第4章 種を滅ぼすものたち 7

 国王から貸し与えられた屋敷は王宮の敷地を経由しなければ入ることができない場所にあった。

 なるほど、秘密の流出を避けるためには便利な立地だ。

 ネージュによる事前調査によると代々の国王が側室にもなれない身分の愛妾をまとめて管理するための屋敷であるようだ。


 そんな屋敷が存在することに呆れたらいいのか、今の国王がそこを利用するような愛妾を持たずに屋敷を持て余していることに感心すればいいのか分からない。


 あとネージュからそういう報告を受ける俺の気まずさよ。


 とにかく部屋数が多く、一方で広い娯楽室のような部屋もあり、かなり理想に近い。


 とにかく一度見てみようということになり、俺はネージュを伴って屋敷を訪れた。

 王宮を経由するのが面倒なので空からの進入だ。

 先触れを送っておいたためか、入り口前に1人の女性が立っていた。


「すみません。お待たせしました。ずっとここで待っていらっしゃったのですか?」


「ようこそいらっしゃいました。アンリ様。わたくしはベルナとお呼びください。野花の花壇でのまとめ役をさせていただいております。とは言え一輪も花の無い花壇ですので、暇を持て余しているのです」


 ベルナと名乗った女性は老齢と言っても差し支えないような外見の女性だった。メイド服を着ているので、ここでのメイド長的な役割の方なのだろう。物腰からして、そこそこ以上の家柄の出だと分かる。


「余所者である私たちが一時とは言え花壇を荒らすことをどうかお許しください。立ち去る時には必ず元の状態に戻すことをお約束いたします」


「陛下よりお許しのあることですので、わたくしどもにはどうぞお気遣いなくやりたいようにされてください。今日は屋敷内の案内をご希望とのことでしたが、わたくしのようなおばあちゃんが案内役でもお許しいただけますか?」


 砕けた言い方のように聞こえるけど、探られてる感じがする。

 何を探られているのか、可能性だけをあげるならいくつも思いつくが、どれもそれっぽくて反応に困った。


「深い経験のある方に案内していただけるようで安心します」


「そう言っていただけると幸いです。ではわたくしが責任を持って案内させていただきます」


 この貴族的なやりとりって正解したのかがわかんねーんだよなあ。正解して当然で、間違えたら裏でこっそり評価が下がるシステム止めて欲しい。


「どうぞお入りください。どこからご覧になりたいですか?」


「隠し通路からお願いしたいですね」


「……よくご存じで」


「どうせ王城に繋がっているのでしょう?」


 愛妾を集めた屋敷に表から入るのは、いくら国王と言えど外聞が悪いと思ったんだよな。正直、鎌を掛けただけだが、引っかかってくれたようで嬉しい。


 屋敷のエントランスはよく見る洋風のお屋敷のエントランスって感じの広い空間だった。二階に続く曲がった階段が左右にあるようなやつ。


 あんまり派手では無く、品のある感じだ。

 今の国王の趣味なのか、先代の趣味なのかは分からないが、悪くない。


「こちらです」


 入って右手側に案内される。扉をいくつか開けて、倉庫というよりは食糧貯蔵室のような部屋の奥に地下室への階段があった。

 降りていくと、地下はワインセラーになっており、その棚の一つが隠し扉になっていた。


 こういうの男の子のロマンだよね。分かる。


 などとついテンションが上がってしまう。

 将来自分で家の間取り決められたら、絶対隠し扉からの秘密部屋作るもん。


 とは言え、裏口が開きっぱなしというのも秘密保持の目で見ると困る。


「棚の前に重い木箱でも積んでおけば出入りできませんよね」


「そうですね。ただ国王陛下の許可を取る必要があるかと思います」


「それはそうですね。陛下の許可が取れたらということで。他の部屋の案内もお願いします」


 10を越える個室、複数の遊戯室、国王のための部屋もあれば、調理所、食堂、応接室に、図書室まであった。それに加え、使用人用のエリアも存在する。

 まあ、愛妾たちは事実上この屋敷に軟禁されるような状態で過ごしていたのだろうから、十分な娯楽が必要だったに違いない。


「いま使用人は何人ほどいますか?」


「私を含め5名ですね」


「通いの方は?」


「いません。なにせ王宮外という扱いにはなっているものの王宮の敷地を通らなければ出入りできませんので」


「私がこの屋敷を使用する用途はお聞きですか?」


「なにか外に出せないような研究をされると聞いています」


「外に出せるかどうか内容すら分からないというのが正しいですね。研究のために人を集める予定ですが、この屋敷、何人までなら収容できますかね?」


「そうですね。今の造りですと、15名の花と、20名の使用人が収容できます」


「家具類は全部入れ替えます。個室は4人部屋に。いくつかは個室のまま運用しますが、遊戯室なども大半は居住のために改装することになるでしょう。使用人を別として50人を詰め込むことはできますか?」


