第3章 帰らずの迷宮 4
さて名実ともにシルヴィと恋人同士になった俺を待っていたのはネージュとリディアーヌへの報告だった。
この二人には自分たちで言っておかなきゃならない。
うう、気が重いなあ。
まずはネージュだ。
放課後にネージュを誘って町へ出る。
カフェに入ると予定通りにシルヴィが待っていた。
「アンリ、ここよ」
「アンリ、どういうこと?」
「とりあえず座ろう。ネージュ。話はそれから」
「……分かった」
不承不承と言った様子でネージュがシルヴィの向かいの席に座る。
丸いテーブルで良かったですわ。
これが2対2で座る形式だったら、どっちに座っていいのか分かんないもん。
店員さんがやってきて俺とネージュは熱い紅茶を頼んだ。
店員さんがいなくなると、テーブルに緊張が漂う。
「ええと、ネージュ」
「待って、アンリ、私から言わせて」
「え、でも」
「リディアーヌ様にはあんたから言ってもらうから」
「そういうことなら」
お互い身内のほうが話しにくいのかもね。
シルヴィは居住まいを正すと、こほんと咳をした。
「ネージュ様、私、この度アンリ様とお付き合いをさせていただくことになりました。どうぞよろしくお願いします」
「えっ、あ、それって?」
ネージュがうろたえて、俺に救いを求めるような視線を向ける。
「俺とシルヴィは恋人同士になったんだ」
「婚約者、じゃなくて?」
「いずれはそうなると思う。だけどそれとは関係なく、俺はシルヴィが好きで、シルヴィは……あれ? そう言えばシルヴィの気持ちって聞いてたっけ?」
「うぅ、言わなきゃ、よね。ネージュ様、私もアンリが好き、なの」
「だったら私もアンリの恋人になる。私もアンリが好き、アンリは私が好き。何の問題もない」
そう来るかー。
でもネージュはなんというか恋人という対象ではないんだよな。
せめて見た目の年齢が近ければ、とも思うんだが、それにはまだ数年待たなければならない。
さすがにそれだけネージュに待ってもらうことはできないだろう。
というより今すぐ答えを求められてますね。
「ネージュ、俺はネージュのこと家族と同じくらい大事な人だと思ってるよ。それじゃ駄目なのかな?」
「駄目」
駄目でした。
確かにシルヴィの気持ちには応えて、ネージュの気持ちには応えないというわけにもいかない。
いや、二股になるから普通は駄目なんだろうけど、そこはこの世界の貴族の倫理観が許可を出している。
ような気がする。
「私に遠慮することはないわよ。アンリ。元々あんたを独占できるなんて露程にも思っちゃいないもの。どうせネージュ様とも結婚するんでしょう? なんで恋人になることに腰が引けてるのか分かんないわ」
いやぁ、現代日本の倫理観を微妙に引きずってるせいだと思うんですよねぇ。
でもここは異世界で、異世界の方々がそれでいいって言ってるんだから、それでいいじゃないか。
そう思いたい。
「ネージュとシルヴィがそれでいいって言うんなら、そのネージュ、俺と恋人になってくれるかい?」
「なる。絶対なる」
「まあ、こうなると思っていたわ」
そうなんか。
シルヴィさん鋭いっすね。
俺はネージュがシルヴィに紅茶ぶっかけるんじゃないかと気が気でなかったよ。
それからようやく運ばれてきた紅茶を飲んで俺たちは一服した。
さて、次はリディアーヌさんですわ。
リディアーヌを町に誘い出すわけには、警護の問題上できないので、学園のサロンで話をすることになった。
ここだと他の人にも聞かれちゃうんだけどな。
もうホント今更だけど。
学園のサロンに入るのは実は初めてだ。
誰でも入れるってことにはなってるけど、実際には上級貴族の子弟子女の専用と化している。
確かに上級貴族の子どもたちが居座ってたら他の子たちは入りづれーですわ。
一応、シルヴィの客として俺とネージュはサロンに足を踏み入れた。
リディアーヌは奥の方の席で他の取り巻きの子と談笑している。
「リディアーヌ様、今日は私とアンリ様からお話がございますの」
「まあ、なにかしら? まずはお座りになって下さいませ」
リディアーヌに勧められるまま席に着く。
だらだら引き伸ばしていても仕方ない。
単刀直入に行くか。
「実はここにいる二人と付き合うことになりました」
「まあ、それはおめでとうございます。一足先に春が参りましたのね」
あっさりと祝福されて拍子抜けする。
「ええと、リディアーヌ殿下、いいんでしょうか。私はその……」
「確かにアンリ様は私の婚約者候補でいらっしゃいますけれど、その気持ちまでも縛り付けることはできないでしょう? それにアンリ様はそれで私の婚約者候補であることを辞退はなさらないでしょうし」
辞退しないというよりできない。
シルヴィの家の格を考えると、リディアーヌとの婚姻によって得られる爵位が魅力的だからだ。
実に貴族的な考え方で嫌になりますね。
シルヴィが長女で一人っ子だと言うのなら、コルネイユ家に婿入りするという道もあったのかも知れないが、シルヴィは次女だし、爵位は兄が継ぐことになっている。
侯爵令嬢を娶る家柄として、やはり一代限りとは言え、名誉侯爵の爵位は欲しい。
そもそも国王から持ちかけられた婚約者候補の話を断れるか、って話でもあるけれど。
まあ、断わってもいいけど、国外まで家族を連れて逃げるのが面倒すぎる。
あとストラーニ伯爵にも迷惑がかかるだろう。
「アンリ様は王家に魔法使いの種を残していただければそれでよろしいのです」
その自分自身を道具としてしか見ていない物言いに、俺はちょっと怒りを覚える。
だけどそれはきっと貴族としては正しい考え方なのだろう。
「だから私にはアンリ様が本当に好きな方と結ばれるのを邪魔するようなことはできませんわ。そのお気持ちのほんの末席に私を加えていただけるのであれば、とても幸せなことなのですけれど」
「とんでもありません。私の心の席の中央はリディアーヌ殿下のために空けてあります」
逆に言うと空席とも言える。
そりゃシルヴィのことは好きだし、ネージュのことは言わずもがな。
だけど、多分、これは転生者だからなんだけど、俺はどこか自分自身で一歩引いているところがあると思う。
本当の人生はこれではない感覚があるというか。
まあ天使さまが言うには、もともとこっちの世界に生まれてくるはずだったんですけどね。
ぽっかりと穴がある感覚。これを空席と言っていいなら、嘘は言っていないし、少なくとも今のところリディアーヌがそこに座っているということはない。
「まあ、では早くそこに座りたいものですわね」
リディアーヌは俺の言いたいところに気付いたようだ。
だけど俺だって気付いていることがある。
リディアーヌは俺に惚れているわけではない。
面白がってはいるようだけどね。
その後は罪のない雑談で時間が過ぎていった。
なんとか報告を終えられて一安心ですわ。
などと思っていると、数日後、突然国王から呼び出しがかかった。
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