第4章 種を滅ぼすものたち 5

ミュゲ子爵をミュゼ子爵と間違えていたので修正しました!

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 その後、自分なりにミュゲ子爵について調べて見たが、悪い噂が多くて安心する。

 どうやら彼は誰におもねることもなく、公平な法の制定とその実行にしか興味の無い人物のようだった。コネも賄賂も通じない。王家へすらも法の遵守を求めている。

 悪人にとってはひたすらに都合が悪く、善人にとっても窮屈な、そんな人物のようだ。


 それはもちろん俺の都合の良いようにもならない、ということでもあるが、正直なところ古文書の内容が分からない以上、王家との関係性を悪化させないためにもミュゲ子爵に相談するというのは正しく思えた。

 少なくとも彼の評判からは私欲で動く人間だと思えない。


「ではアンリ様は2年留年という扱いになりますのね」


「そうなります。殿下と一緒に卒業したかったのですが残念です」


 まあ、言うて俺の交友範囲は狭いので情報源は学園の教師陣とストラーニ卿、コルネイユ卿、そしてリディアーヌ王女くらいのものだ。


 久々の茶会ではあるが、幸いながらストラーニ家で叩き込まれた礼儀作法は忘れていなかった。自然と体が動いて自分でびっくりしたくらいだ。


「私は気にしておりませんわ。此度の実績があれば婚約者候補競争からアンリ様が一歩抜きん出るのは間違いありませんし」


「そうですね」


 実際にはもはや競争ですらなく、内定の出ている状態なのだが、どうやらリディアーヌはまだ知らされていないらしい。まあ、金属書の中身に無難なものが何一つ無いという可能性もあるしなあ。


「それでシルヴィやネージュ様とはどこまで行きましたの?」


「……ッ」


 とか思ってたらぶっ込んで来やがったなあ。


「なにもありませんよ」


 実際、何も無いし。びっくりしてお茶を零しかけたけど。


「うら若い男女が迷宮の奥深くに一年半も居て何も無かったんですか?」


「お話しさせていただいたように、ほとんどの期間はバルサン閣下や、レオン殿下と共に過ごしていたのです。なにか不埒なことができるような環境ではありませんでしたよ」


「あらあら、それでは環境さえ整っていればアンリ様は据え膳をいただいてしまうように聞こえますわね」


「揚げ足を取らないでいただけますか。殿下。正式に婚姻を結んでもいないのに、そういうことができるはずもないでしょう」


 ネージュを連れてきていれば、ここまでぶっ込んだ質問もなかったんだろうけど、ネージュは目下ガルデニアの技術に夢中だ。

 連絡員としてやってきたクレールという名の女性に付きっきりで密偵の手腕を学んでいる。

 そういう意味ではなんなら練習としてこの場をこっそり監視してるかもしれない。いや、まさか。でもガルデニアは王族直属だしありえる。


「行為そのものができないわけではありませんよね?」


「性的不能者ではないつもりですが、試したことはありませんからね」


 俺は肩を竦める。

 ミュゲ子爵の情報を聞き出したから、俺の用は済んでいる。だがそれだけで、はい、さようならというわけにもいかないので戯れ言に付き合っているが、こういう話題は苦手だ。


「試してみればよろしいではありませんか?」


「そういうわけにもいかないでしょう。娯楽ではないのですよ」


 性的なことに興味が無いというわけではなく、ちゃんとあるから困るのだ。リディアーヌの容姿が大変魅力的であるのも問題だ。そういう意味ではネージュや、シルヴィはまだ幼さが残っていてちょっと対象外である。

