第3章 帰らずの迷宮 13

 仮60層、そして仮75層も何事も無く過ぎた。


 レオン王子はもはや幽鬼さながらだが、なんとか持ちこたえている。

 顔色が悪いのは、身体強化込みでも敵の強さが流れ弾のような攻撃でも即死級になってしまったからかもしれない。

 ちゃんと身体強化を体に馴染ませている他のメンバーなら耐えられるんですけどね。


 まあ前に出て戦ってるバルサン伯爵がおかしいとは思いますよ。


 一応、俺以外への戦闘指示はレオン王子に一任しているから、それも原因かも知れない。

 回復魔法は使っているが、今のところ死者が出ていないのだから、ちょっとくらい自信を持ってもいいと思う。

 少なくとも俺から見て不味いと思うような指揮は減った。


 というか、みんな強くなったよね。

 身体強化への習熟度が上がって、今ではもうほぼ全力の身体強化でも問題なく戦えている。

 今なら仮16層のドラゴンを、それぞれ1人で倒せるんじゃないかな。

 武器無しで。


 逆に言えば、それくらいの出力が必要なくらい敵の強さは上がってきている。

 大氾濫で出現した最強種と同じくらいだと言って間違いないだろう。


 敵が強くなりすぎて、持ち込んだ装備では追いつかなくなり、今では倒した魔物の素材を無理矢理加工して装備にしている。


 この世界にステータスがあったら鍛冶スキルが成長してそうな感じである。

 いや、原始的加工ですけどね。


 もはやダンジョンアタックに来た冒険者と言うより、ダンジョンに生息する蛮族みたいな見た目になってきたな。


 ダンジョンの階層ごとに捕食関係があるため、捕食者の素材から作った装備が被捕食者側にとてもよく刺さるのだ。


 そんな感じで装備を更新しながら進むこと、……どれくらいだ?


 1年は過ぎたかもしれない。もう全然分からない。


 ある意味では救出は失敗したと言えるだろう。

 生存しているなんて絶対思われてないもん。


 だけど俺たちは図太く生き延びている。


 仮100層を超える。終着点はまだだ。


 いや、本当に100層目か? という疑問はある。

 地図に使った羊皮紙の空白部分に印を付けているのだが、重複した可能性はある。


 レオン王子は目標とした深度が近付いて来たからか、一層顔色が悪い。


 この長い付き合いで分かってきたが、この人は優しすぎるのだ。

 俺やバルサン伯爵だけでなく、兵士たちに対しても申し訳ないと思っている節がある。

 人としては立派かもしれないが、やはり王としては如何なものかと思う。


 バルサン伯爵も結婚を目前にした兵士のために犠牲になりかけてたけど、立場が違う。


 バルサン伯爵への理解も深まった。


 割と脳筋だった父親が帰らずの迷宮で行方不明になり、まだ若くして領主となってしまった彼は、ストレスで過食となり、この体型になったのだそうだ。


 そんな父親に育てられたわけだから、もちろん筋トレを欠かしたことはなく、それがあの膂力を生んでいたわけである。


 もちろん父親が消息不明になったことを知ったバルサン伯爵はすぐさま領兵を率いて、救出を試みた。

 その結果が15層でのドラゴン殺しというわけだ。


 実際には多くの死者が出て、そこで撤退が必要だった、というのが実情ではあるようだ。


 そうであるのにその功績を過剰にアピールするのは、そうしなければ王国の貴族社会で立場を維持できないと考えたからだ。


 若すぎることや、父親殺しを疑われていたバルサン伯爵には、強い見せかけが必要だった。


 いや、あんた、見せかけ必要ないくらい強いやないかい!


 と言いたいが、ここでの強さとは貴族社交界における力関係のことだから、筋力はあんまり関係が無い。


 他の兵士たちとも仲良くなったが、長くなるので割愛するよ。ごめんね。


 そして仮115層に到達した俺たちは、仮116層へと至る通路を発見した。


 流石の俺でもちょっと衝撃を受けたよ。


 レオン王子にとって、決断の時だ。


「……仮の125層まで進もう」


 意外と決断は早かった。

 しかも俺の想定より深い。


「120もキリの良い数字で間違いないよね。60の倍だし」


「そうですね。扱いやすい数字だと思います」


「階層数を間違えている可能性も考慮して、仮の125層まで確認するべきだと思うんだけど、いや、そう判断する。いいね」


 どうやらレオン王子は試練を越えたようだ。

 王に相応しいかどうかはまだ分からないが、一皮剥けたと感じる。


 レオン王子が独断でそう決めれば、仮125層まで探索することの責任は彼にある。


 ここまでは俺が唆した形だったが、ここからはもう違う。

 この先でダンジョンの終着点を見つければ、それはレオン王子の功績で間違いない。


 別に功績を得られるからというわけではないだろうが、レオン王子の顔は少し晴れやかになった気がする。


 長い挑戦の末でお髭がもじゃもじゃですけどね。




 そうして一同気合いを入れ直して進み出した仮116層で俺たちを待ち受けていたのは、巨大な扉だった。


「意地が悪い!!」


 思わず言ってしまう。


 100層目の次の層にゴールって嫌がらせか!


