第3章 帰らずの迷宮 14
俺は咄嗟にレーザーで球体に食らいついたドラゴンゾンビの首を落とす。
対ドラゴン戦で繰り返してきた、ほとんど反射的な行動だった。
だが首を失ったにも関わらず、そのドラゴンソンビはこちらに向けて突進してくる。
俺は土壁でその突進を止め、さらに土壁ごとレーザーで細切れにする。
バラバラにしてようやくドラゴンゾンビは動きを止めた。
「なにが起きたのだ?」
「ドラゴンゾンビの制御を奪われました。使役獣であの球体に触れるのはマズいですね。あれこそが弱点だとは思うのですが……」
俺はレーザーで直接球体を狙う。
だがレーザーはその表面で弾かれた。
連続照射しように、スカルドラゴンが動いていて当て続けるのは難しい。
それにこちらに向けて反射されたら防御手段がない。
「爆裂魔法を使います。集まってください」
皆が俺のそばに集まったところで、ドラゴンゾンビたちを後退させ、小規模の爆裂魔法をスカルドラゴンの球体を狙って放つ。
爆風でスカルドラゴンはバラバラに吹っ飛んだが、球体には傷一つ無く、すぐに骨が集まってきてスカルドラゴンは再生される。
「これ以上強力な爆裂魔法は部屋自体が耐えられませんね」
スカルドラゴンを魔法障壁で捕らえ、その内側に爆裂魔法を放つ手もあるが、万が一魔法障壁が耐えられなかった場合、その爆発の余波が引き起こす被害のほどが測れない。
俺は大きく息を吐く。覚悟を決める。
「ひとつ考えがあります」
「このままではどうしようもない。言ってくれ」
「あの球体そのものを収納します。しかしそのためには俺が球体に触れる必要があります。ドラゴンゾンビの制御を奪ったわけですから、どんな反作用があるか分かりませんが、成功すればスカルドラゴンを倒すことができるでしょう」
「それは駄目」
「私も反対よ」
恋人たちがすぐさま反対の意見を表明する。
「私も反対だよ。君を失う可能性のある作戦は最後の最後まで控えておくべきだ。君が我々の生命線であることを忘れてもらっては困る」
「そうなると我々による物理攻撃であの球体を破壊することを試してみなければなりません」
「あの中に飛び込むのか……」
俺たちの目の前では怪獣大決戦が再開されている。
スカルドラゴン対ドラゴンゾンビ4体だ。
牙が、爪が、尻尾が、一撃で人の命など簡単に吹き飛ばすそれらが嵐のように振るわれている。
だがどちらにもブレスは無いようだ。
ブレスまで吹き荒れてたら、さすがに突入することまでは考えなかったかも知れない。
「レオン殿下は参加しないでください。御身に万が一のことがあっては困ります。ネージュとシルヴィもできれば止めて欲しいんだけど……」
「イヤ」
「私だってイヤよ。私より弱いアンリが突っ込む気なのに、なんで黙ってみてられると思うわけ?」
「むしろアンリは下がっているべき。魔法が尽きたら終わり」
「そうよ。私たちに任せておきなさい」
「それは駄目だよ。いざというときには収納魔法を試さないといけない。皆が傷ついてからでは遅いんだ」
「収納魔法から兵士たちを出すというのはどうだ?」
「ここでの成長を経験していない兵士が増えても、良くて足手まとい、無駄な犠牲が増えるだけです。我々だけでやるべきだと思います」
「もし、万が一、アンリ君が死んだら収納魔法に入っている人々はどうなるんだい?」
「う、分かりません。そうですね。最悪全滅するにしても死に方というものがあるでしょう。彼らをこの場に出します」
収納している兵士や騎士の時間を加速させる。
眠っていた彼らは加速された時間の中で眠りを終え、目を覚ますと同時に収納魔法から次々と吐き出された。
これで収納魔法に入っている人間は、獣人奴隷の少女だけだ。
流石に彼女をこの場で目覚めさせるのは酷だろう。
申し訳ないが俺と命運をともにしてもらうことにする。
目覚めた兵士たちは目の前で繰り広げられるスカルドラゴン対ドラゴンゾンビの戦いに腰を抜かす。