 俺の精神なかみ年齢が高いのもよくないのかもしれないね。

 だったらリディアーヌが対象に入ってくるのはどうなんだって話ではあるが、発育が良いリディアーヌが悪い。うん。


「女にとってはそうでしょう。しかし男性はそうでもないのでは?」


「そうでもありませんよ。なにかと危険は付きものです」


 商売女には病気の、そうでない女であれば子どもができたときに問題が発生する。魔法による避妊はできると感じるが、まあ、言わないほうが良いだろう。


 この国で強い勢力を持つ聖光教会において姦淫は罪である。

 アドニス村で生まれ育った俺は精霊信仰に慣れ親しんでいるので、性行為への忌避感は少ないが、都会では性に奔放な者はあまり良い目では見られないということも知っている。

 聖光教会は特に女性に対して貞淑であることを求めるのだが、そういう意味ではリディアーヌの言動はあまり敬虔とは言えないな。

 学園での授業内容を見るに、聖光教会は貴族教育にも食い込んでいると思うのだが。


「そう言えばアンリ様は聖光教会の活動に随分興味がおありでしたね。女がこういう言動をするのはあまり好まれませんか?」


 おっと、リディアーヌ王女と同じような思考の流れがあったようだ。


「地元では精霊信仰が盛んでしたから、別に悪いとは思いませんが、王都においてはあまり良い印象を持たれないのではないかとも思ってしまいますね」


「学園にいる間はそうかもしれません。貴族の子どもらが集まっているところで間違いが横行するのは困りますので、授業にも聖光教会の戒律が混じっています。ですが、それも学園にいる間だけです」


「と、言いますと?」


「アンリ様は貴族階級の生まれではないので、理解しにくいのかもしれませんが、貴族にとって最も重要なのは家です。家とはつまり血の繋がりで、その歴史です。それを途絶えさせることだけは許されません。男性貴族が第2第3夫人、あるいは妾にまで子どもを産ませるのは、血を次代に引き継がせるためです」


「つまり男性貴族は性に奔放である方が良い、と?」


「子を成せないよりはよほど」


「家督争いになったりはしないのですか?」


「しますよ。でも誰かかが残れば良いではありませんか。まあ、アンリ様の場合は事情が少し異なりますけれど」


「私は貴族の血筋ではありませんしね」


「ですが、魔法使いです。率直に申し上げると、下級貴族出のメイドあたりで庶子でも作っていただいて魔法の能力が受け継がれるかを確認したいという思いがあります」


「あー」


 本当にぶっちゃけたな、コレ。

 俺が貴族言葉遠回しな言い方を理解しないから、言ってしまったんだろう。


 確かに国王が俺をリディアーヌ王女の婿に、というのは、魔法使いとしての能力が子に受け継がれる可能性があるからだ。

 国王が俺とリディアーヌの子に順位はともかく王位継承権を与えると言っているのは、そのための保険である。というか王家としては絶対に必要な措置だ。俺が王族以外の貴族との間だけに魔法使いの子を成せば、王家とその貴族との力関係が逆転しかねない。

 だがもしも受け継がれないのだとすれば、リディアーヌはババを引かされたことになる。

 リディアーヌは俺にさっさと子どもを作って、本当に婚約者として価値はあるのかを示してほしいと訴えているわけだ。


 いや、えぐいな。

 その相手と子どもはどういう扱いになるんですかね?


 魔法が受け継がれなかったらまだいい。

 でも受け継がれてしまったらどうなるのだ。

 魔法の力を持つ子の存在を隠すなんて到底無理だ。その子は俺の最初の子どもとなる。少なくとも俺が立てる家の相続時に問題を引き起こすようにしか思えない。


 リディアーヌからすれば、魔法が受け継がれた場合、俺との子は間違いなく王位継承に絡んでくるから、俺が立てる家などどうでもいいのかも知れないが、俺からしたら大問題だ。


 リディアーヌとの子は王家に取られるとして、シルヴィとは家を継がせられる子を成したい。侯爵家の令嬢が嫁ぐ先として俺のような新興貴族――ってもまだ貴族じゃないけれど――は格が低い。せめて家を継ぐ子を、と思うのは自然なことだ。


