第4章 種を滅ぼすものたち 3
その後、ストラーニ伯爵に土産をせっつかれて、仕方なく帰らずの迷宮で作成した竜殺しの槍を渡す。実際に何匹かの竜を斃した一品だ。
見た目は粗暴で、造りが雑なため耐久性は低いだろうから、可能であればちゃんとした鍛冶師などに依頼して作り直したほうがいいとも伝えたが、実際に使うことはあるまいよとストラーニ伯爵は笑っていた。
その後、ネージュには席を外してもらって家族の住む離れに向かう。
もちろん一軒家ではない。使用人たちが住まう集合住宅があるのだ。
だが家族で住むことを想定していないため、かなり狭い部屋だ。寝るときもすし詰めになる。
通常、家庭を持った使用人は外に家を構えるのだそうだが、俺の家族がここに足止めされているのは、やはり俺に対する人質という要素があるのだろう。
俺の部屋に家族を呼んだほうが空間は遙かに確保できるのだが、なんというか後ろめたい。家族をこんな狭いところに住まわせて、俺一人でもっと広い空間を使って、いや、なんなら使ってすらいないのだ。
そんなことを思いながら戸を叩いた。
「アンリだよ。ただいま」
扉を開けたのはリーズ姉だった。成人して別の部屋に移動したと聞いていたが、他の家族と同じように俺が帰ってきたので午後休をもらったのだろう。
「おかえり、アンリ。ほら、アンリ帰ってきたよ!」
そう言うリーズ姉に引っ張られて部屋の中に入る。
アデールがパァと顔を輝かせたが、父さんと母さんは何やら神妙な顔をしている。
「お兄ちゃん!」
寄ってきたアデールを抱き上げる。
大きくなったなあ。ちょっと持ち上げるのが大変なまである。
アデールを愛でていると、父さんが重々しく口を開いた。
「アンリ、領主様からアンリを危険な目に遇わせるつもりはない。むしろ守るために養子に迎えたのだと言われていた。あんなに強いお前がこんなに長い間帰ってこられないほどのことがあったのだろう。危険じゃなかったのか?」
なるほど。父さんと母さんは怒っているらしい。俺にではなく、ストラーニ伯爵に対して。
「うーーん、危険というほどでもなかったんじゃないかな? 他の人の安全に配慮した結果、長期間に及んだだけだし。俺一人だったらもっと早く終わってたと思う」
全員収納魔法に入れて地上に向けて穴を掘るのが最速だったと思います。
国王陛下からの依頼はレオン殿下の救出だったのだから、問答無用で眠らせてそうするのが一番だったかも知れない。
とは言え、結果的に魔法文明らしきものの金属書籍が手に入っているので、間違ってはいなかったと思うけど。
「いいか。アンリ。危険だと思ったら逃げなさい。責める人もいるかもしれないが、成人もしていない子に危険を課すなんておかしいんだ。お前はまだ子どもなんだよ」
「うん。分かってる」
「すまない。小言を言うつもりではなかったんだ。ただお前が心配で」
「うん。それも分かってる。ありがとう。父さん、母さん」
父さんと母さんに抱きしめられる。
身長差はかなり縮まっていた。一年半という時間の長さを改めて実感する。
その後はアデールに求められるままに迷宮探索行の話をした。
話の途中で父さんは何度もアデールに、これはアンリだからできたことだと言い聞かせている。
そうだね。もしかしたらアデールは俺から華々しい活躍の話を聞いてばかりで、冒険者に憧れているのかも知れない。
「普通の冒険者は何ヶ月も迷宮に入ったままではいられないんだ」
「どうして?」
「最大の問題は水だよ。人が持ち運べる水なんて大した量じゃない。しかも持ったまま戦闘は難しい。だから長期間に渡る迷宮探索には荷運び人が同行するんだ。でもこの荷運び人たちも水を消費するし、彼らへの報酬などを考えるとあんまり沢山連れてはいけない。実際的には1週間進んだら、引き返すのが精一杯だよ」
ちゃんと冒険者から話を聞いたわけではないが、その辺が妥当な線だと思う。
レオン王子やバルサン伯爵は多くの兵を連れていたが、その大半は戦闘要員というよりは輜重隊だったのではないかと思う。
「もちろん迷宮にいる間は体を洗うどころか拭くこともままならない」
他にもいくつか迷宮探索の不潔な事情を説明すると、アデールはもう嫌になったようだった。
