第3章 帰らずの迷宮 6

 担任の先生に王命でしばらく王都を離れることを告げ、俺たちはまず王都の市街地に繰り出した。

 帰らずの迷宮がある町、ダフネでも買い物はしたが、ネージュとシルヴィが合流したことで2人の装備など、買い足しておきたいものもある。

 オルタンシアとダフネでどちらが品揃えがいいかも分からないから、とりあえず王都を見て回ろうと言うことである。


「そもそも子ども用の装備なんか王都でしか売ってないよな」


 武器屋で3人分の武器を買い揃える。

 もちろん予備も多めに買っていく。


 金も収納魔法もある。

 出し惜しみはしない。

 経費に関しては後で国王に請求するしな。


 防具は動きやすさを重視して革製を中心に部分的に金属で補強されたものを、これも予備を含めてあるだけ買っていく。

 あるだけとは言ってもサイズが合うものがそれほど無いので、アホみたいな量にはならない。


 食料を買い込み、日用品も買い揃える。

 なにをしに行くんですかね?


 というか、なにをしに行くのか話してなかった。


「第一王子のレオン殿下の行方が不明なんだ。おそらくダフネの帰らずの迷宮に挑戦したものだと思われる。そこで俺たちが王子様の安否を確認、必要なら救出する」


「一大事じゃない! なんで軍を動かさないの?」


「そんなことをすれば事が公になる。レオン殿下の名誉は地に落ち、彼の王位継承に反対する声が大きくなる。それにダンジョンは軍隊向きじゃないよ」


「それもそうね。少数精鋭ということならアンリが選ばれたのは納得だわ」


「だけどダンジョンは特殊な空間だ。基本的な魔法は使えるけど、転移魔法が使えないのが痛い」


「転移魔法?」


「瞬間移動のできる魔法だよ。この事は他言しないで欲しい。影響力の強い魔法だからね」


「はぁ、なるほど。分かったわ。ダフネまではそれで移動するのね?」


「そうなる。けど帰らずの迷宮そのものには真っ当に挑戦する必要があるってこと」


「王子様を見つけることが目的なら、闇雲に奥を目指すってわけにもいかないわね」


「そうだね。だけどレオン殿下は最下層である15層を目指したはずだから、まずは最下層まで降りて、そこから捜索を開始するつもりだ」


「地図はあるの?」


「10層まではかなり正確な物が、そこから先は報告も少ないから精度は落ちるらしい。それでも15層までの道順が記されたものがある」


「書き足しながら進むしか無いわね。アンリのおかげで食料や水には余裕があるけど、迷宮で迷うのは勘弁して欲しいところだわ」


「ごもっとも」


 ミイラ取りがミイラになっちゃったら大変だもんね。


 必要だと思われる資材を買い揃え終わると、日が沈みかけていた。

 今からダフネに向かったところで、今日のうちに稼げる距離は大したことは無いだろう。

 だが事態は一刻を争う。

 今日、ゆっくり睡眠を取ったために間に合わなかった、では目覚めが悪い。


 王命だから、王子の命を救いたいから、というよりは自分の都合でダフネに向かうことにする。


 転移魔法を使うと、王都の裏路地から、一瞬でダフネの裏路地に移動する。


「これが転移魔法……。恐ろしい魔法ね。絶対に帝国に知られるわけにはいかないわ。暗殺されるわよ」


「やっぱりそう思う?」


「国境線防備の意味がなくなるもの。敵国の中枢部にいきなり軍隊を送り込めるわけでしょ」


「おっそろしいこと考えるなあ」


「それくらいは考えておきなさいよ。とにかく乱用は禁止よ」


「肝に銘じておくよ。さあ、行こうか」


 迷宮の入り口に向かうと先日会った衛兵が今日も居た。また許可証の下りをやるのは面倒だったのでありがたい。


「おはようございます。あの後、例のグループが出てきたということはありませんか?」


「やあ、こんばんは。そんな話は聞いてないね。それでそちらのお嬢さん方が君のパーティメンバーというわけかい?」


「そうなります」


「大人としては止めたいところだけどね。国王陛下の許可があるということだし、君たちの無事を祈っているよ」


「ありがとうございます。それでは行ってきます」


「無理はするんじゃないよ」


「はい」


 ネージュとシルヴィを連れて帰らずの迷宮に足を踏み入れる。

 前回と同じように異世界に足を踏み入れた感覚が全身を抜けていく。


 だがそれを感じ取っているのは俺だけのようだ。

 ネージュもシルヴィも平然と後を付いてくる。


「割りと広い、けど真っ暗なのね」


「それなら問題ないよ」


 俺は光球を生み出して頭上に浮かべる。

 30メートルほど先までは見える光量だ。


 もちろん明るさは増減できるが、これ以上明るくすると眩しいだろう。


 全員に身体強化の魔法を掛け、探知魔法を広げようとする。

 が、探知魔法が発動しない。

 どうやら転移魔法と同じように制限を掛けられているらしい。


「なるほど。真っ当にやれってことか」


 流石にこうなると意図的なものを感じる。

 この迷宮には魔法使い対策が取られているのだ。


 現在は魔法使いの存在が認知されていないが、過去には違ったのだろう。

 つまりこの世界の人々にも魔法使いになる素養が備わっているか、あるいは魔法使いという種が滅んだのか。


 まあ、いま考えることでもないか。


「2人とも、探知魔法が使えない。不意打ちされる危険性があるから、慎重に進もう」


「攻撃魔法も使えるか確認しておいたほうがいいんじゃない?」


「そうだね」


 俺は火球を生み出す。

 それを消して水球。

 風を起こし、迷宮の通路を土で塞ぐ。

 土壁に紫電をぶつけ、弱威力のレーザーで土壁の中ほどまで穴を空ける。


「うん。攻撃魔法は問題ないようだ。身体強化も発動しているし、迷宮をショートカットできるような魔法が封じられているんだな」


「まるであんたが来るのが分かっていたみたいね」


「なるほど」


 そういう可能性もあるのか。

 そうだとすると俺向けの試練が待ち構えているかも知れない。

 ネージュとシルヴィを連れてきたのは正解だったか、それとも不正解か。


「とにかく先に進もう。今日の目標は10層まで降りることだ。ここまでは冒険者の数も多いようだし、王子一行がいる可能性も低い。最短経路を抜けていくぞ」


「そうね。腕がなるわ」


「アンリは私が守る」


「わ、私だって守るわよ」


「気持ちはありがたいけど、まずは自分を守ってくれ」


「そういうわけには行かないわ。なんせあんたには回復魔法があるもの。あんたがやられたら終わりだけど、私たちが怪我してもあんたが治せる。そうでしょ」


「そうなんだけど、男の意地というかさ」


「却下」


 俺のパーティの女性陣は強いです。




 というか、実際強かった。ネージュとシルヴィは現れる魔物を次々と剣の錆へと変えていく。そりゃ身体強化による底上げが大きいんだろうけど、女の子が危うげもなく魔物を屠っていくのは、傍目にはどうかと思うよ。


