第3章 帰らずの迷宮 2

 王族に挨拶と一口に言っても、王族も数が多いので一箇所に全員が集まっているわけではない。

 国王とその夫人方だけでひとつのグループになっているし、リディアーヌは子どもたちのグループに入っている。


 まあ、最低でもこの2つは回らなくてはいけないだろう。


 もちろんまずは国王からだ。


 列の消化をしばらく待つ。

 なんかラーメン屋にでも並んでるような気分だな。

 ううむ、ラーメン屋なら待った後にご褒美が待っているが、ここでは待っているのはおっさんとの会話である。


 虚しくなってきた。

 帰ろうかな。


 とか考えてみるけど、いくらなんでも挨拶の列から抜けるとか失礼にも程があるんで、そんなことはとてもできない。

 まあ、列の進みが思っていたよりは早いのがありがたい。

 これなら国王との挨拶も最低限で済ませて良さそうだ。


 ようやく順番が回ってきて、ネージュと共に国王の前に進み出る。


 そう言えば第三夫人以外の奥さんと会うのは今回が初めてだ。

 簡単にお互いを紹介しあって、新年の挨拶を済ませて、さっき披露した魔法についてお褒めの言葉を頂いて下がる。

 後ろにも並んでますからね。

 仕方ないよね。


 それから改めてリディアーヌのいるグループの列へ。

 こっちはやはり学園生やら、若い人の姿が目立つ。

 全部が全部若い人ってわけじゃないけど、大人は大体子ども連れだ。


 例外は、ちょうど今リディアーヌと話してるおっちゃんとかな。


 リディアーヌさん、完全に余所行きの笑顔ですわ。

 あれは追い払いたいんやろなあ。


 などと思っているとリディアーヌと目があって手招きされる。


 いや、順番飛ばすのはちょっと。

 あ、お怒りの笑顔ですね。

 行きますって。


「新年明けましておめでとうございます。リディアーヌ殿下」


「あら、アンリ様、私はバルサン伯爵とお話ししていたところなのですけれど」


 呼んだのおまえやろが。

 それにしても黒い害虫を一気に殲滅できそうなお名前ですね。

 年の頃は30ほどだろうか。

 不健康そうな見た目は前世の俺が思い出されてあまり関わり合いになりたくない。


「それは失礼しました。リディアーヌ殿下にお会いしたいあまりに先走ってしまったようです」


「いいえ、ちょうどいいですわ。バルサン卿、こちらアンリ・ストラーニ様、私の婚約者候補のひとりですわ。アンリ様、こちらはバルサン伯爵、やはり私の婚約者候補のひとりなんですのよ」


 ええーっ!? いくらなんでも年齢離れすぎてない?