「なんでそこまでして迷宮に行くの?」
「まあ、お金にはなるからなあ」
魔物の毛皮や牙、肉と言った素材は、動物のそれよりかなり高品質である。
加えて迷宮に限らず基本的に凶暴な魔物は人間にとって脅威だ。
ゆえに領主が魔物退治に補助金を出していることが多い。
不潔さ、不便さ、羞恥心などを我慢できて金が稼ぎたい者にしてみれば、冒険者になるという選択肢は現実味を帯びてくる。
「冒険者なるのやめる!」
「それがいいと思うよ。正直、ここよりいい職場は中々無いと思う」
今でこそ手狭だが、成人すれば部屋を割り当てられるわけだし、領主邸の外に比べたら給金だって高いはずだ。
「どうしてもやりたいことがあるなら別だけど、まずここでお金を貯めてからでもいいんじゃないかな」
「うん」
意気消沈というほどでもないが、少し沈んだアデールを抱き上げる。
我が妹は今日も可愛い。
うーん、よく考えたら俺が買う屋敷に引っ越してきてもらえばいいんでないだろうか?
もちろん立場上、俺の家族として扱うわけにはいかないだろうが、融通は利かせやすい。
とは言え、俺に対する人質という側面もある以上、ストラーニ伯爵から許可が出るかは分からないな。
それに今回購入する屋敷は大きな機密を扱うことになり、出入りする者たちには契約魔法が必須となる。家族にそういう魔法を使いたくはない。
成人したらリディアーヌと結婚して王家に入ることになるから、住まうのは王宮になるんだろうか。そうしたら尚更、家族を呼ぶのは難しい気がする。
いや、やろうと思えば家族を王都で養うくらい簡単よ。
それくらいの金はあるし、今後も手に入るだろう。
でも両親がもう働けないくらいの年だっていうならともかく、まだ若く働くのに困っていないのに、俺が養うのもなんか違うんじゃない? という気がする。
労働せずに生きていると、それが当たり前になってしまう。その感覚を俺はよく知っている。
そこから再び立ち上がるのは非常に難しい。かつての俺が無理だったように。
「領主様の使用人だったと言えば、まあ職に困ることはないだろうし」
領主の使用人として実績があるということは、一定の信頼を得られるだろう。
ただ使用人は使用人としての職務しか学ばないため、専門的な道に鞍替えするのは難しい。俺の家族は読み書きや複雑な計算ができないし、それを学ぶ機会もない。
つまり職に困ることはないが、職種は限られるということだ。
それでも恵まれていると言えば恵まれている。
普通の子どもは親の仕事を継ぐものだ。そうでなければ幼い内から奉公に出るしかない。
この国には職業選択の自由があるが、それを享受できるかはまた別の話なのだ。
「アデールも、リーズ姉も、父さんも母さんも、もし別の仕事がしたいなら教えてほしい。今すぐは無理だけど、俺が成人したらできる限りは手を尽くすから」
「俺たちは今の仕事に満足しているから、アンリは自分のことを頑張りなさい」
「それは確かに」
俺たちの留年は当然ながら確定しているのだが、一年半の空白と言うこともあり、1年留年か2年留年かで揉めているそうだ。
2年留年となれば半年は既知の授業を受けることになるので楽だが、卒業は元々の予定より2年遅れる。1年留年なら補習を詰め込まれてスケジュールが大変なことになる、ということのようだ。
まあ、学園の卒業が貴族として絶対に必要というわけではないが、学園で学ぶ基礎教養は社交の場で知っていて当然のものとして扱われる。将来恥をかきたくなければ学園で学ぶか、家庭教師が必要だ。
「でもまあ、夏期休暇の間はのんびりするよ……。いや、あんまりのんびりもしてられないや」
金属書の解読にあたるための屋敷、そこに配置する人員、古代文字に詳しい研究者の確保、やることは山積みだ。
「だから今日くらいはだらだらする」
俺はアデールを抱きしめたまま、床に転がった。
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4章章題を「種を滅ぼす者たち」から「種を滅ぼすものたち」へと変更しました。
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