第4章 種を滅ぼすものたち 8

 ネージュは続ける。


「位置関係から外部から中を覗き見るのはかなり難しい。それこそ王城の高所からでないと。壁や扉なんかも防音がしっかりしてる」


「そうなんだ」


「あの人は軽々開けてたけど、分厚さからすると扉はかなり重い。隙間も無い設計だから、どの部屋でも扉さえ閉じたら防音になる」


 そう言えば扉を開け閉めするのに随分時間を掛けていると思ったが、防音の扉なのか。


「そういう屋敷だからかな。いや、それ以外の漏らしたくない会合なんかでも使われてたのかも」


 そうでなければ応接室は必要ないだろう。人を招くことがあったという証拠だ。


「窓のガラスも透明度が低いと思ったけど、あれ分厚いのか。しかも嵌め殺しだな」


 まあ、流石に嵌め殺しなのは1階だからかもしれない。2階だと梯子でも使わないと外側掃除できないし。


「ということは契約魔法で縛りさえすれば、情報流出の恐れは低いってことか。普通の屋敷がここまで対策されていることはないしな。流石のガルデニアも使用人に混じってない限り……、混じってないわけがないか」


 国王が秘密の会談をしていたのなら、なおのことガルデニアが混じっていたほうが都合が良いはずだ。

 なんならベルナさんがそうかも知れない。

 だが謁見の間に現れたガルデニアの女性は屋敷の中にも1人配置したいというようなことを言っていた。新人の中にもガルデニアが紛れ込んでくると思った方が良さそうだ。


 ガルデニアは契約魔法をすり抜けようとするだろうか?


 金属書の内容にもよるだろうが、それが王家の存在意義に関わるような内容であった場合、ガルデニアは命を懸けてでも伝達を試みるように思う。

 契約の文言に抜けはないはずだし、命を落とすような内容でもない。

 おそらく大丈夫だが、国王には念押ししておいたほうがいいかもしれない。


 ゴンゴンと鈍い音のノックがあって、返事をする前に扉が開いた。ベルナさんが扉を開いていて、別の使用人の女性がワゴンを運び込んでくる。そしてワゴンを運んできた女性は一礼して部屋を退出する。


「失礼しました。部屋が防音であることをお伝えし忘れておりました。お返事をいただいていたかも知れませんが、こちらに滞在中は鍵がかかった部屋でない限り、ノックの後に許可不許可関係なく扉は開くものだと思ってください」


「分かりました」


 ベルナさんはテキパキとお茶を用意する。


「3人分ということは私もいただいてよろしいのでしょうか?」


「もちろんです」


「それとこちら、紙とペンです」


「ありがとうございます」


 俺は礼を言って紙とペンを受け取る。


「計画書を策定しようと思います」


 してなかったんかい!というツッコミは敢えて自分のライフでガードだ。


「順番としては、

 1.人員を受け入れ可能なように屋敷内を改装。

 2.使用人の募集、採用、教育。

 3.学者や従者、翻訳者、警備などの人員の募集、採用、受け入れ。

 4.実務開始。

 と、言ったところでしょうか」


 俺は紙に余裕を持たせながら書き込んでいく。


「かと言ってそれぞれが完了するまで次の段階に進めないのでは、あまりにも効率が悪い。そこで作業を細分化しつつ、先に済ませたほうがいいことを済ませていきましょう」


 いわゆる作業進行表とでも言うようなものを書いていく。

 それぞれの作業に対して横棒で期間を示すようなものだ。

 これなら視覚的にどの作業を、どのタイミングまでに終わらなければならないかが分かりやすい。


 第一フェイズとして、使用人たちの居住区画の増設と、使用人たちの募集開始。

 第二フェイズが、他の部屋の改装、そして使用人たちの採用と教育。学者や翻訳者たち従業員の募集開始。

 第三フェイズが、従業員の採用と受け入れ。

 第四フェイズが実務開始となる。


「まあ、実際に行動を始める前に国王陛下に確認を取る必要があるでしょうね」


 地下道の封鎖や、現在設置されている家具を収納魔法で一時的に回収してしまうことなどを伝えておかなければならない。


「ああ、それと、後で良いのでこの文章に目を通しておいてくれませんか」


 俺はミュゲ子爵と考えた使用人向け契約書の写しをベルナさんに渡す。


「それらの内容は私に雇われた際に絶対に守らなければならなくなる事項です。もし、どうしても承服しかねるという人は雇えませんので、今いらっしゃる使用人の方でも一時的にお暇をお願いすることになるでしょう。その場合は1年分の報酬を即金でお渡しします。私の所用が終わった後の再雇用については関知できません」


「一読させていただきます」


 ベルナさんは文章に目を落とす。

 いや、俺が言うのもなんだけど、めちゃくちゃややこしいんよ。その文章。

 なんせ解釈の余地を徹底的に潰すために言い回しにも気が遣われている。読んだ側の理解など、まったく考慮されていない。正直、読み解くのはかなり難しいだろう。


 ベルナさんは一読と言ったが、何度も文章を読み返し、質問を重ねてきた。

 一応、俺も策定に関わっているので、答えられる範囲で答えたが、正しい答えだったかは、……どうだろう。


「つまり要点は、ここで行われることについての一切を、アンリ様自身と従業員と呼ばれる範囲の人々以外に伝えることを禁じる、ということですね」


 付け加えるならば従業員同士であっても、野花の花壇の屋敷内以外では話せない。敷地でもダメだ。屋敷がこうだと知っていたならば、さらに防音の施されたと加えてもよかった。