 中身46の俺が言うのもなんだけどさ。


 いや、もしかしたら不摂生で年を取って見えるのかも。

 実は20歳くらいということもありえる。


 それにしたっておデブであるな。

 前世の俺に負けてない。


 うーん、リディアーヌと並ぶと美女と野獣だわ。


 人を見た目で判断しちゃいかんとは思うのだが、もうちょっと見た目に気を使うのも他人に対する気遣いだと思うんだ。

 転生してから思うようになったんだけどね。


「バルサン閣下、アンリ・ストラーニと申します。どうぞ以後お見知りおきを」


「ふん、奇術師のガキじゃないか。ドラゴンの首とやらもその奇術で用意したのか?」


 お、おう。こういう反応、なにげに初めてだな。

 面食らってしまって、対応ができない。


「よく出来ていたが本物ではないな。ドラゴンの首はあのように綺麗に切断できるものではない。騙されてはなりませんよ。私のリディアーヌ」


「まあ、それではバルサン卿はお父様も騙されておいでだと?」


「陛下は聡明な方だが、流石に本物のドラゴンと相対したことはありますまい」


「バルサン閣下はドラゴンと戦ったことが?」


 思わず聞いてしまう。

 いや、本当だとしたら凄いことだよ。

 魔法無しにドラゴンと戦うとなると、攻城兵器が必要になるレベルだもん。


「あれは帰らずの迷宮、地下15層でのことだったかな」


 リディアーヌが眉を寄せる。

 あ、まずったかな。

 聞いちゃいけないタイプの話題だったか。


「そこで私と部下たちは迷宮の主と思しきドラゴンと出会った」


 そこからバルサン伯爵は自画自賛のふんだんに織り込まれたドラゴン討伐劇を延々と語り始めた。

 初めて聞く俺でもうんざりしたもん。

 きっと何度も聞かされているリディアーヌにしてみれば拷問に近いものがあっただろう。


「こうして私のトドメの一撃がドラゴンの頭蓋を砕き、ついに絶命せしめたのだ」


 ちなみにドラゴンの頭蓋骨は鱗より丈夫だ。

 頭部をレーザーで抜こうとしたら、数秒弾いたからね。

 熱に強いだけで衝撃には弱いのかも知れんけど。


 いや、頭蓋骨だしそんなことはないだろ。


「それでそのドラゴンの死体はどうされたのです?」


「あのような巨体を持ち帰ることなどできん。証拠として鱗を持ち帰るのがせいぜいだった」


 収納魔法も無いし、ダンジョンの中だという話だから、自然な流れっちゃ流れかな。

 ただこのおっさんがドラゴン相手に真正面から大立ち回りしたとか、流石に信じられませんわ。

 まあ、俺がひとりでドラゴン倒したってのも信じられないんだろうけど。


「本物を知っている私だからこそ分かる。貴様の用意したドラゴンの首は偽物だとな」


「まあ、確かにあれはドラゴンではないかも知れませんね」


 ネージュが生んだ魔物だし、俺が勝手にそう言っているだけだ。

 この世界の正当なドラゴンとは違っていてもおかしくはない。


「それみたことか。認めおったぞ」


「ただ空を飛び、炎を吹き、あのような凶悪な頭部を持つトカゲのことを、ドラゴン以外になんと呼べばいいか知らなかったのです。伯爵様はご存知でしょうか?」


「ええい、嘘だ嘘だ。こいつは嘘つきだ。嘘に決まっておる!」


「どうすれば信用して頂けるのでしょう?」


「ならば帰らずの迷宮の15層まで行って生きて帰ってくるがいい。そうすれば竜殺しはともかく、その魔法とやらは信じてやっても良い」


「残念ながらダンジョンへの立ち入りには冒険者の資格か、その地の領主の許可が必要となっております」


「その心配ならいらんぞ。帰らずの迷宮は我が領地にあるのでな」


 ふむ、せっかくダンジョンに入れてくれるというのだ。

 ここは挑発に乗るのも手かな?


 と思っていたらリディアーヌが小さく首を横に振った。

 駄目らしい。じゃあ、仕方ないな。


「申し訳ありませんが、学園生のうちはダンジョンには挑戦しないことにしているのです。気が逸った他の生徒が挑戦すると言い出しかねませんので」


「それ見ろ、逃げよった。リディアーヌ。見たか。こいつは嘘を認めおったぞ」


「その話、私も興味があるね」


 不意に声が掛けられる。

 見るとリディアーヌと同じグループで応対をしていた二十歳前後の男性がこちらにやってきていた。


「お兄様、そちらはよろしいのですか?」


「一段落がついたところだよ。リディアーヌ、まずは魔法使いのお友達を紹介してくれないかな?」


「はい、お兄様。こちらが私の学園での同級生で魔法使いのアンリ様ですわ。それから隣にいらっしゃるのが、エルフのネージュ様。お二人はいつも一緒ですのよ。アンリ様、ネージュ様、この人が私の兄で第一王子のレオンです」


「お初にお目にかかります。レオン殿下。アンリ・ストラーニと申します」


「ネージュです」


「よろしくね。さてバルサン卿、貴公が竜殺しを名乗っているのは知っているが、それが迷宮の主だというのは初めて聞いた。それにしては帰らずの迷宮は未だに生きているようだが?」


