第3章 帰らずの迷宮 15

 さて迷宮が死んだことで魔法の使用に対してかかっていた制限もなくなったようだ。

 戻ろうと思えば転移魔法でサクッと出られるんだけど、出た瞬間に制限が復活してここに戻って来られなくなっても困る。


 魔法使いがいる前提でのクリア難易度だったとは思うが、脱出手段を用意していないということはないと思いたいので、一応転移陣を探してみるつもりである。


 というか、ここは明らかに人造ダンジョンという趣だったから、この先にも何かがあるはずである。


 何かを隠したいだけなら、この深さに埋めてしまうなりすればいい。

 迷宮なんてものをわざわざ作って、人に挑戦させる造りになっているからには、条件付きでそれを見せたい、与えたいものがあるはずだ。

 あるいは単純に人類に対する罠という可能性もあるが。


 まあ、それも実際に見てみれば分かることだ。




「って、古代文字だよなあ」


 知ってた。うん。知ってたよ。


 スカルドラゴンと戦った部屋の奥にあったのは書庫だった。


 書庫?

 本と言うよりは石版と言った方がいいか?

 でも金属なんだよなあ。


 ええと、つまり文字の彫られた金属板を本のようにまとめたものが、ずらりと納められている。

 一冊が非常にかさばっていて、重量もあり、読みにくいことこの上ないが、保存性という意味では確かに優秀だろう。

 触った感じ、金属を掘った後に透明な樹脂のようなもので保護してあるしな。


「誰か古代語に明るい人はいますか?」


 目線を合わせてくれる人は誰もいない。


「まあ、これだけ時間経過を意識してある造りなんですから、辞書のようなものも用意はしてあるはずですが」


 この中から探すのは、ちょっと時間がかかりすぎるな。


「すべて収納魔法に入れて持ち帰ります。少し時間がかかりますが、よろしいですか?」


 レオン王子に確認を取る。

 俺の収納魔法は対象物に触れないと収納できないため、量が多いとそれだけ時間がかかるからだ。


 収納していた兵士たちを目覚めさせたこともあり、大所帯になったので、指揮権がレオン王子にあるということの再確認でもある。


 しかし収納魔法に入っていた面子と、実際に戦っていた面子で、見た目が違いすぎるな。

 実戦組は装備が蛮族みたいに更新されているし、風呂に入ることで清潔さは保ってきたが、髪も髭も手入れできていない。

 収納組も、程ほどの迷宮探索で手入れは行き届いていないが、その差は一目瞭然だ。


「分かった。私は隊の再編成をする。その間、バルサン卿は周辺の探索を。あれで終わりだとは思うが、確実ではないので慎重に頼む」


「仰せのままに。実戦に出ていた殿下の兵を借りても?」


「構わない」


 バルサン伯爵は実戦組を連れて奥の探索に向かう。


 探知魔法が復活しているので、安全だとは思うが、確実ではない。

 生命探知と空間探知を併用したので魔物や大がかりな罠はないと思うが、小さく単純な罠だと探知に引っかからない可能性もある。

 乗って作動するタイプの転移魔法陣も見逃す可能性があるか。


「バルサン閣下、何も無い部屋に気を付けてください」


「そうだな。そういう場所には入らないことにする」


 流石に脱出の転移魔法陣があるとしたら見えているタイプだとは思うが、確信はない。

 このダンジョンの制作者は性格が悪いみたいだからな。


「面倒ねえ。本棚ごと収納ってできないわけ?」


「本棚が独立してるなら、棚の本は付属物として一緒に収納出来るんだけど、ここは床と一体化した構造の本棚だから無理だね」


「切り離せばいいんじゃない? アンリがレーザーって言ってる魔法で」


「あれは切断魔法ってわけじゃないからなあ。本が傷ついたらたまらないから止めておくよ」


「まあいいけど」


 シルヴィとネージュはしれっと俺の傍にいるな。

 実力的にはバルサン伯爵の護衛に回って欲しいんだけど、彼女らの安全面を考えるとこの方がいいか。


 俺が書庫の本を全て収納し終える頃にはバルサン伯爵も探索を終えて戻ってきていた。


「居住空間と思しき部屋がいくつかと、床に文様のある部屋がひとつ。それだけですな。劣化が進んでいて、見るほどの価値はないかと」


「古代の研究者は興味を惹かれるかもしれませんね」


「かと言って連れてこられるものでもあるまい」