「つまり俺に間違いを犯して欲しい、ということですね」


 俺の子が魔法を使えなかった場合、俺の不道徳を理由に婚約を破棄するといったところだろうか。


「ですが、あまりにも私に不利益な交渉だとは思いませんか?」


 そもそも時間がかかりすぎる。


「そうですか? アンリ様にとっても利点はあると思いますが」


「ちなみにそれはどう言った? お聞かせ願えますか?」


 マジで思いつかないので率直に聞いてみる。


「相手にはアンリ様の好むような容姿と性格の者を用意します。シルヴィやネージュ様のことを考えるに、アンリ様は豊満ではない体型の方が好みのようですので、なんなら子が成せるようになったばかりの娘でも構いませんよ。そうして出来た子に魔法が受け継がれなかったら、それを理由に私の方から婚約を断わるように致します。そうすれば私のような体型の者を相手にせずともよくなりますし」


 ちげーよ!!!!

 顔とか体型はむしろドストライクなんだよ!!!


 だが言えない。ネージュが隠れて聞いているかもしれないから言えない!!!!


「リディアーヌ殿下は大変お美しいですよ。なにか誤解があるのではありませんか?」


「そのような優しい言い方をされずともよろしいですのよ」


 貴族言葉じゃねーんだよ!!!!


 分からないように探知魔法を放つが、怪しい反応は無い。ネージュはいない。……と言い切れないのがガルデニアの怖いところだ。


 結局、どういうことなの?

 リディアーヌは俺と結婚したくないわけではなくて、俺の好みの体型してないから申し訳ないとか殊勝なこと考えてたの? それで合ってるの?


 以前のリディアーヌならネージュと身内になるためになりふり構わず俺との婚約話を進めそうな感じだったが、この一年半で何か心変わりがあったのだろうか?


 おめーが成長するのはおっぱいだけでいいんだよ!!!!


 遮音魔法でリディアーヌだけに本音をぶちまけたいところだが、遮音魔法を使ったことはネージュがいるとしたら分かるだろう。何を話したかを後々追求されるのは間違いない。


 いや、まだそのほうがマシか。少なくとも嘘は吐ける。


 別にリディアーヌとどうしても結婚したいわけではないが、俺と国王はもうそういうつもりで未来図を描いている。ここでリディアーヌに反対されると計画が狂うのだ。


 俺は遮音魔法を展開する。範囲は狭く、俺とリディアーヌがギリギリ範囲に収まっている程度だ。


「殿下、本音を率直に言いますので、ネージュやシルヴィには秘密にしておいていただけますか。貴女は見てくれが私の好みではないと思い込んでいらっしゃるようですが、それは全くの誤解です。男というのは悲しい性があって、二つの好ましさを持っています。私がネージュやシルヴィに感じる親愛の好ましさと、貴女に感じる種類の好ましさです。少なくとも私は殿下を魅力的に感じています。ネージュやシルヴィと同じような関係になれるとは思っていませんが、貴女とはまた別の関係を結べるのではないでしょうか?」


「確かに、男性貴族の方にはそういう傾向がありますね。奥方を愛しているのに、メイドに手を出さずにいられないような」


「どうも男は欲求への抵抗力が弱いのではないかと思いますね。一種の弱体化デバフです。そういう状況になると男は快楽を得ることしか考えられなくなります。アホになるんです」


「私はアンリ様にとってそういう存在だと?」


「こうやって外聞をかなぐり捨てて申し上げている時点でかなりアホでしょう?」


 貴女は私にとってむしゃぶりつきたいくらいにいい体してるんです。って直接伝えているわけで、アホもここに極まれりって感じである。


「ふふ、――んふふ、あはははは」


 流石のリディアーヌ王女も堪えきれなくなったのか、声を上げて笑い出す。

 しばらく笑い続けていたリディアーヌ王女はハンカチで目元を拭った。

 泣くほど面白かったか。


「最低の口説き文句ですね。あー、可笑しい。はしたない笑い方をしてしまいました。ですがアンリ様の覚悟は伝わりました。必要なのですね。私が」


 それは性的にという意味ではないだろう。政治的にだ。


「分かっていただけたようで、安心しました」


 いや、ホントに。ただの好色だと思われなくて良かったよ。あとロリコンの疑惑も晴れたようでなによりです。

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