「しかしあれ以上下層に行く道も見つからず、他に強力な魔物も見当たらなければ、あのドラゴンこそが主だったと考えて間違いないでしょう」


「それ以降、15層まで行ったことや、行った者は?」


「おりませんな。ドラゴンこそあの一匹だったものの、それ以外の魔物は山のように湧いてきますゆえ、冒険者も浅い層で素材を狩るばかりなれば」


「迷宮の討伐は至上の誉れ、貴公が竜殺しだけで満足しているというのも不思議でな」


「竜殺しこそ成し得ましたが犠牲はあまりに大きく、あの探索をもう一度繰り返す気にはなれません。ドラゴンも復活しているかも知れませんし」


「そうであって欲しいものだ」


「はい?」


「バルサン卿、私に帰らずの迷宮に潜る許可を与えてくれないだろうか」


「お兄様!?」


「私の一存では……。せめて陛下のご裁可をいただければ」


「父上の許可があればいいのだな。ではそのように取り計らおう」


「しかし殿下が挑むにはあまりにも危険ではないかと」


「危険でも成し遂げなくてはならぬこともある。アンリ君が竜殺しを成し遂げ、続いて卿も竜を殺した。国を継ぐ者として私は力を示さねばならぬ。バルサン卿、父上に話す前にもっと話を詰めておこうではないか」


 そう言ってレオン王子はバルサン伯爵を連れて行く。


 ありがたいけど、大丈夫かな。

 なんか功に焦っているような。


「お兄様は難しい立場なのです。王妃の子で長男ですから王位を継ぐのは当然レオン兄様だと思われておりました。しかし第二夫人の子で次男のクリストフ兄様がここのところめきめきと頭角を現してきています。王位を継ぐのはクリストフ兄様こそが相応しいと考える貴族も今では少なくなく……」


「レオン王子殿下は急ぎ功績が必要だと」


「はい。無謀なことを考えているようで、お父様が止めてくださればいいのですが」


「国王陛下ならば大丈夫でしょう」


 リディアーヌが昏睡しただけであれだけ取り乱した人だ。

 長男を死の危険があるような危険なところに行かせる許可を出すとは思えない。


「それからアンリ様には不快な思いをさせてしまい申し訳ありません」


「いえ、なかなか貴重な経験をさせていただきました。しかし彼も竜殺しですか」


「そう本人が主張はしておりますけれど、証拠は手のひら大の鱗がいくつかだけですわ。それこそ大きなトカゲの魔物だったのではないかしら?」


「それでもリディアーヌ殿下の婚約者候補になれるくらいの実績なんですね?」


「私が五女に過ぎないということもありますわ。本当はあのような人に好き勝手されたくはないのですけれど」


「他にも婚約者候補はいるのでしょうか?」


「いることはいますけれど、他の方はまだ常識的な方ばかりですわ」


「それを聞いて安心しました」


 流石にあんなのばっかりだったらリディアーヌが哀れ過ぎる。


「それにしても私に早く功績を上げろとおっしゃる割には、帰らずの迷宮に挑戦することは反対なのですね?」


「バルサン伯爵はなにをするか分からない男です。あの年で爵位を継いでいるのも父親を謀殺したからという噂が立つほどです。アンリ様は魔物相手は得意でも、人の悪意を相手にするのには慣れていらっしゃらないでしょう?」


「確かにその通りです」


 いい人に囲まれて生きてきた俺は人の悪意にぶつかった経験が殆どない。不良仲間も生ぬるい連中だったしな。世の中には悪い人間がいるということは分かっていても、具体的にどんなことをしてくるのかということに関してはまったく分からない。


「悪意に慣れろとは言いません。ただそれを避けることは覚えてくださいまし」


「努力いたしましょう」


「それからありがとうございました。正直、あの方に付きまとわれて辟易していたのです」


「私が居るときであれば如何様にもお使い下さい」


「ふふっ」


 急にリディアーヌが笑って俺は意味が分からず首を傾げる。


「いえ、アンリ様は最初はシルヴィにも同じように丁寧に喋っていらっしゃいましたのに、最近は砕けた口調でお話になるでしょう? いずれ私もそんな風に扱われるのかと思うと、楽しくなってしまって」


 急にドM発動しないでくださいよ。

 びっくりするじゃないですか。


「殿下にそのような口の利き方はできませんよ」


「妻になれば話はまた別でしょう?」


「そうかも知れませんが」


「ではその時を楽しみに待っていますわ。アンリ様」


 リディアーヌはそう言って微笑んだ。

 どうやらここまで、ということらしい。


 バルサン伯爵のせいで随分と長いこと話し込んでしまったからな。

 順番待ちの人には悪いことをしてしまった。


 ネージュを連れてその場を離れた俺は、レオン王子と話をしているバルサン伯爵が俺に向けて憎々しげな視線を向けていることに気付けなかった。




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貴族間の敬称の付け方が分かりません!!!!

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