「迷宮が死んで魔物がすべて息絶えたとしても、距離がありますからね。文様は転移魔法陣でしたか?」


「確かめてはいないが、我々が掛かった罠と同じような文様ではある」


「それに乗ったらさらに深層に運ばれるということはないだろうか?」


 第2ステージ開始というわけだ。

 この迷宮の制作者だとありそうなのが怖い。


「徒歩で戻る手段が無い以上、使うしかないでしょう」


 転移魔法のことは隠してそう言う。


 実際のところ、無いと思うよ。

 これだけ劣化しないように処理された本をわざわざ用意してあるのだし、魔法使いとしての感覚も迷宮は死んだと告げている。


 ああ、そうか。この感覚が無いから疑心暗鬼になっちゃうんだな。


「私が思うに問題は、地上に直接出るのか、出るのだとしてそこはどこなのか。ということが問題に思えますな」


 バルサン伯爵の指摘は俺の考えていないものだった。


「確かに。帰らずの迷宮とはまったく違う場所に飛ばされる可能性はありますね」


「それでも乗るしかあるまい。選択肢は無いのだ。ただ念頭には置いておこう」


 実際のところ可能性としては、帰らずの迷宮からほど近い迷宮の外に放り出される。迷宮内のどこかに転移される。のどちらかだと思う。


 これらの本で知識を得てから進むことが前提の可能性もあるが、劣化しないように処理されているということは、言葉が失われたり、変化している可能性は考慮していると信じる。

 つまりここで熟読してから進め、という意味ではないだろう。

 魔法使いが挑むことが前提だったと思うし、収納魔法があることも前提になっていると思うのだ。


「戦利品は8:1:1ということでしたが、これらの本はどうしましょう? 正直なところ読めないので、国所属の研究者に翻訳してもらって内容だけ共有してもらいたい感じですが」


「全て共有できるかは内容による。安易に口約束はできない。その代わり割合はそのままで構わない。つまり8割は君の所有物としていい」


「供出する量と時期は任せてくださる、と」


「実際のところ、ここにあった本を全て提出されても、研究者の数が足りないだろう」


 そうなると個人的に古代語を読める人を雇って、さらっと目を通してもらって国に提出するものを餞別できるな。

 フラウ王国にとって不都合な内容が書かれている可能性もあるわけだし、そうするのが一番良い気がする。


「お2人の取り分はどうやって選びますか?」


「君に任せる。地上に出られたとしての話になるが、それどころではなくなるだろうからな」


「私もそれでいい。領地と爵位が残っているかも分からない」


 まあ、確かに。個人的感覚としては1年くらい潜ってましたからね。


 バルサン伯爵領は王家の直轄領になっているとか、他の貴族のものになっているかもしれない。

 前者ならまだいいけど、後者だととても面倒そうだ。


「領主不在の状態ってどれくらい容認されるものなんですか?」


「明文化されていないので分からないというのが正直なところだな。ただ今回の場合は間違いなく死んでいると思われているだろう。私には子がいないので、弟が継いでくれていればいいのだが」


 そういえばバルサン伯爵自身も父親がここで行方不明で死んだ扱いになって領主を継いだのだった。

 まあ、実際に亡くなっていたわけだけど。


「弟さんが領主になっていたとして、閣下が戻ったらどうなるんでしょうか?」


「国王陛下と弟次第だな。領主に任命されるに当たって、念のために私は罷免されているだろう。事の経緯を考えたら、領主に戻るのは難しいと言わざるを得ない。縛り首にならなければ運が良いと言える」


「それならば一度身を隠した方がいいのでは?」


「まあ、迷宮内で私とは会わなかったということにしてくれるのであればできるが、やりたくないな」


「何故ですか? 自分の命がかかってるんですよね?」


「父の名誉を回復したい。息子に謀殺された領主ではなく、果敢に迷宮に挑んだ者として墓に入ってもらいたいのだ。そのためには私自身が表舞台に姿を現す他あるまい」


「なるほど」


 覚悟が決まっているのであれば、俺から言うことはなにもない。

 それがバルサン伯爵の選択だ。


「レオン殿下も大変だとは思いますが……」


「分かっている。バルサン卿と比べたら愚痴は言えないな。そもそもの発端は私だ。卿に累が及ばないように努力する。アンリくんには貧乏くじを引かせてしまうことになるだろうが……」


