第3章 帰らずの迷宮 11
この迷宮を俺の力で強引に進むことはできる。
さっきドラゴンを倒したときの感覚からすると、大氾濫のドラゴンよりはかなり弱かったからだ。
例え群れで現れても対処できる。
だがその数が俺の処理能力を超えた場合、他のメンバーが何も出来ずにやられてしまうかも知れない。という点が怖い。
よってこのダンジョンに打って出るには全員の成長が必要だ。
身体強化魔法に慣れているネージュやシルヴィはともかく、他のメンバーは突然肉体が強化される感覚に戸惑っているのが見て取れた。
慣れの時間も必要だろう。
なのでまずは俺の助力無しで、単体のドラゴンくらいは倒せるようになってもらいたい。
安全地帯の部屋を背後に、狼たちに引っ張ってきてもらったドラゴンとの戦いを繰り返す。
群れで来たら1匹残して他は俺の魔法を使いつつ、ドラゴンを安定して殺せるようになるまで、それを繰り返し、感覚的には数日かかった。
食事は極力倒したドラゴンの肉を食べる。
俺の持ち込んだ調理済み食料の残りは11人で消費すればあっという間になくなるだろうし、それが無くなれば魔物の肉を食うしかない。
なので料理と呼べるようなものは、なにかの記念か、あるいは精神的に限界が近いときに限ることにした。
にしてもバルサン伯爵の成長が著しい。
身体強化を早々に乗りこなし、大剣を片手で軽々と振り回している。
ドラゴンの鱗を切り裂くのではなく、ぶん殴った衝撃でダメージを与える方向性にしたようだ。
まあ、強化される前の戦い方から、彼は筋肉質なデブだったのだろう。
相撲の力士のようなタイプである。
あそこまで太ってはいないけど。
左手には盾を持ち、ドラゴンの突進ですら受け止める。
やべえな。本物のドラゴンスレイヤーを生んでしまったかもしれん。
まあ、前から思っていたが、この世界の人々は魔法と言えるほどではないが、魔力を糧に肉体を強化している節がある。
バルサン伯爵はそういうのの適正や習熟度が高くて、身体強化魔法にも応用が利くのかもしれない。
それでもブレスは問題だ。
継続的に炎を吐き出すブレスは盾で防ぎきれるようなものではない。
ドラゴンがブレスの予備動作に入ったら、全員が散開して、なおかつ盾持ちが注意を引く。
盾持ちが耐えている間に他のメンバーが一斉に攻撃して、ブレスを止める。
ネージュ、シルヴィ、バルサン伯爵の誰か、可能であればこのうち2人が攻撃に移れる状況であれば、ブレスを止めるほどの攻撃を繰り出すことができる。
やがてドラゴン1匹であれば安定して倒せるようになってきたので、徐々に探索範囲を広げていく。
ところで収納魔法に貯まりに貯まったドラゴンの素材をどうしたもんかね。
俺はグループごとに3等分を提案したが、レオン殿下とバルサン伯爵が固辞し、8:1:1ということになった。
自分らで倒した分は持って行けばいいと思うのだが、俺の強化魔法込みだから、ということらしい。
あんまり押しつけるのも良くないと思って、そういうことで受け入れる。
いや、正直、死蔵になるんですよ。
もう国に献上しようかな。
兵士にドラゴンの素材で装備を固めてもらえば、例え他国に攻め込まれても有利だろう。
いや、あんまり強くなって侵略戦争とか考えられるのも嫌だな。
国王は外征に興味は無さそうだが、貴族たちは違うだろう。
フラウ王国では国王が絶対的な権力を持っているわけではない。
ある程度の裁量権がある貴族たちがそれぞれの土地を管理しており、国とあまりにも方針が合わなければ離反もありうる。
よって国王と言えど、貴族たちの声を無視できない。
王国軍と一言で言う場合もあるが、それは各地の領主が従える領兵の集合体だ。
国が管理している兵士の数は全体からすればそれほど多くはない。
国王が管理する兵士だけにドラゴンの素材を回せばいいのかもしれないが、それはそれで貴族たちの反感を買いそうだ。
そんなわけでこれまでは最強種の素材をちまちまと冒険者ギルドで売ってきたが、どうやらこれまで売ってきた分を今回で補填して、お釣りが来そうである。
ところでもしも俺が死んだ場合に収納魔法の中身ってどうなるんですかね?
俺の命とともに消えてしまうのか、それとも周辺にばらまかれるのか。
後者だとすれば死ぬ場所も考えておかなければ、町の中で死んだら大惨事だ。
町の一角が魔物の死体で埋まりかねない。
生きる爆弾かよ!
感覚的には前者なので大丈夫だと思いたい。
でも年を取って死期を悟ったら収納魔法の中身はどうにかして空にしておこう。
そしてどれくらいの時間が過ぎただろうか。
いや、メモってるから寝て起きた回数は分かるんですけどね。
ただそれがダンジョンの外の時間とリンクしているかと言えば、していないだろう。
だから俺たちの間で何日目とか、そういう話は出ない。
寝て起きた回数?