 いや、ダンジョン管理という側面からすると、ダンジョンを100層用意して、その一歩先にゴールがあるというのは理解できるんですよ。


 だったらなんで上のダンジョンは15層までだったんですかねえ!!


 60がキリの良い数字でうんぬん言ってしまった過去を消し去りたい。


「素直にゴールだと喜ぶのは危険だよね」


 レオン王子が慎重に言う。


「ええ、さらなる転移罠という可能性も残されています」


 そうは答えたが可能性は低いだろう。


 心を折るための仕掛けはこの下層そのものと、100層をわざと超過させた作りで十分だ。

 これ以上に意地が悪い制作者なら仮117層にゴールを設定するだろう。


「とにかく突入する前に体調を万全に整えましょう」


「そうだね。アンリ君、安全確保と食事の用意を頼む」


「承知しました」


 俺は新たな狼たちを呼び出し、周辺の警戒に当たらせ、収納魔法からテーブルセット一式を取り出し、その上に食事を並べていった。


 とっておきのレストランの食事だ。

 扉の向こうには迷宮の主がいる可能性が高い。

 肉体、精神ともに万全の状態に持っていきたい。


 食事をしながら作戦会議を行う。


「迷宮の主として出てくるとしたらなんだと思いますか?」


「115層が再びドラゴンの層だったのは示唆ではないか? 帰らずの迷宮においてはドラゴンを倒せ、と」


「そうですね。ヤバいパターンはふたつです。ひとつ、数が多い。もうひとつは、魔法が効かない」


 前者の場合、爆裂魔法のような広範囲攻撃魔法を使いたいところだが、迷宮内部のような密閉空間で爆裂魔法を使えば、魔法障壁の内側は守れるにせよ、迷宮自体が耐えられるかどうか分からない。


