第3章 帰らずの迷宮 17

 あと2日となった休養期間だが、というか明日は集合だから実質今日までだな。

 休養期間としては短すぎる気もするが、これ以上休んだら、怠け癖がついてしまいそうだからこれくらいで丁度いいのかも知れない。


 とは言え、休んではいられない。

 マルーをシルヴィとネージュに任せ、俺は王都へと転移した。

 国王への報告を急がなくてはいけないからだ。


 一年半も経過していて今更数日くらいとも思うが、国王は俺が飛翔魔法を使えるのを知っている。

 俺より先に早馬で報告が届けば、なぜもっと早く知らせなかったと思われるのは確実だ。


 久しぶりの王都だったが、特に変わりはないようだ。

 王城の門の前に降り立つ。


「アンリ様!」


 衛兵が驚きの声を上げる。

 なんとなく顔を覚えているぞ。

 名前は出てこない!


「急に悪いね。国王陛下に取り次いでもらいたいのだけど」


「すぐに報せを走らせます。入ってもらって大丈夫です。私が同行します。おい、すぐ走れ」


 別の衛兵が王城内に駆け込んでいき、俺たちもその後を追うように王城の中に入る。

 衛兵から執事にバトンタッチがあって、俺は止まること無く国王の執務室にまで通された。


 執務室だが、そこには第一王妃の姿もあった。

 おそらく報せを聞いて慌てて同席したのだろう。


「遅かったな。アンリよ。私はてっきり……」


「申し訳ありません。帰らずの迷宮の罠にかかり、脱出に時間を要しました」


「……それで、どうだった?」


「レオン殿下は無事です。誰一人欠かすことなく戻って参りました」


 それどころかマルーが増えてすらいるな。


「本当か!? あの子はどこに?」


「昨日、脱出が叶ったところで、今日はダフネで休養を取っておられます。明日、バルサン伯爵を含め、全員で集まる予定になっています」


「そうか。……そうか。よくやったと言ってやりたいが、帰らずの迷宮はそれほどに厄介だったか? 全15層の、お前にしてみれば浅い迷宮だと思っていたが」


「その15層に一方通行の罠があり、レオン殿下はその先にいらっしゃいました。バルサン伯爵と共に罠にかかった私は、戻ることができずに帰らずの迷宮の隠されていた深層に挑まざるを得ない状況に追い込まれました。結果的に浅層含め、116層を踏破し、迷宮を討伐して帰還した次第です」


「ひゃく!? それほどの大迷宮だったか」


「レオン殿下の望みもあり、私は助言と手伝いはしましたが、迷宮討伐の功績は殿下にあります。ということになる予定ですが、正直なところ、どうなりますか?」


 俺の言いたいことは国王に正確に伝わったようだ。


「レオンの行方については海外留学など、色々言い訳を考えたが、お前が失敗したときのことを考えると、下手なことは言えない。かと言って不在を隠せるわけもない。本当のことを発表するしかなかった。王位継承権も剥奪はしていないが、順位はない状態だ。レオンを担いでいた派閥は空中分解し、それぞれ別の王族に付いた。だが百層を超える迷宮を討伐して帰ってきたというのであれば、王位継承権は他の継承権者も含め一度その順位を無かったことにしたい。アンリ、お前の目から見てレオンはどうだ?」


「思ったままを言ってよろしいんでしょうか?」


「構わぬ」


「状況がよく見えていますが、判断がやや遅い傾向があります。悲観的で、物事の悪い側面を見つけるのが得意ですね。覚悟が決まっていないところが気になっていましたが、迷宮を進むうちにそこは改善されたと思います。他人に寄り添える人ですが、過剰です。兵の損耗を非常に恐れているようでした。求心力は、隣にバルサン伯爵がいたこともありますが、やや足りていないように感じました。総合的には良寄りの可ですね。今後、政務などを行えば、より良くなる可能性はあると思います」


「……そうか」


 ちょっと国王がしょんぼりしている。


 言い過ぎたかな?