「ああ、いえ、功績とかホントいらないんで」


 迷宮討伐の功労者はレオン王子ということにする、ということは早い内から決まっていた。

 だからこそ王子に選択の圧をかけてきたわけだしな。


 ということは、俺は王子の救助に来たわけではなく、王子に付き従って迷宮を探索したということになる。

 国王陛下的にも、救出に時間が掛かりすぎということで、あまり良い印象はないだろう。


 つまり減点だ。やったぜ。


 リディアーヌ殿下は不満かもしれないが、バルサン伯爵と一緒に候補から落ちるということで許してね。


「では、そろそろ行こうか」


 最終確認を行っていたのは、転移先ですぐに人の目に触れた場合に、それから口裏を合わせるのが難しいからだ。

 連れてきた兵士たちまで口裏を合わせるのは難しいが、そこまで調査はされないと思う。貴族は平民の言葉を証拠に物事を進めたりはしない。


 俺たちは隊列を組んで、魔法陣のある部屋に入った。

 まるで監視装置でもあるかのように全員が部屋に入ってから魔法陣は作動し、あの世界が引き延ばされるような感覚の後に、俺たちは見知らぬ部屋の中に転移していた。


「これは、帰らずの迷宮のどこか、だな」


 バルサン伯爵が言う。

 確かに造りはそれっぽい。

 肌感としても帰らずの迷宮で間違いない。死んでいるからだ。


「総員、警戒!」


 レオン王子が的確に指示を出す。


 彼は更なる深層の可能性を考慮したのだろう。


 用心深いよな。

 俺は先例から転移先は安全地帯だと思い込んでいた。


 なら何故帰らずの迷宮に挑んだんだって話だけど、挑んだ結果こうなったのかもしれない。


「アンリ、なにか分かるか? 可能であれば使役獣で偵察を行ってもらいたいが」


「ちょっと待ってください」


 探知魔法を広げると、多数の生命反応が返ってくる。

 魔物のものもあれば、人のものもある。

 だが人の反応の多くは、あまりにも狭い範囲に、まるで線を描くように連なっている。まるで探索しているという感じでは無い。


「地図を貸してください」


「どっちだ?」


「上層のものを」


 地図を受け取り、視線を走らせる。

 15層ではない。

 このような探知結果になるとすればそれは……。


 俺は探知魔法の結果と一致する一枚を選び出す。

 そしてその答えを口にした。


「分かりました。ここは、帰らずの迷宮の上層、第1層です」


「それは真か!?」


「おそらく間違いはないでしょう」


 探知魔法による主な生命反応の流れは、1層の入り口から2層への通路へと続く道と同じ形だ。

 そのルートを5、6人程度の塊の反応が行き来している。

 そこから逆算して俺は地図の中から現在位置を特定した。


 1層では誰も来ないような何もない袋小路だ。


「我々の現在位置はここだと思われます。ですから出口までは――」


 数十分程度だ。

 1層に出現する魔物程度ならば収納組の兵士たちでも鎧袖一触である。

 不安要素は何一つとしてない。


「確定するまでは慎重に行きたいな」


「そうですね。不意打ちが無いとも限りません」


 俺は狼たちを呼び出し、通路を進ませる。


 そして俺たちはそれを追うように歩き出した。


 いくつか曲がり角を曲がれば、それが1層の地図と一致していることは誰にでも分かる。

 途上の魔物は狼たちでも一掃できるほどに弱い。


 数分で駆け出しと思しき冒険者のパーティと遭遇した。


 兵士たちが彼らを呼び止め、現在位置を確認する。


 やはりここは帰らずの迷宮の1層で間違いが無いようだ。


 ここに来てようやくレオン王子や兵士たちの間に安堵の空気が流れる。


 訳が分からないと言った様子の冒険者パーティに礼を告げて、俺たちは出口へと向かう。


 やがて通路は2層との連絡路と合流し、他の冒険者たちともすれ違った。


 レオン王子や兵士たちの足取りは軽い。

 浮足立っていると言っていいかも知れない。


 それもそうだろう。

