第3章 帰らずの迷宮 3
冬休みが終わり、学園には日常が戻ってきた。
二年生になったが、今学年は1クラスしかないので、クラス替えもなく、クラスメイトも変わらない。
実に代わり映えのしない日々だ。
はい。嘘つきました。
シルヴィとの、関係性を手探りで探るような日々は、これまでと同じ日常をまったく違うものに変えてしまった。
シルヴィのことを考えると、胸が苦しいのに不快ではない。
これが恋というものか。
っていうか46年生きたおっさんが11歳の少女に恋をしてるってどうなん?
これがロリコンか。
言い逃れできませんわ。
新年パーティでシルヴィのお父さんから婚約の話を持ちかけられたことで、シルヴィとの関係は一歩前進したように思う。
シルヴィに直接好きだとは伝えていないが、少なくとも結婚することについては嫌ではないと言ってしまったようなものだしな。
しかしこの気持ちを伝えてしまってもいいものか。
なんせネージュとリディアーヌがいるからね。
ふたりも侍らせている男に好きだと言われて嬉しいか?
と自縄自縛に陥っている。
かと言ってシルヴィから気持ちを告白してくれそうな気配もない。
というか、あの子にそんなことさせたらきっと心臓止まっちゃう。
誰のって?
両方だよ!
そしてリディアーヌはそんな俺とシルヴィの様子を楽しそうに観察している。
あとヤキモキしている様子のネージュのことも観察してますね。
リディアーヌさんは全方向に楽しそうで本当に尊敬しますわ。
リディアーヌの言っていた期限のことも気にはなるけど、まだしばらくはこんな感じで日々は過ぎていくんだろう。
そう思っていた時期が俺にもありました。
春も近づいてきたある日の放課後、わざわざ教室にやってきた名前も知らぬ先輩に呼び出された。
しかもシルヴィと一緒に来いとのお達しである。
「お知り合い?」
「ダレイラク伯爵家の次男で、ジェレミー先輩。4年生よ。一応顔は知ってるって言う程度だけど」
前を歩く先輩に付いていきながら、シルヴィと小声で会話する。
「この先輩からの縁談も断ったとか?」
「そんなのいちいち覚えてないし」
さすがは侯爵令嬢。
覚えきれないほど縁談が舞い込んできていたのか。
「そもそも次男坊じゃね。そんなのお父様が相手にしないわよ」
ひえっ、厳しいっすわ。
結構なイケメンだと思うんだけどな。
貴族の婚姻に顔は関係ないか。
身分と利権と関係性の取引みたいなもんである。
だから俺がシルヴィを娶るためには、その婚姻によってコルネイユ家に得があるように準備しておく必要があるんだよな。
侯爵によれば俺が魔法使いということで十分だと言う話だったが、現実にはそうもいくまい。
気の早い話だと思ってたけど、こうして縁談が舞い込んでる話とか聞くと、実感が湧いてきますわ。
「なに? 気になるの?」
ちょっと嬉しそうですね、シルヴィさん。
「そりゃこうして呼び出されてるもん」
「まあ、そういうこと、ではあるんでしょうね。他に思い当たらないもの。頑張ってね、アンリ」
「はぁ、一応確認しとくけど、断る方向性でいいんだよな?」
「なんでそんなこと聞くのよ。当たり前じゃない」
「いや、性格は分からんけどさ、顔はいいじゃん」
「怒るわよ」
なんで怒られるのか分からん。
「あんたはネージュ様が美しいから大事なわけ?」
あ、ちょっとイラッと来たぞ。そんなわけがあるか。
「そういうことよ」
なるほど、シルヴィは別に顔で俺が好きになったわけじゃないと言いたいんだろう。
だからこの先輩がイケメンだとしても別に惹かれたりはしない、と。
ホント、分かりにくい子。
そんなことを小声で話しているうちに、先輩は目的地に到着したようだ。
学園の校舎の裏側、木が植えられてちょっとした林のようになっている場所だ。
いわゆる校舎裏ってやつですね。
そして先輩は俺たちを前にその口を開いた。
「アンリ・ストラーニ、シルヴィさんにつきまとうのを止めてもらおうか」
「はぁ……」
なに言ってんだこの人。
別に俺はシルヴィにつきまとったりはしていない。
どちらかというと以前のシルヴィが俺につきまとっていたんだぞ。
「もっとはっきり返事をしたらどうだ? アンリ・ストラーニ」
