第4章 種を滅ぼすものたち
第4章 種を滅ぼすものたち 1
レオン王子の王都への帰還は凱旋として扱われた。
つまりただ王都の門を通ったということではなく、事前に準備を済ませてあったということである。
帰還中の俺たちとの間には王都からの馬車が何往復もした。
補給物資に加え、全員に新品の軍服が支給され、床屋が来て首から上を整えられる。
その結果、迷宮で一年半苦しんだ部隊というよりは、今から出発する精鋭部隊とでも言うような出で立ちになった。
迷宮産の防具に身を包んでいた面々は、魔物の部位加工装備を惜しんだが、それを着てるとどう見ても蛮族だから、衆目に晒される凱旋には相応しくないと判断された。
迷宮産の武器だけが戦闘組の証拠だ。
こうして事実とは、見せたい側が見せたい形に歪むんだなあと思いながら、俺もそれを受け入れないわけにはいかない。
面倒臭いと言えば面倒臭いのだが、俺たちの一年半の不在に対する証明として、凱旋への参加は必須だ。
レオン王子の要請の下、帰らずの迷宮に挑んでいたということにするしかない。
そうでなければ俺は未婚の女性を2人連れて独断で姿を消していたことになる。
外聞が悪いなんてものではない。
俺たちは整然と隊列を組んで王都入りした。
レオン王子は先頭に立ちたがっていたが、暗殺など襲撃の恐れがある。
特に今回のことで継承権1位になりながらも、それを白紙にされた第2王子あたりが危険だ。
っても戦闘にはほぼ参加していないとは言え、レオン王子の強化率もこの世界の一般人からすると結構なものだ。普通の相手による攻撃ならかすり傷すら負わないかもしれない。
王都の街路は複雑だが、兵士たちによって道ができていて通るべき道を違えるようなことは起きない。その外側には民衆たちが集まっていた。
一平民として言わせていただければ、ここに集まった民衆は詳しいことは知らないだろう。第一王子が迷宮を討伐し凱旋した、ということは伝わっているかもしれないが、その意味までは知らない。
実際、彼らはレオン王子よりも運ばれてくるドラゴンの首に注目していた。
そうであるにも関わらず、どこからかレオン王子の名を叫ぶ者が一定数現れ、それは民衆に伝播していく。
仕込みですね。分かります。
民衆の歓声に包まれながら、無事に俺たちは王城に入った。
執事服の男性が待っていて、レオン王子に恭しく腰を折る。
「レオン殿下、陛下がお待ちです」
「分かった。諸君はここで積み荷を守っているように」
レオン王子が言う。
近衛兵たちが、近衛のままであるかは不明瞭な状況で、今の彼らはレオン王子に雇われた私兵である可能性もある。
「アンリ様、シルヴィ嬢、ネージュ嬢におかれましても陛下がお呼びです」
まあ、行くしかあるまい。
レオン王子と一緒に王城の中に進む。
謁見の間には国王だけではなく、王族、貴族がずらりと待ち受けていた。
感動の親子の再会は後回しということだ。
まあ、王族なのだから仕方ないかもしれない。
人の上に立つということは、人並みではいられないということなのだから。
レオン王子以下俺たちは謁見の間に進み、膝を突いて臣下の礼を取った。
「此度の遠征、よくぞ無事に戻ってきた。面を上げ、報告を聞かせてくれ」
国王が威厳に満ちた声で言った。
「帰還が遅れたことお詫び申し上げます。15層が最下層と思われていた帰らずの迷宮にて更なる深層を確認し、116層にて迷宮を討伐し、帰って参りました」
レオン王子が答え、謁見の間にどよめきが上がる。
賞賛の声ではなく、ただただ驚きの声だ。
一部に否定的な声もある。
「帰らずの迷宮には以前にも討伐したという報告があった。今回は確実だと言えるのだな?」
「アンリ殿によれば、迷宮主と思われる骨の竜を倒した後に、迷宮を覆っていた力は霧散したとのこと。近々我々にも分かる形で現れるでしょう。その先も探索しましたが、行き止まりを確認しております」
「では調査員を派遣し、迷宮の動向を観察させるとする。なにか持ち帰ったものはあるか?」