「まあ、肩慣らしにはなるわね」


「うん、楽勝」


「そろそろ俺も参加していい? 俺だって魔法がどの程度通じるのか確かめたいし」


「仕方ないわね。それにしても浄化の魔法って便利だわ。いちいち剣を拭かなくていいんだもの。返り血も落とせるし」


「刃こぼれは直せないけどな。まあ予備の武器もいっぱいあるんだけど」


「じゃんじゃん行くわよー」


 だからそろそろ俺の出番を。


 などとふざける余裕すら見せながら俺たちは8層に到達した。

 魔物はミノタウロスや、オーガのような、いわゆる大物に変わり、さすがのネージュとシルヴィも単独で倒すのは難しくなっている。

 彼女らが魔物を引きつけている間に、俺が魔法を完成させて倒すという手順だ。


「流石に疲れてきたわね」


 肉体的な疲労は魔法で回復させているが、精神的な疲労は回復できない。

 それにダンジョンの中では時間が分からないのが地味に辛い。

 おそらく深夜は回っていないと思うのだが、その根拠は何もない。


「10層まで行くつもりだったけど、9層までにしておくか」


 無理をして進んで俺たちが消耗しては意味がない。俺たちは救出班なのだから、二次遭難するわけには行かないのだ。


「10層までは頑張りましょ、って何か来たわよ」


 前方からいくつかの足音が駆けてくる。

 剣を構えた俺たちの前に飛び出してきたのは、冒険者のパーティだった。

 傷つき、お互いを支え合っている。

 このルートに飛び出してきたということは上層に向かうのだろう。


「おい、あんたらも逃げろ。オーガの変異種だ。勝ち目がねぇ」


 そう俺たちに声を掛けて冒険者たちは上層へ向かうルートを駆けていく。


「オーガの変異種だって」


「後ろから襲われてもなんだな。倒しておくか」


「分かった」


 俺たちは冒険者がやってきた方向に足を向ける。

 ほんの数十メートルも進んだところでそのオーガの変異種らしき魔物に遭遇する。

 その魔物は足元にいるボロボロになった人影に向けて手にした大剣を振り下ろそうしていて――。


「――!」


 咄嗟に自重しない威力のレーザーを放つ。

 オーガの大剣を持った腕が飛ぶ。

 高温で焼かれた傷口からは出血がない。

 切ったというよりはまるで外したというような光景だ。


 風の刃を飛ばしてオーガの首を落とす。

 今度こそ噴水のように血飛沫が上がって、辺りを濡らす。

 俺はそのまま倒れたオーガの傍に転がった人影に駆け寄った。


 酷い有様だ。

 右半身は潰され、左腕は切り飛ばされている。


 息があるのが不思議なくらいだ。

 俺は全力の回復魔法を使う。


「アンリ、これ、左腕よ」


 シルヴィが差し出してきた左腕を傷口に押し当てる。

 ネージュとシルヴィが周辺の警戒をしてくれているのがありがたい。

 ここまで集中したことは滅多にない。

 余所に注意を払っていられない。

 そんなことをすればこの命は俺の手からこぼれ落ちてしまうだろう。


 まずは生存を最優先。

 血液を補充し、出血を止める。

 潰れた組織を再生し、傷を癒やす。


 それから傷跡が残らないように丁寧に外傷を処置していった。

 どれくらい時間が掛かったのか集中していた俺には分からない。

 おそらく一時間か、それくらいは掛かったのではないのだろうか。

 これまで俺が治療してきた中で最長時間の更新だ。


「ふぅ……」


 額の汗を拭う。

 脈拍は正常。

 呼吸も正常。


 とりあえず一命はとりとめたと言っていいだろう。

 怪我の確認のために切り裂いた衣服の代わりに、収納魔法から取り出した毛布を“彼女”に掛ける。