 後者の場合は言うまでもないだろう。

 物理的戦闘力で勝負を決めなければならなくなる。


 その場合、もっとも頼りになるのはバルサン伯爵ですわ。

 俺は支援魔法での援護しかできない。


「前者の場合、とにかく初手は狼たちの大量召喚となるでしょう。その間、なんとか俺の身を守りきってください。後者の場合は皆さんの働きにかかっています」


「ところで魔法の効かない敵が大量にいた場合はどうする?」


 レオン王子は負の側面に目が利くようだ。

 どっちかというと宰相とか向いてるんじゃないかな。


「そうですね。……例えば大量に収納してあるドラゴンの死体を魔法でドラゴンゾンビ化させて戦わせますか。死霊魔法はやったことないんで、一度試しておきましょうかね」


「やったことがないのに使えると分かるというのも不思議な話だ」


「あー、それは私にも不思議ですね。突き詰めるとどうやって魔法が使えるようになったんだ、ってところだとは思うんですが……」


 天使さまから魔法の才能はもらったけど、魔法の使い方までは聞いていない。

 できると思ったことは大体できるし、逆にできないと思ったことは大体できない。

 この直感こそが才能だと言われればそれまでではあるのだが。


 全員の食事が終わったところで片付けをしてから、状態のいいドラゴンの死体を収納魔法から出す。

 確か70層前後くらいで心臓をレーザーで撃ち抜いた個体だ。

 胴体部分に穴は開いているが、逆に言えば外傷はそれだけである。


 一応死体に回復魔法を掛けてみるが、当然手応えはない。

 生命活動止まってますからね。

 回復のしようがないですわ。


 それでは死霊魔法を試してみますとしますか。

 と言っても実際に竜の魂を呼び戻すような魔法ではない。

 どちらかというと召喚魔法に近い魔法だ。


 召喚魔法が魔力で生き物をまるまる作り出すのに対して、死霊魔法は疑似霊魂を作り出し、死体に憑依させる。

 体を動かす原動力として魔力も与える。

 まあ、コストの安い召喚魔法みたいなものだ。


 ドラゴンの死体が鎌首をもたげ、こちらを見る。

 兵士たちが武器を構えるが、その生気のない瞳にはなんの感情も浮かんでいない。

 もちろん襲い掛かってくるようなことはない。

 言わば命令待機状態だ。


「うまく行きましたね」


「ドラゴンをやすやすと倒すのも凄まじいと思ったが、そのドラゴンを手勢に加えられるとなると、死者の軍勢を作り上げることも可能なのではないか?」


「いえ、与えた魔力が尽きると動かなくなってしまうようです。自ら魔力を取り込むことはできないようですね」


「ゾンビやスケルトンと言ったアンデッドとはまた違うということだな」


 そいつらがどう言う原理で動いているのかは知らないけど、いつまでも動くということなら俺の死霊魔法で作り出したゾンビとは違う代物だということになるな。

 というか、いるのかアンデッド。

 まだ遭遇したことはないな。


「狼たちも予め召喚しておきましょう。必要であればどちらも数を増やすという方向で」


「扉の向こうにそれらを向かわせて迷宮の主を倒すというわけにはいかないだろうか? リスクを減らせると思うのだが……」


「扉が閉じると制御を離れる恐れがありますし、俺だけ入ってもいいんですが、迷宮の主を倒した途端にそのグループだけが地上に転送されるという可能性もあります。その場合、後に残された人々の救出手段が無くなる可能性も」


「全員で部屋に突入するしかないというわけか。狼たちに加え、ドラゴンももう2、3匹用意しておかないか?」


「慎重なのはいいことです。そうしておきましょう。ただ部屋の扉が勝手に閉じる恐れもあります。入るのは我々が先に、それから狼たちとドラゴンたちに入ってきてもらいましょう」


 しかしこれだけ準備しておいて迷宮の主がいなかったら笑えるな。

 最悪なのは扉の向こうに下への通路が用意されているというパターンか。

 いくらなんでもそこまで意地が悪くはないだろう。


 俺はさらにドラゴンゾンビを2匹追加し、狼たちも呼び出す。


「よし、行こう」


 バルサン伯爵の手勢の兵士が扉を開ける。

 俺たちは部屋の中に突入した。

 続いてドラゴンゾンビたちと狼たちも部屋の中に入ってくる。

 それを待って扉は勝手に閉まった。


 部屋は非常に広い。

 奥行きは100メートル以上あるのではないだろうか。

 光球の光も奥まではうっすらとしか届かない。

 しかしそこにいる巨体はぼんやりとだが見えた。


「骨のドラゴン……。スカルドラゴンと言ったところか」


 幸いにして一体。

 だがその巨体はこれまで対峙してきたどのドラゴンよりも大きい。


 スカルドラゴンはすでに動き始めている。

 こちらに向けて走ってくる。


 俺はレーザーを放ち、その体を両断する。

 だが骨をぶった切られたにも関わらず、スカルドラゴンはその形状を保ったままこちらに突進してくる。


 まあ、骨が動いている時点で半分浮いているようなもんですもんね。

 どこかを切られても大した違いは無いのかもしれない。


「ドラゴンゾンビを前に出します!」


 3体のドラゴンゾンビたちが俺たちの前に躍り出て、スカルドラゴンの突進を受け止める。

 スカルドラゴンは自分の勢いでバラバラになるのではないかと思ったが、そんなことはなくドラゴンゾンビたちを跳ね飛ばす。

 二回りほど大きいとは言え、体重はそんなに無さそうなのに、物凄い力だ。

 しかし突進そのものは止まった。


 スカルドラゴンの尻尾が倒れたドラゴンゾンビを打つ。

 鱗が割れ、破片が飛び散る。


 残りの2体がスカルドラゴンに襲いかかった。

 その骨に食らいつき、噛み砕く。


 アンデッド怪獣大決戦の様相を呈してきたな。

 俺たちは完全に観客である。


 ドラゴンゾンビたちは傷つけられながらも、スカルドラゴンの骨を少しずつ破壊していく。

 だが破壊された骨は不可思議な力によって元の位置に戻り、修復されていく。


 アンデッドなのに回復するのかよ。ずるい。


「ドラゴンゾンビを増やします。下がっていてください」


 俺はさらに2体のドラゴンゾンビを作り出す。

 しかしどんなに火力を増したところで、スカルドラゴンが修復するというのなら千日手だ。


「ねえ、見て、スカルドラゴンの胸の辺り。骨じゃない何かがあるわ」


 シルヴィの指摘に俺は目を凝らしてよく見てみる。

 確かにスカルドラゴンの、本来なら心臓がある辺りの位置になにか白い骨ではない物が見える。

 望遠魔法でそれを確認すると、薄く光を放つ球形の何かだった。


 ドラゴンゾンビたちにそれを狙うように指示する。

 ドラゴンゾンビたちが肋骨を噛み砕き、さらにその球体に食らいついた。


 その瞬間、ドラゴンゾンビと俺とのリンクが切断される。


 あ、ヤバい。


 ドラゴンゾンビを、奪われた。




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ご心配をおかけしておりますが、引き続き余談を許さない状況が続いています。

回復はもう見込めないようですが、意識がありませんし、終わりを待つ日々と言った感じです。

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