「いや、別につきまとってませんけど?」
「こういう自覚のない奴が一番面倒なんだ。シルヴィさん、はっきり言ってやってくれないか。迷惑していると」
「いいえ、別に迷惑はしていませんけれど」
「くっ、すでになにか弱みを握られているんだね。しかし僕が気付いたからには大丈夫だ。必ず君を救い出してみせる」
ひとりですごい熱く盛り上がってらっしゃるけど、俺とシルヴィは氷点下まで冷めきっている。
「アンリ・ストラーニ、僕と勝負しろ! そして僕が勝ったら二度とシルヴィさんには近づかないと誓うんだ」
「それって俺が勝ったらどうなるんですかね?」
「そんなありえない仮定に意味はない」
「先輩、俺が魔法使いだってことをご存じないんですか?」
「魔法というのはあれだろう。光を生み出してキラキラと人を惑わすあれだろう。そんなものが戦いで何の役に立つ?」
あー、確かに人前ではそんな魔法しか使ってないですわ。
しかし光の幻想魔法だって使い方次第では凶悪だと思うんだけどな。
「じゃあ俺が勝ったら二度と俺とシルヴィの関係について口出ししないこと。絶対負けないんだから約束くらいできますよね?」
「いいだろう。意味のない条件だけどね」
「先輩、得物は用意してます? 俺は魔法を使わせてくれるならなんだっていいんですけど」
せっかくの校舎裏だしちゃっちゃと片付けようと思っていたら、先輩は首を横に振った。
「気が早いね。決闘なのだから後日、改めてやろうじゃないか。そのほうが君も心の準備ができるだろう?」
「あ、はい。お任せします」
もうなんでもいいや。
シルヴィも気の抜けた顔をしていた。
まあ、シルヴィは俺の攻撃魔法がどんなもんか知ってるもんね。
俺が負ける図などとても思い描けないだろう。
考えが甘かった。
数日後には俺がジェレミー先輩とシルヴィを賭けて決闘するという噂で学園は持ち切りになっていた。
最初こそいちいち訂正していたが、段々面倒になってきて、もうそういうことでいいやってことになった。
「良くないわよ! これじゃあんたが勝ったら、私、あんたのお、おお、女ってことみたいじゃない!」
シルヴィには悪いとは思うんだが、もう本当に面倒でなあ。
大体俺だってリディアーヌとの関係が公然の秘密と化しているし、ネージュだっているのに、シルヴィまでも我が物にしようとしているって風当たり強いんだよ。
この女たらしって一度言われてみたかった台詞だ。
念願叶ったわ。
「でも侯爵様にはシルヴィとの結婚を考えておくように言われたし、あながち間違いってわけでもないかなって」
「それはそれ、これはこれなのよぉ!」
シルヴィ的には家の都合で俺と婚約するのは構わないが、俺と好き合ってるというのは恥ずかしいらしい。
まあ、お互い告白もしてませんし、付き合ってもいないですけどね。
そもそも付き合ってたらこんな茶番に付き合わない。
そこのとこ、俺とシルヴィの微妙な関係を突かれたんだよなあ。
友達以上恋人未満の関係が良くないような気がしてきた。
「もう付き合っちゃうか、俺たち」
「こういう時にそういうこと言っちゃうわけ!? 第一、そういうこと言うのなら先に言うことがあるんじゃない!?」
「俺、シルヴィのこと好きだよ」
「――!!」
まさか言われると思っていなかったのか、シルヴィの顔が真っ赤に茹で上がる。
「あ、アンリが、その、どうしてもって言うなら、付き合ってあげても、いい、わよ。あっ、でもまずはお試し期間よ! あと変なことしたら駄目なんだから!」
「じゃあ、そういうことで、これからよろしく」
俺が手を差し出すと、シルヴィは赤い顔のままそれを握った。
俺の年齢=彼女いない歴に終止符が打たれた瞬間である。
ネージュはなんというか恋人とはまた違う。
家族みたいなもんだからね。
それにしても決闘がさらに茶番化しましたね、これは。
そして決闘当日、俺と先輩は木剣を手に運動場で向かい合った。
にしてもギャラリー多くないっすかね。
今回の決闘は魔法ありということで、魔法に興味のある生徒が多数集まっているものと思われる。
あと教師の姿も見えるんですが、決闘ですよ。
止めなくていいんですかね?
