まで運び込んでもらっているので、使用人の負担が増すことになるが、給金も増やしているので許して欲しい。

 観測所の敷地内には契約を結んでいる人以外出入りできないように結界を張る予定だ。なお魔道具を使用することは秘密である。魔道具というものの存在を知っている人自体限られているので、極力明かさない方針だ。


 まあ、今のところまだ契約を結んでいないし、出入りは誰にでもできる。

 そうでないと内装工事に人を入れられないしね。


 使用人の募集に対する反応は鈍い。

 今いるメイドたちは残ってくれることになったが、王宮の使用人から3名、王都の元貴族夫人からは4名の応募があっただけで、まだ人手が足りていない。


 ベルナさんは使用人が20人では足りていないと考えているようだが、実際のところはどうであろうか。

 貴族の屋敷を前提に考えると、貴族1人に対し複数の使用人が雇われている計算になるから、50人の従業員の世話をするのに20人では足りないと感じているのだろうとは思う。


 うーん、料理担当は一日中職務が続くわけで、そこだけで例えば5人ではとても回らなさそうだ。2交代制にするにしても、50人プラス使用人分、70人分の食事を作り続けなければならないし、休日が無いというわけにもいかないので、そこだけで最低でも10人は欲しい。


 10人で70人分のベッドを整え、シーツや衣服を洗濯し、掃除する?


 あ、無理だわ。


 俺みたいな門外漢より、やはり従事者の感覚のほうが正確なんだなあ。


「使用人部屋を増やすとしたらどの部屋だろ?」


「そりゃ応接間でしょ。あそこだけで10人は詰め込めるわよ」


「ええっ。流石に窮屈じゃない?」


「アンタ、今の使用人部屋を見てないでしょ」


「なんか見られたくないみたいで……」


 滅茶苦茶拒絶されました。


「まあ、ここは女性だけの屋敷で、その使用人部屋だったもんね。あのね。アンリ。使用人の部屋ってこれくらいなの」


 そう言ってシルヴィは動き回りながら手で広さを示す。可愛い。じゃなかった。狭い。前世の記憶を引っ張ってくれば2畳くらいのスペースだろうか。いや、独房でももうちょっとマシじゃない?


「ちなみにこれ2人部屋だから」


「待遇改善! 使用人の待遇改善を要求する!!」


「雇い主はアンタだからね。でもそうなると既存の部屋も改装ってことになるわ。研究室が減ることになるけどいいの?」


「今は書庫の予定になってる部屋は正直要らないかな。どうせ全部出す空間は無いんだから、適当に収納魔法から何冊か出してそれを研究してもらう他ないと思う。まあ、辞書的なものが無いか、一回全部見てもらわないといけないけど」


 滅茶苦茶面倒そうなんだよなあ。

 多分、何千冊かある。

 何千冊で済めばいいな。

 金属書ということもあって1冊が物凄く分厚いがそれでも本棚に横20冊は入ってて、縦5段くらいあったから、本棚1面で100冊。10面20面では利かない数の本棚があったから、まあ、数千冊の見立てで正しいかなって感じだ。


 これ1冊ずつ辞書じゃないかチェックしてもらうん? 地獄か?


 まあ、100冊くらいどんと出すスペースは研究室でも取れるだろ。


「なので書庫は必要なし!」


「使用人の部屋割りを考えるとそれでも足りないけどね。従業員のように2段ベッド4人部屋にするしかないか。共用空間狭めでもいいでしょ」


「現状、寝たら他に空間無い感じだからなあ。せめて家族に手紙が書けるように机と椅子は配置できませんかね?」


 2畳に2人とか発狂もんでしょ。


「それくらいならなんとかなるかな。それでも全体的に見直しが必要ね」


「苦労をかけるねえ」


「ま、領地に引っ込んでのんびりしてた分は働くわよ」


 家具の類いは発注前なので、まだ部屋割りの変更は簡単にできる。だが部屋の形状自体を変更するとなると結構大がかりな内装工事が必要だろう。

 前向きに考えると使用人募集の期間が延びたとも言える。


「というわけでベルナさんたち既存の使用人の方々にはしばらく個室を使ってもらおうと思います」


「そんな畏れ多い」


「住環境の改善のためです。少なくとも今の部屋では元貴族夫人たちはすぐ出て行っちゃいますよ」


「使用人とはそういうものなので、ここで贅沢を覚えると他の環境に戻りにくくなります」


「あー、そういう問題もあるか。……だけど知ったことじゃない! 俺の目の届く範囲ではこれが下限。これは雇い主としての命令です」


 ストラーニ領主の屋敷では使用人の部屋はもうちょっとマシだった。

 いま考えて見れば、田舎で土地に余裕があるからかもしれない。だけど俺はあれが下限だと思っていた。王宮……ではないが、国王の愛妾を囲う屋敷で使用人の扱いがこれなのでは、他の屋敷では一体どんな扱いなのか。