 収納組ですら帰らずの迷宮に挑戦を始めて、一月以上が経過している。

 しかも転移罠によって下層へと転移させられた後は出口の無い恐怖と戦いながらの日々だった。

 そこからの解放が間近に迫っている。


 かくして俺たちは帰らずの迷宮の出口へと辿り着いた。

 時間の感覚はとうに失われていて、迷宮内で培われたタイムサイクルでは夜の入り口を過ぎた辺りだったが、外界は真っ昼間だった。


 ってか、外から流れ込んでくる空気が暑いな。

 迷宮に突入したのは冬だったが、すっかり夏のようだ。


 一年半も経っているとは思えないから、半年くらい経過したということだろう。


「外だ……」


 誰かが呟き、その喜びは全員に伝播して爆発した。

 兵士たちは歓声を上げ、外へと走り出す。


 衛兵たちがいきなり迷宮内から出てきた多数の兵士たちを制止しようとするが、そんなことはお構いなしだ。

 というか、レオン王子がいるんだからもうちょっと我慢しようよ。


 迷宮の外で空を仰ぎ涙を流す兵士たちの真ん中にレオン王子は歩いていく。


「皆の者、よくぞ耐えてくれた。我々は迷宮を討伐し、生きて帰ってきたのだ」


 宣言に更なる歓声が上がる。


「ひとまず3日の休息を与える。自由に食べ、飲み、休むがいい。3日後、改めてこの場に集合せよ。王都へと帰還する!」


 兵士たちはレオン王子の名を叫びながら、町へと散っていった。


 なるほど、いい宣伝になりますね。


「バルサン卿、彼らの飲食代を今回得た素材の売却益で立て替えてもらいたいのだが。つまり一旦はツケでなんとかしてもらいたいのだ」


「私の顔が利けば良いのですが、一応やってみましょう。アンリはどうするのだ?」


「そういうことなら素材の現金化が必要でしょう。冒険者ギルドに行きます。お金を届けたら3日後までは宿でも借りて自堕落に過ごしますよ」


「空を飛べるのだろう? 王都に報せに行ってもらいたいところではある。あるが、今更3日程度でなにか変わるようなものでもないな。ではひとまず換金を頼む。私は領地の状況を探らねばならない」


「あ、お疲れさまです」


 なんか王都にちょっと行ってくるくらいなんでもないようなことに思えてきたな。

 バルサン伯爵もちょっとくらい休憩してもいいと思うが、命と名誉がかかっているから仕方がないか。


「それと父の遺骸をいま預かりたい。他の遺骸についても必ずこちらで引き受けると約束するので、それについてはもうしばらく預かっていてもらいたい」


「分かりました」


 適当な大きさの布を先に収納から出して、その上にバルサン伯爵の父君の白骨化した遺体を出現させる。


「金はダフネの冒険者ギルドに私の名前で預けておいてもらえるか? 受け取りはこちらで手配する」


「そうしていただけると助かります」


 俺たちはレオン王子とバルサン伯爵に頭を下げ、その場を歩き去った。


 ダフネの町は以前と何一つ変わるところはなく、俺たちの大冒険のことなど知る由もないようだ。

 まあ、実際は飲み食いに出かけた兵士たちがそこらで喋りまくっているだろうけど。


「はぁ、とりあえずお風呂に入って、ぐっすり眠りたいわ」


「私も……」


「ダフネで一番の高級宿を取ろうか。とりあえず誰にも邪魔されずゆっくり寝たいよ」


「同意するわ」


「私はアンリと同じ部屋でもいい」


「はい、却下」


 ネージュさんはブレませんね。




----

お待たせしました。


こんな内容書いててあれですが、父の葬儀と火葬が終わり、遺骨が家にある状況です。


病院から連絡があって急いだのですが、間に合いませんでしたね。

まあ、この一週間ほど意識不明だったので、間に合ったところでなにかあるわけではないのですが。


この辺りから書き直す量も増えてきて、以前ほどのペースには戻らないですが、ぼちぼち更新していきますので、今後ともよろしくお願いいたします。

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