第3章 帰らずの迷宮 5


 王城に到着すると待たされることなく、国王の執務室に通された。


 いいのかな?

 国王の執務室とか国の重要な書類とかがあるんじゃないのかな?


 などと思ったが、国王の蒼白になった顔色を見てそんな考えはぶっ飛んだ。


「アンリ、よく来てくれた」


「陛下、ご体調がすぐれないのでは?」


「私の体調などどうでもよい。アンリ、おまえの力を貸して欲しい」


「一体何事でしょうか?」


 侵略戦争とかは勘弁な。

 攻められてるのを守れという話なら仕方ないとも思うが。


 まだ人間を殺したことはないが、この国を守るためというのなら、手を汚す覚悟はできている。


「レオンの消息が分からん」


「レオン殿下の!?」


「いや、行き先の推測はできるのだ。帰らずの迷宮。ダンジョンだ」


「許可を出したのですか?」


「そんなわけあるまい! あの子は地方の視察に行くと言って、そのまま消息を絶ったのだ。なぜ気付かなんだ……。あの子は焦っていたというのに……」


「では私の仕事はレオン殿下の捜索と安全の確保ですね。レオン殿下が王都を発ってどれくらいになるのでしょうか?」


「もう一月になる。帰らずの迷宮までの距離を考えると、もうとっくにダンジョンの中にいるはずだ」


「一刻の猶予もありませんね。帰らずの迷宮の位置と、ダンジョンに入る許可をください」


「どちらも用意してある。アンリ、国王としてではなくひとりの親として頼む。レオンを無事に連れて帰ってきてくれ」


「全力を尽くします」


 国王から地図と許可証を受け取って退出する。

 地図によれば帰らずの迷宮は王都から遥か北北西、馬車で一週間ほどの距離になるようだ。

 つまり真っ直ぐ向かうことができれば飛翔魔法で一時間ほどの距離であろうと推測できる。


 まずは一度現地の様子を見に行ってみるか。


 俺は王城を出ると飛翔魔法で飛び上がる。

 地図を片手に帰らずの迷宮に向けて飛翔する。


 で、やっぱり二時間くらいかかるんですよね。

 それでもまだ昼過ぎだ。


 帰らずの迷宮の入り口は恐ろしいことに町の中にあった。


 中から魔物とか出てきたらどうするつもりなんかな?

 それとも迷宮があるから町ができたのだろうか?

 どんなに危険でも、それなりの理由があれば人は集まるものだ。


 人気のない裏通りに降り立った俺は、早速ダンジョンの入口に向かう。


 帰らずの迷宮の入り口は、町の中心部にある遺跡の中にあった。

 遺跡とは言ってもほとんど取り壊され、迷宮の入口部分がほんのわずかに残っているという有様だ。

 まあ、この時代の人々に歴史的遺産の保全とかいう概念はありませんよね。


 そのあたりになると行き交うのは冒険者ばかりという様子になって、俺のような武器も持たない子どもの姿は見受けられない。

 意気揚々と入り口に向かう冒険者がいて、疲労困憊の様子で出て来る冒険者がいる。


 そしてまさに迷宮の入り口の手前で俺は衛兵に止められた。


「子どもの立ち入りは禁止だ。すぐに家に帰りなさい」


「帰らずの迷宮への立ち入り許可を国王陛下より頂いております」


 俺が許可証を差し出すと、衛兵は目を丸くしてそれに見入った。


「まさか、そんなはず、しかし本物なら……」


「確認してくる。その子が勝手に入らないように見張っててくれ」


 衛兵のひとりが許可証を手に走り出す。

 元気のいいことだ。


「国王陛下の印章入りの許可証とか、君は何者だい?」


「まあ、ただの学園生ですけど。逆に質問なんですけど、最近こんな顔の人が迷宮に入りませんでしたか?」


 光魔法でレオン王子の顔を描き出す。


「おわ、なんだこりゃ。……うーん、見覚えはないなあ。いつでもここにいるわけじゃないから、俺がいない時に入ったかもしれんが」


「ではやけに大人数で入ったグループの噂とか。三週間ほど前の話になると思うんですが」


「三週間ほど前か、それなら知っている。数十人の騎士と兵士が入っていったって話だ。そしてまだ出てきていない」


「やはり、ここか」


 迷宮に入って三週間、まだ出てきていない。


「かつてバルサン伯爵様が竜殺しを成し遂げた時はどれくらい掛かったものなんでしょうか?」


「二十日だ。領主様は二週間だと言っているがな、実際には二十日かかった。だが今回は地図もあるしもっと早く行けると思うぞ」


「なるほど、ありがとうございます」


「しかし君はそんな装備で迷宮に入るつもりなのか? 自殺行為だぞ」


「いえ、とりあえず入り口からちょっと中を覗くだけのつもりでした。本格的に入るときはもっとちゃんと用意しますよ」


「まあ、正式に許可が出ているのであれば、俺たちは通すしかないんだがな。子どもが死地に向かうのを見送るのはあまりいい気分ではない。本当にちょっと覗くだけにしておくんだぞ」