これは助け船であり、また俺と国王の取引によるものだ。
最奥にあった書物について言葉にすることを避けつつ、迷宮の奥深く入った証拠を、と言っているのだ。
「竜の首を持ち帰っております。この部屋に運び込める大きさではなく、正門の中に置いてあります」
「では、どれほどのものか見せてもらうとするか。諸兄らも自由に見物を許す」
そう言って立ち上がった国王が先に部屋を退出する。それを待って貴族たちがわらわらと動き出す。半分は部屋の外に向かったが、半分はレオン王子に近付いてくる。
「殿下、馬車を見やすい位置に移動させようと思うのですが」
「ああ、頼む。バルコニーから見えやすい位置にお願いする」
「承知しました」
貴族たちが到達する前に短く言葉を交わし、俺はネージュとシルヴィを連れて馬車のところに急いだ。
「みんな、国王陛下が竜の首を観覧なさるそうだ。バルコニーから見やすい位置に移動させたい。いい場所は近衛のみんなのほうが分かるだろうから、お願いするよ」
威勢の良い返事がある一方で、立ち合いを求められる。
つまり近衛であるか微妙な状況なのに城内で勝手な行動はできない、ということだ。
いや、分かるけど、立会人は俺でいいんですかね?
彼らが馬車を動かしている間に貴族たちの一部が到着しだし、場は騒然とし出したが、幸い近寄ってくる人はいない。
首だけになっているとは言え、竜は竜。
魔法で防腐処理したためか、今にも動き出しそうに見えるその威圧感が人を近寄らせないのだ。
あ、悲鳴を上げて気絶したご婦人もいますね。
馬車を移動させて、近衛兵たちを整列させたら俺はお役御免だろう。
竜の首を取り囲む貴族たちの中に紛れようとしたとき、貴族の一人と目が合った。
「うえっ!」
手招きされ、観念して彼のところに歩み寄って、両膝を突いた。
「ご無沙汰しております。コルネイユ閣下、この度は大変申し訳ありませんでした!」
有無を言わせず、初手土下座を決める。
ちなみにこの世界に土下座の文化はないので、効果的かどうかは分からない。
だが大事な娘さんを一年半も生死不明な状態にしてしまったのだ。どんな処罰でも甘んじて受けなくてはいけないだろう。
「お父様、私が望んで同行したことです!」
地面に頭を付ける俺の肩が叩かれる。
「アンリくん、私は怒っていないよ。心配はしたけれどね。ただシルヴィは君の手元で一年半を過ごした。その責任は取ってくれるよね?」
「もちろんです!」
「ならいいんだ。立ちなさい。これも君が倒したのかい?」
手を貸してもらって立ち上がる。
「そうですね。頭部がこれだけ綺麗なのは私の魔法によるものだと思います。ですが、実際に迷宮を攻略したメンバーは、おそらくこの大きさの竜なら一人でも倒せます」
「それはシルヴィでも?」
「余裕ね」
シルヴィが得意げに答える。
なんならこの個体がシルヴィが倒したものの可能性もある。
膂力には劣るシルヴィだが、ドラゴン相手の時はドラゴンの鱗に牙を立ててに寄生する魔物の牙を先端に使った槍を使って易々と心臓を貫いてしまうのだ。
同じような槍はいくつか作ったが、一番上手く使うのはシルヴィだ。
戦斧とかはそんなに上手ではなかったから、なんでも行けるというわけではないらしい。
「はは、そうか、アンリくん、男に二言は無しだ。いいね」
「分かっています」
もちろん分かっている。
フラウ王国の貴族社会では物理的に強い女性は好まれない。
貴族の夫人として求められるのは、見た目の美しさや、振る舞い、親の爵位、そして社交能力だ。もちろん子を成せる若さであることも含まれる。加えて夫にとって支配できる弱い存在であることだ。
シルヴィはこの最後の項目に思いっきり引っかかっちゃうんだよなあ。
そして本来は利点であるはずのコルネイユ家が侯爵であることが、逆に足を引っ張る。
つまり妻の方が物理的に強く、爵位が高いということは、シルヴィを迎え入れたらその家はコルネイユ家の傀儡になってしまう。
少なくともそういう想像をしてしまう。