 これでもオブラートに包んでるんだけど。

 第2王子を知らんけど、今のレオン王子に国王の職は難しいと思いますよ。

 あくまで今の、だけど。


「あの子は怪我などはしていませんか?」


 第一王妃が聞いて来る。


 あー、まあ俺がいれば大抵の怪我はどうにでもなるんだけど、そういうことはご存じではないだろう。


「合流したときも、それ以降もレオン殿下が怪我を負うようなことはありませんでした」


 危ない場面は何度もありましたけどね。

 レオン王子の場合、かすっただけでも死んじゃいそうなので、守るのは大変だった。


「レオン殿下とバルサン伯爵とは明日集まって今後のことを話し合います。バルサン伯爵の爵位は弟君が継いでいると聞いていますが、陛下の意向を確認してもよろしいでしょうか?」


「ううむ、あれは優秀な男だ。爵位で繋ぎ止められるならそうしたいところだな」


 まあ、確かにあの人が爵位を取り戻すために暗躍するとか怖すぎる。


 群を抜いて強い個人は怖いのよ。

 まあ、俺もそうなんだけど。


 そうでなくともあれだけ兵士から人気があれば、伯爵領の兵士を引き抜いてどこかに行ってしまうかもしれない。


「弟さん、つまり現バルサン伯爵は領主としてどうなのですか?」


「若いなりになんとかやっている。あそこは家臣団も優秀だからな。国王としては両者の話し合いによる解決を求める」


「その内容を書面でいただきたいです」


「分かった。いま用意する」


 国王はその場で羊皮紙を取り出して書き始めた。

 いや、そういうのは官僚みたいなんが文面考えて、権力者はサインだけするもんちゃうの?


「あの子はいつ頃戻ってきますか?」


「命令とあれば今日か、明日にもお連れできます。ただ迷宮討伐の実績を喧伝することを考え、なにか迷宮の戦利品でも馬車に牽かせて、王都へ凱旋することを殿下は考えていると思います」


「それだと一月はかかりますね」


 荷馬車に魔物の部位を見えるように載せて宣伝しながら運ぶとなれば、もっとかかるかも知れない


「そう言えば踏破したのだったな。なにか得られたのか?」


「古文書というか、古代文字の彫られた金属板を入手してきました。こんな感じのものです」


 収納魔法から一冊取り出して見せる。

 両手でも持つのが辛いので、テーブルに置いた。


「それは研究者が飛びつくだろうな」


「それと帰らずの迷宮には一部の魔法を阻害する効果がありました。古代文明時代においては魔法が使用されていたと考えることができます」


「魔法の阻害? それは例の黒マントに繋がる情報なのではないか?」


「可能性はあります。奴らの正体や目的に繋がる何かが書かれている可能性も」


「早急な解読が必要だな」


「ですが、レオン殿下とバルサン前伯爵との取り決めで8割は私の所有物という扱いです」


 迷宮で得た資産はその個人のものだ。

 領主も国も、そこは口出しできない。

 そうしなければ迷宮を攻略しようとする冒険者がいなくなる。


「ではどうするのだ?」


「私の個人資産で古代文明の研究者を雇います」


「何故だ?」


「魔法阻害についての知識が共有されない恐れがあるためです」


「ああ……」


 国王は手を止め、羽根ペンをくるくると振った。


「ありうる話だ」


 俺の存在というか、魔法というものの脅威を正しく認識している貴族であれば、それを無効化できる手段に興味が湧かないわけがない。

 解読作業を国王が逐一把握するわけもなく、誰かがその事業を統括する。

 国王の耳に入るまで何人もの手が入る。

 その過程で俺にとって不都合な内容が隠され、奪われる恐れがある。


「間諜もいるかもしれません。魔法を阻害、あるいは使えるようになる技術が他国に流れるようなことがあっては問題です」


「しかしお前のところであればそれが防げるというのか?」


「あまり使いたくはないのですが、契約の魔法を使おうと思います」


「いくつ奥の手を隠し持っているんだ。お前は。それはどういうものなんだ?」


「実際に使ったことはないので、できるという確信があるだけなのですが、一般的な契約と変わりません。その履行を強要できるという点においてはより強固ですが」


「おとぎ話のような話だな。契約に背くとどうなる?」


「契約時に決めておくことが可能です。また背けない、という自由意思を奪うようなことも可能かと。そうする場合は対価も相応に大きくなるでしょうが、今回はこれが必要だと思います」