 いや、まあ、別に俺は博愛主義者ではないから、知らないところでどうなっていようが関係ないのだが、少なくとも関わりを持った人たちには、俺の思う下限以上の生活はしていてもらいたい。


「んじゃ今の使用人部屋は全部取っ払って再区分けね。そう言ったところで今の5割マシの部屋の広さに4人詰め込むことになるから、人口密度は上がるわ。構わないわね。ベルナ」


「承知しました。シルヴィ様」


 ものは言いようだなあ。しかも悪い方に言ったほうが通りやすいんかい。

 しかし3畳4人かあ。2段ベッドだから共用スペースが1畳。大航海時代の船乗りよりマシだと納得しよう。


「学者はやっぱり個室を与えるしかないわね。何人くるかは分からないのよね?」


「一応5人のつもりでいたけど、それぞれ従者を1名連れてくると仮定して、翻訳専門が40人かな、と」


「学者は面倒な人が多いものね。個室は5つとして従業員用の部屋はちょっと余裕を持って作っておきましょうか」


 現在の間取りの写しにシルヴィはガリガリと書き加えていく。


「調理場は今のままではとても足りないから広くして、食料庫もそうね。風呂はいらないでしょ。なんで5つもあるのよ」


 それを削るなんてとんでもない! と思ったが、別に自分が入るわけじゃないし、別にいいか。聞けば調理場で湯を沸かして運んでいく方式だったそうで、使用人が大変そうだし。


「思ってた以上の大改築になりそうね」


 一応、改装案は図面になった。なったが、これを建築士に見せて強度計算などをしてもらわなければならない。結構壁とかぶち抜いてるしな。

 んで大工を入れて大改築を行いながら、使用人部屋から家具を入れていくことになる。


「それから一応、親交のある貴族には使用人を借りられないか手紙を送ったわ」


「元貴族夫人は?」


「そういう人を抱えているところには、それについても打診してある。山のように応募が来るから覚悟しておきなさい」


「なんでそう言い切れるのさ?」


 むしろ今は応募が少なくて困ってるのに。

 するとシルヴィは頭を抱えた。


「本当にアンタは。まあ貴族じゃないから仕方ないんでしょうけど。いい?」


 シルヴィは俺の鼻先に指を突きつける。

 人を指差してはいけませんって習わなかったのかな? こっちでは習った記憶無いな。


「アンタと繋がりを持ちたいと考えている貴族は山のようにいるの。それから観測所を作っていることで、それについて知りたいと考えている貴族もね。領地貴族、宮廷貴族の派閥に関係なく、人を送り込みたいと思ってるはず」


「だけど中のことは口外できないって明記してるはずだけど」


「魔法による強制力なんて理解してるわけがないでしょ。なんとかなると思ってるに決まってる。こっちとしてはちゃんと事前にお伝えしましたよね? って言っておけばいいわ。悔しがらせておきましょ」


「その割には元貴族夫人からの応募が少なかったけどなあ」


「アンタが成人してて、婚約者もいなかったら、そこも沢山来たと思うわよ」


「あー、そういう売り込みになっちゃうのか。そう考えるといま応募してきてる人やべえな」


「どんな形でもアンタに取り入って関係者になりたいってことだと思うわ。なんせリディアーヌ殿下の婚約者候補なわけだし」


「貴族怖い」


「慣れなさい。アンタも貴族になってもらわなきゃ私が困るのよ」


 そして図面を建築士に修正してもらい、大工が使用人部屋の改築を始めた頃に、シルヴィに呼び出されて学院の女子寮前に行くと、大きな箱を両手で抱えて持ってきた。

 受け取ると、シルヴィの体躯からは想像できないような重さで思わず取り落としそうになる。

 忘れがちだけど、もうこの子の筋力、人間のそれとは別物なのよね。


「はい、それ全部応募の手紙だから。面接する人と断わる人に仕分けしてね」


「シルヴィ様」


「なに?」


「手伝ってください。お願いします。俺では無理です」


 貴族間の力関係とか、取るべきバランスとか全然わかんねーもん!

 俺のせいで知らんところで貴族間の緊張とか高まっても困るし。


「ホントにアンタは。しょうがないわね」


 そう言いながら手伝ってくれるシルヴィさんマジ優しい。

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