「終わったの?」


「ああ、とりあえず死なせずには済んだ」


「だったらオーガの死体を収納しておいてくれないかしら? 血の臭いに他の魔物が寄ってくるかも」


「そうだな」


 俺はオーガの死体を収納する。


 変異種とか言ってたけど、特に違いは感じなかったな。

 まあ、出会い頭にぶっ殺したし、そんなもんか。


「奴隷よね、その子」


「付け加えるなら獣人だな」


 彼女の手足には枷が掛けられていた。

 手のほうの鎖は叩き切られたのか繋がっていなかったが、足のほうの鎖は両足を繋いでいる。


「出くわす冒険者たちが獣人奴隷を連れていた理由が分かったわ」


 そう、帰らずの迷宮で出会う冒険者たちは、その多くが獣人の奴隷を連れていた。

 最初は先の見通せない迷宮内で魔物の接近を感知させるのが狙いかと思っていた。

 もちろんそれも理由のひとつであるのだろうが、もうひとつの役割がはっきりと見えた。

 いざという時の捨て駒だ。

 彼らは自分たちでは手に負えない魔物に出くわした時に、奴隷を囮にして逃げるのだ。


「反吐の出る連中ね」


「冒険者が皆そうってわけでもないさ」


 だけどここではそれが普通なのだろう。


「とりあえず今日はここまでにしよう。彼女をどうするか、だよな」


「連れていくしかないんじゃない?」


「意識の無いうちに収納してしまうってのも手なんだけどな」


「あんたの収納魔法って生き物まで入れられるの? こわっ! 入れられるのこわっ!」


「なんでか意識の無い生き物しか入れられないから安心しろ。まあ寝ているうちに収納しちゃおうと思えばできるんだが」


「絶対しないでよね」


「しないしない」


「でもそう考えると何十人救出するにしろ、みんな眠らせて収納しちゃえば楽なもんよね。そうか、軍隊ごと収納して転移魔法で」


「だからおまえの発想がこえーよ!」


「んぅ?」


 などとシルヴィと騒いでいたのが悪かったのか、獣人の彼女は収納する前に、意識を取り戻してしまった。


「あ、あ、わ、わたし……」


「大丈夫、もう大丈夫だからね」


 シルヴィが彼女の頭を撫でながら、声を掛け続ける。

 シルヴィがそんな対応をすることからも分かる通り、獣人奴隷の彼女は俺たちよりもさらに幼い。


「わたし、死んで、ここは……」


「死んでないわよ。大丈夫。あなたは運が良かったの」


「痛くない。腕も、くっついて……。あなたは、神様?」


「違うわよ。それにあなたを治したのは私じゃない。彼よ」


 少女の目が俺を捉える。


「体におかしいところはないか? ちゃんと治したつもりだけど、異常があったら教えて欲しい」


 少女は首を横に振る。


「どこもおかしくないの。痛くもないし、それが、変」


「そうか、良かった。君には2つの選択肢がある。眠ってそのまま地上に帰還するか、目覚めたまま俺たちと最下層を目指すか、だ」


「地上に戻れるの?」


「ああ、約束する。今から眠って目覚めたらもう地上だ」


「お願いします。怖いけど、ダンジョンはもう嫌……」


「分かった。次に目が覚めたら地上だよ。目を閉じてリラックスして」


 俺は彼女に睡眠魔法を掛けて眠らせると収納魔法に収めた。


 収納したことを忘れないようにしないとな。




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この子は嫁にはなりません!

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