「はい、ありがとうございます」


 やがて許可証の確認に向かった衛兵が戻ってきて、印章が一致したことを告げた。

 許可証を返してもらい、帰らずの迷宮の入り口に立つ。


「それじゃ行ってきます」


「おう、すぐ戻れよ」




 迷宮に一歩踏み入れた途端、濃密な魔力が漂っていた。


 自然界にはありえないほどに魔力が濃い。

 そしてもうひとつ、精神世界に足を踏み入れたときと似たような感覚が全身を駆け抜けた。


 明らかに別世界だ。


 これがダンジョン。


 光球を生み出して辺りを照らす。

 とりあえず魔法が使えることに安心する。

 しかしその一方で精神世界と同じように転移魔法は使えなかった。


 これは思っていたより厄介だぞ。

 ある程度進んで転移で町に戻り、また転移でそこから再開する、ということを考えていたが、転移魔法自体が使えないのではこの案は使えない。

 真面目にダンジョンアタックするしかないということだ。


 入り口から入ってくる冒険者が俺の生み出している光球を見てぎょっとする。


「なんだそりゃ! 何かの道具か?」


「ああ、お騒がせしてすみません。これは魔法です。どうぞお通り下さい」


「魔法だって? 奇妙なことを言うガキだな」


 彼らは不可思議そうな顔をしながらもダンジョンの奥に進んでいく。


 しかしこの狭さ、転移魔法が使えないこと、などを考えるとひとりで進むのは危険だな。

 冒険者でも雇うか?


 とりあえず内部の様子は分かったのでダンジョンを出る。


「おう、ちゃんと出てきたな」


「次は本格的に挑戦しようと思います。ダンジョンの地図はどこに行ったら手に入りますか」


「それならその辺で売ってる安物には手を出すな。領主様の許可が入ったものが値段は高いが正確だ」


 えー、あの伯爵の懐を暖めることになるのか。

 でも背に腹はかえられない。


 子どもを相手にまともに話をしてくれる衛兵の言うことだ。

 嘘じゃないだろう。


 町に出て食料、地図と買っていく。

 特に食料は店の在庫を買い尽くす勢いで買い漁る。

 三週間ダンジョンに入ったままの兵士たちがどのように飢えているか分かったものではない。

 収納魔法を隠すこともせず、買ったものを片っ端から収納魔法に入れていく。


 地図も兵士が言っていたように領主の許可が入ったものを買った。

 ついでに安いのも一枚買っておく。

 まあ、比較用にね。


 資材を買い終えた俺は転移魔法で王都の学園に戻った。

 ちょうど放課後になった時間だ。

 教室に行くとまだネージュもシルヴィも残っていた。

 ちょうどいい。


 リディアーヌもいるが詳細を話すのは躊躇われるな。

 彼女が行くなと言っていた帰らずの迷宮に行くわけだし。


「ネージュ、シルヴィ、ちょっと」


「アンリ、なに?」


「どうしたの?」


「しばらく王都を離れることになった。多分、3週間くらいかな?」


「私も行く」


 ネージュさんはブレませんなあ。

 俺、まだ何処に行くとも言ってないよ。


「わ、私も行くわ」


 シルヴィさんも張り合わなくていいから。


「今回は駄目だ。危険が大きすぎる。ダンジョンに潜るんだ」


「じゃあ私も行く」


 人の話を聞きましょうね。


「待ちなさい。ひとりでダンジョンに潜るつもり? 駄目よ。あんたの魔法はダンジョン向きじゃないでしょ。私たちも連れていきなさい。あんたの強化魔法さえあれば、私もネージュだって十分に戦えるわ」


 うーん、確かに単身潜るのを避けたいと思っていたのは事実だ。

 冒険者を雇うのもちょっとなあと思っていた。

 彼女たちの提案は渡りに船ではある。


 しかし恋人たちを危険に晒すというのは……。


「あんた、逆の立場だったらどうするのよ。私たちがダンジョンに潜るって言って、それを王都で待ってられる?」


「無理だな」


 そりゃ無理にでも付いていきますわ。


「そうと決まれば早速先生に休暇の届けを出さないと。ほら、行くわよ。アンリ、ネージュ」


 シルヴィに手を引かれて、俺たちは教室を後にした。

 うーん、シルヴィがネージュに対して遠慮が無くなって、俺は良かったなあって思いますよ。

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