つまりシルヴィは俺と結ばれなければ、貴族社会で相手を探すのが相当に難しくなったのだ。
そりゃまあ、俺とシルヴィはまだ幼い。
今お互いを好き合っていても、変化の激しい時期だ。
気持ちも変わる、見た目も変わる、性格も変わる。
シルヴィが変わっていってそれを俺が受け入れられないかも知れないし、その逆だってありうる。
恋とは心に投げ入れられた炎だ。
熱く胸を焦がし、他に何も見えなくなるが、いつまでも燃え続けることはできない。
永遠の愛なんて、思い込みに過ぎない。
気持ちは変わる。相手は変わる。自分も変わる。変わらないはずがないのだ。
変わっていったその先でもお互いを尊重し合えていられたらとてもいいと思う。
でも、そうならないかも知れない。
そうなったとしてもシルヴィが望む限りは共に歩めと侯爵は言っているのだ。
というのは俺の考えすぎだろうか。
そうかも知れない。
侯爵にとって俺はまだ小さな子どもに過ぎないのだし。
だけどこれは誓いだ。男と男の約束だ。
貴族子女にとっての一年半とはそれほどに重いのだ。
気付けば辺りは静まりかえっていた。
国王がバルコニーに立って竜の首を眺めている。
これは儀礼的な観覧だ。
レオン王子の功績を見定めるためのものであり、実際には後でじっくりと見るのだろう。
「よい。迷宮の討伐が成ったかは確認が取れ次第とし、現時点でレオンの王位継承権を復活させる。継承権を持つ者の順位を一旦白紙として、次の新年と共に発表するものとする。励め」
そう言って国王は踵を返し、王城の中に消えた。
ざわめきが辺りを支配する。
「励め、と仰ったな」
「そうですね」
コルネイユ侯爵の呟きに頷く。
「アンリくんはリディアーヌ殿下に付くと考えていいのか?」
「付く、とは?」
「つまり陛下は生まれや血の濃さだけではなく、功績を加味して継承順位を考え直すと言うことさ」
「あー。でもおそらくですが、リディアーヌ殿下は王位を求めてませんし、私もこの先しばらく大きな動きはない予定です」
金属書の解読を手配しなくてはいけないからな。
国へ献上はしないし、1年や2年で満足できる結果は出ないだろう。
「ちなみに閣下は誰を支持されているのですか?」
「コルネイユ家は古い血筋だからな。血統主義に則ってレオン殿下を支持してきたが、レオン殿下の行方不明を受けて今はリディアーヌ殿下をはっきりとは支持こそしていないものの、支援する立場にある」
「リディアーヌ殿下を支援されても見返りはほとんどないのでは?」
「一番親しくしていた婚約者候補と、友人が共に消えてしまった殿下には支援が必要だったのだ。ストラーニ卿も同じだぞ。いっそリディアーヌ殿下を支持して功績を挙げさせ、将来は王配というのはどうだ?」
「それはご迷惑をおかけしました。ですが提案については遠慮しておきます。私には大それた野心などありませんよ」
なんつーことを貴族たちが集まってる場で聞いて来るんだよォ!
いや、今こそ立場を明確にする必要があったのか?
今回のことで俺はレオン王子の支援者だと見なされるだろう。
しかし一方で俺はリディアーヌ王女の婚約者候補でもある。
実際にはもう候補ではなくて確定してるんだけど、まあ表向きはまだ候補だ。
俺の動向は貴族たちの動勢に影響を与える、のか?
まあ、一部には影響するんだろう。
なのでコルネイユ侯爵としてはここで俺の立場をはっきりとさせ、周知を望んだってところかな。
それによって侯爵自身の動きも変わる、と。
うーん、面倒くさいことに巻き込まれた感じがするぞぅ。
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長らくお待たせして申し訳ありません。
なろう版では数年すっ飛ばして「黄泉返りの魔王」編に続いていくのですが、こちらではその間の話もやろうとして頭をこねこねしております。
章題もとりあえず仮題です。
引き続きよろしくお願いします。
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