そろそろ100に届きそうなくらいだ。
幸い100を越える前に俺たちは別の層に向かうための通路を見つけた。
「まさか
レオン王子が唖然として言った。
そう、俺たちの前に現れた通路の傾斜は上ではなく下に向いていた。
「上に向かう通路を探すべきではないだろうか?」
「そうですね。まだこの階層、仮に16層としておきましょうか。その探索も済んだとは言えません。ただ偵察に散らした狼たちが上に向かう通路を発見できていないことからして、覚悟はしておいてください」
下手に希望を持たせるようなことを言っておいて、その後に心を折られてはたまらない。
絶望に立ち向かう心の強さが無ければ、この先、正気を保ってはいられないだろう。
俺たちは出口の無い迷宮をさまよっているかも知れないのだ。
地図の書かれた羊皮紙の裏面に書かれた16層の地図はまだ断片的なものだ。
全ての通路を探索し終えて、なお上に向かう道が無ければ俺たちは下に向けて進むことになる。
安全のために転移してきた部屋で寝泊まりするため、探索は遅々として進まなかったが、代わりにメンバーの成長が想定している必要最低限には届いた。
俺の支援に加え、ネージュ、シルヴィの参戦も無しでドラゴンを1体なら屠れるようになったのだ。
それによって探索のペースが上がり、やがて俺たちは16層の地図を画き終わった。
すべての通路は探索し尽くされたが、上に向かう通路は、無い。
「進むしかないのか……」
「帰らずの迷宮、ですからね」
予想はしていた。
覚悟もできていた。
それでも精神的に辛いものがある。
圧倒的な力を有している俺ですらそうなのだ。
他のメンバーの精神的苦痛は察して余りある。
「一方通行の罠の先に安全地帯を用意してあったんです。この先が何も無い行き止まりということは無いでしょう。必ず到達点が用意されているはずです。行きましょう。迷宮を討伐できればそれは至上の誉れなのでしょう?」
「そう、だね。ここまで来たんだ。帰らずの迷宮を討伐するつもりで行こう」
レオン王子の言葉が虚勢なのは俺にでも分かる。
だがこの場で一番身分が上の者として彼は弱音が吐けない。
ただその事実が彼の心を支えてもいる。
「ねぇ、ダンジョンの討伐ってどうやるの?」
くいくいと俺の服の袖を引っ張ってシルヴィが聞いた。
「ダンジョンの主を殺すんだ。そうするとダンジョンは力を失って魔物が新たに出現しなくなる」
「それって証拠はどうするの?」
「本人たちの証言しかないね。事実、バルサン閣下も15層のドラゴンを主だと思っていたみたいだし、そういう勘違いは往々にしてあるよ」
「人の恥ずかしい話をバラすでない。迷宮の討伐が成っても、魔物が完全に姿を消すまでには時間が掛かる。すぐに分かるようなものでもないのだ」
「中々に難しいですのね。誰が迷宮を討伐したかで揉めるようなことはありませんの?」
「そういう話は聞いたことが無いな。そもそも迷宮の討伐自体が数えるほどしかない偉業だ。真似できるようなものでもないのだよ」
「では私たちは歴史に名を残すことになるんですのね」
シルヴィの言葉にバルサン伯爵は目を丸くして、それから笑いだした。
「肝の座ったお嬢さんだ。リディアーヌ殿下がいらっしゃらなければ求婚したいくらいだ」
「残念ながら先約がございますの」
そう言ってシルヴィは俺の腕を取る。
「おいおい、おまえはリディアーヌ殿下だけでは満足できんのか」
「私もいる」
ネージュまで反対側の腕に腕を絡めてくる。
ちょっと今魔物に襲われたらどうするんですか?
「かーっ、英雄色を好むというわけか。だがこの力を見れば文句も言いにくいな」
「確かにアンリ君の力はちょっと余所にはやれないね。リディアーヌで引き留めておけるというのなら安いものだ」
リディアーヌさんの人権とかどうなってるんですかね?
そんな概念の無い時代でしたか。
そうですね。
とにかくシルヴィのおかげで雰囲気は少し明るくなった。
迷宮を脱出するのが目的ならば下に進むのは苦痛でしか無いが、迷宮を討伐するという目標があれば下に進むのにも意味が出てくる。
17層へと進む俺たちの足には力が戻ってきていた。
「また下か」
「どうしますか、殿下。17層もすべて探索してみますか?」
17層で見つけたさらに下層へと俺たちを誘う通路を前にレオン王子に問いかける。
「私は先に進みたいと思う。おそらく上に向かう道は存在しないのではないかと思うのだ」
「レオン殿下がそうおっしゃるのであれば」
とは言ったものの、俺もレオン王子と同じ意見だ。
一方通行の転移罠などを仕掛けておいて、そのまま出られるように迷宮を作るとも思えない。
帰らずの迷宮というよりは、帰れずの迷宮なのではないかと思う。
だからと言って絶対に出られない迷宮ということもあるまい。
製作者たちがどうやって脱出したのかって話だ。
必ず脱出手段は存在する。
そして転移罠があったことを考えると、それはこの迷宮の最奥に転移装置として存在するのではないかと思うのだ。
「念のため、狼たちには引き続き17層を探索させましょう。18層では新たに狼を呼び出します」
「君の魔法に限界は無いのかい?」
「周辺の魔力を使い尽くせばそこまでです。ですが幸いこのダンジョンには魔力が満ち溢れておりますので、使い切るというのは中々考えられないでしょう」
「良い材料だと言うべきなのだろうね。アンリ君の魔法が我々の生命線だ」
我々という中には当然収納魔法に収まっている50名ほどの人員も含まれている。
俺が死んだとして、先に考えたように中身が消滅するのだとすれば、彼らは意識を取り戻すこともないまま消滅することになってしまう。
今回はやむを得ない事情があったわけだが、収納魔法に人間を入れるのは出来る限りやめておこう。
そんなことを考えながら俺たちは18層へと降りていった。
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ちょっと家族に不幸が、まだなんですが、そろそろという感じなので、バタバタとしておりまして、しばらく投稿が不定期になります。
楽しみにしてくださっている皆様には申し訳ありませんが、ご了承ください。
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