「そうです。情報の流出は絶対に許されません。例え相手が国王陛下であったとしてもです。そうなることは国王陛下よりお許しを得ています。その内容を他の使用人の方々にも承服していただきたいのですが、お任せしてもよろしいですか?」


「承知致しました」


「ちなみに承服できない場合の報酬1年分というのはどうですかね。ここでの安定した仕事を失わせるわけですから、それくらいは必要かと思ったのですが」


「2年や3年分もいただけるとなると、承服できるのに敢えて離職を選ぶということも起こりうるかと愚考します。1年分でも温情と言えるでしょう。私たち使用人のような立場の者は主が替わるとまとめて放逐ということも多いのですから」


 必要ないけど、あったら嬉しいくらいかな。

 しかし主が替わると放逐か。まあ、父親の性癖に詳しい人間に、今度は自分が性癖暴露とか、罰ゲームだもんな。しゃーない。

 ベルナさんも年配ではあるけど、先代からここにいるというわけでは無いのかも知れない。


 でも王宮からここへは左遷人事に思えるんだけど、どうなんだろうね。

 国王からすれば愛人の面倒を見る人々なのだから、厚遇はすると思うんだけど、一方で王宮に戻したいかというの絶対にNOだ。

 先代の使用人でも王宮に戻したいとは思わないだろう。


 もちろん彼女らもそれは理解しているに違いない。

 もちろん国王には異動を命じる権限があるが、その結果、自分の愛人たちにキツく当たられても面白くない。


「もしかしてここの使用人たちって王宮の使用人より良い報酬をもらってます?」


「そうですね。異動に希望者がいるくらいには」


「失礼ですが、今の月収を聞いてもよろしいですか?」


「構いません」


 ベルナさんが口にした金額は結構なものだった。

 もちろんここでのまとめ役をやっている分の追加報酬もあるのだろうが、それにしても高い。

 俺の総資産からしたら誤差みたいなものだが、一応これでも一般的な経済感覚をお勉強しているのだ。

 王都の一般市民の平均年収くらいかな。月収がな。


「契約に同意していただけるのであればそれぞれ現在の倍の報酬をお約束しましょう」


 余計な契約を持ち込むのだから、それくらいの報酬は必要だろう。

 正直、今いるという5人には是非とも残っていただきたいのだ。


「辞める場合の1年分というのは、現在の年収相当ということでよろしいですか?」


「そうなります」


「新しく入ってくる使用人も同様の報酬なのでしょうか?」


「それでは今いる使用人の方たちから不満が出ますよね? 新人は最初の半年間は半分としましょう。それはつまり現在の報酬と変わらないだけの報酬を新人が受け取ることになりますが、大丈夫ですかね?」


「妥当なところだと思います」


「ちなみにベルナさんは他の方の月収も把握されていますか?」


「ええ」


「では教えてください。参考にします」


 そうしてベルナさんから他の4人の報酬額も教えてもらったが、ベルナさんほどではないが、かなり貰ってんなあ、という印象だった。


「それからここに出入りしている家具を扱う商人は分かりますか?」


「いえ、実はここの内装は先代のままなので……」


 現国王による愛妾は囲わないという意思表示なのだろう。

 そうなるとベルナさんたちは国王が引退するまで、無人の屋敷を維持管理するために働いていることになる。まあ、愛妾を囲わなかったのであれば、次の国王はそのまま使用人を雇うかもしれないが、そこは分からない。


 この屋敷に家具を運び込むには王宮の敷地を通らなければならないため、御用商人に渡りを付けなければならないだろう。

 これも国王に確認することとしてメモだな。


「ところで使用人たちの募集は離縁された元貴族夫人からということでしたが」


「はい」


「この報酬であれば王宮の使用人を引き抜くこともできるかと思います。正直、その方が教育期間が短く済みます」


「そうですね。それも陛下の許可が取れたらということで。ただ私による雇用期間は不定期になると思うのですが、それでも、ですか?」


「数年はかかるとお考えですよね?」


「ええ、まあ」


 金属書の分量からすると数年でも済むかなあ?という感じではある。


「加えてアンリ様はリディアーヌ殿下の婚約者候補です」


「ええ、それが?」


「つまり陛下はそのままこの屋敷をアンリ様に下げ渡すつもりなのでは?」


 あ、この人ガルデニアだな。俺が婚約者候補ではなく、ほぼ確定だと思っていないと出てこない発想だ。そうだとするとむしろそうなるよって教えてくれているのかも知れない。

 それすら国王の指示という可能性もあるが。


「内装を総取っ替えしてもいいか陛下に聞いてみます……」


 それが通れば、つまりはそういうことだろう。

 体よく金だけかかってる施設の費用を俺に払わせようって腹だな、ちくしょう。

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