「つまり話そうとすれば言葉が出ず、文にしようとすれば手が動かず。そういうことか?」


「そういう認識で違いありません」


「国でやるなら関係者全員にその魔法をかけることになるが、それは現実的ではないな。当然、反発も起きる」


「ええ、ですのでこの事はこの場だけの話にしていただけたらと思います。内容については可能な限り共有いたしますので」


「例えば、魔法が使えるようになる方法が書いてあればどうする?」


 そう、そこだ。

 俺が情報を独占するのであれば、当然そこを疑問に思うだろう。


「陛下には共有します。それがどういう方法にせよ、方法があるのであれば他国に先手を取られるほうが怖いですから。なのでまず信頼できる者だけで情報を共有し、先行している状態で徐々に情報を公開しながら最先端を走り続けるしかありません」


 これは一般的な技術についても同じ事が言えるだろう。

 利用するために公開が必要になるのであれば、独占状態の間にどれだけ先行しておけるかで、その後の覇者が決まる。


「確かお前の魔法技術は他者には扱えないのだったな?」


「何度か試しましたけど、ダメでしたね。ただ私は感覚的に魔法を使っているので、体系化され言語化された技術なら可能かも知れません」


「誰もがお前のような力を持つ世界など想像も付かん」


「何事も変わりゆくものです」


「だが変えてはいけないものもある」


 それも常識による思い込みかもしれない。とは思ったが口にはしない。


「まあ、どんな思惑を持つ者が知識を得たとしても、まさか真っ先に民衆に魔法を使わせようとは思わないでしょう。そもそもこのやりとり自体が古文書に魔法の使用方法が書いてあるという仮定の話です。あまり意味のある話ではないですよ」