立会人は俺にも先輩にも利害関係の無い人物ということで生徒会長が引っ張り出されてきていた。
「勝負はどちらかが参ったというか、意識を失うまで。意図的な相手の殺害は禁止とする」
そしてお互いに勝ったとき、負けたときの条件が確認される。
もちろん異論は無いので了承する。
「では勝っても負けても恨みっこは無しで。始め!」
生徒会長がいるからいきなり攻撃魔法ぶっぱはできない。
というか、ガチでやったら殺しちゃうから、反則負けになっちゃう。
まずは穏当に身体強化で木剣勝負と洒落込みますか。
先輩の洗練された動きに対し、素人からようやく一歩抜け出したような俺が、強化された身体能力だけで迎え撃つ。
うんうん、なんとかなるじゃないか。
戦えてる。
余裕があるとまでは言えないが、このままでも負けはないな。
なんせ防御力も上がってるから木剣で殴られた程度では気絶できない。
「なにやってんのよ、アンリ! さっさとやっちゃいなさい!」
恋人からそんなヤジが飛ぶ。
というか、あなた一応この決闘の景品という立場なんだから、どっちかに肩入れするのってまずくないですかね?
とは言え、観客も俺の魔法を見に来ているのだ。
あんまりお待たせするのも悪い。
生徒会長も後ろに下がったし、そろそろいいかな?
俺は後ろに大きく飛び退いて、木剣を捨てる。
そして収納魔法から愛用の杖を引っ張り出した。
観客の期待が否が応にも高まるのを感じる。
「魔法なんて子ども騙しでなにができる!」
「炎を生み」
俺が生み出した炎弾が先輩の頬を掠めて飛んでいく。
そのままだと観客に当たるので消滅させた。
それでもその熱は感じられたはずだ。
「水を作り」
巨大な水球を生み、先輩に向かって投じる。
先輩は避けようとしたが避けきれず、ずぶ濡れになった。
まあ、これ自体はそんな攻撃力はないですからね。
水魔法がやべーのは魔法抵抗力の弱い相手なら、対象を水で覆い尽くせるということだ。
窒息確定コースである。
ただ魔法抵抗力が高い相手に直接魔法を発生させようとすると抵抗されて、魔法の出現位置がずれるため、強い相手に使える手段ではない。
「風を起こし」
圧縮空気を先輩の目の前で炸裂させる。
もはや爆発というべき暴風に先輩はふっ飛ばされ、地面を転がって砂まみれになる。
風も真空作って切り裂くとかは強いんだけど、見た目が地味だ。
この場には合ってない。
「光を呼び」
眩いばかりの光球が先輩の目を灼く。
「闇に閉ざすことが」
先輩の頭部を闇で包む。
光に灼かれ、闇に閉ざされた今、先輩はなにも見ることはできない。
それにしてもこの先輩、魔法抵抗力が弱い。
魔法の存在を受け入れていないからなのかしら?
というか今の文言前にも言った気がするな。
「なんだこれは! くそっ、卑怯な! 姿を見せろ!」
「卑怯とは心外ですね。殺さないように魔法を使うのは案外難しいのですよ。ああ、もうひとつできることがありました。私は大地を操ることもできるのです」
暗闇を消して、それから先輩の足元の地面を持ち上げる。
高さは5メートルというところか。
「なな、なにが起きた」
「不用意に動かないほうがいいですよ。まだ目はちゃんと見えていないでしょう? この辺で降参して頂けると楽でいいのですが」
「誰が降参などするものか!」
「本当に面倒な人だなあ」
思わず口に出して言ってしまう。
大地の高さを均し、重力魔法で先輩を潰す。
自らの体重の増加に耐えられず、先輩は膝を突き、そのまま地面に倒れた。
強力な魔法なんだけど、観客には受けないだろう魔法だ。
というか、派手な魔法は殺傷力が高すぎるからね。
どうしようもないね。
「まだ降参していただけませんか?」
「うぎぎ……」
高重力の力場に押しつぶされながらも、先輩は反抗的な目のままだ。
うーん、意外と根性あるなあ。
これだけはやるまいと思っていたけれど。
重力魔法を解いて、その魔法を先輩にぶつける。
魔法抵抗力の低い先輩にはあっさりとその魔法が効いた。
「終わりです」
観客たちがざわつく。
なにが起きたのか分からなかったのだろう。
身動きひとつ取らなくなった先輩に、会長が近づいていってその様子を確認した。
「意識を失ってる……。勝者、アンリ・ストラーニ!」
魔法に対して身構えていない相手なら案外楽に通るのだ。睡眠魔法は。
こうして茶番同然だったシルヴィを賭けた決闘は幕を下ろした。
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前から登場していて、この先も案外出番のある睡眠魔法くんです。
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