まあ、そうなるよな。
「落ち着け! 肉のあるドラゴンは我々の味方だ! これが帰らずの迷宮最後の戦いだ。総員、武器を取れ! 戦えとは言わん。レオン殿下を守れ!」
バルサン伯爵が彼らを鼓舞して、兵士たちはなんとか立ち上がっていく。
怯え、震えている者も少なくないが、彼らは下がっていてくれればそれでいい。
「スカルドラゴンの体勢を崩します! そうしたら行きましょう!」
「うん」
「分かったわ」
「承知した」
俺は土魔法でスカルドラゴンの足元から土壁を出現させる。
そのまま天井に叩きつけ、土壁を消す。
バラバラになった骨と、球体が落ちてくる。
俺たちは駆け出す。
ドラゴンゾンビたちは待機。
スカルドラゴンが組み上がったら攻撃してもらうとしよう。
ふわりと球体が浮いて、しかし上に逃げられるより早くバルサン伯爵の部下の槍が届いた。
硬質な音を立てて球体に槍が弾かれる。
レーザーにも耐えたのだ。
丈夫なことは分かっている。
ネージュが跳んだ。
両手で振りかぶった長剣を球体に向けて振り下ろす。
だがネージュの剣では破壊できなかった。
しかしそれでも球体は下に落ちた。
そこで待ち構えていたのは、
「でぇぇぇぇぇぇい!」
バルサン伯爵が上から球体に剣を叩きつける。
地面と挟まれてはいくら球体が硬くとも――、
「ぐぅっ、剣が!」
魔法で強化されたバルサン伯爵の筋力に、迷宮で製作した剣のほうが耐えられなかった。
中ほどでぽっきりと折れてしまう。
そして球体にはヒビひとつ無い。
「アンリ! 剣を!」
バルサン伯爵に向けて収納魔法から出した大剣を投げる。
巨獣系の牙を加工した逸品だ。
重く、鋭く、とにかく頑丈だ。
そして俺も跳んだ。
長剣は収納魔法にしまう。
使うのは幅広の短剣だ。
十分な高さを取った俺は、短剣に最大限の重力魔法を掛けて、その重みを数百倍に引き上げる。
「ぐぅぅっ!」
剣に引っ張られるように落下する。
それでも球体目掛けて短剣を振り下ろす。
数百キロの重さになった短剣は、球体に吸い込まれるように命中し、そして折れた。
強度が足りない!
「アンリ、離れろ!」
バルサン伯爵が大剣を振り上げ、振り下ろす!
大剣は折れこそしなかったが、球体に弾き返される。
つーか、硬いにもほどがあるぞ。こいつ!
弱点に見せかけて全然弱くない。
もう触れて収納してしまうしかないのでは?
「アンリ! あれを!」
ネージュが叫ぶ。
あれ、か。
確かにあれは俺の知る限りもっとも硬い物質だ。
「みんな! 目を閉じろ!」
戦闘中だと言うのに、皆素直に目を閉じた。
命を俺に預けてくれた。
息を吸って全力全開、室内の魔力を食い尽くす勢いで変換する。
手の中に超重力魔法。
その重さを数百万倍に増した黒い宝石を球体に叩きつける。
ビキ――と、嫌な音を立てて、手の中の宝石が砕け散る。
こっちが割れるのかよ!
ごう、と割れた黒い宝石から魔力が渦巻いた。
部屋から失われた魔力が満ちる。
そして気付いた。球体に小さなヒビが入っていることに。
「もぉ、いぃっぱぁぁぁぁつ!!」
二個目の黒い宝石を超重力魔法に乗せて球体に叩きつける。
バキッと音を立てて今度こそ球体が割れる。
黒い宝石は無事だった。
両方割れたらちょうど良かったのにね!
その途端に、集結しようとしていたスカルドラゴンの骨が力を失い、床に落ちて、そして二度と動かなくなった。
さらに全身を違和感が駆け抜けていく。
ダンジョンに出入りする時に感じるアレだ。
試しに探知魔法を使ってみると、探知範囲が広がった。
「おい、アンリ、いつまで目を閉じていればいい!」
「あ、もう大丈夫です。球体は破壊しました。ダンジョンは死んだようです」
歓声が上がった。
ここに迷宮の討伐は成ったのだ。
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