「それはそうだ」


 なんというか心配性なところがレオン王子の父親だなあって感じする。


「古文書の件は分かった。迷宮資産を取り上げるわけにもいかん。好きにしろ。ただ可能な限り共有はしてもらいたい。報酬が必要だな」


「それはまあ、内容次第で」


「陛下、レオンを救出してもらった報酬もありますわ」


「そうだった。あの時は何も決めていなかったな」


「そうでしたね」


 急ぎで、言われるがままに飛びだした感じだったな、そういえば。


「レオンが主体となって迷宮を討伐したということであれば、表向きに与えられる報酬はそれに見合ったものになるが……」


「陛下!」


 第一王妃が窘めるように言った。


「分かっている。それだけで済ませるつもりはない」


 いや、俺はそれくらいでいいですよ。

 と、一瞬思ったが、そうはいかないことを思い出した。


「今回のこと、古文書の情報提供、それと黒マントの件もありましたね。今すぐにとは言いませんが、成人したら、なにかしら理由をつけて爵位をいただけたら、と」


「……お前から言い出すとは意外だな」


 まあ、シルヴィとのことが無ければこんなこと言い出しませんけどね。

 それで気付いた。


「それとコルネイユ家への事情説明を助けて欲しいです」


 気軽に連れて行っちゃったけど、結果的に余所のお嬢さんを一年半も連れ回していたのだ。どういう風に謝ればいいのか想像もつかない。


「ああ、そう言えばお前はあのコルネイユ家の令嬢と、まあ親しくしているそうだな」


 あ、藪を突いちゃった感じか、これ。


「えっと、まあ、ハイ」


「リディアーヌのことはどうするつもりだ?」


「私は一年半も生死不明でしたし、候補としては取り下げられているものだと」


「ストラーニ卿がだな」


「はい?」


「お前がいつまで経っても帰還しないからお前の養父であるストラーニ卿には当然報告した。なんと返事してきたと思う?」


「父上がですか?」


 ストラーニ伯爵は俺の攻撃魔法を直に見ている一人だ。全力のものではないけど、彼は大氾濫の脅威も、俺がそれに対処したことも知っている。


「心配してなかったんでないですかね?」


「そうだ。少なくとも返事の手紙ではお前の無事を信じていた。いや、信じていたという感じではないな。お前の身に何かあるくらいなら、王国全土が吹っ飛んでいるはずだとか、そんな感じであった」


「あー」


 まあ、自分と身内の命が掛かっていたらそれくらいのことは起こすかも知れない。

 言うて、流石の俺も一発で王国を丸ごと吹っ飛ばすとかは無理ですよ。


「ストラーニ卿は帝国による侵略時にも名を馳せた武人だ。その判断を私は信じることにした」


「つまり?」


「お前が生死不明の間も、死んでないという前提で物事は動いているということだ」


「なるほど」


 つまりリディアーヌ王女の婚約者候補の話は生きているということですね。


「問題無い内容の古文書を国に献上しろ。そのタイミングでこれまでの王国に対する貢献に対して爵位を与え、その後、リディアーヌの婿として王室に入ってもらう」


「えっと、俺が婿入りする感じですか? リディアーヌ殿下を降嫁するのではなく」


 あと、候補じゃなくて正式決定なん?


「古文書から魔法の使用方法が解明されたとしても、お前は魔法の第一人者だ。その能力、体質などが子に受け継がれる可能性がある。新たな家など建てられても困る」


「その場合、もちろんリディアーヌ殿下を第一夫人として、その、第二夫人とか、第三夫人とか娶っちゃってもいい感じなんですかね?」


 国王ははーっと長いため息を吐いた。

 呆れられてますね。俺でも娘の旦那になるヤツがこんなこと言い出したら呆れると思うからしゃーない。


「リディアーヌの子以外に王位継承権は発生しない。それでいいのであれば認めよう」


「え、いや、そもそも私は平民なんですけど」


 平民の子に王位継承権とか、他の貴族の反発がすごいことにならない?


「王国史は学んだであろう?」


「ええ、はい」


「中央平原の遊牧民だった我々の先祖は大地を耕し、種を撒くことを覚え、この地に根を張った。いくつかの部族が合流し、それぞれの部族から代表者を選出して話し合いを行ったのが王国貴族の始まりだ。帝国貴族なんかは平民とは流れる血が違うらしいが、我々は違う。平民の血が王族に混ざる? 馬鹿らしい。優秀な者がいれば迎え入れるのがフラウ王国流だ」


 国王は大真面目にそう言った。


「お前の懸念も正しい。反発する貴族は出てくるだろう。だがそれこそお前の子に魔法の力が継承されれば黙らせることなど容易いし、そうでなければ特に問題はあるまい」


「それは、まあ」


 継承権の順位も高くはならないだろうし、そんな気にすることでもないか。

 ホントか?


「バルサン領主に関する国王としての要望書だ。持って行け。お前はレオンと一緒にゆっくり帰ってこい。その時間を使って根回しをする」


「拝命しました」


 国王の差し出した書面を受け取って収納魔法に入れる。


「ああ、忘れていた。アンリよ」


「はい?」


「レオンの救出ご苦労だった。いや、一人の父親として礼を言う。ありがとう。このことは忘れない」


「私からも感謝を。アンリさん。ありがとうございます」


「王国の民としてできることをしたまでです。それでは次はレオン王子と共に登城させていただきます」


「ああ、楽しみに待っている」


「迷宮でのこと、聞かせてくださいね」


 いやー、王妃様は聞かないほうがいいんじゃいかなって思います。

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