「当然ですが、使用人の増員が必要です。50名をお世話するとなると、使用人部屋も増やしていただかないと足りません」


「花を世話するほど手はかけなくて結構です。掃除と食事の世話が中心となります」


「ですが50名がお食事をする部屋がありません」


「食事については一斉にするということは考えていません。立食形式のパーティのように、食事の用意されたテーブルから、各々好きな物を取って別のテーブルで食事をする、あるいは自室に持ち帰る、という運用を考えています」


「廃棄が出て無駄な費用がかかると思いますが……」


「費用については惜しみません。これでもお金には困っていないもので」


「使用人たちは廃棄前のものをいただいてよろしいのでしょうか?」


 ああ、使用人の待遇ってそんなものだよな。


「廃棄前とか考えずに使用人の方たちも食堂に並んだものを持って行って構いません。食堂で席に着いても結構です。期間中、私は雇い主ですが、主人ではありません。私たちは雇用主と従業員の関係です。上下はありません」


「雇用主と従業員では明確に上下があるのでは?」


 その辺はまあ難しい関係よな。

 従業員がいなければある程度を越える規模の事業は成り立たないが、この国のように従業員の権利が法整備されていなくて、従業員たちの連携が取れていない場合、雇用主が圧倒的に優勢だ。

 それでも一斉にストライキとか起こされたらすごく面倒なので、俺は従業員を厚遇したいと思っている。もちろん甘やかしすぎるつもりもないが。


「そうですね。前言を撤回します。ただ仕事をしやすい環境を提供するのは雇用主の仕事だと思っています。また食堂で供される食事は今後この屋敷でお世話になる従業員向けです。使用人の方々も従業員です。従業員間に上下は無い。これは問題ないですよね」


「従業員の中には貴族の方はいらっしゃらないのでしょうか?」


「可能性は多々ありますが、雇う時に食事について使用人が同席することがありうることを条件に入れます。正直、私が平民なので貴族然とした貴族の方は雇われてくれるとは思えませんね」


「使用人たちに、それが普通ではないことを言い聞かせなければなりませんね」


 つまり同意を得たということでいいんだろう。


「他に必要なことはありますか?」


「新たに雇う使用人の教育期間が必要です。新人の方が多くなってしまいますから」


「では使用人は先に雇い、部屋の改装期間に教育をお願いします。今は陛下がいらっしゃることを前提とした教育を受けた方ばかりでしょうが、新人にそこまでの教育は必要ありません。期間限定の使用人として雇いますので」


「使用人の身元については……」


「身元のはっきりしている者以外を雇う気はありません。下位の貴族令嬢辺りで探そうとは思っていますが、ここでの仕事は箔付けにはならなさそうですし」


 通常、王宮でメイドをしていたというような実績は下位の貴族令嬢にとってプラスだ。従うことに慣れていて、問題を起こしていないということが分かるので、結婚市場での価値が上がる。下位貴族間では、という注釈はつくが。

 結婚できなかったとしても、王宮でメイドをしていたという経験があれば、メイドとして雇ってくれるところは多いだろう。


 だがここは違う。

 王宮扱いではないし、国王の愛妾を世話する部署だ。

 いま人手が少ないのは単純に、愛妾がひとりもいないためではあるが、希望者もそんなに多くはあるまい。それこそ見初められ国王のお手つきになることを狙う者なら積極的に狙ってくるかもしれないが、今回はその可能性も無いからな。


「離縁された貴族令嬢を探すのが良いかも知れませんね」


「そういう方はこういう施設そのものに抵抗感がありませんか?」


「そうかも知れませんが、不幸にも出戻った令嬢が行き場を失っていることも多いですので」


 まあ、この国の貴族社会において離縁された女性の立場は弱い。家で飼い殺しになっていることが多いというようなことを聞いたことがある。

 それでも裕福な家であれば楽しく遊んで暮らせるかもしれないが、そういう家ばかりではないというのが現実だ。

 裕福な平民と再婚できれば御の字で、いずれ籍を外され、放逐されることもあるという。


「メイドとして働いたことがあり、婚姻後離縁されて家に戻され、今は仕事をしていない女性を募集してみますか」


「教育期間を考えるとメイドとしての就労経験はありがたいですが、数が集まるかどうかですね。そう言った境遇の娘は地元に帰っていることも多いですし」


「まあ足りなければ、条件を緩めましょう。まずは王都で、ダメなら地方で」


 そうなると翻訳のための人員募集はまだしないほうがいいか。

 それか準備に期間を定めてしまうほうがいいだろうか?

 ロードマップを先に制定しておくべきだったかな。


「応接間を使って一休みしてもいいですか?」


「もちろんです」


「三人分のお茶と、紙とペンをお願いしたいのですが」


「承知致しました」


 ベルナさんの案内で応接室に。俺とネージュは並んで椅子に座った。


「絶対にこの屋敷で無いといけないわけではないけど、条件はいいと思う。ネージュはどう思った?」


「ここでいい。というより、これ以上の屋敷は無いと思う」


 おう。絶賛やんけ。

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